パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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82.断罪 3

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  そのざわめきは城壁の方から中央に向けて、波のように訪れた。
 中央広場から放射状に伸びた道に集まっていた人々が、出来るだけ後ろから来たものを前に送り込もう、通そうと動いているのだ。

 中央広場を取り囲んでいた兵士、人々がざわつき始める。

「前帝陛下、ツァフォン国駐留軍より、治安維持部隊が到着しました。が、集まった民が道を埋めており進めない状況です」
 マールジェドが告げた声にグーリシェダは「おやまぁ、困ったのぅ」と対して困っていない声を上げた。

「マールジェド、近くの蜂の目を1匹、借りるぞ」
「母上、また非常識なことを」
 言っている傍から治安維持部隊の隊長が立ち往生している場所の、一番近くを飛ぶ魔道具の支配権を取られたインターセプト

「前帝陛下、せっかく来ている民達に面白い物を見せようぞ」
「何をする気かねぇ、ワシが叱られる予感がするのだが…」
 口角を上げて猫のように笑ったグーリシェダは作戦を告げ、聞かされた前帝は
「仕方がないけれど、叱られたら一緒に謝ってほしいなぁ」と情けない顔で承諾をした。


 オルドー=シャティ・ガィルィは叩き上げの軍人だ。
 リヨスアルヴァ国のとの、駐留軍団長の命令で自分の預かる治安維持部隊なんでも屋から480騎を引き連れて駆けつけた。
 兵站班と医療班の一部の到着は明日以降として、速度重視の編成だ。

 城壁都市に行き成り部隊全員で入るわけにもいかず、とりあえずは前帝陛下に拝謁をと副部隊長に隊を預けて、副官と入ってみれば、祭りもかくやという大混雑に立ち往生をしている状態だ。

「隊長、全く身動きも出来ませんね」
「あぁ、下手に動けば馬が民を蹴りそうだ。一体どうなっているんだ」
 見上げれば夕焼けが近くなってきた空には、何故か巨大な黒猫が香箱座りで目をつぶっているし、狭い道路は民達が一杯だ。
「訳が分からん…」

 周囲の民たちが「開けてやってくれ」とか「兵隊さんを通してやれ」と言ってはくれるが、どこから詰まっているのか分からない、二進ニッチ三進サッチも行かない有様なのだ。

 途方に暮れていると、プンッと羽音とともに金色の蜂が、ガィルィ隊長の持つ手綱に止まった。
 装身具かと勘違いするほどに美しい蜂の魔道具だ。

「なんだ?」
『ツァフォンよりの遠征、ご苦労』
 女の声だ。
 随分と威厳を孕んだ、だが心地よい声が耳に届いた。

『この状況では目的地こちらには辿りつけぬゆえ、。慌てず騒がず、騎乗の姿勢を保っておくように。。では』
「はぁ?」
 声が終わると同時に、何かの魔術の気配がし、驚いていると馬ごと真っすぐ上に感覚がした。
 その襟首あたりが、ゾワっとする感覚に一瞬、体が強張こわばる。

「うわっ」「なんだぁ」「すげぇ、帝国の兵士ってのは飛べるのか!」
 違う、誤解だと、真面目なガィルィは否定したかったが、先ほどの蜂の声、を思い出して我慢をする。
 横の副官も同じに浮かび上がると、馬もろとも人々の上を並足の速度で進んでいく。

「た、隊長、これは?」
「カッコよくな、との命令だっ」
 ガィルィが、半ばヤケクソで叫ぶと副官は「えぇ~」と、情けなさそうな顔をした。

 どこからか、歓声と拍手が響く。
 
 横を見ると、道路際の住居の2階から外を見ていた子供が、手を振っている。
 普段なら無視をするのだが、先ほどのを思い出し、少しだけ手を上げると、一際ひときわ、歓声が上がる。
 子供が大口を開けて笑う。抱き上げていた男が笑顔で会釈をする。
 なんだか随分と嬉しそうだ。

 隣の副官はと見れば、心得たもので3階の住民にまで手を振っている。
 意外とさまになっていた。

 やがて奇妙で小さなパレードは、建ち並ぶ建物をぬけて、開けた広場が見えてきた所で終わりを迎える。
 
 こちらを見上げる民から歓声が上がり、手を振って来る中、ガィルィは、何故か円形の広場の一角に様々な花が咲き、そこで何やら楽し気に美しい馬を見ているドワーフ達を目にし、こちらを見上げるリヨスアルヴァ兵を認め、円形舞台の上の30人程のエルフが、ぐったりと座り込んでいるのを見た。

 最後に、杖を掲げて真剣な顔で、こちらを見ながら何かを呟く前帝陛下と、心配そうに見守る側近らしき男。異様なほどに美しいハイエルフ達とエルダードワーフに騎士型の魔道具らしき物。

 全景の位置と状況を頭に入れたところで、蜂が声をかけてくる。
『ご苦労。大層、カッコよかったの。リヨスアルヴァの民達も大喜びじゃ、では地に降ろすので、そのまま』

 浮かび上がったときとは違い、馬は徐々に高さを下げ、滑るように地面に蹄をピタリと降ろした。
 副官の馬は3,4歩、カツコツと音を立てて歩いてから止まった。
「師よ、今のはどうかねぇ?」
「最後の着地が減点じゃの」
「相変わらず、手厳しい。ワシ頑張りましたのに」

 下馬をして、隣のハイエルフと会話をしている前帝陛下の前に片膝を付き
「ツァフォン駐留軍、第五治安維持部隊長オルドー=シャティ・ガィルィ参じました」と、頭を下げる。

「ありがとう。よく来てくれたね、この町の状態では全員が入って来れないだろうから、今、民達には帰ってもらうよ」
「はっ」頭を下げながら、ガィルィは内心で首を傾げる。あの群衆を如何いかにして?

「お疲れ様ですガィルイ隊長。前帝陛下の悪戯いたずらへのお付き合い、有難うございました。私は第三宰相インテゲルです。早速ですが、私の方から今までの流れと、今後についてのご説明をいたしますので」
 第三宰相インテゲルにうながされて、屋外用とはいえ席を同じくしたガィルィは恐縮する。
「ガィルイ隊長、うちは効率重視の帝国だからね」
 前帝陛下に言葉に、初めて聞いたと、また内心で首を傾げるガィルイだ。


 グーリシェダは夕暮れの空に浮かぶ黒猫に思念を送ると、「、やってもいい」と返答が来た。
 これはパウパウに本気で頼む必要があると思いながら、了承をする。

 夕暮れ空に浮かぶ黒猫は香箱座りのままで歌うように、ゴロゴロと喉を鳴らした。
 それが空に、町に、この広場にと、柔らかく降るように聞こえてくる。

 音は思念となり、響きは意味を持って民達に聞こえてくる。どのように受け取っているのかは人、夫々それぞれだが、グーリシェダは意味を込めて民達の心に働きかける。

『さぁ、間もなく夕餉の時間だ
 家へ帰り、家族のためにパンを切り、スープを温め、家人と夕餉を囲もう
 王が変わろうと、お前たちの暮らしは何も変わらない
 案ずることなど何もない
 グリフォンは、その翼の下に民を守る
 
 お前たちは眠り、明日は、新たな陽を生きる
 さぁ、皆、静かに家へ戻れ
 家人の待つ家へ戻り、明日のために眠れ』


「……広域の思念誘導、お見事でございます。師よ」
 少し揶揄いを込めた口調で前帝が言う。
「精霊猫の力を借りなければ、中々に大変じゃがの。ここの民は素直で良いの」

 精神汚染や洗脳では無く、なんとなく”あ、帰らなきゃ”という気持ちを強く誘発するだけだ。
 そして、それにより、誰かが帰り始めると、集団心理で人は動く。
 疑問を持たずに”そうだ、帰ろう”という気持ちが強くなるのだ。

 さわさわと民が戻って行く。
 先ほどの空飛ぶ騎馬兵を見たのが楽しかったのか、口々に感想を述べていたり、今日の夕餉の献立を話したりと、たいした混乱もなく帰って行く。
 不思議とファトゥスらエルフを心配する会話は出てこない。
 日常に帰って行く民の後姿を、しばし見送っていたグーリシェダは前帝に声をかける。

「さて、前帝陛下、治安維持部隊も来たゆえ勅令の二つ目以外は、任せられるとしてじゃ…」
「そうだねぇ、の扱いだねぇ…」
 
 流人として国外に放り出すと、他の属国に迷惑をかけるのは目に見えている。
 そして、例えば断耳の後、追放を民に見せて同情を集めてしまうのも、帝国としては悪手。

「グーリシェダ殿の所では、要るかい?」
「全く要らぬよ、お断りじゃ」
「そうだよねぇ…」
 今、壇上で心を折られたエルフ達以外にも、今後、処罰を受けるエルフの貴族は増えるだろう。
 
 普通のヒトよりは魔力が高く、そこそこ美しく、矜持は誰よりも高い。だが、それだけだ。
 正直、使い道、使いどころが分からない。と、いうよりな、と前帝は思い、首を振ったのをグーリシェダは見つめた。

「……そうだ、ドワーフの件は硬鎖の国バルゼルアヤスにも、連絡をしないとならんねぇ」
 チラリとガルデン大匠たいしょうを見た前帝に
「駄目じゃぞ、彼はもうじゃ。使者にはならぬ」
 不服そうな顔をした前帝に
「孫のいる年齢で口を尖らすな。昔の陛下ならいざ知らず、今は少しも可愛くないわ」
「……ちぇ、仕方ない、ドワーフの国バルゼルアヤスには誰かに行ってもらうよ、あとは、かぁ」
 しばらく杖をトントンと指で叩いてエルフを見ていた前帝は、新たに任命した領主を呼んだ。

「メリウス、こちらへ」
「はっ」
 ひざまずいた領主に前帝陛下が指示を下す。

「明日より、軍の再編成を。あぁ、城に、転がっている元軍の不審者上級武官が居るから、それの処分も明日だね。今日は、ここに居るリヨスアルヴァの兵たちを休ませてあげなさい。町の警備などは、治安維持部隊が行う。その辺りは宰相に聞いておくれ……それと、君にはるかな?」
「はっ、ります」

「では、あれなるを城内の牢へ。一般の牢でよい、だ」

「……、畏まりました」
 少し間を開けてしまったが、メリウスは

 見上げると前帝陛下が、優し気な顔で頷いていた。
 隣のハイエルフの後ろに居た、黒い魔道騎士は、のだろう。

 ふと、メリウスの心に、先ほど聞こえた黒いネコの歌がよぎる。

『お前たちは眠り、明日は、新たな陽を生きる』


 多分、明日の朝、のだろう。
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