パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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92.パウパウの夏とタガメ探し 27

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 赤い屋敷の庭に金属音が響く。

 魔道騎士ナーターラァの突剣が鋭く突きを入れてくるのを、ハイエルフの突剣が最小の動きで下に払う。
 キンッと澄んだ金属音が消えないうちに、もう1機が左から突いて来た間合いに一歩だけ入り、突きの剣に対するように己の剣を合わせ、手首を捻った。
 追撃の魔道騎士ナーターラァの手から剣が落ちる。

「ふうん……上手く架かると、巻けるもんだな」
「余裕こいてんじゃねぇ!」
 最初にミッちゃんがなした魔道騎士ナーターラァの剣をアーミングソードで受けながらフッバーが声を上げる。

 魔道騎士ナーターラァの使う剣は、突剣だが斬撃エスパダロペラも可能だ。しかも金属の体は鋼の剣では傷も付けられない。
「しかも、なんだよ、この剣っ、しなってくんだけウォッ」
 魔道騎士ナーターラァが突いた瞬間、地を滑る足運びでフッバーが前へ出て、突きの動作で伸びた外肘に己の剣を走らせる。
 キンッという音と共にフッバーの右肩に突剣が当たった所で、ハイエルフが左手を上げた。

 訓練終了の合図を送ると、魔道騎士ナーターラァが剣を正面に立てると納刀する。
 コリント式に似た兜の奥、青い単眼モノアイが高速で明滅しているのは、今の動きを学習しているのだろう。

 いくら物理防御がされているとはいえ、やはり真剣での打ち合いは緊張したのか、実戦なら刺されていた肩を払いながらフッバーは息を吐いた。

「ちょっと特殊な金属で、魔力の流し方でしなるんだ。結構、便利だぞ」
 バッタを叩き落としたりな……と言うのは止めておく。

 ミッちゃんは自分のサイドソードのような細身の剣と、フッバーに貸した剣を収納に仕舞いながら言う。
「ハイエルフの魔剣かよ」
「そんな大層な物ではないさ、それより朝飯にしよう。どうだ?」
「あぁ、んじゃ、遠慮なく」
 律儀に今日も屋敷に顔を出した男は笑って言った。

 サッと魔道人形からくりが浄化の魔法を掛ける。
「至れり尽くせり。貴族様かよ」
「いや、雑貨屋さんだな」
「はは、店は放っておいて、いいのかよ」
「隣の人に任せたら、乗っ取られそうな勢いで売り上げが増えているな」
「なんだ、それ?」
「……私にも分からん」

 館の裏口から中に入ると、1機の魔道騎士ナーターラァだけが付いてきて、定位置のホールへ去って行く。
「もう一人は?」
「あぁ、山の巡回を増やすことにしたんだ。ウェス爺さんの染料素材、今年の分の採取は終わったかもしれないが、やむなく上に行く町民は居るかもしれないからな」

 ギルマスが周知したとしても、罰則があるわけではないし、気にしない者もいるだろう。
 ダンジョンに近づく町民に危険が無いよう、認識阻害を掛けた魔道騎士ナーターラァに、見張らせる事にしたのだ。


 厨房を覗くと真剣な顔でサラダ用のレタスを千切っていたパウパウが、パっと顔を綻ばせて迎えてくれた。
 魔道コンロでは魔道人形からくりさんが、スープを温めている。
 オーブンからは香ばしい匂いがしていた。

「ミッちゃん、フッバーさん、お帰りなさい!」
「さっき、書斎から見てた?」
「うん!ミッちゃん、カッコよかった!」
「おい、パウパウ、俺は?」
「うん!ちょっとカッコよかったよ」

 真っすぐな瞳で褒めてはくれている。
「うぅ……ちょっとかぁ」
 子供の素直さが胸に痛いフッバーだ。

「パウパウ様、コーンミールマフィンが焼き上がりですよ」魔道人形からくりさんが声を掛ける。
「ありがとう。ミッちゃん、出来た!」
 今日のマフィンはパウパウが魔道人形からくりさんと一緒に作った物だ。
 魔道人形からくりさんが天板を引き出した物を、篭に入れてダイニングテーブルに置いてくれた。

「普通のと~チーズと香草を入れたやつ!」
「ありがとうパウパウ、美味しそうに出来たね」
 褒められたパウパウは、へにゃりと笑う。

 スパルガフアスパラガスのポタージュスープと、グリーンサラダ、それにパウパウのコーンミールマフィンがテーブルに並んだ。
 あとは乳で煮出した薬茶だ。
「足りなかったら、タマゴでも出すぞ」
「いや、十分だ。昨夜の肉が多すぎだったな」フッバーが苦笑する。
「うん、あれは面白かったな」
 ミッちゃんの言葉にパウパウも頷く。

「さぁ、パウパウのマフィンを頂こうか」
「ウルジェド様、少し熱を取ってからの方が、よろしいかと」

「いいんだ。すぐに食べる」
 ミッちゃんが熱々のを構わずに手を伸ばしたので、パウパウはドキドキして見守った。
 さっくりと焼き上がったのを半分に割ると、中の生地はふわっと柔らかく、熱で緩くなった角切りのチーズが顔を出した。
 香草とチーズが良い匂いだ。
 出来たばかりのマフィンを齧りつくことが出来ずに、ふーふーし始めた。

 そして何かに気づいたように、収納空間から昨日焼いたゴマのパンが入った篭を取り出してフッバーの前に出す。
「フッバーこちらをどうぞ、マフィンが冷めるのに時間がかかるから」
「いや、わざわざいいぞ。こっちの「、私の焼いたパンを食べてくれ」……お、おう?」

 真剣な顔で、とうとう微弱な風魔法まで使って粗熱を取ったミッちゃんは、ようやっとパウパウのマフィンを口にする。
 形の良い唇が静かにマフィンにあたり、ゆっくりと口の中に運ばれてゆく。
 サクッという音がして、ミッちゃんが歯を立てた。
 青紫色の瞳を閉じて、味わうように咀嚼したあと、喉が動く。

 ドキドキしながらパウパウが見ていると、ミッちゃんは瞳を開けて微笑んだ。
「うん、とても上手だね。美味しいよパウパウ」
「やったっ!」
 魔道人形からくりさんが冷ましてくれたマフィンを、パウパウも手に取った。

「ところで、フッバーの剣は何処で習得したんだ?足の運びを見た所ダロム辺りと見受けたが」
「そこまで分かるもんか?……確かに、最初はダロムで習ったな」
「ふむ……では、今の剣ブロードソードでは使いにくくないか?」

 もともとダロムの流派では両刃の直剣ではなく、片刃曲剣キリジャタガンがメインだ。

拠点を持たずに旅をしているうちに、色々と取り込んで来たので、直剣も使えはするが、どこか、しっくり行かない気もしてはいた。

「2年ほど前に、曲剣はダメにしてなぁ…片刃曲剣キリジャタガンは、手に入りにくい上に手入れが出来る鍛冶も居ない。国でも特殊な部類だったんでな、今は直剣ばっかりだわ」
 もう少し、マシな流派を習えば良かったとフッバーは笑った。

 ダロムの片刃曲剣キリジャタガンといえば、プラエド=ピラタ派だろう。
 開祖がだったという噂の流派だ。
「冒険者でやって行くにも、剣が使えなきゃって思ってなぁ、安く教えてやるって声を掛けてくれた先輩冒険者が山賊派だったのよ」

 プラエド=ピラタ派は、だと揶揄される。
 何をしても、どんな手を使っても最後に立っている者が勝ちだという、足搔く剣だ。
 だからこそ、強い。

「どこの何流でも、生き残れば御の字だろう。実際、フッバーはソロで銀級なんだから大したもんだ」
 初合わせで魔道騎士ナーターラァに相打ちまで持ち込んだだけでも、かなりの腕だとミッちゃんは思う。

「……知り合ったばかりのフッバーに立ち入った事を聞く。嫌なら答えんでもいいが、……そんな強い銀級のフッバーが何故、この町に居るんだ?」
 こんな平和ヒマな町ではなくて、困っている稼げる所は幾らでもある。
 ダンジョンに潜るでもいいし、地上の魔物を狩るでも、護衛の依頼を受けるでも、稼ぎ場所は幾らでもあるのだ。

「はぁ……下らない話だぞ、聞くか?」
 しばらく空のスープ皿を見ていたフッバーは、ポツポツと話始めた。

「なんの気なしに、立ち寄った町なんだわプタフォタンは……」
 
 地上での仕事は、大した物は無かったが、海での仕事は多かった。
 冒険者というより漁師めいた仕事ではあったが、目新しいのと何より、この町の人達の心映えが気持ちよく、フッバーは長逗留を決めたそうだ。

化け物蟹ギガルキンも、まぁ、苦労はしたが皆で討伐したりな、船は初めてだったが何とかやれていたんだ」

 そんな、ある日。
 フッバーは仲良くなった漁師のサイラに誘われて舟で釣りに出掛けたのだという。
 青満月の大潮の祭りの後の事だ。

 祭りが終われば、魚が戻って来るのが通年の習わしだったのに、その年は網に魚が戻ってこない。
 それの様子見がてらの釣り舟だった。
 フッバー達以外にも、暇な漁師たちが舟を出して網の様子を見に来ていた。


 案の定、網を一枚、上げても大した魚は入って居なく、隣に寄せた仲間の舟と今年は海水温が高いのかと話をしながら、釣り糸を垂らしていた時だ。

 凪いだ海面が、ヌタァッと、盛り上がった。
 その波が横に当たった舟が揺れ、隣の舟のヘリに当たってギッギッと鳴った。

「なんだ?」
「オィ、フッバーアレアレ!」
 サイラが奇妙な波の立った場所を指差す。

 背ビレだ。
コーサグサメか?」
「チゲェ」
バラエナクジラか?」
「チゲェッテアリャヌナンセビレダベ!」

 騒いでいると背ビレは海中に潜り、見えなくなった。
 お陰で、また立った波に揺られながら
「アッタラデッケェノハジメテミタワ」サイラが顔色を悪くして呟いたのに、フッバーも頷く。
 見えていた背ビレの長さだけで人の背丈ほどあったのだ。

 魚だとしたら、とんでもない大きさだ。
「ともかく、急いで戻ろう」
 慌てて舟を港へ戻そうとした時

 のだ。
 フッバーの乗った舟だけでなく、隣の舟も浮き上がった。

「うわぁ!」「ひぃぃぃ」
 隣の舟からも悲鳴があがる。
 波が立つ。
 浮き上がった舟が、ドンと海面に着いたとき、思わず海面が見えたフッバーは後悔した。

 海中から真っすぐに、魚が舟めがけて登ってくる!
 ただ巨大な牙が並ぶ口が見えた。

 ドンっ!と衝撃が走り、フッバーとサイラ、そして巻き添えを食った形で隣の舟の漁師二人が海に投げ落とされた。

 ──喰われる!──
 そう思った瞬間、何故だかフッバーは何時も佩びていた片刃曲剣キリジャタガンを抜き、自分達に向けて口を開けた巨大な何かに向けて、無我夢中で刃を振るった。

 ──来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな──

 水中で剣など、なんの抑止力にもならない。
 水が速さも切れ味も殺すだけだ。

 だが、唯一の幸いは、投げ出されたフッバー達の舟にあった、引き上げた網が大魚にからみついてくれた事だ。

 煩わしそうに巨体を捻り、それでも頭に被った網が取れない大魚は、イライラとしながら頭と背ビレに網をかぶったままで、フッバー達を諦めて海中に戻って行ったのだ。

 その後、フッバー達は周りの舟に助けられて帰港した。

「……あれ以来、俺は海が怖いんだ……港に停泊している船にすら乗れない程になぁ」
「……なら、尚更どうして此処ここに」

「はは…怖すぎて、ここから一歩も動けないんだわ」

 帰港したフッバーの手に、相棒の片刃曲剣キリジャタガンは無くなっていたのだという。

 片手で目を覆うようにして項垂れたフッバーに、ハイエルフは掛ける声を失った。
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