92 / 178
92.パウパウの夏とタガメ探し 27
しおりを挟む
赤い屋敷の庭に金属音が響く。
魔道騎士の突剣が鋭く突きを入れてくるのを、ハイエルフの突剣が最小の動きで下に払う。
キンッと澄んだ金属音が消えないうちに、もう1機が左から突いて来た間合いに一歩だけ入り、突きの剣に対するように己の剣を合わせ、手首を捻った。
追撃の魔道騎士の手から剣が落ちる。
「ふうん……上手く架かると、巻けるもんだな」
「余裕こいてんじゃねぇ!」
最初にミッちゃんが往なした魔道騎士の剣をアーミングソードで受けながらフッバーが声を上げる。
魔道騎士の使う剣は、突剣だが斬撃も可能だ。しかも金属の体は鋼の剣では傷も付けられない。
「しかも、なんだよ、この剣っ、撓ってくんだけウォッ」
魔道騎士が突いた瞬間、地を滑る足運びでフッバーが前へ出て、突きの動作で伸びた外肘に己の剣を走らせる。
キンッという音と共にフッバーの右肩に突剣が当たった所で、ハイエルフが左手を上げた。
訓練終了の合図を送ると、魔道騎士が剣を正面に立てると納刀する。
コリント式に似た兜の奥、青い単眼が高速で明滅しているのは、今の動きを学習しているのだろう。
いくら物理防御がされているとはいえ、やはり真剣での打ち合いは緊張したのか、実戦なら刺されていた肩を払いながらフッバーは息を吐いた。
「ちょっと特殊な金属で、魔力の流し方で撓るんだ。結構、便利だぞ」
バッタを叩き落としたりな……と言うのは止めておく。
ミッちゃんは自分のサイドソードのような細身の剣と、フッバーに貸した剣を収納に仕舞いながら言う。
「ハイエルフの魔剣かよ」
「そんな大層な物ではないさ、それより朝飯にしよう。どうだ?」
「あぁ、んじゃ、遠慮なく」
律儀に今日も屋敷に顔を出した男は笑って言った。
サッと魔道人形が浄化の魔法を掛ける。
「至れり尽くせり。貴族様かよ」
「いや、雑貨屋さんだな」
「はは、店は放っておいて、いいのかよ」
「隣の人に任せたら、乗っ取られそうな勢いで売り上げが増えているな」
「なんだ、それ?」
「……私にも分からん」
館の裏口から中に入ると、1機の魔道騎士だけが付いてきて、定位置のホールへ去って行く。
「もう一人は?」
「あぁ、山の巡回を増やすことにしたんだ。ウェス爺さんの染料素材、今年の分の採取は終わったかもしれないが、やむなく上に行く町民は居るかもしれないからな」
ギルマスが周知したとしても、罰則があるわけではないし、気にしない者もいるだろう。
ダンジョンに近づく町民に危険が無いよう、認識阻害を掛けた魔道騎士に、見張らせる事にしたのだ。
厨房を覗くと真剣な顔でサラダ用のレタスを千切っていたパウパウが、パっと顔を綻ばせて迎えてくれた。
魔道コンロでは魔道人形さんが、スープを温めている。
オーブンからは香ばしい匂いがしていた。
「ミッちゃん、フッバーさん、お帰りなさい!」
「さっき、書斎から見てた?」
「うん!ミッちゃん、カッコよかった!」
「おい、パウパウ、俺は?」
「うん!ちょっとカッコよかったよ」
真っすぐな瞳で褒めてはくれている。
「うぅ……ちょっとかぁ」
子供の素直さが胸に痛いフッバーだ。
「パウパウ様、コーンミールマフィンが焼き上がりですよ」魔道人形さんが声を掛ける。
「ありがとう。ミッちゃん、出来た!」
今日のマフィンはパウパウが魔道人形さんと一緒に作った物だ。
魔道人形さんが天板を引き出した物を、篭に入れてダイニングテーブルに置いてくれた。
「普通のと~チーズと香草を入れたやつ!」
「ありがとうパウパウ、美味しそうに出来たね」
褒められたパウパウは、へにゃりと笑う。
スパルガフのポタージュスープと、グリーンサラダ、それにパウパウのコーンミールマフィンがテーブルに並んだ。
あとは乳で煮出した薬茶だ。
「足りなかったら、タマゴでも出すぞ」
「いや、十分だ。昨夜の肉が多すぎだったな」フッバーが苦笑する。
「うん、あれは面白かったな」
ミッちゃんの言葉にパウパウも頷く。
「さぁ、パウパウのマフィンを頂こうか」
「ウルジェド様、少し熱を取ってからの方が、よろしいかと」
「いいんだ。すぐに食べる」
ミッちゃんが熱々のを構わずに手を伸ばしたので、パウパウはドキドキして見守った。
さっくりと焼き上がったのを半分に割ると、中の生地はふわっと柔らかく、熱で緩くなった角切りのチーズが顔を出した。
香草とチーズが良い匂いだ。
出来たばかりのマフィンを齧りつくことが出来ずに、ふーふーし始めた。
そして何かに気づいたように、収納空間から昨日焼いたゴマのパンが入った篭を取り出してフッバーの前に出す。
「フッバーこちらをどうぞ、マフィンが冷めるのに時間がかかるから」
「いや、わざわざいいぞ。こっちの「いいから、私の焼いたパンを食べてくれ」……お、おう?」
真剣な顔で、とうとう微弱な風魔法まで使って粗熱を取ったミッちゃんは、ようやっとパウパウのマフィンを口にする。
形の良い唇が静かにマフィンにあたり、ゆっくりと口の中に運ばれてゆく。
サクッという音がして、ミッちゃんが歯を立てた。
青紫色の瞳を閉じて、味わうように咀嚼したあと、喉が動く。
ドキドキしながらパウパウが見ていると、ミッちゃんは瞳を開けて微笑んだ。
「うん、とても上手だね。美味しいよパウパウ」
「やったっ!」
魔道人形さんが冷ましてくれたマフィンを、パウパウも手に取った。
「ところで、フッバーの剣は何処で習得したんだ?足の運びを見た所ダロム辺りと見受けたが」
「そこまで分かるもんか?……確かに、最初はダロムで習ったな」
「ふむ……では、今の剣では使いにくくないか?」
もともとダロムの流派では両刃の直剣ではなく、片刃曲剣がメインだ。
拠点を持たずに旅をしているうちに、色々と取り込んで来たので、直剣も使えはするが、どこか、しっくり行かない気もしてはいた。
「2年ほど前に、曲剣はダメにしてなぁ…片刃曲剣は、手に入りにくい上に手入れが出来る鍛冶も居ない。国でも特殊な部類だったんでな、今は直剣ばっかりだわ」
もう少し、マシな流派を習えば良かったとフッバーは笑った。
ダロムの片刃曲剣といえば、プラエド=ピラタ派だろう。
開祖が山賊だったという噂の流派だ。
「冒険者でやって行くにも、剣が使えなきゃって思ってなぁ、安く教えてやるって声を掛けてくれた先輩冒険者が山賊派だったのよ」
プラエド=ピラタ派は、汚い剣だと揶揄される。
何をしても、どんな手を使っても最後に立っている者が勝ちだという、足搔く剣だ。
だからこそ、強い。
「どこの何流でも、生き残れば御の字だろう。実際、フッバーはソロで銀級なんだから大したもんだ」
初合わせで魔道騎士に相打ちまで持ち込んだだけでも、かなりの腕だとミッちゃんは思う。
「……知り合ったばかりのフッバーに立ち入った事を聞く。嫌なら答えんでもいいが、……そんな強い銀級のフッバーが何故、この町に居るんだ?」
こんな平和な町ではなくて、困っている所は幾らでもある。
ダンジョンに潜るでもいいし、地上の魔物を狩るでも、護衛の依頼を受けるでも、稼ぎ場所は幾らでもあるのだ。
「はぁ……下らない話だぞ、聞くか?」
しばらく空のスープ皿を見ていたフッバーは、ポツポツと話始めた。
「なんの気なしに、立ち寄った町なんだわプタフォタンは……」
地上での仕事は、大した物は無かったが、海での仕事は多かった。
冒険者というより漁師めいた仕事ではあったが、目新しいのと何より、この町の人達の心映えが気持ちよく、フッバーは長逗留を決めたそうだ。
「化け物蟹も、まぁ、苦労はしたが皆で討伐したりな、船は初めてだったが何とかやれていたんだ」
そんな、ある日。
フッバーは仲良くなった漁師のサイラに誘われて舟で釣りに出掛けたのだという。
青満月の大潮の祭りの後の事だ。
祭りが終われば、魚が戻って来るのが通年の習わしだったのに、その年は網に魚が戻ってこない。
それの様子見がてらの釣り舟だった。
フッバー達以外にも、暇な漁師たちが舟を出して網の様子を見に来ていた。
案の定、網を一枚、上げても大した魚は入って居なく、隣に寄せた仲間の舟と今年は海水温が高いのかと話をしながら、釣り糸を垂らしていた時だ。
凪いだ海面が、ヌタァッと、盛り上がった。
その波が横に当たった舟が揺れ、隣の舟のヘリに当たってギッギッと鳴った。
「なんだ?」
「オィ、フッバーアレアレ!」
サイラが奇妙な波の立った場所を指差す。
背ビレだ。
「コーサグか?」
「チゲェ」
「バラエナか?」
「チゲェッテアリャヌナンセビレダベ!」
騒いでいると背ビレは海中に潜り、見えなくなった。
お陰で、また立った波に揺られながら
「アッタラデッケェノハジメテミタワ」サイラが顔色を悪くして呟いたのに、フッバーも頷く。
見えていた背ビレの長さだけで人の背丈ほどあったのだ。
魚だとしたら、とんでもない大きさだ。
「ともかく、急いで戻ろう」
慌てて舟を港へ戻そうとした時
下から突き上げを喰らったのだ。
フッバーの乗った舟だけでなく、隣の舟も浮き上がった。
「うわぁ!」「ひぃぃぃ」
隣の舟からも悲鳴があがる。
波が立つ。
浮き上がった舟が、ドンと海面に着いたとき、思わず海面が見えたフッバーは後悔した。
海中から真っすぐに、魚が舟めがけて登ってくる!
ただ巨大な牙が並ぶ口が見えた。
ドンっ!と衝撃が走り、フッバーとサイラ、そして巻き添えを食った形で隣の舟の漁師二人が海に投げ落とされた。
──喰われる!──
そう思った瞬間、何故だかフッバーは何時も佩びていた片刃曲剣を抜き、自分達に向けて口を開けた巨大な何かに向けて、無我夢中で刃を振るった。
──来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな──
水中で剣など、なんの抑止力にもならない。
水が速さも切れ味も殺すだけだ。
だが、唯一の幸いは、投げ出されたフッバー達の舟にあった、引き上げた網が大魚に絡みついてくれた事だ。
煩わしそうに巨体を捻り、それでも頭に被った網が取れない大魚は、イライラとしながら頭と背ビレに網を被ったままで、フッバー達を諦めて海中に戻って行ったのだ。
その後、フッバー達は周りの舟に助けられて帰港した。
「……あれ以来、俺は海が怖いんだ……港に停泊している船にすら乗れない程になぁ」
「……なら、尚更どうして此処に」
「はは…怖すぎて、ここから一歩も動けないんだわ」
帰港したフッバーの手に、相棒の片刃曲剣は無くなっていたのだという。
片手で目を覆うようにして項垂れたフッバーに、ハイエルフは掛ける声を失った。
魔道騎士の突剣が鋭く突きを入れてくるのを、ハイエルフの突剣が最小の動きで下に払う。
キンッと澄んだ金属音が消えないうちに、もう1機が左から突いて来た間合いに一歩だけ入り、突きの剣に対するように己の剣を合わせ、手首を捻った。
追撃の魔道騎士の手から剣が落ちる。
「ふうん……上手く架かると、巻けるもんだな」
「余裕こいてんじゃねぇ!」
最初にミッちゃんが往なした魔道騎士の剣をアーミングソードで受けながらフッバーが声を上げる。
魔道騎士の使う剣は、突剣だが斬撃も可能だ。しかも金属の体は鋼の剣では傷も付けられない。
「しかも、なんだよ、この剣っ、撓ってくんだけウォッ」
魔道騎士が突いた瞬間、地を滑る足運びでフッバーが前へ出て、突きの動作で伸びた外肘に己の剣を走らせる。
キンッという音と共にフッバーの右肩に突剣が当たった所で、ハイエルフが左手を上げた。
訓練終了の合図を送ると、魔道騎士が剣を正面に立てると納刀する。
コリント式に似た兜の奥、青い単眼が高速で明滅しているのは、今の動きを学習しているのだろう。
いくら物理防御がされているとはいえ、やはり真剣での打ち合いは緊張したのか、実戦なら刺されていた肩を払いながらフッバーは息を吐いた。
「ちょっと特殊な金属で、魔力の流し方で撓るんだ。結構、便利だぞ」
バッタを叩き落としたりな……と言うのは止めておく。
ミッちゃんは自分のサイドソードのような細身の剣と、フッバーに貸した剣を収納に仕舞いながら言う。
「ハイエルフの魔剣かよ」
「そんな大層な物ではないさ、それより朝飯にしよう。どうだ?」
「あぁ、んじゃ、遠慮なく」
律儀に今日も屋敷に顔を出した男は笑って言った。
サッと魔道人形が浄化の魔法を掛ける。
「至れり尽くせり。貴族様かよ」
「いや、雑貨屋さんだな」
「はは、店は放っておいて、いいのかよ」
「隣の人に任せたら、乗っ取られそうな勢いで売り上げが増えているな」
「なんだ、それ?」
「……私にも分からん」
館の裏口から中に入ると、1機の魔道騎士だけが付いてきて、定位置のホールへ去って行く。
「もう一人は?」
「あぁ、山の巡回を増やすことにしたんだ。ウェス爺さんの染料素材、今年の分の採取は終わったかもしれないが、やむなく上に行く町民は居るかもしれないからな」
ギルマスが周知したとしても、罰則があるわけではないし、気にしない者もいるだろう。
ダンジョンに近づく町民に危険が無いよう、認識阻害を掛けた魔道騎士に、見張らせる事にしたのだ。
厨房を覗くと真剣な顔でサラダ用のレタスを千切っていたパウパウが、パっと顔を綻ばせて迎えてくれた。
魔道コンロでは魔道人形さんが、スープを温めている。
オーブンからは香ばしい匂いがしていた。
「ミッちゃん、フッバーさん、お帰りなさい!」
「さっき、書斎から見てた?」
「うん!ミッちゃん、カッコよかった!」
「おい、パウパウ、俺は?」
「うん!ちょっとカッコよかったよ」
真っすぐな瞳で褒めてはくれている。
「うぅ……ちょっとかぁ」
子供の素直さが胸に痛いフッバーだ。
「パウパウ様、コーンミールマフィンが焼き上がりですよ」魔道人形さんが声を掛ける。
「ありがとう。ミッちゃん、出来た!」
今日のマフィンはパウパウが魔道人形さんと一緒に作った物だ。
魔道人形さんが天板を引き出した物を、篭に入れてダイニングテーブルに置いてくれた。
「普通のと~チーズと香草を入れたやつ!」
「ありがとうパウパウ、美味しそうに出来たね」
褒められたパウパウは、へにゃりと笑う。
スパルガフのポタージュスープと、グリーンサラダ、それにパウパウのコーンミールマフィンがテーブルに並んだ。
あとは乳で煮出した薬茶だ。
「足りなかったら、タマゴでも出すぞ」
「いや、十分だ。昨夜の肉が多すぎだったな」フッバーが苦笑する。
「うん、あれは面白かったな」
ミッちゃんの言葉にパウパウも頷く。
「さぁ、パウパウのマフィンを頂こうか」
「ウルジェド様、少し熱を取ってからの方が、よろしいかと」
「いいんだ。すぐに食べる」
ミッちゃんが熱々のを構わずに手を伸ばしたので、パウパウはドキドキして見守った。
さっくりと焼き上がったのを半分に割ると、中の生地はふわっと柔らかく、熱で緩くなった角切りのチーズが顔を出した。
香草とチーズが良い匂いだ。
出来たばかりのマフィンを齧りつくことが出来ずに、ふーふーし始めた。
そして何かに気づいたように、収納空間から昨日焼いたゴマのパンが入った篭を取り出してフッバーの前に出す。
「フッバーこちらをどうぞ、マフィンが冷めるのに時間がかかるから」
「いや、わざわざいいぞ。こっちの「いいから、私の焼いたパンを食べてくれ」……お、おう?」
真剣な顔で、とうとう微弱な風魔法まで使って粗熱を取ったミッちゃんは、ようやっとパウパウのマフィンを口にする。
形の良い唇が静かにマフィンにあたり、ゆっくりと口の中に運ばれてゆく。
サクッという音がして、ミッちゃんが歯を立てた。
青紫色の瞳を閉じて、味わうように咀嚼したあと、喉が動く。
ドキドキしながらパウパウが見ていると、ミッちゃんは瞳を開けて微笑んだ。
「うん、とても上手だね。美味しいよパウパウ」
「やったっ!」
魔道人形さんが冷ましてくれたマフィンを、パウパウも手に取った。
「ところで、フッバーの剣は何処で習得したんだ?足の運びを見た所ダロム辺りと見受けたが」
「そこまで分かるもんか?……確かに、最初はダロムで習ったな」
「ふむ……では、今の剣では使いにくくないか?」
もともとダロムの流派では両刃の直剣ではなく、片刃曲剣がメインだ。
拠点を持たずに旅をしているうちに、色々と取り込んで来たので、直剣も使えはするが、どこか、しっくり行かない気もしてはいた。
「2年ほど前に、曲剣はダメにしてなぁ…片刃曲剣は、手に入りにくい上に手入れが出来る鍛冶も居ない。国でも特殊な部類だったんでな、今は直剣ばっかりだわ」
もう少し、マシな流派を習えば良かったとフッバーは笑った。
ダロムの片刃曲剣といえば、プラエド=ピラタ派だろう。
開祖が山賊だったという噂の流派だ。
「冒険者でやって行くにも、剣が使えなきゃって思ってなぁ、安く教えてやるって声を掛けてくれた先輩冒険者が山賊派だったのよ」
プラエド=ピラタ派は、汚い剣だと揶揄される。
何をしても、どんな手を使っても最後に立っている者が勝ちだという、足搔く剣だ。
だからこそ、強い。
「どこの何流でも、生き残れば御の字だろう。実際、フッバーはソロで銀級なんだから大したもんだ」
初合わせで魔道騎士に相打ちまで持ち込んだだけでも、かなりの腕だとミッちゃんは思う。
「……知り合ったばかりのフッバーに立ち入った事を聞く。嫌なら答えんでもいいが、……そんな強い銀級のフッバーが何故、この町に居るんだ?」
こんな平和な町ではなくて、困っている所は幾らでもある。
ダンジョンに潜るでもいいし、地上の魔物を狩るでも、護衛の依頼を受けるでも、稼ぎ場所は幾らでもあるのだ。
「はぁ……下らない話だぞ、聞くか?」
しばらく空のスープ皿を見ていたフッバーは、ポツポツと話始めた。
「なんの気なしに、立ち寄った町なんだわプタフォタンは……」
地上での仕事は、大した物は無かったが、海での仕事は多かった。
冒険者というより漁師めいた仕事ではあったが、目新しいのと何より、この町の人達の心映えが気持ちよく、フッバーは長逗留を決めたそうだ。
「化け物蟹も、まぁ、苦労はしたが皆で討伐したりな、船は初めてだったが何とかやれていたんだ」
そんな、ある日。
フッバーは仲良くなった漁師のサイラに誘われて舟で釣りに出掛けたのだという。
青満月の大潮の祭りの後の事だ。
祭りが終われば、魚が戻って来るのが通年の習わしだったのに、その年は網に魚が戻ってこない。
それの様子見がてらの釣り舟だった。
フッバー達以外にも、暇な漁師たちが舟を出して網の様子を見に来ていた。
案の定、網を一枚、上げても大した魚は入って居なく、隣に寄せた仲間の舟と今年は海水温が高いのかと話をしながら、釣り糸を垂らしていた時だ。
凪いだ海面が、ヌタァッと、盛り上がった。
その波が横に当たった舟が揺れ、隣の舟のヘリに当たってギッギッと鳴った。
「なんだ?」
「オィ、フッバーアレアレ!」
サイラが奇妙な波の立った場所を指差す。
背ビレだ。
「コーサグか?」
「チゲェ」
「バラエナか?」
「チゲェッテアリャヌナンセビレダベ!」
騒いでいると背ビレは海中に潜り、見えなくなった。
お陰で、また立った波に揺られながら
「アッタラデッケェノハジメテミタワ」サイラが顔色を悪くして呟いたのに、フッバーも頷く。
見えていた背ビレの長さだけで人の背丈ほどあったのだ。
魚だとしたら、とんでもない大きさだ。
「ともかく、急いで戻ろう」
慌てて舟を港へ戻そうとした時
下から突き上げを喰らったのだ。
フッバーの乗った舟だけでなく、隣の舟も浮き上がった。
「うわぁ!」「ひぃぃぃ」
隣の舟からも悲鳴があがる。
波が立つ。
浮き上がった舟が、ドンと海面に着いたとき、思わず海面が見えたフッバーは後悔した。
海中から真っすぐに、魚が舟めがけて登ってくる!
ただ巨大な牙が並ぶ口が見えた。
ドンっ!と衝撃が走り、フッバーとサイラ、そして巻き添えを食った形で隣の舟の漁師二人が海に投げ落とされた。
──喰われる!──
そう思った瞬間、何故だかフッバーは何時も佩びていた片刃曲剣を抜き、自分達に向けて口を開けた巨大な何かに向けて、無我夢中で刃を振るった。
──来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな──
水中で剣など、なんの抑止力にもならない。
水が速さも切れ味も殺すだけだ。
だが、唯一の幸いは、投げ出されたフッバー達の舟にあった、引き上げた網が大魚に絡みついてくれた事だ。
煩わしそうに巨体を捻り、それでも頭に被った網が取れない大魚は、イライラとしながら頭と背ビレに網を被ったままで、フッバー達を諦めて海中に戻って行ったのだ。
その後、フッバー達は周りの舟に助けられて帰港した。
「……あれ以来、俺は海が怖いんだ……港に停泊している船にすら乗れない程になぁ」
「……なら、尚更どうして此処に」
「はは…怖すぎて、ここから一歩も動けないんだわ」
帰港したフッバーの手に、相棒の片刃曲剣は無くなっていたのだという。
片手で目を覆うようにして項垂れたフッバーに、ハイエルフは掛ける声を失った。
35
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
王子様から逃げられない!
一寸光陰
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。
クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?
gacchi(がっち)
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。
悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
お姉様優先な我が家は、このままでは破産です
編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。
だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!
愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理!
姉の結婚までにこの家から逃げたい!
相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。
うちの魔王様が過保護すぎる
秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。
「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、
「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。
困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて――
「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」
異世界転生魔王様×異世界転生主人公
幼馴染年下攻めだけど年上攻めです
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる