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91.パウパウの夏とタガメ探し 26
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「討伐?」
「あぁ、時期になると結構、厄介な魔物…魔魚が、来るんでな」
フッバーが険しい表情で船を見ながら言った。
「何が出るんだ?」
「沖に大網を張ったときな、掛かった魚を狙って大魚が来る。網を破られないように総出で狩るんだが、中々難しい……それと、大烏賊に化け物蟹だな」
「……化け物蟹……」
「マールちゃん、大喜びだね」
「止めて、本当に叔父上が来たら困るから」
ミッちゃんは蟹の話を、無理やり終わらせる。
「フッバーも、あの船に?」
「……いやぁ、俺はなぁ……」
あははと硬い声で笑うフッバーに、それ以上を聞かない事にしたミッちゃんは話を変えた。
「ところで、魚が欲しいのだが何処か買える所はないか?」
「売り物になる魚は、殆ど領都に運ばれるから、有るのはハネ物だがいいのか?」
頷くミッちゃんをフッバーが案内したのは、舟が水揚げする場所の横にある倉庫だった。
水揚げが一段落した漁師たちが休憩所代わりにしているらしい。
魚独特の匂いが籠っている中で思い思いに休んでいたり、魚箱を椅子替わりにして話をしていた。
(市場の魚屋さんの匂いだ~)パウパウは記憶の中の匂いを思い出した。
「おはよう、休んでる所、すまんが、この人に魚を分けてくれんか?」
「オオ、フッバー、オハヨウサンナシタ?」
「オゥ、ナンダコンシュットシタアンチャンツレテ」
「マタコンマイノツレテンナ」
ヒマをしていた漁師たち口々に声を掛ける。
「おはよう。私はウルジェドと言う。で、すまんが、魚を分けてくれないか」
「オゥエエゾ、ウリモンニナランヤツダカラスキナンモッテイケヤ」
「オ~イ!ダグ、コンヒトガンバコントコアンナイシテヤレ」
年配のゴツイ漁師が大きな声で倉庫の奥に声を掛けると、「ハァ~イ!」と少年の声が返ってきた。
「あれ?ダグラス君?」「ダグラスお兄ちゃん⁉」
「あ!おはようパウパウ、ウルジェドさん、フッバーさん!」
「おはよう、手伝いか?」
「俺の父ちゃん、漁師なんすよンデ朝は、その手伝いサシテ…を、しているんです」
そう言いながら奥に案内してくれた先には、雑多な魚が氷粒に突っ込まれた箱があった。
「好きなン持ってって下さい。アシハヤァテ売り物に出来ないんで、皆、持ち帰ってるんです」
「……詳しくないので、分からんな。そうだ、ピンニファって魚はあるか?」
「あぁ、あれは今日は獲れンかった…ですねぇ、お勧めはコレと、あと、この青魚も美味いですよ」
「この辺の人達は、どうやって食べるんだ?」
「つけ汁に漬けこんでから一夜干ししたのを焼くか、あとは塩焼きダ…です」
ミッちゃんは、それらを収納空間に仕舞うと
「ありがとう。幾らだろうか?」
「いや、ハネ物ですから値段ネェン…は、無いんで持って行ってください」
少し考えたミッちゃんは、辺りの漁師を見回した。
「ダグラス君、あと漁師の皆さんは何人位いる?」
「え?戻ってないのは網を掛けに行った、うちの親父ンとこの3隻だから、あと10人位ですケド……」
「おい、魚を貰った礼をしたいので、開いているデカイ箱を借りていいか?」
ミッちゃんは、漁師たちに向けて声を上げた。
「ナンダァ、ナンモイラネカラモッテキャエエンダヨ」
「ウルジェドさん?」
「これからも貰いにくるからな、今日だけだ」
そう言いながら空の大箱に魔法でザラザラと氷を出して、収納から取り出した物をドスンと置いた。
「うわっ、コレ肉デネェカ!」
ダグラスが驚いて地元の言葉に戻った。
「オッチャン!スンゲェ肉、ワヤダワ」
ミッちゃんは、気にせずに、もう一つの箱にも同じように氷を入れると、ドスンと肉の塊を置く。
ダグラスの声に漁師たちが集まってきて、魚箱に突っ込まれた肉の塊を見た。
「オメェコッタラデッケェノドウスッテンダヨ」
「魚の礼だ。適当に分けて食べてくれ」
「ウルジェドっ、この辺じゃぁ、肉は高級品だぞ」
フッバーがコソっと言ってくれるが、別に構わない。
収納空間に大量に突っ込まれている水天魔牛だ。
「たまたま持っていた物を、欲しい魚と交換するだけだ。気にせんで皆で食べてくれ、足りなかったら、まだ出すぞ」
それを聞いたオッチャンと呼ばれた一際大きな年配の漁師が、
「オゥ、ンジャチョットヤッカ」と皆に声を掛けた。
その声に、ダグラスは「俺、マルトフ呼んでクッカラ」と飛び出していく。
走る背中に「ギルマスヨバネバフテクサレッドォ」と声が投げられ、ダグラスは「ワカッテルッテ~」と後ろ手を振って答えていた。
バタバタと漁師たちが、あちこちに散らばり、何やら辺りが慌ただしくなる。
「おい、フッバー、どうしたんだ?」
「アンチャンラ、フッバーモヨソコサスワッテマッテレ」
誰かが魚箱の即席椅子を指差した。
三人でひっくり返した魚箱に腰を下ろして、テキパキと働く漁師を眺めていると、入り口が暗くなり、ヌッと入って来た人影はギルドマスターのカウダ=タンニナだった。
「おぅ、肉祭りって聞いて来たぞ」
そう言いながら両手の酒甕を2つ、持ち上げて見せると、作業をしていた漁師たちから歓声が上がった。
「肉、持って来たんはウルジェド殿って、ダグラスが言っとったが」
「魚を貰った礼のつもりだったんだが、肉祭り?」
聞いた事のない言葉にミッちゃんは首を傾げた。
(パン祭りなら知っている気がするけど……肉祭りって何?)と、パウパウも首を傾げる。
「おぅ、でっけぇハネモンとかな、皆に分けたり、食っちまうんだわ。で、今日は肉が来たから肉祭りだな」
そう言ったギルマスは壁の一角を指差した。
見ると、巨大な平たい鉄鍋が壁に掛けられている。
「前にデッケェ、ポリヌンが獲れてよ、炊き込み飯作って、あちこちに配ったわ」
あの巨大な鍋で、一体、何人分が出来たんだろうか。
「そのときはタコ祭り?」パウパウがワクワクした目で聞く。
「そうだ、タコ祭りだったわ!領都じゃ気色悪いって良い値が付かねぇからなぁ」
「いいなぁ、美味しそうだね!」
見ると肉の塊を、漁師が板の上で魚用の刃物を使って切り分け始めている。
倉庫の外では幾つもの大な焼き台が用意されて、火が起こされていた。
「なるほど、フッバー、そういう事なら手伝うか。炭もあるから、これ持って行ってくれ」
ミッちゃんは収納から炭の入った袋を幾つか出してフッバーに預けた。
「おう、肉を食わせてもらうために働かんとな」
「パウパウ、ここで待っていて、私、肉の仕込みを手伝ってくるよ」
「うん!ギルマスさんと話してるから、だいじょぶ」
「え?」いきなりギルマス、指名依頼である。
しゃーねぇなっと言いながらもギルマスは地べたに腰を下ろした。
きっと重みで魚箱が壊れてしまうのを心配したのだろう。
「ねぇ、ギルマス。ダグラスお兄ちゃんとか、分かる言葉を話していたのなんで?」
「あ。おぉ、あれか?領都とかの学舎に行った時よ、言葉で苦労するヤツも多いからな。子供たちには帝国語の発音とかをギルドで教えてんのよ」
「へぇ~、そっかぁ」
「まぁ、ずっとここに居ると、忘れっちまうけどなぁ」
大きな口を開けて、ギルマスは笑った。
「ねぇ、あっちの箱のお魚って、売らないの?」
「あ?あぁ、こっから早馬車で領都まで2日かかるんだわ、足の速い…傷みやすい魚は持ってけねぇんだ、ちっとは加工して売りモンにすっけどなぁ」
「ふぅん……転移門とかで繋いだら?」
温室とトヒルの密林を繋いだみたいに、ここと領都を繋げば無駄な魚が減るのではないか?
「転移門なんて、すげぇこと小っせぇのに知ってんなぁ、ありゃ高くて出来ないんだわ。一回ごとに魔石を使うからなぁ」
「そっかぁ……」
内心でパウパウは首を傾げた。
ミッちゃん達が繋いだ門は魔石なんて使っていなかったのだ。
(違う魔法なのかなぁ?ぼく、知らないことばっかり……)
パウパウは肉の仕込みを手伝っているミッちゃんに目を向けた。
体格のいい漁師たちの中で、ミッちゃんは華奢に見える。
銀色の髪を一つ纏めて、露わになった顔に見とれる漁師の眼差しに気づかず、手際よく自前の包丁で肉を切り分けてはタレに漬けこんでいる。
(早く、大きくなりたいなぁ……)
そうしたら料理を手伝ったり出来るし、一緒にダンジョンにも行けるだろう。
「ねぇ、ギルマス」
横に座る大きな龍人を見ると「うぉっ!」と慌てて酒の甕を口から離した。
待ちきれなくて、直飲みをしていたようだ。
「なんだ坊主」
「ボウズじゃないよ、ぼく、パウパウって言うの。あのね、幾つから冒険者ってなれるの?」
「冒険者だぁ?ボウ……パウパウは、なりてぇのか?」
ギルマスは隣の魚箱にチョンと座った子供を見た。
ふっくりと柔らかい輪郭の白い頬、黒漆のように艶やかな手入れの行き届いた髪、澄んだ新緑色の大きな瞳。
少し開いた小さな唇は桜貝の色だ。
どう見ても、戦う人種ではない。
希少な黒真珠のように真綿に包まれて、螺鈿の宝石箱の中にしまい込まれる人種だろう。
「まぁ、冒険者登録は10才から出来るけどなぁ」
「10才かぁ……」
「パウパウは今、幾つよ?」
「4つ…秋で5つ」
「そうかぁ……遠いなぁ」
「うん……ねぇギルマスは、冒険者になって、どれくらい?」
「俺かぁ…俺はなぁ……覚えてねぇほど昔だわ…はぁ、歳とったなぁ……」
周りで肉祭りの準備をしていた漁師たちは、チラチラと二人の様子を見ていた。
デッカイ海竜族のギルマスの横、チョコりと座った子供。
二人が遠い眼差しをして語りあうのを見て、笑いを堪えるのが大変だった。
やがて最後の3隻が戻って来て、焼き台の火も丁度良い塩梅になったところで、突発的プタフォタン漁港肉祭りが始まったのだが、ハイエルフが収納から出した数々の酒のお陰で、普段なら昼過ぎで終わるはずの肉祭りは、夕餉時にまで突入する。
帰りが遅いのを迎えに来た家人まで巻き込んで、大肉祭りとなったのだった。
「お~い!ウルジェドさん、この爺さんが塔の灯りを夜に見たマッケンだぜ」
「イヤワァルカッタナヤオラァヨオッドロイチマッタモンデナ」
ハイエルフは何を話しているのか、やっぱり分からずに営業用の笑顔で乗り切った。
普段は暗い魔法灯が2本が灯る港が、今日はハイエルフが飛ばした光魔法で、煌々と照らされている。
港の中の黒い水面が、白い光で照らされて灰緑色に見えていた。
ときおり小魚の波紋が起きる。
「パウパウ~魚、炙ったの食べるかい?」
「も、お腹いっぱいだよマルトフ兄ちゃん」
「俺も、俺も!もう、何も入んねぇ。コッタラ肉、食ったの初めてだわ」
昼頃に肉を食べ始め、漁師たちは酒を飲み、グダグダしているうちに迎えに来た家族が加わって……
そのうち、皆が持ち寄ったオカズやら何やらを摘まんだり、ハネ物の魚を焼いたりで、大人達は楽しそうだし、マルトフとダグラス以外の子供たちと知り合えてパウパウも嬉しかった。
暗くなる前は皆で、石蹴りをしたり、港の中で追いかけっ子をしたりと、初めてヒト族の子供と遊びらしい遊びをしたのだ!
一番の年下がパウパウだったので、まったく勝てなかったが。
それでも、遊びに参加したのが快挙だと、パウパウは満足だ。
「フィリも来れたら良かったのになぁ」
「仕方ないよ、手の腫れが引くまでは安静なんだってさ」
「そっかぁ、じゃあ治ったら、ミッちゃんにお願いして、うちで肉を焼いてもらうね!」
「やったベ!まァた肉が食べられッゾっ」ダグラスが喜び。
「おい、ダグ、また訛ってるってば」
「あははは!今のは、ぼくも何となく分かった!」
「なんも俺訛ってねぇ、チャントテーコクゴォ喋ってるべ!」
この日パウパウもミッちゃんも、夜遅くまで漁港で楽しい時間を過ごしたのだった。
「あぁ、時期になると結構、厄介な魔物…魔魚が、来るんでな」
フッバーが険しい表情で船を見ながら言った。
「何が出るんだ?」
「沖に大網を張ったときな、掛かった魚を狙って大魚が来る。網を破られないように総出で狩るんだが、中々難しい……それと、大烏賊に化け物蟹だな」
「……化け物蟹……」
「マールちゃん、大喜びだね」
「止めて、本当に叔父上が来たら困るから」
ミッちゃんは蟹の話を、無理やり終わらせる。
「フッバーも、あの船に?」
「……いやぁ、俺はなぁ……」
あははと硬い声で笑うフッバーに、それ以上を聞かない事にしたミッちゃんは話を変えた。
「ところで、魚が欲しいのだが何処か買える所はないか?」
「売り物になる魚は、殆ど領都に運ばれるから、有るのはハネ物だがいいのか?」
頷くミッちゃんをフッバーが案内したのは、舟が水揚げする場所の横にある倉庫だった。
水揚げが一段落した漁師たちが休憩所代わりにしているらしい。
魚独特の匂いが籠っている中で思い思いに休んでいたり、魚箱を椅子替わりにして話をしていた。
(市場の魚屋さんの匂いだ~)パウパウは記憶の中の匂いを思い出した。
「おはよう、休んでる所、すまんが、この人に魚を分けてくれんか?」
「オオ、フッバー、オハヨウサンナシタ?」
「オゥ、ナンダコンシュットシタアンチャンツレテ」
「マタコンマイノツレテンナ」
ヒマをしていた漁師たち口々に声を掛ける。
「おはよう。私はウルジェドと言う。で、すまんが、魚を分けてくれないか」
「オゥエエゾ、ウリモンニナランヤツダカラスキナンモッテイケヤ」
「オ~イ!ダグ、コンヒトガンバコントコアンナイシテヤレ」
年配のゴツイ漁師が大きな声で倉庫の奥に声を掛けると、「ハァ~イ!」と少年の声が返ってきた。
「あれ?ダグラス君?」「ダグラスお兄ちゃん⁉」
「あ!おはようパウパウ、ウルジェドさん、フッバーさん!」
「おはよう、手伝いか?」
「俺の父ちゃん、漁師なんすよンデ朝は、その手伝いサシテ…を、しているんです」
そう言いながら奥に案内してくれた先には、雑多な魚が氷粒に突っ込まれた箱があった。
「好きなン持ってって下さい。アシハヤァテ売り物に出来ないんで、皆、持ち帰ってるんです」
「……詳しくないので、分からんな。そうだ、ピンニファって魚はあるか?」
「あぁ、あれは今日は獲れンかった…ですねぇ、お勧めはコレと、あと、この青魚も美味いですよ」
「この辺の人達は、どうやって食べるんだ?」
「つけ汁に漬けこんでから一夜干ししたのを焼くか、あとは塩焼きダ…です」
ミッちゃんは、それらを収納空間に仕舞うと
「ありがとう。幾らだろうか?」
「いや、ハネ物ですから値段ネェン…は、無いんで持って行ってください」
少し考えたミッちゃんは、辺りの漁師を見回した。
「ダグラス君、あと漁師の皆さんは何人位いる?」
「え?戻ってないのは網を掛けに行った、うちの親父ンとこの3隻だから、あと10人位ですケド……」
「おい、魚を貰った礼をしたいので、開いているデカイ箱を借りていいか?」
ミッちゃんは、漁師たちに向けて声を上げた。
「ナンダァ、ナンモイラネカラモッテキャエエンダヨ」
「ウルジェドさん?」
「これからも貰いにくるからな、今日だけだ」
そう言いながら空の大箱に魔法でザラザラと氷を出して、収納から取り出した物をドスンと置いた。
「うわっ、コレ肉デネェカ!」
ダグラスが驚いて地元の言葉に戻った。
「オッチャン!スンゲェ肉、ワヤダワ」
ミッちゃんは、気にせずに、もう一つの箱にも同じように氷を入れると、ドスンと肉の塊を置く。
ダグラスの声に漁師たちが集まってきて、魚箱に突っ込まれた肉の塊を見た。
「オメェコッタラデッケェノドウスッテンダヨ」
「魚の礼だ。適当に分けて食べてくれ」
「ウルジェドっ、この辺じゃぁ、肉は高級品だぞ」
フッバーがコソっと言ってくれるが、別に構わない。
収納空間に大量に突っ込まれている水天魔牛だ。
「たまたま持っていた物を、欲しい魚と交換するだけだ。気にせんで皆で食べてくれ、足りなかったら、まだ出すぞ」
それを聞いたオッチャンと呼ばれた一際大きな年配の漁師が、
「オゥ、ンジャチョットヤッカ」と皆に声を掛けた。
その声に、ダグラスは「俺、マルトフ呼んでクッカラ」と飛び出していく。
走る背中に「ギルマスヨバネバフテクサレッドォ」と声が投げられ、ダグラスは「ワカッテルッテ~」と後ろ手を振って答えていた。
バタバタと漁師たちが、あちこちに散らばり、何やら辺りが慌ただしくなる。
「おい、フッバー、どうしたんだ?」
「アンチャンラ、フッバーモヨソコサスワッテマッテレ」
誰かが魚箱の即席椅子を指差した。
三人でひっくり返した魚箱に腰を下ろして、テキパキと働く漁師を眺めていると、入り口が暗くなり、ヌッと入って来た人影はギルドマスターのカウダ=タンニナだった。
「おぅ、肉祭りって聞いて来たぞ」
そう言いながら両手の酒甕を2つ、持ち上げて見せると、作業をしていた漁師たちから歓声が上がった。
「肉、持って来たんはウルジェド殿って、ダグラスが言っとったが」
「魚を貰った礼のつもりだったんだが、肉祭り?」
聞いた事のない言葉にミッちゃんは首を傾げた。
(パン祭りなら知っている気がするけど……肉祭りって何?)と、パウパウも首を傾げる。
「おぅ、でっけぇハネモンとかな、皆に分けたり、食っちまうんだわ。で、今日は肉が来たから肉祭りだな」
そう言ったギルマスは壁の一角を指差した。
見ると、巨大な平たい鉄鍋が壁に掛けられている。
「前にデッケェ、ポリヌンが獲れてよ、炊き込み飯作って、あちこちに配ったわ」
あの巨大な鍋で、一体、何人分が出来たんだろうか。
「そのときはタコ祭り?」パウパウがワクワクした目で聞く。
「そうだ、タコ祭りだったわ!領都じゃ気色悪いって良い値が付かねぇからなぁ」
「いいなぁ、美味しそうだね!」
見ると肉の塊を、漁師が板の上で魚用の刃物を使って切り分け始めている。
倉庫の外では幾つもの大な焼き台が用意されて、火が起こされていた。
「なるほど、フッバー、そういう事なら手伝うか。炭もあるから、これ持って行ってくれ」
ミッちゃんは収納から炭の入った袋を幾つか出してフッバーに預けた。
「おう、肉を食わせてもらうために働かんとな」
「パウパウ、ここで待っていて、私、肉の仕込みを手伝ってくるよ」
「うん!ギルマスさんと話してるから、だいじょぶ」
「え?」いきなりギルマス、指名依頼である。
しゃーねぇなっと言いながらもギルマスは地べたに腰を下ろした。
きっと重みで魚箱が壊れてしまうのを心配したのだろう。
「ねぇ、ギルマス。ダグラスお兄ちゃんとか、分かる言葉を話していたのなんで?」
「あ。おぉ、あれか?領都とかの学舎に行った時よ、言葉で苦労するヤツも多いからな。子供たちには帝国語の発音とかをギルドで教えてんのよ」
「へぇ~、そっかぁ」
「まぁ、ずっとここに居ると、忘れっちまうけどなぁ」
大きな口を開けて、ギルマスは笑った。
「ねぇ、あっちの箱のお魚って、売らないの?」
「あ?あぁ、こっから早馬車で領都まで2日かかるんだわ、足の速い…傷みやすい魚は持ってけねぇんだ、ちっとは加工して売りモンにすっけどなぁ」
「ふぅん……転移門とかで繋いだら?」
温室とトヒルの密林を繋いだみたいに、ここと領都を繋げば無駄な魚が減るのではないか?
「転移門なんて、すげぇこと小っせぇのに知ってんなぁ、ありゃ高くて出来ないんだわ。一回ごとに魔石を使うからなぁ」
「そっかぁ……」
内心でパウパウは首を傾げた。
ミッちゃん達が繋いだ門は魔石なんて使っていなかったのだ。
(違う魔法なのかなぁ?ぼく、知らないことばっかり……)
パウパウは肉の仕込みを手伝っているミッちゃんに目を向けた。
体格のいい漁師たちの中で、ミッちゃんは華奢に見える。
銀色の髪を一つ纏めて、露わになった顔に見とれる漁師の眼差しに気づかず、手際よく自前の包丁で肉を切り分けてはタレに漬けこんでいる。
(早く、大きくなりたいなぁ……)
そうしたら料理を手伝ったり出来るし、一緒にダンジョンにも行けるだろう。
「ねぇ、ギルマス」
横に座る大きな龍人を見ると「うぉっ!」と慌てて酒の甕を口から離した。
待ちきれなくて、直飲みをしていたようだ。
「なんだ坊主」
「ボウズじゃないよ、ぼく、パウパウって言うの。あのね、幾つから冒険者ってなれるの?」
「冒険者だぁ?ボウ……パウパウは、なりてぇのか?」
ギルマスは隣の魚箱にチョンと座った子供を見た。
ふっくりと柔らかい輪郭の白い頬、黒漆のように艶やかな手入れの行き届いた髪、澄んだ新緑色の大きな瞳。
少し開いた小さな唇は桜貝の色だ。
どう見ても、戦う人種ではない。
希少な黒真珠のように真綿に包まれて、螺鈿の宝石箱の中にしまい込まれる人種だろう。
「まぁ、冒険者登録は10才から出来るけどなぁ」
「10才かぁ……」
「パウパウは今、幾つよ?」
「4つ…秋で5つ」
「そうかぁ……遠いなぁ」
「うん……ねぇギルマスは、冒険者になって、どれくらい?」
「俺かぁ…俺はなぁ……覚えてねぇほど昔だわ…はぁ、歳とったなぁ……」
周りで肉祭りの準備をしていた漁師たちは、チラチラと二人の様子を見ていた。
デッカイ海竜族のギルマスの横、チョコりと座った子供。
二人が遠い眼差しをして語りあうのを見て、笑いを堪えるのが大変だった。
やがて最後の3隻が戻って来て、焼き台の火も丁度良い塩梅になったところで、突発的プタフォタン漁港肉祭りが始まったのだが、ハイエルフが収納から出した数々の酒のお陰で、普段なら昼過ぎで終わるはずの肉祭りは、夕餉時にまで突入する。
帰りが遅いのを迎えに来た家人まで巻き込んで、大肉祭りとなったのだった。
「お~い!ウルジェドさん、この爺さんが塔の灯りを夜に見たマッケンだぜ」
「イヤワァルカッタナヤオラァヨオッドロイチマッタモンデナ」
ハイエルフは何を話しているのか、やっぱり分からずに営業用の笑顔で乗り切った。
普段は暗い魔法灯が2本が灯る港が、今日はハイエルフが飛ばした光魔法で、煌々と照らされている。
港の中の黒い水面が、白い光で照らされて灰緑色に見えていた。
ときおり小魚の波紋が起きる。
「パウパウ~魚、炙ったの食べるかい?」
「も、お腹いっぱいだよマルトフ兄ちゃん」
「俺も、俺も!もう、何も入んねぇ。コッタラ肉、食ったの初めてだわ」
昼頃に肉を食べ始め、漁師たちは酒を飲み、グダグダしているうちに迎えに来た家族が加わって……
そのうち、皆が持ち寄ったオカズやら何やらを摘まんだり、ハネ物の魚を焼いたりで、大人達は楽しそうだし、マルトフとダグラス以外の子供たちと知り合えてパウパウも嬉しかった。
暗くなる前は皆で、石蹴りをしたり、港の中で追いかけっ子をしたりと、初めてヒト族の子供と遊びらしい遊びをしたのだ!
一番の年下がパウパウだったので、まったく勝てなかったが。
それでも、遊びに参加したのが快挙だと、パウパウは満足だ。
「フィリも来れたら良かったのになぁ」
「仕方ないよ、手の腫れが引くまでは安静なんだってさ」
「そっかぁ、じゃあ治ったら、ミッちゃんにお願いして、うちで肉を焼いてもらうね!」
「やったベ!まァた肉が食べられッゾっ」ダグラスが喜び。
「おい、ダグ、また訛ってるってば」
「あははは!今のは、ぼくも何となく分かった!」
「なんも俺訛ってねぇ、チャントテーコクゴォ喋ってるべ!」
この日パウパウもミッちゃんも、夜遅くまで漁港で楽しい時間を過ごしたのだった。
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