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101.パウパウの夏とタガメ探し 36
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翌朝、マルトフとフィリが昨日と同じように屋敷に迎えに来た。
魔道人形が開けた玄関扉を抜け、厨房を覗きこんで「おはようございます」と二人元気に挨拶をする。
「おはよう、パウパウと一緒に朝ご飯を食べてくれ」
「ありがとうございます!」
「ご馳走になります」
何かの鍋の様子を見ていたミッちゃんの言葉に少年たちが返事をし、パウパウがお手伝いでパンの篭を運ぶのを見て、立ち上がった。
「おはようございます」
「パウパウ、手伝うよ」
「あ、ぼくもウルジェドさん、何かお手伝いさせてください」
テーブルには様々の具材が並んだ。
マプチェ鳥のゆで卵を潰したエッグサラダ、キタノカムイモのポテトサラダ、スモークサーモン、ハムはスパイスとナッツが練り込まれた物と、生ハム、薄切りのローストビーフ。
柔らかくしたヌーシャテルに砕いたナッツとドライフルーツを混ぜた物と、3年ほど熟成したオレンジ色のハードチーズ。
プレザーヴはフィクスとバキニム、プルヌスの3種類。
レタスと輪切りのトマトにキュウリとスライスオニオン。
パンの篭には白パンと、平パンが山盛りだ。
スプレット用にフムスと、ハーブバターを添えて、横には魔蜜を足した柚子水も冷やして水差しに入れてある。
「ミッちゃん、バキニムのジャム。作ってくれたの?」
「うん、パウパウが摘んでくれたからね」
「ありがと。嬉しい」
ミッちゃんは鍋のスープを装って、皆の前に置いた。
パウパウの好きな豆のスープだ。
「今日の朝ごはんは、自分で作るサンドイッチだな。好きなのを好きに挟んでくれ」
「うわぁ、パーティみたいだっ!」
マルトフが嬉しそうに言うとフィリもコクコクと頷いた。
パウパウも、こんな朝ごはんは初めてだ。
(テマキズシパーティ!……手巻き寿司⁉)
なんだか、皆でワイワイしてて楽しい。
いつも美味しいのが、もっと美味しいって凄いとパウパウは二つ目のパンを手にしながら思う。
「あ、あとでダグの分、作っていいですか?」
マルトフがウルジェドに尋ねた。
「あぁ、勿論。作ってくれると有難いな」
「うふふ、すっごい美味しいの作って驚かせてやろうよ」
「ぼくね、甘いのがいいと思う」
「うん。ダグは甘いの好きだからね、喜ぶぞ」
「で、今日は何をする予定なんだ?」
「舟、夏空号に乗る?」
パウパウは昨日の舟が気に入ったらしく、ワクワクした顔でマルトフを見た。
「いや、夏空号にはまだ乗れないんだ。今日はレトケレスを探しに行く予定です」
昨日、港でパウパウと別れてから、ダグラスの叔父と父親に櫓の2つ使いを相談したところ、面白がったオッチャン達はトコ板の櫓穴を左右に2つ開けることを許してくれたそうだ。
「今日、穴を開けてもらえるから、そうしたら試しに舟を走らせるよ」
フィリの言葉にパウパウは頷く。
(ツインエンジン……楽しみ)
「おや、レトケレスは夜行性では無かったかい?」
ミッちゃんが不思議そうに首を傾げたところ
「でも、田んぼの脇の側溝とか、じゃぶじゃぶしてたら居ることもあるんで」と、マルトフが言う。
「あぁ、では着替えを持たせたほうがいいのかな?」
「いえ、錬金符で防汚、防水が出来るのを、貰ってきたので大丈夫です」
フィリが布カバンから小さな金属板を取り出して、ミッちゃんに見せた。
俗に錬金文字と呼ばれる記号で、確かに防水、防汚機能と範囲が刻まれている。
立派な付与魔法だ。
素材をしっかりした物に変えて、手を加えれば、冒険者用として売る事も可能だろう。
「……本当に君の母上は、天才だな」
「え、あ、ありがとうございます」フィリが恥ずかしそうに俯いた。
その後、パウパウはミッちゃんにお願いしてフッバー用にもサンドイッチを用意してもらった。
いつもなら来るだろう時間に、今日は顔を見せていない。
別に約束をしている訳ではないが、気になったのだ。
「フッバーさん、どうしたんだろうねぇ」
山道の途中の魔蜂たちとの関係も、今では良好なので、ここに来る途中で何かがあったとは思えない。
彼の身を案じながら、四人で山道を下って行く途中で何やら人の騒めきが聞こえてきた。
「だから運動不足でございますよ!ベネ様!」
「あはははは、いや、すまん。すまん」
「おい、大丈夫ですかね。御領主様、すでに膝が笑ってますけど」
「いや、申し訳ないな、フッバー殿。ここまでダメダメとはワシも思わなんだ」
「誰か背負って差し上げろ」
「はっ!某が……うっ」
「あっはっは、訓練、訓練」
山道のカーブの向こうから聞こえてくるのは、フッバーと誰かの会話だ。
不思議に思った子供たちは小走りに山道を駆け下りる。
「あ、パウパウ」
大丈夫だとは分かっているが、ミッちゃんも続いて足早になった。
パタパタと足音を立てて走って来た子供たちに、兵士は剣に掛けた手を離した。
「おぉ、おはよう、みんな」
フッバーが降りてきた面々に挨拶をする。
大きくて、白くて、ぽっちゃりして、兵士に背負われた丸い人がモチモチした手を振った。
「おぉ、ウルジェド殿!久しいの」
背負ってくれていた兵士の肩を叩いて、丸い人が地面にモチ~ンと降りる。
「ベネ殿?どうして此方へ?」
ハイエルフが白くて丸い男を見て、驚いたように言った。
「視察じゃ、視察、の?」侍従らしき白髪頭の男に、ベネと呼ばれた男は声を掛けた。
「いいぇ、ウルジェド様。ご領主は、貴男様にかこつけて、祭りを見る気満々でございます」
「暫くプタフォタンに滞在すると手紙に有ったのでな、ついでに祭りも見るのだ。やれ、それにしても、ここで会えたのは僥倖だな。山道を登らんで済んだわ」
あっはっはと笑って、子供たちを見た。
「あぁ、これは愛ごい子らだな。おはよう。ワシはベネ・ウオレオだ」
「ご領主様、またそのような……」
「え、ご領主さま?」フィリたちは身分の高い貴族に先名乗りをされて慌てた。
「あ、ぼ、僕はマルトフです」
「ぼく、フィリです」
ベネ様は、嬉しそうにウンウンと頷いて、パウパウを見た。
「ぼくパウパウです。お会いできてこーえーです」
パウパウがチョコンと頭を下げたのを見て、ベネは空を見上げるように笑った。
ガルデンおじちゃんより横に大きくて、貴族なのに大口を開けて笑う姿に、なんだか入道雲みたいな人だとパウパウは思った。
あと、顔が記憶の中のカワイルカぽくて愛嬌があって可愛い。
髪の毛が淡い桃色のせいで、尚更カワイルカの丸顔に見える。
「そうか。そうか、愛ごい、愛ごい。うちの子らは、皆、賢くて愛ごいわ、のう?ウルジェド殿。……ところで、皆で、何処へ行くつもりだったのかの?」
「あぁ、これから港へ行くのだが」
「おぉ!ならば、ワシの馬車に乗るがよい。ワシも港を見たかったのでな、一緒しよう」
領主の誘いを断れるはずもなく、山道をヒィヒィ言いながらモチモチと下るベネ様が転がらないように、護衛の兵士二人が直ぐ前に着いて進む。
左右には侍従と、もう一人の兵士。
それをパウパウと少年たちは少し離れた後ろから付いて行く。
フッバーとミッちゃんは、そのまた後ろだ。
「ギルドに寄ったら、捕まったんだわ。ギルマスに案内しろって言われてなぁ」
「そりゃ災難だったな」
前に聞こえないように二人は小声で会話する。
屋敷へ続く山道と、町への街道の合流地点には随分と大きな馬、四頭に引かせた六人乗り馬車と、警護兵二人が、馬番として残っていた。
「子供らは小さいゆえ、乗れるだろう。フッバー殿も乗るがよい。ロードンは御者台だの」
その声を合図に兵達は、それぞれの馬に騎乗し、一人は御者台に付いた。
「いやベネ殿、歩いても然程かからんから、私たちは歩くぞ」
「よいから乗れ。ワシはこの領で一番偉いんじゃから、言う事を聞け、ふっふっふ」
そう言って領主が乗り込むと、ギシリと馬車が傾いて、すぐに元に戻る。
(おぉ!サスペンションもモチモチだ)と、パウパウは感心した。
御者台に追いやられた男に礼をしてから、皆で貴族の馬車に乗りこんだ。
ミッちゃんはパウパウを膝の上に乗せた。
それを見て領主が笑い、次にその隣でカチコチに緊張している子供たちを見た。
御者窓から、こちらを覗いているロードンに頷くと、ゆっくりと馬車が動き出す。
「フィリと言ったの」
「は、はィッ!」フィリは飛び上がるように返事をした。
「はっはっは、そんなに怖がらんでくれ。でな……パティオル=アストル殿は元気かの?」
「え、あ、あの、は母を御存じなのですか?」
隣のマルトフが、肘でフィリを突く。小さい声で不敬、不敬、質問に答えてっと早口で言っている。
「あぁ、よい。よい。……うむ、アストル殿が働いていたプールヴァの工房はワシの伴侶の工房だからの、覚えておらんか?フィリが生まれたとき、ワシらとも会っておるぞ」
「ぼく、プールヴァで産まれたんですか」
大きな青緑色の眼を見開いて、フィリは呟いた。
少年は物心ついた時には、このプタフォタンで親子二人で暮らしていた。
父のことも、親類縁者のことも、産親から聞いた事はないし、何となく怖くて聞くことが出来ずにいた。
友達もいる、町の大人達は皆、優しい。
このまま何も知らないで生きていくのでも構わない、と思っていた時に、ウルジェドに出会ってしまったのだ。
自分以外の耳が尖った一族。
エルフでは無いと言われたが、それでも。
「あ、あの……ぼくの……」
──ぼくの父を御存じないでしょうか──
流石に、御領主様に聞くべき事ではないと、フィリは言葉を飲み込んだ。
「ところでフィリよ。たしか奇麗な金の髪をしておったと思ったが、なぜにシェブロンなどで髪も耳も隠しておるのだね?」
少年の葛藤を気付かないふりをしたのか、ベネは話題を変えた。
「あ、の…よろしいでしょうか、御領主様」おずおずとマルトフが声を掛け、それにベネは頷く。
「もうすぐ祭りになるんで、変なヤツ避けなんです。前の祭りの時もフィリ、攫われそうになった事があって」
「なんと、うちの子達に左様な無体をか」
ムムムと口をムニョムニョさせたベネ様は、たぶん、憤っているのだろう。
だが、元の顔が愛嬌ありまくりなので、何とも緊迫感が無い。
そのとき、ギシッと音がして、馬車が止まった。
どうやら港についたらしい。
「フィリよ、怖い思いをさせて済まなかったの。今年は斯様なことが起きぬように、手も気も配る故に、普通に過ごすがよい。ワシが約束するゆえの」
「はい。ありがとうございます」
侍従のロードンが馬車の扉を開けて、まずフッバーが降り、その後を口々に領主にお礼を言いながら少年二人が、次いでパウパウが降りた。
ミッちゃんがタラップから降りて、ベネに手を貸して馬車を降りる補助をする。
フッバーが心配そうな顔で見てきたので、収納から朝飯の巨大な包を取り出して渡すと、心得たように子供たちを連れて、ダグラスが手を振る船揚げ場に向かってくれた。
一方で領主はというと、港で待機していたギルマス達、町の要職が近寄ろうとするのを手で制して、海を見るように岸壁を少し歩いた。
その後ろをウルジェドは付いて行く。
心得ている侍従も護衛兵も、付かず離れずの距離に留まっている。
「リヨスアルヴァが落ちたの」
海を見たまま独り言のように、ベネが呟く。
「……成り行きでな」
「ターヴ・ミン=メリウスは、叙爵して大公扱いになるだろうよ。国名はどうなるか分からんがな」
「そうか」
「……彼の一門はの、冷遇公爵とリヨスアルヴァでは呼ばれておった。前王の嫌がらせで物資の流通を止められたりしたのよ。それでわざわざ、自領の民を飢えさせないために、自らプールヴァまで交渉に来たのぅ…13,4年ほど前かの……」
ウルジェドは眉を顰めた。
「……ベネ殿、何が言いたい」
「今時、エルフだからと闇取引は流行るまい?実際リヨスアルヴァの流人の引き取り先は無かったようだしの……ファトゥス前王は、学者にでも成った方が良かったのじゃろうな。向いてない、向いてない」
含んだ話とは裏腹に、カラカラと明るくベネは笑った。
「まぁ、今年からフィリに悪さを仕掛けるバカはおらんじゃろうと思うてな。もし出てきたら、別口という事だの」
「ふむ……まぁ、パウパウの友達だからな、この町に居るあいだは気に掛けよう」
この町では余所者が悪目立ちする。
なにか事を成すには、祭りの人ごみに紛れたほうが良いと思ったのだろう。
ウルジェドは船揚げ場で騒いでいる、楽し気な子供たちを眺めた。
櫓杭に部品を差し込んで、あーだこーだとやっては笑っているのを、フッバーがサンドイッチを齧りながら見守っていた。
ダグラスは、巨大なサンドイッチと戦っているらしく、何も話せないでいるようで、パウパウがナイナイ袋から何かの水袋を出して渡しているのが見えた。
「んっふっふ……どうよ、ハイエルフ。ヒトは愛ごいものじゃろう?ワシは、この領地が好きでなぁ。皆で笑って暮らしたいのよ」
「ふふ……ベネ殿の父上も祖父殿も、同じようなことを言っていたぞ」
「あっはっは。そりゃアレだ。遺伝よ、遺伝」
魔道人形が開けた玄関扉を抜け、厨房を覗きこんで「おはようございます」と二人元気に挨拶をする。
「おはよう、パウパウと一緒に朝ご飯を食べてくれ」
「ありがとうございます!」
「ご馳走になります」
何かの鍋の様子を見ていたミッちゃんの言葉に少年たちが返事をし、パウパウがお手伝いでパンの篭を運ぶのを見て、立ち上がった。
「おはようございます」
「パウパウ、手伝うよ」
「あ、ぼくもウルジェドさん、何かお手伝いさせてください」
テーブルには様々の具材が並んだ。
マプチェ鳥のゆで卵を潰したエッグサラダ、キタノカムイモのポテトサラダ、スモークサーモン、ハムはスパイスとナッツが練り込まれた物と、生ハム、薄切りのローストビーフ。
柔らかくしたヌーシャテルに砕いたナッツとドライフルーツを混ぜた物と、3年ほど熟成したオレンジ色のハードチーズ。
プレザーヴはフィクスとバキニム、プルヌスの3種類。
レタスと輪切りのトマトにキュウリとスライスオニオン。
パンの篭には白パンと、平パンが山盛りだ。
スプレット用にフムスと、ハーブバターを添えて、横には魔蜜を足した柚子水も冷やして水差しに入れてある。
「ミッちゃん、バキニムのジャム。作ってくれたの?」
「うん、パウパウが摘んでくれたからね」
「ありがと。嬉しい」
ミッちゃんは鍋のスープを装って、皆の前に置いた。
パウパウの好きな豆のスープだ。
「今日の朝ごはんは、自分で作るサンドイッチだな。好きなのを好きに挟んでくれ」
「うわぁ、パーティみたいだっ!」
マルトフが嬉しそうに言うとフィリもコクコクと頷いた。
パウパウも、こんな朝ごはんは初めてだ。
(テマキズシパーティ!……手巻き寿司⁉)
なんだか、皆でワイワイしてて楽しい。
いつも美味しいのが、もっと美味しいって凄いとパウパウは二つ目のパンを手にしながら思う。
「あ、あとでダグの分、作っていいですか?」
マルトフがウルジェドに尋ねた。
「あぁ、勿論。作ってくれると有難いな」
「うふふ、すっごい美味しいの作って驚かせてやろうよ」
「ぼくね、甘いのがいいと思う」
「うん。ダグは甘いの好きだからね、喜ぶぞ」
「で、今日は何をする予定なんだ?」
「舟、夏空号に乗る?」
パウパウは昨日の舟が気に入ったらしく、ワクワクした顔でマルトフを見た。
「いや、夏空号にはまだ乗れないんだ。今日はレトケレスを探しに行く予定です」
昨日、港でパウパウと別れてから、ダグラスの叔父と父親に櫓の2つ使いを相談したところ、面白がったオッチャン達はトコ板の櫓穴を左右に2つ開けることを許してくれたそうだ。
「今日、穴を開けてもらえるから、そうしたら試しに舟を走らせるよ」
フィリの言葉にパウパウは頷く。
(ツインエンジン……楽しみ)
「おや、レトケレスは夜行性では無かったかい?」
ミッちゃんが不思議そうに首を傾げたところ
「でも、田んぼの脇の側溝とか、じゃぶじゃぶしてたら居ることもあるんで」と、マルトフが言う。
「あぁ、では着替えを持たせたほうがいいのかな?」
「いえ、錬金符で防汚、防水が出来るのを、貰ってきたので大丈夫です」
フィリが布カバンから小さな金属板を取り出して、ミッちゃんに見せた。
俗に錬金文字と呼ばれる記号で、確かに防水、防汚機能と範囲が刻まれている。
立派な付与魔法だ。
素材をしっかりした物に変えて、手を加えれば、冒険者用として売る事も可能だろう。
「……本当に君の母上は、天才だな」
「え、あ、ありがとうございます」フィリが恥ずかしそうに俯いた。
その後、パウパウはミッちゃんにお願いしてフッバー用にもサンドイッチを用意してもらった。
いつもなら来るだろう時間に、今日は顔を見せていない。
別に約束をしている訳ではないが、気になったのだ。
「フッバーさん、どうしたんだろうねぇ」
山道の途中の魔蜂たちとの関係も、今では良好なので、ここに来る途中で何かがあったとは思えない。
彼の身を案じながら、四人で山道を下って行く途中で何やら人の騒めきが聞こえてきた。
「だから運動不足でございますよ!ベネ様!」
「あはははは、いや、すまん。すまん」
「おい、大丈夫ですかね。御領主様、すでに膝が笑ってますけど」
「いや、申し訳ないな、フッバー殿。ここまでダメダメとはワシも思わなんだ」
「誰か背負って差し上げろ」
「はっ!某が……うっ」
「あっはっは、訓練、訓練」
山道のカーブの向こうから聞こえてくるのは、フッバーと誰かの会話だ。
不思議に思った子供たちは小走りに山道を駆け下りる。
「あ、パウパウ」
大丈夫だとは分かっているが、ミッちゃんも続いて足早になった。
パタパタと足音を立てて走って来た子供たちに、兵士は剣に掛けた手を離した。
「おぉ、おはよう、みんな」
フッバーが降りてきた面々に挨拶をする。
大きくて、白くて、ぽっちゃりして、兵士に背負われた丸い人がモチモチした手を振った。
「おぉ、ウルジェド殿!久しいの」
背負ってくれていた兵士の肩を叩いて、丸い人が地面にモチ~ンと降りる。
「ベネ殿?どうして此方へ?」
ハイエルフが白くて丸い男を見て、驚いたように言った。
「視察じゃ、視察、の?」侍従らしき白髪頭の男に、ベネと呼ばれた男は声を掛けた。
「いいぇ、ウルジェド様。ご領主は、貴男様にかこつけて、祭りを見る気満々でございます」
「暫くプタフォタンに滞在すると手紙に有ったのでな、ついでに祭りも見るのだ。やれ、それにしても、ここで会えたのは僥倖だな。山道を登らんで済んだわ」
あっはっはと笑って、子供たちを見た。
「あぁ、これは愛ごい子らだな。おはよう。ワシはベネ・ウオレオだ」
「ご領主様、またそのような……」
「え、ご領主さま?」フィリたちは身分の高い貴族に先名乗りをされて慌てた。
「あ、ぼ、僕はマルトフです」
「ぼく、フィリです」
ベネ様は、嬉しそうにウンウンと頷いて、パウパウを見た。
「ぼくパウパウです。お会いできてこーえーです」
パウパウがチョコンと頭を下げたのを見て、ベネは空を見上げるように笑った。
ガルデンおじちゃんより横に大きくて、貴族なのに大口を開けて笑う姿に、なんだか入道雲みたいな人だとパウパウは思った。
あと、顔が記憶の中のカワイルカぽくて愛嬌があって可愛い。
髪の毛が淡い桃色のせいで、尚更カワイルカの丸顔に見える。
「そうか。そうか、愛ごい、愛ごい。うちの子らは、皆、賢くて愛ごいわ、のう?ウルジェド殿。……ところで、皆で、何処へ行くつもりだったのかの?」
「あぁ、これから港へ行くのだが」
「おぉ!ならば、ワシの馬車に乗るがよい。ワシも港を見たかったのでな、一緒しよう」
領主の誘いを断れるはずもなく、山道をヒィヒィ言いながらモチモチと下るベネ様が転がらないように、護衛の兵士二人が直ぐ前に着いて進む。
左右には侍従と、もう一人の兵士。
それをパウパウと少年たちは少し離れた後ろから付いて行く。
フッバーとミッちゃんは、そのまた後ろだ。
「ギルドに寄ったら、捕まったんだわ。ギルマスに案内しろって言われてなぁ」
「そりゃ災難だったな」
前に聞こえないように二人は小声で会話する。
屋敷へ続く山道と、町への街道の合流地点には随分と大きな馬、四頭に引かせた六人乗り馬車と、警護兵二人が、馬番として残っていた。
「子供らは小さいゆえ、乗れるだろう。フッバー殿も乗るがよい。ロードンは御者台だの」
その声を合図に兵達は、それぞれの馬に騎乗し、一人は御者台に付いた。
「いやベネ殿、歩いても然程かからんから、私たちは歩くぞ」
「よいから乗れ。ワシはこの領で一番偉いんじゃから、言う事を聞け、ふっふっふ」
そう言って領主が乗り込むと、ギシリと馬車が傾いて、すぐに元に戻る。
(おぉ!サスペンションもモチモチだ)と、パウパウは感心した。
御者台に追いやられた男に礼をしてから、皆で貴族の馬車に乗りこんだ。
ミッちゃんはパウパウを膝の上に乗せた。
それを見て領主が笑い、次にその隣でカチコチに緊張している子供たちを見た。
御者窓から、こちらを覗いているロードンに頷くと、ゆっくりと馬車が動き出す。
「フィリと言ったの」
「は、はィッ!」フィリは飛び上がるように返事をした。
「はっはっは、そんなに怖がらんでくれ。でな……パティオル=アストル殿は元気かの?」
「え、あ、あの、は母を御存じなのですか?」
隣のマルトフが、肘でフィリを突く。小さい声で不敬、不敬、質問に答えてっと早口で言っている。
「あぁ、よい。よい。……うむ、アストル殿が働いていたプールヴァの工房はワシの伴侶の工房だからの、覚えておらんか?フィリが生まれたとき、ワシらとも会っておるぞ」
「ぼく、プールヴァで産まれたんですか」
大きな青緑色の眼を見開いて、フィリは呟いた。
少年は物心ついた時には、このプタフォタンで親子二人で暮らしていた。
父のことも、親類縁者のことも、産親から聞いた事はないし、何となく怖くて聞くことが出来ずにいた。
友達もいる、町の大人達は皆、優しい。
このまま何も知らないで生きていくのでも構わない、と思っていた時に、ウルジェドに出会ってしまったのだ。
自分以外の耳が尖った一族。
エルフでは無いと言われたが、それでも。
「あ、あの……ぼくの……」
──ぼくの父を御存じないでしょうか──
流石に、御領主様に聞くべき事ではないと、フィリは言葉を飲み込んだ。
「ところでフィリよ。たしか奇麗な金の髪をしておったと思ったが、なぜにシェブロンなどで髪も耳も隠しておるのだね?」
少年の葛藤を気付かないふりをしたのか、ベネは話題を変えた。
「あ、の…よろしいでしょうか、御領主様」おずおずとマルトフが声を掛け、それにベネは頷く。
「もうすぐ祭りになるんで、変なヤツ避けなんです。前の祭りの時もフィリ、攫われそうになった事があって」
「なんと、うちの子達に左様な無体をか」
ムムムと口をムニョムニョさせたベネ様は、たぶん、憤っているのだろう。
だが、元の顔が愛嬌ありまくりなので、何とも緊迫感が無い。
そのとき、ギシッと音がして、馬車が止まった。
どうやら港についたらしい。
「フィリよ、怖い思いをさせて済まなかったの。今年は斯様なことが起きぬように、手も気も配る故に、普通に過ごすがよい。ワシが約束するゆえの」
「はい。ありがとうございます」
侍従のロードンが馬車の扉を開けて、まずフッバーが降り、その後を口々に領主にお礼を言いながら少年二人が、次いでパウパウが降りた。
ミッちゃんがタラップから降りて、ベネに手を貸して馬車を降りる補助をする。
フッバーが心配そうな顔で見てきたので、収納から朝飯の巨大な包を取り出して渡すと、心得たように子供たちを連れて、ダグラスが手を振る船揚げ場に向かってくれた。
一方で領主はというと、港で待機していたギルマス達、町の要職が近寄ろうとするのを手で制して、海を見るように岸壁を少し歩いた。
その後ろをウルジェドは付いて行く。
心得ている侍従も護衛兵も、付かず離れずの距離に留まっている。
「リヨスアルヴァが落ちたの」
海を見たまま独り言のように、ベネが呟く。
「……成り行きでな」
「ターヴ・ミン=メリウスは、叙爵して大公扱いになるだろうよ。国名はどうなるか分からんがな」
「そうか」
「……彼の一門はの、冷遇公爵とリヨスアルヴァでは呼ばれておった。前王の嫌がらせで物資の流通を止められたりしたのよ。それでわざわざ、自領の民を飢えさせないために、自らプールヴァまで交渉に来たのぅ…13,4年ほど前かの……」
ウルジェドは眉を顰めた。
「……ベネ殿、何が言いたい」
「今時、エルフだからと闇取引は流行るまい?実際リヨスアルヴァの流人の引き取り先は無かったようだしの……ファトゥス前王は、学者にでも成った方が良かったのじゃろうな。向いてない、向いてない」
含んだ話とは裏腹に、カラカラと明るくベネは笑った。
「まぁ、今年からフィリに悪さを仕掛けるバカはおらんじゃろうと思うてな。もし出てきたら、別口という事だの」
「ふむ……まぁ、パウパウの友達だからな、この町に居るあいだは気に掛けよう」
この町では余所者が悪目立ちする。
なにか事を成すには、祭りの人ごみに紛れたほうが良いと思ったのだろう。
ウルジェドは船揚げ場で騒いでいる、楽し気な子供たちを眺めた。
櫓杭に部品を差し込んで、あーだこーだとやっては笑っているのを、フッバーがサンドイッチを齧りながら見守っていた。
ダグラスは、巨大なサンドイッチと戦っているらしく、何も話せないでいるようで、パウパウがナイナイ袋から何かの水袋を出して渡しているのが見えた。
「んっふっふ……どうよ、ハイエルフ。ヒトは愛ごいものじゃろう?ワシは、この領地が好きでなぁ。皆で笑って暮らしたいのよ」
「ふふ……ベネ殿の父上も祖父殿も、同じようなことを言っていたぞ」
「あっはっは。そりゃアレだ。遺伝よ、遺伝」
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