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102.パウパウの夏とタガメ探し 37
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「あっはっは。そりゃアレだ。遺伝よ、遺伝」
目に刺さるほどの青空を呑むように、大口を開けて笑う領主に侍従が近づいて声を掛ける。
「おぉ、そうか。待たせて悪かったの。ウルジェド殿の予定は?」
ギルマス達の元へと歩みをモチンモチンと進めながら尋ねられて、ウルジェドは
「今日はレトケレスを探しに、どこぞへ行くらしい」
レトケレス……呟きながら少し考えて、ベネは思い当たったように弾けた声を上げた。
「なんと!ハイエルフが虫獲りかっ!あっはっは、その年齢で、今更‼」
「私がではないぞ。分かっておろうに」
ウルジェドは大人気なく口を尖らせるようにして答えた。
「んっふっふふ……帝都に知られたら大変じゃぞ。ウルジェド殿がトゥテラを得たという噂で、皇宮は震える程の騒ぎじゃったらしいしの。姫君など目が開かぬほど泣いたそうじゃ。その子のために虫獲りをしたなどと聞いたら、かの方が笑死するわ」
ブブブブと吹き出して、
「虫とり……レトケレス……」
クックックと笑うベネをウルジェドは、これだけ腹から笑うのに、何故にモチモチしているんだと、揺れる腹を忌々しそうに睨んだ。
「大げさな……ところでベネ殿。わざわざ祭りに来たのではあるまい?」
「ふっふっふぅ……おぉ、ちゃんと仕事よな、領都とプタフォタンの流通をなんとかしたくての」
ベネに合わせているので、ゆっくりと二人は歩む。
来るなと制されているギルマス達は、気を揉もんでいるだろう。
「祭りまでは滞在するなら、一度、食事でもしよう。宿は?」
「おぉ、それは良いな。ウルジェド殿の料理を食べてみたかったのだ。クリュッシ様など、わざわざ魔法文を飛ばして自慢して来たのだぞ。うん、ワシはギルマスの屋敷に世話になる予定じゃから、鳥でも飛ばしてくれ」
最高学府の学長が、下らない文通をベネに仕掛けたらしい。
思い出したベネは、また口をムニュっとさせているが、顔立ちのため やはり不機嫌にはみえない。
「わかった。では、今日はここで失礼する」
会釈をしたウルジェドに、頷いてベネも「またの」と答えた。
足早に船揚げ場の子供たちの元へ向かう背中を見送ったベネに侍従のロードンは声を掛けた。
「ベネ様」
「ロードンよ。どう見た?」
「はい。以前お見掛けした時とは別人でございますな」
「んふっふ、あの小さな子供が、あの男を変えたのよ。なぁ、人は凄いものじゃな、あの人形だった男が今日は虫獲りだそうじゃ」
ぷぷぷと、ベネは思い出して吹き出した。
「虫獲り……で、ございますか。竜の賢者さまが」
「そうじゃ、そうじゃ。あのウルジェドがじゃ」
我慢できずに今度は大口で笑いながらギルマス達の元にモチモチと向かった。
「ミッちゃん!お帰り~」
短い錬金櫓を振りながらパウパウがピョンピョンと迎えてくれた。
「ごめんね。お待たせ」
「ウルジェドさん、おはようございます!サンドイッチ、御馳走様でした」
ダグラスは今日も元気に頭を下げた。
「美味しかったろう?みんなが作ってくれたからな」
「はいっ」
ダグラスがニパッと笑う。
「で、今日はこれからどうするんだ?」
「フィリの家の近くに田んぼがあるんで、そこでジャブジャブします」と、マルトフが答えた。
「そうか……初めて会った時に送った場所まで、転移をしたほうが早いか?」
「はい!お願いしてもいいですか?」
フィリが喰い付いた。
マルトフも眼をキラキラさせてウンウンと頷いている。
何故かフッバーも頷いている。
「……フッバー、付き合うつもりか?」
「連れて行けよ、どうせヒマだし、ギルマスに捕まったら、また仕事を押し付けられそうだからよ」
ミッちゃんは皆をまとめて、町はずれの場所へと転移をした。
「……やっぱり凄いなぁ、転移魔法」
魔法師を目指すマルトフにとって、転移魔法は憧れだ。
いつか使えるようになりたいと、密かに思っているのだ。
「ウルジェドさん、僕ら人族でも転移魔法って使えるようになりますか?」
ジャブジャブ予定の田んぼに向かう道すがら、マルトフはハイエルフに尋ねた。
「うーん……すまないが、人族の魔法の使い方を私は詳しく知らないんだ。ただ、ハイエルフはヒトと、魔力の使い方も空間の認識方法も、全く別物だとしか言えないな」
「そうですか……人族で転移魔法を使えたのは、伝説の大賢者様だけですものね……妙なことを聞いてすみません」
「いや、私こそ役に立てずに済まないね」
「いえっ!なんか、僕、もっと頑張りますね」
へへっとマルトフが笑う。
うん、この町の子達はベネ殿の言うとおり皆、愛らしいなとハイエルフは口角を上げた。
「あ。ここ、ぼくン家です」
フィリが一軒の可愛らしい家を指差した。
木造に白壁の、ハーフティンバー様式の家だ。
下げられた看板には【錬金術/錬金符】と書かれていて、その下に、ミッちゃんがお礼に貰ったクリサオラの風鈴に似た飾りが揺れていた。
玄関口のポーチには植木鉢に入れられた薬草やハーブが小さな花を咲かせている。
「可愛いお家だね!」
「ふふ、ありがとう。ちょっと待ってね」
フィリは小走りにポーチを駆け上がり玄関を開けると
「かぁさん!パウパウとウルジェドさんだよ」と声を掛けた。
わざわざ呼ばなくてもと止める間もなく、パティオルが戸口に現れた。
「おはようございます、ウルジェドさん、パウパウちゃん、まぁ、フッバーさんも」
「今日ね、これから依頼で田んぼに行くんだ」
「そうなんだね。気を付けて行っておいで」
ふわりと笑うパティオル先生は、やっぱり癒し系だと、パウパウもフンワリする。
ふとミッちゃんが思いついたように、パティオルに話しかけた。
「あぁ、少し依頼をしたい品があるのだが、店で話をさせてもらっても?」
「それは、ありがとうございます。どうぞ」
ミッちゃんは少し考えて白いカラスを召喚した。
「サブロちゃん!」
ハイエルフの腕に止まったサブロは、少し項垂れている。
「反省したなら、ちゃんと働くように。今日はパウパウに付いてくれ」
「……カァ」
サブロはオヤツを要求することなく、パウパウの肩に飛び移った。
「フッバー、済まないが子供たちを連れて先に行ってくれるか?話が済み次第、追いかけるから」
「ん?そうか。分かった」
「ミッちゃん、お買い物?」
「うん。あのクリサオラの飾りをね、ばぁちゃんのお土産にどうかと思って」
「うん!あれならグー姉様も持っていないし、奇麗だから、喜んでくれるね」
「そうだろ?それを頼んでくるから、先に行っていてくれるかい?」
手を振って、サブロを肩に乗せたパウパウを見送ってからウルジェドは店に入る。
来客用のカウンターの奥は、錬金の工房を兼ねているらしく、パティオルはウルジェドを中に招き入れた。
お茶を用意しようとするのを止めて、さっそく要件を告げる。
「頂いたクリサオラの飾りを、2つ作って貰いたいのだが」
「あれは手慰みなのですが……ありがとうございます。2つもですか?」
ウルジェドは頷いた。
「一つは祖母への土産にします。もう一つは知り合いの錬金術師の方に、食事のお礼に差し上げようかと」
注文書を書くパティオルの手が止まった。
「……ウルジェ…いえ、錬金術師に錬金具を差し上げるのは、如何かと思いますよ。その…お辞めになったほうが宜しいかと」
「ふむ、そういうものですかね。では、もう一つは知り合いのリヨスアルヴァのエルフに渡しましょう」
パティオルは、ピクリと肩を動かした。
実際、ウルジェドはリヨスアルヴァのエルフに知り合いなどは居ない。
精々、話をしたのはスリクタ=アルヴァ元宰相ぐらいだ。
ターヴ・ミン=メリウスについては、最拝礼状態で首を刎ねられるのを待っていた所しか見てはいないので、彼が何色の眼をしていたのかすら知らない。
「そ、そうですか……エルフ族のお知り合いが」
「ご存じですか?リヨスアルヴァは帝国に落ちました。かなりの上位貴族が粛清をされたようです」
ガタッと音を立て、パティオルは立ち上がりかけた。
そして、自分の無作法に気付いて、慌てたように取り繕う。
「あ、あぁ、申し訳ございません……」
「いえ、パティオル先生、話を伺っても?私には、あの男が先生と子供を置いて行くとは思えないのですよ」
ウルジェドが見たターヴ・ミンは、自分の首で民の命を救おうとするほどに愚直な男だ。
前帝もリヨスアルヴァ唯一の良心と言っていた程の男だ。
そんな男が例え、祖国で冷遇されていたとしても、愛する伴侶と我が子を放っておくとは思えなかった。
パティオルは注文書の紙束を、指先が白くなるほどにぎゅっと握りしめている。
そして、呟くように小さな言葉が漏れた。
「……わ、私は罪人です……」
──────────────────────────────────────
ジャブジャブ予定の田んぼは、フィリの家から歩いて、たいして掛からない場所に在った。
何やら作業をしていたオジサンに、フィリは手を振って声を掛ける。
「おじさ~ん。用水路で遊んでい~い?」
「お~フィリ坊かぁ、えぇぞぉ、きぃつけやぁ」
「はぁ~い!」
ダグラスとマルトフも一緒になって返事をした。
「よっし、じゃ錬金符を貼ろうか」
布カバンから出した、小さな三角の金属片をマルトフとダグラスにも渡して、お腹の辺りにペタリと貼り付ける。
「パウパウは念のため、もう少し上に貼るね」
そう言うとフィリは胸の下辺りにペタリと金属片を貼り付けた。
「フィリお兄ちゃん、ありがと」
「どういたしまして。これで、符の貼ってある所までは濡れても平気だよ」
パウパウは肩口のサブロに声を掛けて、周囲の警戒──という名のお散歩──をするように伝えた。
小首を傾げて考える白カラスに
「変な人とか来ないように、空から見張ってね」と言っておく。
「カァっ!」
サブロは元気に、青空を裂くように飛び上がった。
「そうだ。フッバーさん、預けてたの出してくれる?」
「ったく、体よく冒険者を使うんじゃないよ」
ダグラスが言うと、フッバーは苦笑しながら収納ポーチから一抱えもありそうな木製の箱と、網の目が細かい小さめのタモ網を取り出してくれた。
「箱メガネ?」
「お、パウパウ知ってんのか?貝とか獲るのに海の中覗くのに使うんだけどさ、今日は、コレで水の中を見ようと思って」
「ダグ、頭いいなぁ!」
「今ってさ、多分、卵を守っている時期なんだよな。だから、そういうの見れた方がいいだろう?」
「うん!ダグお兄ちゃん、凄い!」
得意気にふふんという顔をしてダグラスが用水路の水に箱メガネを付けて覗き込んだ。
「どう?どう?ね、ね、何が見えるの」
しゃがみ込んだダグラスの肩を掴んで、揺さぶる。
「ちょっと待ってろって、今、レトケレス探してっから」
田んぼの横の用水路は、思ったよりも水が奇麗だがボサボサと脇に生えた草のせいで、影が出来ていて水が黒く見える。
「お?」箱メガネを覗き込んでいたダグラスが、さっそく何かを見つけたらしく声を上げた
「なに?何?レトケレス?」
「違うけど、見てみろパウパウ」
そういって、箱メガネがずれないように注意しながら、パウパウに場所を代わってやる。
「うん!」
パウパウは自分の顔がすっぽりと入ってしまいそうな箱メガネを覗き込んだ。
子供たちに付いてきているフッバーは、パウパウが頭から突っ込まないようにと、子供たちの後ろに立って見守りの体制だ。
「ん~?」
「どうだ、見えたか?」
パウパウの眼には、銅貨位の小さな白い虫が、プイプイと泳いでいる姿だった。
「ダグお兄ちゃん……白い小さい虫が泳いでるけど……」
「よ~っく見てみレヤ、パウパウ、スッゲェカラ」
言われたパウパウは一生懸命に白い虫を見て、見て、見て……
「うげっ」
奇声を上げて思わず箱メガネから顔を離した。
「な、なに、あれ?」
「見えたベ?あれな、アパススってンダ。あれが居るトコにはレトケレスも居るぞ」
「うぅ~、あれは、ちょっと気持ち悪いなぁ……」
パウパウが最初に見たアパススは、ちょっと記憶の中のゲンゴロウに似ていた。
だが、白い虫だと思ったのは、背中にビッシリと植え付けられた卵だったのだ。
(しまった、コオイムシと聞いた時に気づけばよかったぁ……)
「あれさ、オスがタマゴを背負って守ってるんだよ。そう思ったらトーチャンすげぇって思えねぇ?」
「うぅ、そうかもしれないけど……ちょっと……」
「ま、俺もウヒィってなるわ」
……じゃぁ、なんで見せたんだと、ちょっとパウパウは思ったが初めて見る水生昆虫っぽい生き物だ。
(やっぱり前世の記憶にある虫と似ている……なんでだろう?)
パウパウが考えていると、レトケレスを探すために、他の場所を当たってくれていたフィリが呼ぶ声が聞こえた。
「お~い、みんな。こっちにタマゴがあるよ!」
別な所を探していたマルトフもダグラスも、そしてパウパウも走り出した。
ダグラスは、ちゃっかりフッバーに箱メガネとタモ網を押し付けている。
用水路に何か所か刺してある杭のところでフィリは待っていた。
杭の水面の上に出ている部分を指差している。
「パウパウ、見て!レトケレスのタマゴだよ!」
確かに細い杭の水面より少し上に、ヒマワリの種に似た細長いタマゴがビッシリと植え付けられていた。
「すごいよフィリ!よく見つけたね」
肩で息をしながらマルトフが言う。
「よし、パウパウ、あの杭の根元に親のレトケレスが居るぞ、きっと!」
フッバーから手渡された箱メガネを、杭から少し離れた場所にダグラスは静かに付けて、レトケレスを探してくれる。
「お!いたぞ、パウパウ」
覗き込みながら、手招きをするダグラスにパウパウは近寄った。
箱メガネのガラス板状の部分は、パウパウの知らない素材で出来ているらしく少し対象を大きく見せる効果があるようだ。
「杭のところの下を見てみな。結構デッカイのが貼り付いてるぞ」
憧れのレトケレス!ついに、遂に対面だ!
と、パウパウが箱メガネを覗こうとした瞬間。
「あっ!」
マルトフが焦ったような声を上げた。
目に刺さるほどの青空を呑むように、大口を開けて笑う領主に侍従が近づいて声を掛ける。
「おぉ、そうか。待たせて悪かったの。ウルジェド殿の予定は?」
ギルマス達の元へと歩みをモチンモチンと進めながら尋ねられて、ウルジェドは
「今日はレトケレスを探しに、どこぞへ行くらしい」
レトケレス……呟きながら少し考えて、ベネは思い当たったように弾けた声を上げた。
「なんと!ハイエルフが虫獲りかっ!あっはっは、その年齢で、今更‼」
「私がではないぞ。分かっておろうに」
ウルジェドは大人気なく口を尖らせるようにして答えた。
「んっふっふふ……帝都に知られたら大変じゃぞ。ウルジェド殿がトゥテラを得たという噂で、皇宮は震える程の騒ぎじゃったらしいしの。姫君など目が開かぬほど泣いたそうじゃ。その子のために虫獲りをしたなどと聞いたら、かの方が笑死するわ」
ブブブブと吹き出して、
「虫とり……レトケレス……」
クックックと笑うベネをウルジェドは、これだけ腹から笑うのに、何故にモチモチしているんだと、揺れる腹を忌々しそうに睨んだ。
「大げさな……ところでベネ殿。わざわざ祭りに来たのではあるまい?」
「ふっふっふぅ……おぉ、ちゃんと仕事よな、領都とプタフォタンの流通をなんとかしたくての」
ベネに合わせているので、ゆっくりと二人は歩む。
来るなと制されているギルマス達は、気を揉もんでいるだろう。
「祭りまでは滞在するなら、一度、食事でもしよう。宿は?」
「おぉ、それは良いな。ウルジェド殿の料理を食べてみたかったのだ。クリュッシ様など、わざわざ魔法文を飛ばして自慢して来たのだぞ。うん、ワシはギルマスの屋敷に世話になる予定じゃから、鳥でも飛ばしてくれ」
最高学府の学長が、下らない文通をベネに仕掛けたらしい。
思い出したベネは、また口をムニュっとさせているが、顔立ちのため やはり不機嫌にはみえない。
「わかった。では、今日はここで失礼する」
会釈をしたウルジェドに、頷いてベネも「またの」と答えた。
足早に船揚げ場の子供たちの元へ向かう背中を見送ったベネに侍従のロードンは声を掛けた。
「ベネ様」
「ロードンよ。どう見た?」
「はい。以前お見掛けした時とは別人でございますな」
「んふっふ、あの小さな子供が、あの男を変えたのよ。なぁ、人は凄いものじゃな、あの人形だった男が今日は虫獲りだそうじゃ」
ぷぷぷと、ベネは思い出して吹き出した。
「虫獲り……で、ございますか。竜の賢者さまが」
「そうじゃ、そうじゃ。あのウルジェドがじゃ」
我慢できずに今度は大口で笑いながらギルマス達の元にモチモチと向かった。
「ミッちゃん!お帰り~」
短い錬金櫓を振りながらパウパウがピョンピョンと迎えてくれた。
「ごめんね。お待たせ」
「ウルジェドさん、おはようございます!サンドイッチ、御馳走様でした」
ダグラスは今日も元気に頭を下げた。
「美味しかったろう?みんなが作ってくれたからな」
「はいっ」
ダグラスがニパッと笑う。
「で、今日はこれからどうするんだ?」
「フィリの家の近くに田んぼがあるんで、そこでジャブジャブします」と、マルトフが答えた。
「そうか……初めて会った時に送った場所まで、転移をしたほうが早いか?」
「はい!お願いしてもいいですか?」
フィリが喰い付いた。
マルトフも眼をキラキラさせてウンウンと頷いている。
何故かフッバーも頷いている。
「……フッバー、付き合うつもりか?」
「連れて行けよ、どうせヒマだし、ギルマスに捕まったら、また仕事を押し付けられそうだからよ」
ミッちゃんは皆をまとめて、町はずれの場所へと転移をした。
「……やっぱり凄いなぁ、転移魔法」
魔法師を目指すマルトフにとって、転移魔法は憧れだ。
いつか使えるようになりたいと、密かに思っているのだ。
「ウルジェドさん、僕ら人族でも転移魔法って使えるようになりますか?」
ジャブジャブ予定の田んぼに向かう道すがら、マルトフはハイエルフに尋ねた。
「うーん……すまないが、人族の魔法の使い方を私は詳しく知らないんだ。ただ、ハイエルフはヒトと、魔力の使い方も空間の認識方法も、全く別物だとしか言えないな」
「そうですか……人族で転移魔法を使えたのは、伝説の大賢者様だけですものね……妙なことを聞いてすみません」
「いや、私こそ役に立てずに済まないね」
「いえっ!なんか、僕、もっと頑張りますね」
へへっとマルトフが笑う。
うん、この町の子達はベネ殿の言うとおり皆、愛らしいなとハイエルフは口角を上げた。
「あ。ここ、ぼくン家です」
フィリが一軒の可愛らしい家を指差した。
木造に白壁の、ハーフティンバー様式の家だ。
下げられた看板には【錬金術/錬金符】と書かれていて、その下に、ミッちゃんがお礼に貰ったクリサオラの風鈴に似た飾りが揺れていた。
玄関口のポーチには植木鉢に入れられた薬草やハーブが小さな花を咲かせている。
「可愛いお家だね!」
「ふふ、ありがとう。ちょっと待ってね」
フィリは小走りにポーチを駆け上がり玄関を開けると
「かぁさん!パウパウとウルジェドさんだよ」と声を掛けた。
わざわざ呼ばなくてもと止める間もなく、パティオルが戸口に現れた。
「おはようございます、ウルジェドさん、パウパウちゃん、まぁ、フッバーさんも」
「今日ね、これから依頼で田んぼに行くんだ」
「そうなんだね。気を付けて行っておいで」
ふわりと笑うパティオル先生は、やっぱり癒し系だと、パウパウもフンワリする。
ふとミッちゃんが思いついたように、パティオルに話しかけた。
「あぁ、少し依頼をしたい品があるのだが、店で話をさせてもらっても?」
「それは、ありがとうございます。どうぞ」
ミッちゃんは少し考えて白いカラスを召喚した。
「サブロちゃん!」
ハイエルフの腕に止まったサブロは、少し項垂れている。
「反省したなら、ちゃんと働くように。今日はパウパウに付いてくれ」
「……カァ」
サブロはオヤツを要求することなく、パウパウの肩に飛び移った。
「フッバー、済まないが子供たちを連れて先に行ってくれるか?話が済み次第、追いかけるから」
「ん?そうか。分かった」
「ミッちゃん、お買い物?」
「うん。あのクリサオラの飾りをね、ばぁちゃんのお土産にどうかと思って」
「うん!あれならグー姉様も持っていないし、奇麗だから、喜んでくれるね」
「そうだろ?それを頼んでくるから、先に行っていてくれるかい?」
手を振って、サブロを肩に乗せたパウパウを見送ってからウルジェドは店に入る。
来客用のカウンターの奥は、錬金の工房を兼ねているらしく、パティオルはウルジェドを中に招き入れた。
お茶を用意しようとするのを止めて、さっそく要件を告げる。
「頂いたクリサオラの飾りを、2つ作って貰いたいのだが」
「あれは手慰みなのですが……ありがとうございます。2つもですか?」
ウルジェドは頷いた。
「一つは祖母への土産にします。もう一つは知り合いの錬金術師の方に、食事のお礼に差し上げようかと」
注文書を書くパティオルの手が止まった。
「……ウルジェ…いえ、錬金術師に錬金具を差し上げるのは、如何かと思いますよ。その…お辞めになったほうが宜しいかと」
「ふむ、そういうものですかね。では、もう一つは知り合いのリヨスアルヴァのエルフに渡しましょう」
パティオルは、ピクリと肩を動かした。
実際、ウルジェドはリヨスアルヴァのエルフに知り合いなどは居ない。
精々、話をしたのはスリクタ=アルヴァ元宰相ぐらいだ。
ターヴ・ミン=メリウスについては、最拝礼状態で首を刎ねられるのを待っていた所しか見てはいないので、彼が何色の眼をしていたのかすら知らない。
「そ、そうですか……エルフ族のお知り合いが」
「ご存じですか?リヨスアルヴァは帝国に落ちました。かなりの上位貴族が粛清をされたようです」
ガタッと音を立て、パティオルは立ち上がりかけた。
そして、自分の無作法に気付いて、慌てたように取り繕う。
「あ、あぁ、申し訳ございません……」
「いえ、パティオル先生、話を伺っても?私には、あの男が先生と子供を置いて行くとは思えないのですよ」
ウルジェドが見たターヴ・ミンは、自分の首で民の命を救おうとするほどに愚直な男だ。
前帝もリヨスアルヴァ唯一の良心と言っていた程の男だ。
そんな男が例え、祖国で冷遇されていたとしても、愛する伴侶と我が子を放っておくとは思えなかった。
パティオルは注文書の紙束を、指先が白くなるほどにぎゅっと握りしめている。
そして、呟くように小さな言葉が漏れた。
「……わ、私は罪人です……」
──────────────────────────────────────
ジャブジャブ予定の田んぼは、フィリの家から歩いて、たいして掛からない場所に在った。
何やら作業をしていたオジサンに、フィリは手を振って声を掛ける。
「おじさ~ん。用水路で遊んでい~い?」
「お~フィリ坊かぁ、えぇぞぉ、きぃつけやぁ」
「はぁ~い!」
ダグラスとマルトフも一緒になって返事をした。
「よっし、じゃ錬金符を貼ろうか」
布カバンから出した、小さな三角の金属片をマルトフとダグラスにも渡して、お腹の辺りにペタリと貼り付ける。
「パウパウは念のため、もう少し上に貼るね」
そう言うとフィリは胸の下辺りにペタリと金属片を貼り付けた。
「フィリお兄ちゃん、ありがと」
「どういたしまして。これで、符の貼ってある所までは濡れても平気だよ」
パウパウは肩口のサブロに声を掛けて、周囲の警戒──という名のお散歩──をするように伝えた。
小首を傾げて考える白カラスに
「変な人とか来ないように、空から見張ってね」と言っておく。
「カァっ!」
サブロは元気に、青空を裂くように飛び上がった。
「そうだ。フッバーさん、預けてたの出してくれる?」
「ったく、体よく冒険者を使うんじゃないよ」
ダグラスが言うと、フッバーは苦笑しながら収納ポーチから一抱えもありそうな木製の箱と、網の目が細かい小さめのタモ網を取り出してくれた。
「箱メガネ?」
「お、パウパウ知ってんのか?貝とか獲るのに海の中覗くのに使うんだけどさ、今日は、コレで水の中を見ようと思って」
「ダグ、頭いいなぁ!」
「今ってさ、多分、卵を守っている時期なんだよな。だから、そういうの見れた方がいいだろう?」
「うん!ダグお兄ちゃん、凄い!」
得意気にふふんという顔をしてダグラスが用水路の水に箱メガネを付けて覗き込んだ。
「どう?どう?ね、ね、何が見えるの」
しゃがみ込んだダグラスの肩を掴んで、揺さぶる。
「ちょっと待ってろって、今、レトケレス探してっから」
田んぼの横の用水路は、思ったよりも水が奇麗だがボサボサと脇に生えた草のせいで、影が出来ていて水が黒く見える。
「お?」箱メガネを覗き込んでいたダグラスが、さっそく何かを見つけたらしく声を上げた
「なに?何?レトケレス?」
「違うけど、見てみろパウパウ」
そういって、箱メガネがずれないように注意しながら、パウパウに場所を代わってやる。
「うん!」
パウパウは自分の顔がすっぽりと入ってしまいそうな箱メガネを覗き込んだ。
子供たちに付いてきているフッバーは、パウパウが頭から突っ込まないようにと、子供たちの後ろに立って見守りの体制だ。
「ん~?」
「どうだ、見えたか?」
パウパウの眼には、銅貨位の小さな白い虫が、プイプイと泳いでいる姿だった。
「ダグお兄ちゃん……白い小さい虫が泳いでるけど……」
「よ~っく見てみレヤ、パウパウ、スッゲェカラ」
言われたパウパウは一生懸命に白い虫を見て、見て、見て……
「うげっ」
奇声を上げて思わず箱メガネから顔を離した。
「な、なに、あれ?」
「見えたベ?あれな、アパススってンダ。あれが居るトコにはレトケレスも居るぞ」
「うぅ~、あれは、ちょっと気持ち悪いなぁ……」
パウパウが最初に見たアパススは、ちょっと記憶の中のゲンゴロウに似ていた。
だが、白い虫だと思ったのは、背中にビッシリと植え付けられた卵だったのだ。
(しまった、コオイムシと聞いた時に気づけばよかったぁ……)
「あれさ、オスがタマゴを背負って守ってるんだよ。そう思ったらトーチャンすげぇって思えねぇ?」
「うぅ、そうかもしれないけど……ちょっと……」
「ま、俺もウヒィってなるわ」
……じゃぁ、なんで見せたんだと、ちょっとパウパウは思ったが初めて見る水生昆虫っぽい生き物だ。
(やっぱり前世の記憶にある虫と似ている……なんでだろう?)
パウパウが考えていると、レトケレスを探すために、他の場所を当たってくれていたフィリが呼ぶ声が聞こえた。
「お~い、みんな。こっちにタマゴがあるよ!」
別な所を探していたマルトフもダグラスも、そしてパウパウも走り出した。
ダグラスは、ちゃっかりフッバーに箱メガネとタモ網を押し付けている。
用水路に何か所か刺してある杭のところでフィリは待っていた。
杭の水面の上に出ている部分を指差している。
「パウパウ、見て!レトケレスのタマゴだよ!」
確かに細い杭の水面より少し上に、ヒマワリの種に似た細長いタマゴがビッシリと植え付けられていた。
「すごいよフィリ!よく見つけたね」
肩で息をしながらマルトフが言う。
「よし、パウパウ、あの杭の根元に親のレトケレスが居るぞ、きっと!」
フッバーから手渡された箱メガネを、杭から少し離れた場所にダグラスは静かに付けて、レトケレスを探してくれる。
「お!いたぞ、パウパウ」
覗き込みながら、手招きをするダグラスにパウパウは近寄った。
箱メガネのガラス板状の部分は、パウパウの知らない素材で出来ているらしく少し対象を大きく見せる効果があるようだ。
「杭のところの下を見てみな。結構デッカイのが貼り付いてるぞ」
憧れのレトケレス!ついに、遂に対面だ!
と、パウパウが箱メガネを覗こうとした瞬間。
「あっ!」
マルトフが焦ったような声を上げた。
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男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
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