パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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103.パウパウの夏とタガメ探し 38

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「あっ!」
 焦ったようなマルトフの声に、思わず箱メガネから頭を上げたパウパウは、
「なんで?」と、驚いているフィリの声を聞いた。
「おい、マルトフ、オンブムシは夜に飛ぶんだベ?」ダグラスの問いに
「そうだと思うけど……」と、自信なさそうにマルトフが答える。

「パウパウ、杭の所が見えるか。水際みずぎわの卵の所だ」
 フッバーが教えてくれた辺りを見ると、タマゴらしき物のすぐそばに茶褐色の虫が貼り付いていた。
「え?あれ?」
 箱メガネと杭を交互に見る。
 今まで水底に居た虫が、いきなり上に現れたんだろうか?

「ちがうぞ、パウパウ。あれは多分メスだ。飛んできたんだ」
 フッバーが教えてくれた。


 大人の手のひら程もあるレトケレスタガメが、何をしに来たのかと見ていると、慌てたように水中から、もう一匹レトケレスタガメが飛び出して来て、タマゴにおおかぶさる。
 大きな鎌状の前足で杭にしがみ付いて守っているようだ。

「フッバーさん!網、網出して!アイツ、タマゴを狙ってンダ!」
 ダグラスが叫ぶように言うのにフッバーが首を振る。

「パウパウが依頼主だぞ。一番に依頼主の希望を聞け」

「あ……」
 三人はハッとした。
 そうだ、楽しくて忘れてしまっていたが、これは冒険者パーティ、”サリレ”が受けた依頼なのだ。
「パウパウ、どうする。あれ?」
 マルトフがパウパウに聞く。

「……このまま、ぼく見てる」
 新緑の眼差しを杭から離さず、パウパウは用水路の畦道にしゃがみ込んでレトケレスタガメを見守った。
「あ、うん……」
 てっきり捕まえるのかと思っていた三人も、パウパウと並んで座り込む。

 タマゴを守っているレトケレスタガメにメスがかり、大きな鎌の前足でタマゴから引きがそうとする。
 オスはタマゴを守ろうと必死だ。
 だが、メスのほうがオスよりも一回りは大きい。
 
 杭にしがみついた前足の片方が緩むと、すかさずメスが隙間に頭を入れてタマゴとオスを引きがす。
 オスのタガメが水中に落ちた。

「うわっ」誰かが声を上げる。

 ガリッバリッ

 音が本当に聞こえた訳ではない。
 だが、メスのレトケレスタガメが前足を振るってタマゴを蹂躙し始めたとき、そんな音を子供たちは聞いた気がした。
「タマゴを壊してる」
「違う、喰ってるよ……」
 口の棘をタマゴに差し込んで、中をすすっている。
 そうしながらも他の足で、邪魔なタマゴを破壊するのも忘れていない。

 水中に落とされたオスが、杭を伝って這い上がって来る。
 そして、タマゴを守ろうとメスの下に体を捻じ込もうとする。
「……卵壊ランこわしって言ってな……」

 水中にポチャリと落とされたオスのレトケレスタガメを見て、フッバーが言う。
 可愛らしい水音なのに、行われているのは残酷な戦いだ。

 オスが杭に這い上がる。
 メスがタマゴを壊しながら払いのける。
 ポチャリ

 ザリっザリっ
 聞こえない筈のタマゴの悲鳴。

 ポチャリ

「あぁやって、メスは他が産んだダマゴを壊すんだ」

 ポチャリ……


 少しして杭に産み付けられていたタマゴは、全て食われるか壊されてしまった。

 蹂躙者、いや勝者のメスは杭に留まっている。

 やがて、タマゴを壊されたオスは、守れなかったタマゴの存在を忘れたように水中から顔を出して、のそのそと、蹂躙者のメスの上に乗った。

「え」
「あ、何で……」
「うへぇ」
「守り切れなかったオスは、勝ったメスと交尾をして子孫を残す」

「……リャクダツアイ?」
 シビアな虫の生存競争を見ながらパウパウは、ポツリと呟いた。

 ────────────────────────────────

「罪人……ですか?」

 ハイエルフの問いにパティオルはうつむく。
「約束の言葉を貰ったでもないのに、私は彼の、……あの方との証を欲しいと思ってしまいました」
 隣国の貴族で、エルフだ。
 伴侶となれるなどと、大それた事は思わない。

産玉ウブダマを?」
ミズラウこちらでは海玉ウミダマと。三女神様の社で頂いたのを、飲みました」
「……そうですか」
 ウルジェドが言える言葉など何もない。

「あの方が、王宮に役を賜ったのでプールヴァに来られなくなったと告げられた時に、一度だけでいいからと……まさか、本当にフィリを授かれるとは思っていませんでした」

 産玉ウブダマの効果は、およそ1月程だと言われる。
 そして、エルフとヒト族の間に子が成される事は珍しかった。
 フィリは、奇跡のような存在なのだ。

 ふふっと笑う声とともに、ポトリと紙束の上に雫が落ちた。

「あのクリサオラクラゲの飾りは……最初の一つを隣国へ?」
「えぇ…あちらでは実った稲穂を逆さまに戸口に下げて、客人を待つという風習があると教えて貰……聞きましたので」

 これ以上、踏み込むのはどうかと思いつつもウルジェドは、腹を括る。
 なにせ初めてパウパウに出来た友達だ。

「もし、もしも、フィリ君が父親について知りたいと言ったら、どうしますか?合わせたいと思いますか」
 馬車の中でのベネとフィリの会話と、あの時のフィリの顔を思い出す。
「フィリが……あの子が決めることですから。もし、その時が来たなら、それは彼に任せたいと思います……でも……」
 パティオルは小さな、小さな、ハイエルフでないと拾えない程の声で
「せめて大人になるまでは、一緒に居たいなぁ……」


 しばし工房を支配した静寂を破ったのはパティオルだ。
「すみません、余計な話をしてしまいました。で、ご注文の飾り物は1つで宜しいですね?」
 目尻の指で擦りながら問うた言葉に

「いや、やはり2つお願いしたい。刻む術を指定しよう……」
「え?でも」
「そうだな。1つは長寿と無病息災だ。文字の色ははしばみ色で」
 確かペルナさんの瞳も、パティオルと同じ色だった筈だ。

「ウルジェドさん……」
 とがめるようなパティオルの眼差しを、ハイエルフは無視した。

「もう1つは、祖母の分だが、なにせハイエルフだ。殺しても死なんのでな、無病息災でいいだろう。色は真紅だとキツイか……新緑色でお願いしたい。」

 ハイエルフの言葉を冗談と捉えたパティオルが、クスっと笑った。
 いや、今の言葉はウルジェドの本気である。
 ひどい孫だ。

 その後、値切りならぬ、値上げ交渉をして、恐縮しきりのパティオルの店を後にする。
 ちらっと、看板の下で揺れている飾りを見て、ハイエルフは眉をひそめるが、それは、自分で如何どうすることも出来ないと思いなおした。
 
 サブロの目を使って、パウパウ達が居る場所を把握して、そちらの方向へ歩きながら、ウルジェドは小さなカニを収納から取り出した。

 マールジェド叔父上の通信魔道具だ。改良されて、今は何度か使えるようになっている。
 しばらく、小さなハサミを上げ下げしていたカニが、ハサミを下にしたところ、声が聞こえてきた。
「どうしたのウルジェド?なにかあった?」
「少しばかり、気になる事が在って調べて欲しいんだが」
「うん、なに?」

「ターブ・ミン=メリウスの家族構成と人となり、
 自分の予想が外れているといい……そう思いながら、叔父に依頼をする。

 マールジェドとの話を終わらせてから、もう一度、白カラスの目を使う。
 子供たちが何をしているのかと思えば、用水路の脇に座り込んでいるようだ。
 パウパウの斜め後ろに、護衛のように立つフッバーを見て、本当に面倒見の良い男だとウルジェドは口角を知らずに上げていた。
 レトケレスタガメは見つけられたのだろうか、と思いながらパウパウの近くに転移をした。

 ─────────────────────────────────────

 ハイエルフの転移に最初に気づいたのは、周囲への警戒を怠っていないフッバーだった。
 子供たちはというと、真剣な顔で集中しているようだ。
 フッバーは、ウルジェドを認めて片手を挙げて挨拶をする。

 ミッちゃんは子供たちに近づいて、フッバーに声を掛けた。
「どうだ?」
「おぉ、フィリが見つけたぞ。今、産卵中だ」
「は?」
 ただレトケレスを見に来ただけなのに、何でそうなったのかが分からず、ミッちゃんは首を傾げた。

「あ。ミッちゃん!」
 気付いたパウパウが立ち上がろうとするも、長時間しゃがみ込んでいたため、ふら付いたのをフッバーが襟首を捕まえて抑えた。
「あっぶね~な、パウパウ」
「おぉ~、ビックリしたぁ。ありがとフッバーさん」


「お待たせパウパウ。どう、見れた?」
 ミッちゃんは軽くフッバーに感謝の会釈をして、パウパウに声を掛ける。

「うん!あのね、メスが飛んで来てね、オスが守ろうとしたんだけれどタマゴ壊されちゃってね、卵壊ランこわしって言うんだって、それでね、タマゴをメスが食べちゃってね、その後、オスとコービしてねっ、そしたらメスが同じ杭にタマゴを産み付けてね、それでね……
 止まらない、止まらない。
 話す、話す。
 パウパウは新緑の瞳を輝かせて、ミッちゃんに夢中で話す。
 
「そ、そっかぁ、なんか凄いの見たんだね」
「うん。今ねメスがタマゴを産み付けてるの3回目なんだよ!」
「パウパウ!またタマゴ産みだしたよ」
 フィリの声にパウパウは、また、畦道にしゃがみ込んだ。

 ”サリレ”の少年たちも、たかが虫とは思わずに、集中して見ているのを、ミッちゃんは不思議に思いフッバーを見る。
「あ~。あいつらは、カーカルデと生態が同じだって言ったら、尚更、真剣に見てんだわ」
「あぁ、成程」
 カーカルデのタマゴの納品依頼は、常設に近いほどにギルドに出ている。
 高級食材なのだ。
 なにせダンジョンに住む銀1級の魔物なので、買取価格も高額だ。
 特に、帝都の冒険者ギルドではタマゴ1個で金貨1枚などと言う話である。

「フッバーは喰いたいか、珍味らしいぞ」
「いやぁ、俺は喰うより売るかな、流石に」
「海の無い、内陸だと虫は喰うがなぁ」
 レトケレスタガメガズドサソリも国によっては高級食材である。

オクシアイナゴとかな、あれは美味いぞ」
 ダグシナの内陸出身のフッバーには、オクシアイナゴは食材のようだった。

「ふむ……フッバー、うちのダンジョンに入って、すこし稼ぐか?どうせヒマだろう?」
「そりゃ、有難いが……」
「どうした?」

「あぁ、いや、あいつらに体験をな、ま、子供は連れては行けないか。流石に三人は俺では無理だしな」
 己の実力を知っている銀級の冒険者は、守りながらでは無理だと思い、子供たちの体験ダンジョンを諦める。

「ふむ……”サリレ”の……もし、パウパウが”カーカルデ”を見たいと言ったら連れて行こう。私と魔道騎士ナーターラァを2機ほど出せば十分だろう。ただし入ってすぐのカーカルデ程度、でどうだ?」
「はは、それはいいな。しっかし、いきなり上級、いや特級ダンジョンか、しかも白金プラチナムと、すげぇ魔道具の護衛付きとは、あいつら贅沢だなぁ」
 フッバーがニヤニヤと笑った。

 結局、パウパウ達のレトケレスタガメ観察は、メスがタマゴを産み終えてサッサと飛び立ち、オスが何事も無かったように、せっせと新しいタマゴが乾かぬように水を掛けて、世話を始めたのを見るまで続いた。

「う~ん……なんだかさぁ」
 何かに気づいたような顔でマルトフが、誰にともなく言う。
「なぁに?マルトフお兄ちゃん」

「いやぁ……家で、お母さんが一番強いってのが分かった気がするよ、僕」
「あ~、俺は、女、オッカネェって思ったヤ」
「うん……ちょっと、お父さんって可哀そうだなって、ぼくは思ったなぁ」

 少年たちは複雑な気持ちを、口にする。
 そんな彼らの感想を聞きながら、パウパウもウネビの両親の事を、少しだけ思い出したのだった。
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