パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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104.パウパウの夏とタガメ探し 39

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 レトケレスタガメの観察を昼過ぎに終えて、少年たちは転移で港へ送ってもらった。
「これから舟の改造をするんです」マルトフが言う。
「ほら、パウパウが考えてくれた櫓の二つ使いをするだろ?その作戦を隣村レガベットに知られるわけに行かないからな」
 子供たちの舟レースの前日に、近隣の村から参加する舟と大人達の参加する船が集まって来るのだという。

 今日を入れて、あと4日。
 ラキップ達、敵?が来るまで3日。それまでに舟の二つ櫓使いを完成させたいのだ。
「なので、すみません。今日の予定は終了としていいですか?」
 マルトフがパウパウに尋ねた。
 フッバーの薫陶が、どうやら生きているようだ。

「……うん。レトケレスタガメ、見れたし。今日はオシマイでいいよっ、ね。ミッちゃん」
 本当は舟の改造に付き合いたいが、自分が居た所で何もできないのは、パウパウでも分かる。
 せいぜいが、ここぞで櫓を3つにしてとか、そういう前世の記憶での力押しぐらいしか出てこない。

「あぁ、そうか……で、明日の予定なのだが、皆、屋敷の方に来てくれないかな?ダグラス君は難しいかい?」
「いえ、魚が少ないんで今日から網を掛けないことにしタンデ、早めに行けると思います」
「え、そうなの?ダグラス」
「あぁ、サッパワヤヤワ」
 一人前の漁師のような顔をして、ダグラスは首を振った。
「まあ、毎年、この時期は夏枯れってヤツなんで大潮の祭りの後には、魚は戻って来るってオッチャン達も言ってンデ、デェ…大丈夫です」

「そうか。では、また明日、丘の屋敷でな、パウパウ少し歩こうか?フッバー、町の賑やかな界隈を案内してくれないか?」
「おぉ、いいぞ!じゃぁ、また明日な」
「はい。パウパウまた明日」
「うん!また明日ねっ、頑張ってね」

 ダグラスが言ったとおり、昼過ぎの港に作業をする者の姿は無かった。
「随分と閑散としたものだな」
「ははっ、こんなもんだぞ。獲れないときは早仕舞いだ……岩礁地帯へ舟を出してハリオアワビトゥルボサザエなんかを採る人もいるが、自分らのツマミ用だな」
「クックク、それは贅沢だ」
「あぁ、酷いヤツは、その場で酒盛りしているな、で、ウルジェド、前に話した俺の行きつけの店で、昼飯にしないか?」
「それはいいな、パウパウ、お店で御飯を食べようか?」
「うんっ!」

 今度こそ、フッバーさんお勧めのお店で御飯だっ!
 楽しみにしていたお店だったので、パウパウはニパッと笑った。
「まぁ、ウルジェドの飯より美味いことは無いが、かまわねぇか?パウパウ」
「いいよ!楽しみっジモトメシ!」
 ミッちゃんと繋いだ手をぶんぶんして、パウパウなりにずんずん元気に歩く。
「なんか、すごく期待されて、責任重大だなぁ」フッバーの、ぼやき声が聞こえた。

 ────────────────────────────────────

「うん。悪くないんじゃないか?」マルトフの言葉にダグラスも頷く。
 海水に漬けたら使用回数が減ってしまうので船揚場での予行練習だ。
「うん。でもさぁ……」
 フィリは浮かない顔で錬金符を眺めた。

 部分部分に、にじみが出ているように見えた。
 やはり、問題は符を書き足した自作の顔料にあると思う。
 符を剥がして、大切そうに布カバンに仕舞うフィリにダグラスが声を掛ける。

「大丈夫ダッテ、フィリが書いたモン悪さなんかシネェッテ」
「ダグ……お前、なまりひどくなったら、ギルマスに怒られるぞ」
「ナンモナマッテネェベヤ!」
「あはっはっは……あ~、でもさぁ、ぼくね、ギルマスに帝国語の発音とか教わっておいて良かったって、今日思ったよ」
「そうだよね、まさか御領主様と馬車に乗るとは思わなかったもんなぁ」
「いいなぁ、お前ら。俺も馬車、乗ってみたかったワ」

 フワリと山から冷たい風が吹いて来て、一瞬、辺りの空気が冷えた。
 去年の旗が色褪せずにフワっと風に泳ぐ。
 自分達の手で、見様見真似の劣化防止術を掛けられた旗は、殆ど新品のようだ。
 端の方が解れて糸が出てきているのは、粋や愛嬌という物である。

 祭りの前日には新しい旗に代えて、今の旗は船の縁を飾った後で法被や羽織りに仕立てられ、次の年の祭りで漁師たちが纏うことになる。
「ヤマセかぜだな」
 ダグラスが空を見上げて言った。
「雨になるかな」
「ん~、降るかもナ、ンジャ今日は解散スッカ」
「あ、ぼく、ちょっと寄る処があるから、また明日パウパウのトコでね」
 二人に手を振るとフィリは、小走りに港を抜けて、防潮堤に沿った道を歩き出した。

 子供たちの舟競争は、あくまでも遊びの緩いルールだ。
 もちろん、勝負ごとで勝敗があるが、親は口出しをしない。
 フィリも錬金術師の親の道具を使ったりは出来ないし、しない。
 これは舟と海についての学習でもあるからだ。

 それを身に染みている親たちも、余計な手助けはしない。
 仲間と自分で考えて、調べて、工夫して、実践する。
 それが出来なければ、海上で何かが有った時に対処できる大人には成れないと、知っているからだ。

 防潮堤の上に貼られたパティオルの錬金符が、ときどき空色を弾いて光る。
 その光の点に導かれるように、小さな錬金術師は家とは逆方向へと歩む。

 小川の所は暗渠あんきょになって、地面の下を水が抜けて磯に流れて行く。
 その部分の防潮堤の錬金符は二重になっているのが、フィリの目にも
 時おり設置された、浜へ出るための扉にも水圧に負けないようにと錬金符が貼ってあった。

 フィリの産親ははおやが、漁業ギルドに働きかけてコツコツと作り続けた錬金符、この港町を守りたい一心で作って来た光の道だ。

(──ぼくも、こう有りたい)
 誇らしい気持ちを胸に、たどり着いたのは左側に曲がるとギルドへ続く道の角。
 小さな【錬金染】の看板が下げられた家だった。

 フィリは息を大きく吸って、玄関の扉を叩く。
 しばらくすると、扉が、ゆっくりと開き、老人が顔を覗かせた。
「初めまして、ぼく、フィリと申します……錬金術について、教えていただきたくお邪魔しました」


 一方のマルトフとダグラスは、フィリを見送った後、所在無げにしていた。
「……なぁ、ダグ。ちょっと相談なんだけどさ、今日、ベネ様がフィリのこと、もう心配ないからシェブロンターバン外しても大丈夫って言ってくれたんだよ」
「え?そうなんか?でも、フィリ、外してなかったよな」
「まぁ、髪が痛まないからって言ってたけどさ、本当は怖いんだと思うんだよね」

 最初は三年前の祭りの週に、街道沿いの空き地で遊んでいたところで、箱馬車の商人に声を掛けられたのだ。
 小遣いをあげるから、道案内をしてくれ。
 確か、そんな風に言った商人風の男達は、なんだか嫌な気配を漂わせてフィリに触れようとしてきた。

 だいたい、大きな道はこれ一本で、真っすぐ進めば賑やかな場所へ着く。
 道案内など不要なのだ。
 咄嗟とっさにダグラスが男の一人、フィリを掴もうとしていた奴のすねもりの柄を叩きつけた。

 三人で冒険者ごっこをしていたのだ。
 ダグラスは、壊れたもりの柄を剣に見立てた剣士役だった。

 ぎゃぁ!と悲鳴をあげて、男が転がった。
「なにしてる、こいつらまとめて捕まえちまえ!」
 御者台に居た、もう一人が叫ぶ。

 それを聞いたマルトフが、習い始めた風魔法で大声で叫ぶ。
「助けて~!助けて!さらわれるぅ!変な男にさらわれるぅ!」

「くっそ、ガキがぁ!」
 もう一人の男が、マルトフを止めようとしたところで、フィリがパティオルに持たされていた護身用の棒を叩きつけた。
 バチバチバチと音を立てて、もう一人の男が悲鳴すら上げずに崩れ落ちた。

 ちなみにマルトフとフィリは魔法師役である。
 パーティとしてはバランスが悪いが、幼馴染の彼らの連携は完璧だった。

「チッ」御者台の男が降りて来たところをフィリは素早く回り込んで、手にした棒で馬車馬の尻を思いっきり叩いた。
「あ、なにを!」
 馬車馬はいなないて、動き出す。
「ガキ、てめぇ!」
 御者台の男は、去ってゆく馬車と子供と仲間を交互に見ながら、どうしていいか迷った。

 その間も、サイレーンのようにマルトフの悲鳴が響き渡っている。
 ダグラスは脛を打ち付けた男を銛の柄でボコボコと追い打ちをかけている。
 フィリはふーふーと、気の立った猫のように、一人残った男を睨みつけていた。
 手に持った護身用の棒がパチパチと物騒に光る。

「ちっ」
 男は仲間を見捨てて、馬車を追うために駆けだした。

 しかし、そのとき、彼方此方あっちこっちからオッチャン達が駆け付けた。
「おぅ、どうしたマルトフ!」
「オッチャァン~!」
 ワラワラと現れた漁師たちが、御者台の男を易々やすやすとぶちのめして、三人組を町の衛兵に突き出してくれたのだ。
 ちなみに馬車と馬と積荷は接収されて漁業ギルドの持ち物となり、子供たちの家に等分で金が支払われたのだが、それを彼らは知らない。


「最初はさ、ギルマス達の言うように、ヘンタイ?だっけ、まぁ、フィリ狙いの人さらいってんで納得してたけどさ……変じゃないかって思うんだ」
 船揚げ場に上げた、夏空号に寄りかかってマルトフが言うのに、ダグラスも頷いた。
「3回もダモナァ……」
「去年は2回あったから、回数なら4回だよ。全部、フィリを狙ってた」

 マルトフ発案で、昨年の祭りからプタフォタンの子供たちは、シェブロンターバン風に髪と耳を隠す様にしたのだ。
 そうした処、外部からの商人に声を掛けられる子供が増えた。
 乱暴な者とあっては、無理やり頭布を取り上げる暴挙に出た者もいたのだが、それは当番で見回り──つつ飲んでいる──のオッチャンにボコられたようだ。

「ま、今年も俺らで、アイツサマモリャインダワ」
「ダグ、ほんとになまってるってば」
「スッタラコトネェってば!」
「お前、わざとやってるだろ!」

 ヤマセが強く吹き付けてきて、その冷たさにマルトフは、ぶるっと震えた。
「ヤベェな、こりゃ一雨クッゾ」
「あ、じゃ僕も帰るね。また明日!」
「んじゃな!」
 二人は夫々それぞれに家路を急ぐように別れた。
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