パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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135.潮と共に満ちるもの1

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 漁港の倉庫前で巨大な鳥肉を切り分けて、オッチャン達は大いに盛り上がっていた。
「コリャウメェナァ!ナンノ鳥ヨ?」
「イヤァ、今年ノ祭リ番デヨカッタワァ」
 美味くて酒が進む。
 酒が進んで、また食べる。美味い。
「オゥ!ギルマス」
 カウダ=タンニナに声が掛かったのは、誰もが美味い肉を腹いっぱいにして、何となく口が重くなった時合いだった。

 子供達も流石に遊び疲れたのか、魚箱ガンバコの中にもぐり込んでいたり、船留杭ボラードに座っていたりと各々、思い思いにくつろいでいる。

「おぉ、サコッタの!食ってっか?」
「オォ、ウメェノ食ワセテモラッタワ。デヨ、ナンデモ、コッチジャヌナトレネェッテナ?」
「まぁ、祭りが済んで一時化ひとしけしたら戻るだろうよ。で?」

 サコッタの網元から手渡された木のカップを受け取って、ギルマスが尋ねた。
「オゥ、ドウモナァ……ヘンナハナシヨ……」
 歯切れ悪く網元が話始めた。

 サコッタの村外れにある廃屋の舟揚場が、何者かに使われている形跡があるのだと網元は渋い顔で言う。

 サコッタには大きな港は無い。
 皆が船を泊めているのは船入間と呼ばれている入り江だ。
 天然の漁港に、石の桟橋を築き使っているのだ。

 他には各家の前に小舟を陸上げする舟揚場を持っているが、すでに使われていない舟揚場もある。
 それは主が亡くなって、継ぐ者も無く空き家になった家の舟揚場だ。

 それに気が付いたのは、偶然だった。
 新しく所帯を持つ村人に、使っていない村はずれの民家と舟揚場を見学したいと相談されて、網元と数名がそこに行かなければ、誰も気付かなかっただろう。

「ナシテ、苔ェ生エテタ舟揚場ニ船筋ふなすじサ出来テンダ」
 誰も使用することがなくなった、舟を置いておくためのスロープだ。
 舟を滑らせるための丸太コロも、放置されて腐りかけていた。
 普通、使われていない傾斜は雑草と水面の辺りには苔と海藻でヌルヌルしているものだ。
 そこに、舟を滑らせた時に出来る跡がついていた。
 何度も使ったのだろう、くっきりと苔が削られているのが目で見えた。

「舟も無いのにか」
 サコッタの網元は頷いた。
「ダレモツカッテネェ」

 そして、海に舟が出た時に、操舵の邪魔をしないようにと舟道の海藻も刈ってあったという。
 間違いなく、誰か……村の者ではない誰かが舟を出すために、この場所を使っていたのだ。
「……夜にか」
「ンダナ、ヒルニャ磯ニ誰カイッカラ」

 真っ暗な海に小舟を出して、一体何をするというのだろう。
 プタフォタンもサコッタも東海に面している。
 帝都に密輸品を運ぶには地理が悪い。なにか後ろ暗いことを行うにも、辺鄙な場所であるのだ。
 
「オレラモ気味ワリィカラヨ、夜廻リスッコトニシタンダケドヨ」
「あぁ、俺からもベネ様に伝えておく。すまんな」
「イヤ、シッカシ、ナシテウチミテェナ、イナカデナァ」
 訳が分からず首を振る網元に、同意するしかないカウダ=タンニナだ。

 舟を如何にして持ち込んだのか。
 そして、何処へ行ったのか。
 何を積んでいたのか。
「ウルジェドほどの魔法があるのなら、収納で運べるのかもしれねぇがなぁ」
 飛竜の巨大な足を平気な顔で収納から取り出していたハイエルフを思い出し、ありゃ、バケモンの所業だとギルマスは首を振って、倉庫へと戻って行った。

──────

 屋敷の裏庭で魔道人形からくりさんが焼き台を用意してくれたお陰で、パウパウ達は港に負けじと肉祭りを開催できた。
 メニューは燻製しながら時間をかけて蒸し焼きにされた、だ。
 スパイスに漬け込んだらしい。
 厳密に言うと鳥ではないが、ミッちゃんが「飛んでたから鳥だね」と、教えてくれた鳥の肉は、途轍もない美味しさだった。

 歯ごたえが有るのに、蒸し焼きだからか柔らかい。
 しかも、子供向けに、ちょっとだけピリ辛。
 噛むとムッチリ食感で、ぶわっと口に旨味が広がる。
 ライムキトリスを絞ってもらうと、燻製の甘い香りと爽やかな酸味が鼻に抜けていく。

「あ~ウメェぇ」夕焼け空に向かってダグラスが吠えた。
「行儀わるっ!でも、分かる」マルトフは肉に齧りつきながら言っているので、やっぱり行儀が悪い。
「ぼく、ぼく、これを食べるために生まれてきたんだって思う!」フィリが叫んだ。
 パウパウも同感だ。
 言葉に出来ないので、コクコクと頷くばかりである。

「凄いよ魔道人形からくり、パウパウ達が絶賛だ」ミッちゃんが伝えると、給仕をしている魔道人形からくりが、単眼モノアイの明滅を大小にする。
 こうすると、とても喜んでいるように見えるなとハイエルフは思う。
「ありがとうございます。励みになります」そう言ってシャラリと音を立ててお辞儀をした。
 魔道具が進化しそうで、ちょっと怖いがパウパウに悪いことが無いなら良しとする。


「パウちゃん達は今日、何をしてたの?私は、ずっとパティオル先生の作業を見てた!」
 とっても嬉しそうにマールジェドが報告をする。
「それ、面白いの?」
「うん。すっごく面白かった。考え方とか魔力の使い方とかねぇ」
 へぇ~とパウパウはパティオル先生を見ると、照れて首を振っている。

「ぼくらはねぇ。ペルナさんのトコで、お料理をミッちゃんが習ってた」
「その間、ウェスさんの部屋で絵を見せてもらってました」
「すっげぇよなぁ、ウェスさん」
「でもさ、ペルナお婆ちゃんの錬金染料があるから、あんな凄い作品になってんだよ!」

「!……フィリっ」
 思いつめた顔でパティオルが、息子を呼んだ。
「そうだ!パティオル先生。私が発注した物は出来上がったのかな?」

 パティオルの声を断ち切るようにしてミッちゃんが違う話題を被せてくる。
「え。はい、飾り物でしたら一つは……」
「それを明日、港に持ってきてくれるかな?それまで預かっておいてほしいんだ」
「え、あ、でも「さぁ!明日は本番だろう?皆、お風呂に行っておいで。で、早く寝るんだよ」

 パウパウとサリレの子供達は、は~いと聞き分けよく浴場の塔へ向かう。
「あぁ!パティオル先生も、子供達と一緒にお湯へどうぞ」

 にっこりと有耶無耶にされたパティオルを送り出して、ウルジェドがフッバーとマールジェドに尋ねる。
「さて、どうだった?帰りに不審そうな者や出来事は?」
「そうねぇ~特には感じなかったわね」
 マールジェドはパティオル家の周りの魔法残滓などを思い出して首を振る。
「あぁ、道は太いが住宅街だから、余所者なら悪目立ちするだろうしなぁ」

「そうか、私も広場のほうへ少し行ったが、まぁ…普通の祭り風景だったな」
 いかにも”自分は暗殺者です”といった怪しい風体が徘徊しているなら楽なのだが、とハイエルフは笑う。

 脚の運びや一瞬の目配り、暗器を忍ばせた時の筋肉の少しのかしぎ、それが醸し出す気配。
 それらを見やらねば成らないから厄介なのだ。


 襲ってくるか否かも、来るのかどうかも分からない。
 そんな敵だ。
 はっきりと分からないからたちが悪いし、手を打つことも出来ない。

 ──突然、水底から現れた怪魚のようだ──
 そう考えて、思い出しフッバーは顔を強張らせる。

「……フッバー、ちょっと稽古に付き合わんか?」
 そんなフッバーの怖じ気に気づいてかウルジェドが声を掛けた。
 そのまま、さっさと裏庭へと歩いて行く。
 いつもの鍛錬場所だと、子供達にバレると思ったのかもしれない。


 新しく出来た裏庭は石畳を敷いた道と、芝生。奥には魔蜂のための花が咲き誇っている。
 後は満月に近い青い月と後ろの白い月、そして眼下に夜の海だ。
 剣筋を見ることが出来るほど月灯りが明るい。

 月の下でウルジェドは海を見降し、フッバーに尋ねながら突剣を手にした。
「恐ろしいか?」
 何を問われたかは分からないのに、フッバーは収納ポーチから剣を出して答えていた。
「あぁ、何が来るか分からないのは、怖いな」
 答えがそれで合っていたのか、ハイエルフは頷く。

 それは突然に始まった。

「ウルジェド……お前は強いな」
 キンッと突剣と片刃曲剣キリジャタガンが当たる音。
 ジャリリと互いが競る音。

「お前は怖くないのか」
 互いに互いの剣を巻き落とせずに、一旦、後ろに下がる。
 フッバーの足運びはプラエド=ピラタの円の動き、対するウルジェドは滑るような足運びでフッバーの円の間合いに入った。

「来るか、来ないかでは悩まん。来ると思っていればいいのだ」
 フッバーの足運びを殺す様に曲剣に添わせて突剣を剣筋に置いて行く。
 速さは無い。
 ただ、確実にフッバーの動きを殺していく。

「それは、それで気力が持たんだろうよっ」
「来てから考えればいいだろうよ」 
「それは強者だから言える理屈だろうが」

 フッバーの片刃曲剣キリジャタガンの緩いS状は、相手の剣を巻き上げ易い形をしている。
 だが、
 ウルジェドの突剣が、いきなりフッバーの剣に絡みつく様にしなった。
「あ、てめ」
 フッバーの剣が巻き上げられて、月光浴をするかのように、輝きながら宙を舞う。
 ガシャっと落ちた後、キィィンと曲剣が石畳に当たる音が響いた。
 
「魔力使うとは、汚ねぇぞウルジェド」
「嫌だなぁ、生き残るためなら何でもするんだろ?山賊剣」
 フッバーが自分の剣を拾い上げて刃を見た。

「あの程度で、どうにかなるほど柔い剣じゃあない。そうだろう?フッバー」
「……俺に、あの親子が守れると思うか」
 フッバーが尋ねる。

「知らないな」
 ウルジェドは一言で切り捨てた。

「守らねば、死ぬ。だから守るんだ」

 じゃあ、お休み。
 そう言うとウルジェドは転移で消えた。

「俺は……こわいよ」
 海が恐ろしいのに、離れられないように。
 パティオルの隣に並べる自信も無いくせに、未練がましくこの町に居る。
「敵なら切れる。魔物も切れる。けれども……」

 自分の気持ちを切ってしまえれば楽になれるのか。
「はは……いい歳して、みっともねぇなぁ」

 後には一人の男が月光の庭に佇んでいるだけだ。
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