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136.潮と共に満ちるもの2
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ふんふんふんフフフフふふフンフンフ~んニャァ
機嫌よく鼻歌を歌いながら坂を下りているパウパウの頭に、ポサっと精霊猫が降りてきた。
「バステトちゃん、おはよう。どこ行ってたの?昨日の晩御飯、美味しかったんだよ」
「にゃっ?」
隣を歩くミッちゃんが、黒猫を持ち上げてパウパウの肩に乗せなおした。
「猫だけど精霊…というより、精霊が集まって猫になっているからね。自由気ままなんだ」
「じゃぁ、やっぱり猫なんだね」
「ニ……」黒猫が小さな頭を傾げて鳴いた。
朝食の後、皆でのんびりと歩いてギルドまで足を延ばす予定だ。
ギルドの裏手にある、普段は訓練や大型の荷入れに使っている場所にも、出店が出ているそうなのだ。
舟競争の昼過ぎまで、そこらで時間を潰そうと言い出したのはダグラスである。
「冒険者用の武器とか毎年、店が出んのサ」
「ダグ、ナイフ欲しいって言ってたもんね」
「そ、そ。今年はさぁ、パウパウからの依頼料もあっから、良いの買えるんよ!」
二人が楽しそうに話をしている、その少し後ろをフィリが歩いている。
「フィリ兄ちゃん、どうしたの?」
元気が無さそうな背中に、パウパウが声をかけた。
「……うん、お母さんもフッバーさんも元気なかったから、心配でさ」
眉を下げて困った顔でフィリはパウパウに答えて、肩に乗るバステトに気づいて手を伸ばす。
「ふふ、おはようバステトちゃん。今日も可愛いね。君も夏空号に乗るかい?」
「にゃあ!」
分かったように鳴くと、フィリはクスッと笑った。
確かに朝食の席で二人とも口数が少なかったな、とパウパウは思い出す。
もともと、お喋りな二人ではないし、マールちゃんが居るから余計に静かに思うのかもしれないけれど。
「まぁ、競争のときには来るだろうから、心配しなくても大丈夫だよ」
ミッちゃんが言うと、フィリはコクリと頷いた。
ギルドの近くまで歩いて来ると大通りに面した民家の庭先には、自家製の燻製とか干物を売っている即席のお店が随分と出ていた。
露台は勿論、魚箱だ。
中には無人販売で、お金を入れる壺も剥き出しという豪快な店もある。
大丈夫なのかとマルトフに尋ねると
「あれね、魔道具なんだよ。持ち主以外が触ると大変な目に会うんだ」
なるほど、だから壺に【お釣り無しで、金は投げこめ】と書きなぐった板が立てかけてあるのか。
道には人が多く出ていて、なんとなく、いつもと違う空気がある。
頭に大漁旗のシェブロンを巻いた子供達が、得意そうに跳ねるように歩いている。
そして漂ってくるのは、騒めきと香ばしく何かの焼ける匂いだ。
ギルドの裏手に回ってみると、匂いも人出も、どんどん強くなって、
「烏賊焼きだぁ!」
焼き台の網の上でプシュっと音を立てて足先を丸めているのは大きな烏賊だ。
足まで入れたらパウパウと同じ位だろうか。
「わ!バルトラだ。オッチャン、一つ」
ダグラスが烏賊焼きを見て、早速、買うらしい。
「おぉ、ワタは要るか?」
「うん。ゼッテェ要る!」
オッチャンは長いナイフで烏賊を輪切りにして、大きな葉っぱの皿に、中のイカゴロと輪切りの烏賊を乗せてくれた。
魚醤の匂いとゴロの匂いが、辺りに漂うと、お客さんが集まって来る。
いや、もしかしたら
「やぁ~エルフのアンチャンのお陰で、客が増えてきたわ。あんがとよ」
「私、客寄せになってたのかっ!」と、ミッちゃんは、そそくさと烏賊焼き屋台を離れた。
パウパウもフィリ、マルトフも、美味しそうだとは思うが朝ごはんから間もないため、今は見送った。
もしかしたらと思ってバステトに
「食べる?ほしい?」と聞いてみたが、首を振ったので精霊猫も要らないようだ。
「ダグ兄ちゃんのお腹は、穴が開いてると思う」
「ニャ」
口の周りのゴロを拭って、今度はセフォガという、お玉で作る丸いお菓子の屋台に並んでいる。
「明日もあるのにさぁ」
「毎年のことだから、仕方ないよ」
幼馴染の二人は嬉しくて駆けまわる犬みたいなダグラスを、生ぬるい目で見つめている。
観光客らしき者は居ない、ここではバザーみたいに、地区のオッチャンが作ったような古い漁網を使った丈夫なカバンとか、手慰みで作ったような骨細工の櫛なども売られていた。
「骨?」
「うん。バラエナの骨とかでね。暇なときにオッチャン達が作ってるんだよ」
手に取って見ている人も多くて、どの露店も盛況だ。
……その一角に、まったく人が寄り付いていない天幕があった。
「あ……」
「パウパウ、目を合わせたらダメ!」
怪しい人を見かけたみたいに、フィリが慌てて止めた。
立てかけてある木の看板には、【ギルマス屋】。
あの書き殴ったような文字は、昨日も見た。
そして、天幕の奥、胡坐で座るカウダ=タンニナ。
露台には、昨日と同じ木が並ぶ。
「広場じゃダメだったんで、今度は地元に圧をかける気じゃん!」
「忙しくないの、ギルマスって……」
「……あれ?」
フィリが首を傾げた。
「どうしたの?フィリ兄ちゃん」
「いや、あのギルマスの木さ、ウェスさんトコの一階に転がってなかった?」
皆で考えるが、まったく記憶にない。
「まぁ、ほらダグラスのナイフを見よう……か」
目的の武具屋よ、何故に【ギルマス屋】の隣の天幕なのか。
上にかぶせた天布だけの天幕なので、隣の様子は筒抜けだ。
お陰でギルマスからの無言の圧力が酷い。
パレオフィスの骨を削ったナイフ。硬魚の鱗の小刀にヤスリ。平鮫の棘を使った銛。
これらもプタフォタンのオッチャン達が作った物だ。
金属ではないが、海で使うのなら、これらの素材がいい。
手入れも簡単で錆びないからだ。
強度は付与魔法で上げてあるので、日常で使うなら十分なのである。
「パレオフィスの牙の剣は、売ってないの?」
「バッカ、オメ、ンナモンネェワ」
牙は高値でギルドに引き取られる。
「この素材は、最近、獲れた物か?」
「イヤァ、アレヨ、”ポリジストナ”ントキノヘビノ流レモンダナァ」
未だにあの災害の素材が、流れ着く事があるらしい。
拾えたらラッキーなのだろう。
浜辺で竜涎香を拾うみたいなものかしら?とパウパウは内心で首を傾げた。
そのお店でダグラスは硬魚の小刀を買って、オマケに平鮫の皮の端切れを付けてもらった。
持ち手に巻くのだという。
「さぁ、そろそろ漁港に行こうか」
未だに感じるギルマスの圧からパウパウ達を守るように背を向けて、ミッちゃんはギルドの裏口を通って正面玄関に抜ける。
人気のないギルドしか知らないパウパウが驚いたことに、今日のギルドは人が居て、思い思いに食堂で何かを食べたりしている。
多分、祭りの休憩所代わりなのだろう。
ヒャッハー感は全くない。
「なぜ、あれが売れると思うのか、謎」ミッちゃんの呟きに、
「竜人には、あれが素晴らしく見えるとか?」マルトフが推論を述べた。
「じゃあさ、ベネ様に聞いてみたら良くネェ?」
そんな無駄話をしながら、防潮堤の突き当りまで進んだ。
ウェスさんの家の角だ。
丁度、家の玄関扉が開き、男が出てきた。
体格のいい漁師達の中だと、貧弱に見えるかもしれないスラっとした男だ。
漁師らしく頭をタオルで括っている。
日焼けし難い体質なのか、赤く焼けた肌以外は印象の残らない容貌をしている。
「ありがとうごゼェました」
男の後ろから出てきたのはペルナだ。
「コチラコソ、エェモン作ッテモラッタワ」
「サコッタの皆サンにもよろしく」
軽く会釈をした男は、布包みを小脇に抱えて、こちらを見た。
見るとはなしに立ち止まっていた子供達に気づいてか、細い目が少しだけ開かれる。
「ペルナお婆ちゃん!」
「おやフィリくん、皆も、これから港サ行くんかい」
男の横をすり抜けて、ペルナの元へと子供達が走って行く。
足の運び、目の動き、少しの体の傾ぎ。
男がハイエルフとすれ違う。
足の運び、目の動き、少しの体の傾ぎ。瞬きと呼吸。
何一つとして不審は無い。
ただのサコッタの漁師なのだろう。
パウパウのバステトが、耳を伏せ、毛を逆立てなければ。
ウルジェドは大漁旗を抱えた漁師の背中を見送る。
見られていることに気が付いているだろう、サコッタの男は、そのまま真っすぐに港へと歩いて行く。
一度も振り返る事なく、去って行く男にハイエルフは口角を上げた。
ペルナさんに偶然出会えたことが嬉しかったフィリは、何度も絶対に来てねと頼みこんで、仕舞にはマルトフに引っ張られながら、港への道を歩くことになった。
防潮堤の途中に付いている磯へ出る扉が開いているのを見たダグラスが
「あ、パウパウ。磯、見たことネェベ?ほら、こっちゃさコ、見えっから」
そう言いながら、扉を潜った。
扉の先は、階段の降り口になっていて、すぐに磯が広がっていた。
黒々とした岩に海藻がペタリとしているのは、ここまで海があった証拠だろう。
所々に潮だまりが出来ている。
随分と先まで岩場が出ているが、漁港の出入り口あたりは流石に深いようで、その先の左側には他の村から来た大き目の舟が停泊しているのが見えた。
何艘も並んでいると、壮観だ。
あの船が皆、ウェスの大漁旗で飾り立てられて沖へ走って行くのは、どれほど勇壮だろうと、パウパウはワクワクする。
「お~、引いたなぁ」
ダグラスが嬉しそうに階段を下りた。
「今は大潮の大干潮だからさ。ガッツリ潮が引いているねぇ」マルトフがパウパウに説明をしてくれる。
乾く海藻の、ちょっと嫌な臭いや磯の匂いと海の匂いがプンッと混じって鼻に届く。
手慣れた様子でダグラスが、岩の下や海藻を掻き分けている。
「ダグ~!遊ぶなよ~」
「マルトフ~、だってポリヌン居そうだぞ」
「これから舟競争だろ!ポリヌン獲って、どうすんだよ!舳先に飾るのかぁ」
滑りそうな岩場を物ともせずに、ダグラスは戻って来た。
「大潮ン時は潮が早ぇからよっ、今日ならこの階段まで海来っぞ」
今、見えている磯が全部、海水に沈むのだそうだ。
確かに注意をしてみると、防潮堤の下の色が変わっているのが分かる。
潮位が高いときは、あそこまで海があるのだろう。
「へぇ~。すっごいなぁ」
パウパウは沖に目を向けた。
夏空は明るく、今日も白い雲はベネ様のようだ。
海水で濡れた磯が、みるみる内に乾いて黒い石が茶色くなっていく。
「僕らの舟が出るころには、満潮だよ」
沖からヒタヒタと海がやってくるのだ。
機嫌よく鼻歌を歌いながら坂を下りているパウパウの頭に、ポサっと精霊猫が降りてきた。
「バステトちゃん、おはよう。どこ行ってたの?昨日の晩御飯、美味しかったんだよ」
「にゃっ?」
隣を歩くミッちゃんが、黒猫を持ち上げてパウパウの肩に乗せなおした。
「猫だけど精霊…というより、精霊が集まって猫になっているからね。自由気ままなんだ」
「じゃぁ、やっぱり猫なんだね」
「ニ……」黒猫が小さな頭を傾げて鳴いた。
朝食の後、皆でのんびりと歩いてギルドまで足を延ばす予定だ。
ギルドの裏手にある、普段は訓練や大型の荷入れに使っている場所にも、出店が出ているそうなのだ。
舟競争の昼過ぎまで、そこらで時間を潰そうと言い出したのはダグラスである。
「冒険者用の武器とか毎年、店が出んのサ」
「ダグ、ナイフ欲しいって言ってたもんね」
「そ、そ。今年はさぁ、パウパウからの依頼料もあっから、良いの買えるんよ!」
二人が楽しそうに話をしている、その少し後ろをフィリが歩いている。
「フィリ兄ちゃん、どうしたの?」
元気が無さそうな背中に、パウパウが声をかけた。
「……うん、お母さんもフッバーさんも元気なかったから、心配でさ」
眉を下げて困った顔でフィリはパウパウに答えて、肩に乗るバステトに気づいて手を伸ばす。
「ふふ、おはようバステトちゃん。今日も可愛いね。君も夏空号に乗るかい?」
「にゃあ!」
分かったように鳴くと、フィリはクスッと笑った。
確かに朝食の席で二人とも口数が少なかったな、とパウパウは思い出す。
もともと、お喋りな二人ではないし、マールちゃんが居るから余計に静かに思うのかもしれないけれど。
「まぁ、競争のときには来るだろうから、心配しなくても大丈夫だよ」
ミッちゃんが言うと、フィリはコクリと頷いた。
ギルドの近くまで歩いて来ると大通りに面した民家の庭先には、自家製の燻製とか干物を売っている即席のお店が随分と出ていた。
露台は勿論、魚箱だ。
中には無人販売で、お金を入れる壺も剥き出しという豪快な店もある。
大丈夫なのかとマルトフに尋ねると
「あれね、魔道具なんだよ。持ち主以外が触ると大変な目に会うんだ」
なるほど、だから壺に【お釣り無しで、金は投げこめ】と書きなぐった板が立てかけてあるのか。
道には人が多く出ていて、なんとなく、いつもと違う空気がある。
頭に大漁旗のシェブロンを巻いた子供達が、得意そうに跳ねるように歩いている。
そして漂ってくるのは、騒めきと香ばしく何かの焼ける匂いだ。
ギルドの裏手に回ってみると、匂いも人出も、どんどん強くなって、
「烏賊焼きだぁ!」
焼き台の網の上でプシュっと音を立てて足先を丸めているのは大きな烏賊だ。
足まで入れたらパウパウと同じ位だろうか。
「わ!バルトラだ。オッチャン、一つ」
ダグラスが烏賊焼きを見て、早速、買うらしい。
「おぉ、ワタは要るか?」
「うん。ゼッテェ要る!」
オッチャンは長いナイフで烏賊を輪切りにして、大きな葉っぱの皿に、中のイカゴロと輪切りの烏賊を乗せてくれた。
魚醤の匂いとゴロの匂いが、辺りに漂うと、お客さんが集まって来る。
いや、もしかしたら
「やぁ~エルフのアンチャンのお陰で、客が増えてきたわ。あんがとよ」
「私、客寄せになってたのかっ!」と、ミッちゃんは、そそくさと烏賊焼き屋台を離れた。
パウパウもフィリ、マルトフも、美味しそうだとは思うが朝ごはんから間もないため、今は見送った。
もしかしたらと思ってバステトに
「食べる?ほしい?」と聞いてみたが、首を振ったので精霊猫も要らないようだ。
「ダグ兄ちゃんのお腹は、穴が開いてると思う」
「ニャ」
口の周りのゴロを拭って、今度はセフォガという、お玉で作る丸いお菓子の屋台に並んでいる。
「明日もあるのにさぁ」
「毎年のことだから、仕方ないよ」
幼馴染の二人は嬉しくて駆けまわる犬みたいなダグラスを、生ぬるい目で見つめている。
観光客らしき者は居ない、ここではバザーみたいに、地区のオッチャンが作ったような古い漁網を使った丈夫なカバンとか、手慰みで作ったような骨細工の櫛なども売られていた。
「骨?」
「うん。バラエナの骨とかでね。暇なときにオッチャン達が作ってるんだよ」
手に取って見ている人も多くて、どの露店も盛況だ。
……その一角に、まったく人が寄り付いていない天幕があった。
「あ……」
「パウパウ、目を合わせたらダメ!」
怪しい人を見かけたみたいに、フィリが慌てて止めた。
立てかけてある木の看板には、【ギルマス屋】。
あの書き殴ったような文字は、昨日も見た。
そして、天幕の奥、胡坐で座るカウダ=タンニナ。
露台には、昨日と同じ木が並ぶ。
「広場じゃダメだったんで、今度は地元に圧をかける気じゃん!」
「忙しくないの、ギルマスって……」
「……あれ?」
フィリが首を傾げた。
「どうしたの?フィリ兄ちゃん」
「いや、あのギルマスの木さ、ウェスさんトコの一階に転がってなかった?」
皆で考えるが、まったく記憶にない。
「まぁ、ほらダグラスのナイフを見よう……か」
目的の武具屋よ、何故に【ギルマス屋】の隣の天幕なのか。
上にかぶせた天布だけの天幕なので、隣の様子は筒抜けだ。
お陰でギルマスからの無言の圧力が酷い。
パレオフィスの骨を削ったナイフ。硬魚の鱗の小刀にヤスリ。平鮫の棘を使った銛。
これらもプタフォタンのオッチャン達が作った物だ。
金属ではないが、海で使うのなら、これらの素材がいい。
手入れも簡単で錆びないからだ。
強度は付与魔法で上げてあるので、日常で使うなら十分なのである。
「パレオフィスの牙の剣は、売ってないの?」
「バッカ、オメ、ンナモンネェワ」
牙は高値でギルドに引き取られる。
「この素材は、最近、獲れた物か?」
「イヤァ、アレヨ、”ポリジストナ”ントキノヘビノ流レモンダナァ」
未だにあの災害の素材が、流れ着く事があるらしい。
拾えたらラッキーなのだろう。
浜辺で竜涎香を拾うみたいなものかしら?とパウパウは内心で首を傾げた。
そのお店でダグラスは硬魚の小刀を買って、オマケに平鮫の皮の端切れを付けてもらった。
持ち手に巻くのだという。
「さぁ、そろそろ漁港に行こうか」
未だに感じるギルマスの圧からパウパウ達を守るように背を向けて、ミッちゃんはギルドの裏口を通って正面玄関に抜ける。
人気のないギルドしか知らないパウパウが驚いたことに、今日のギルドは人が居て、思い思いに食堂で何かを食べたりしている。
多分、祭りの休憩所代わりなのだろう。
ヒャッハー感は全くない。
「なぜ、あれが売れると思うのか、謎」ミッちゃんの呟きに、
「竜人には、あれが素晴らしく見えるとか?」マルトフが推論を述べた。
「じゃあさ、ベネ様に聞いてみたら良くネェ?」
そんな無駄話をしながら、防潮堤の突き当りまで進んだ。
ウェスさんの家の角だ。
丁度、家の玄関扉が開き、男が出てきた。
体格のいい漁師達の中だと、貧弱に見えるかもしれないスラっとした男だ。
漁師らしく頭をタオルで括っている。
日焼けし難い体質なのか、赤く焼けた肌以外は印象の残らない容貌をしている。
「ありがとうごゼェました」
男の後ろから出てきたのはペルナだ。
「コチラコソ、エェモン作ッテモラッタワ」
「サコッタの皆サンにもよろしく」
軽く会釈をした男は、布包みを小脇に抱えて、こちらを見た。
見るとはなしに立ち止まっていた子供達に気づいてか、細い目が少しだけ開かれる。
「ペルナお婆ちゃん!」
「おやフィリくん、皆も、これから港サ行くんかい」
男の横をすり抜けて、ペルナの元へと子供達が走って行く。
足の運び、目の動き、少しの体の傾ぎ。
男がハイエルフとすれ違う。
足の運び、目の動き、少しの体の傾ぎ。瞬きと呼吸。
何一つとして不審は無い。
ただのサコッタの漁師なのだろう。
パウパウのバステトが、耳を伏せ、毛を逆立てなければ。
ウルジェドは大漁旗を抱えた漁師の背中を見送る。
見られていることに気が付いているだろう、サコッタの男は、そのまま真っすぐに港へと歩いて行く。
一度も振り返る事なく、去って行く男にハイエルフは口角を上げた。
ペルナさんに偶然出会えたことが嬉しかったフィリは、何度も絶対に来てねと頼みこんで、仕舞にはマルトフに引っ張られながら、港への道を歩くことになった。
防潮堤の途中に付いている磯へ出る扉が開いているのを見たダグラスが
「あ、パウパウ。磯、見たことネェベ?ほら、こっちゃさコ、見えっから」
そう言いながら、扉を潜った。
扉の先は、階段の降り口になっていて、すぐに磯が広がっていた。
黒々とした岩に海藻がペタリとしているのは、ここまで海があった証拠だろう。
所々に潮だまりが出来ている。
随分と先まで岩場が出ているが、漁港の出入り口あたりは流石に深いようで、その先の左側には他の村から来た大き目の舟が停泊しているのが見えた。
何艘も並んでいると、壮観だ。
あの船が皆、ウェスの大漁旗で飾り立てられて沖へ走って行くのは、どれほど勇壮だろうと、パウパウはワクワクする。
「お~、引いたなぁ」
ダグラスが嬉しそうに階段を下りた。
「今は大潮の大干潮だからさ。ガッツリ潮が引いているねぇ」マルトフがパウパウに説明をしてくれる。
乾く海藻の、ちょっと嫌な臭いや磯の匂いと海の匂いがプンッと混じって鼻に届く。
手慣れた様子でダグラスが、岩の下や海藻を掻き分けている。
「ダグ~!遊ぶなよ~」
「マルトフ~、だってポリヌン居そうだぞ」
「これから舟競争だろ!ポリヌン獲って、どうすんだよ!舳先に飾るのかぁ」
滑りそうな岩場を物ともせずに、ダグラスは戻って来た。
「大潮ン時は潮が早ぇからよっ、今日ならこの階段まで海来っぞ」
今、見えている磯が全部、海水に沈むのだそうだ。
確かに注意をしてみると、防潮堤の下の色が変わっているのが分かる。
潮位が高いときは、あそこまで海があるのだろう。
「へぇ~。すっごいなぁ」
パウパウは沖に目を向けた。
夏空は明るく、今日も白い雲はベネ様のようだ。
海水で濡れた磯が、みるみる内に乾いて黒い石が茶色くなっていく。
「僕らの舟が出るころには、満潮だよ」
沖からヒタヒタと海がやってくるのだ。
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