パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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146.潮と共に消えるもの4

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 よくある話だ。
 ダグシナの寒村から無謀な夢を見た少年が、家を出て都を目指す。
 サコッタの小さな漁村を嫌った少年が、親と喧嘩をして家を飛び出す。
 自分は何か出来るという肥大した自信を胸に、どうにかこうにか大きめの都に辿り着く。
 出所は違えど、そこからの流れは殆ど同じ。
 神のサイコロアザハルの目は、だいたいが悪い流れしか出さないと相場が決まっている。

 今はサコッタのアピズと呼ばれる男は、少年たちと英雄たる冒険者の活躍に沸く討伐船の上で、明日の本祭の準備を進めていた。
「アピズっ!オメ、チッタァ飲ンデッカァ⁈オイ」
「飲んでたら、終わンネェベサ」

 ここ4年で浜の訛も上手くなってきた。
 都で失敗して故郷に帰った男ならば、これ位だろう。
「オメェ、ヤッパ都サ行ッタラ変ワルモンダナヤ、昔ャソッタラ真面目ジャナカッタベヤ」
「ハハ、何時の話してンダ」
 アピズに声を掛けた男は、飲みかけの木のジョッキを押し付けて
「オメェガ、モ少シ早ク帰ッテタラ、オッチャンノ死ニメニ会エタンニヨゥ。ッタク、アッタラガ真面目ニナッタッテ喜ンダロウニ……」

 アピズがサコッタに帰る1月ほど前に、元気だった筈の父親はポックリと逝った。
 家の前の舟揚場で眠るように倒れていたのを近所の人が見つけたのだという。
「あぁ、俺もなぁ……それは心残りッテェヤツダワ」
 そのが逝ったから、自分がサコッタに来たのだとの内心を、おくびにも出さずに言うと、押し付けられたジョッキの匂いを嗅ぎ、舌先で確かめてから口に含んだ。温くて酸っぱいワインウィノスだ。

 何処からともなくスィッと赤金色のトンボシャダーヤが、夕方の柔らかい陽光を弾いて飛んできた。
「ハハ!勝虫カチムシカァ、縁起エェナっ!」
 かつてのアピズの友が嬉しそうに言う。

「……まだ早くネェカ?」といぶかしむ声に
「ヤッパ、プタフォタンガ都会ッテェコッタロ~」と、アピズの手からジョッキを奪って飲みながら笑ったとき、船外から呼び声が響いた。

「お~い!アピズぅ、網元が呼んでットォ~、舟出してヤッカラ行ってコォ」
 あの怪魚討伐の後、例年通りに各村の討伐船は入り江に停泊をして明日の準備をしている。
 確かサコッタの網元は、各村の網元や漁業ギルドのマスターと港に居るはずだ。

「ナシテ俺ヨォ~?」船縁から身を乗り出してアピズが横づけされた磯船を見下ろす。
「知らねェ。ナンカ手伝ェッテェコッタロヨォ、ホレ、早くシレヤ」
 しぶしぶアピズは縄梯子を降りて迎えの舟に乗った。
 舟を操る迎えの男は錬金符に魔力を流し込むと、巧みに舟の向きを変えて入り江を突っ切り、港内まで来ると櫓を上げて惰性に任せた。
 内防波堤へ接岸させるためにアピズは足元のかいを手に取り、操作のために立ち上がる。

 その時、迎えの男が海に飛び込むと同時にアピズの上に投網がひるがえった。
「チッ」
 反射的にアビズは横っ飛びに海へと身を躍らせた。
 グリモブの漁師の投網は磯船に広がるも獲物を捕らえることは出来ずに終わる。
 アピズが飛び込んで立てた波で空舟が上下に揺れている。

「船道を塞げ!逃がすなっ」
 ギルマスのカウダ=タンニナの声を合図に、内と外の防波堤で待機していたオッチャン達が動き出す。

「うぃっせぇぇ!」「ドッセェ!」「ハッハァ!祭デ網サ、カケットハなぁ!」
 掛け声とともに網の両端を力いっぱいに引き上げると、港の船入り口を塞ぐように網が張られた。
 定置用の大網だ。番目は一番小さい。

 それぞれの端の綱を、ガッチリと船留杭ボラードに括りつけると、網元が「両端サ、抜ケラレネヨニ気ィ付ケレ!」と風の魔法で港内の皆に伝える。
「おぉよ!」と、答えたオッチャン達からの返事が止み響きが海に溶けると、港は静寂に包まれた。
 スィッと赤金色のトンボシャダーヤが水面を渡る。

 あれだけ居た見物客は、とっくに町の広場の催しに流れて行った。
 なにせ巨大な怪魚も、大活躍の歌う巨鳥も、英雄働きをした冒険者やハイエルフも居なくなってしまっては、残っているのはむさ苦しい酒呑みのオッチャン達だけだからだ。
 正直、見ても仕方がないだろう。

 風に乗って微かに喧噪が聞こえてくる。
 街道の馬車の転回場所で誰かが奏でているのか、楽し気な気配が漂ってくる。

 普段は賑やかな東海の漁師達は、待つことを苦にしない。
 いつでも成果は向こう合わせだ。
 大物を得るために幾夜も待つことが有るし、時化たなら納まるのを待つ日もある。
 ただし、決して諦めることはない。

 子供達の乗っていた小舟を停泊させている場所に控えていたサコッタの男が静かに銛を構えた。
 いつの間にか銛の先で羽を休めていたトンボシャダーヤが、スッと離れると、男はわずかな護岸と小舟の隙間に銛を突き差した。
 ガボッと水音が立つ。
 無駄のない角度で入った銛は最小限の音だけを残し、刺した男は静かに首を振る。

 陸の生き物である限り、息継ぎが必要だ。
 広い港に閉じ込められた男は、何処かで息を継がねばならない。
 一番、可能性があるのは停泊している小舟の隙間。
 あえて討伐船を外に出している今、港内に繋いである10艇の磯舟と、先ほどの空舟が投網を掛けたまま、ゆらゆらと港の真ん中あたりに漂っているだけだ。


「……追い込み漁をするか?」様子を伺っていたカウダ=タンニナは、網元に問いかける。
 暗くなると待つ側が不利だ。
 陽が有るうちに決着けりを付けたい。
「イヤァ、ギルマスノ手サ借リンノハナァ……」
 多分、カウダ=タンニナが魔力を使えば、奴は水渦に吞まれるだろう。が、それをギルマスが行えば、ぶっ倒れてしまう。
 沖の海神様に供物の奉納をするのは、龍人の役目、明日の豊漁祈願祭を考えると、それは避けたいのだ。

 ────────────────────────────────────

(危なかった……)
 小舟の僅かな隙間を狙い息継ぎをしたアビズは、胆を冷やしながら水底に逃れた。
 身をかわすのが遅れていたら、肩口を銛で突かれていただろう。

 外海への逃げ口は大網で塞がれ、港内の至る所で漁師が漁具を手に待ち構えている。
(追い込まれた……)
 何処でバレたのだろう。
 今、そんな事を考えても仕方がないのにアビズは思いを巡らせる。

 今日のアビズはサコッタの漁師として、祭り番で討伐船に乗っただけだ。
 ハーフエルフの子供についての仕事は、優先順位が下がった連絡を受けている。
 冒険者とハイエルフが必ず守っている状況を見て、割に合わないと考え早々に手を引いている。

(……ハイエルフ)
 大漁旗受け取りの遣いで、偶々たまたますれ違ったハイエルフの寒気すら覚える美貌と、背中に当てられた威圧を思い出した。
 今、見上げている水面のように煌めいた銀色の……。
 それがチラチラと動く。
 まるで玻璃が割れたように、光が散らばるように動いた。

(風が出た?)
 アビズは港内の真ん中に漂っていた空舟の底へと泳いだ。
 まずは風波に紛れて舟にへばりつき、息継ぎをする。
 生き残るには、それしかないと空気のない胸が叫んでいる。

 舟底を黒く塗られたサコッタの舟が風に押されて、ゆらゆらと頼りなく動き、それをアビズは懸命に追う。
 胸が苦しい。肺腑が痛い。
 舟首の側に水底から回り込むと、僅かな隙を狙って頭を出して息を吸いこむ。
 と、
 スイッと静かに、まるでトンボシャダーヤのように空舟が後退した。

(なに⁉)
 アビズの目を塞ぐように、トンボシャダーヤが水面を渡って行く。
 一瞬、状況の判断が遅れ水中へ戻り損ねた、その頭上に投網が襲い掛かる。

 奇麗に円く広がった投網は、獲物を捕らえると即、錘に従って沈んでいく。
 ドォッと港内が沸いた。
「出オッタァ!叩ケ叩ケェ!」「海デ悪サスル、ズナシガッ!」「デリャァ!!」

 アビズの上にレカベットの長竿がしなり、叩きつけられる。
 プタフォタンの漁師も長櫂を持ち出して、水面を叩く。
 なんとか水中に逃げ込もうにも、投網はグイグイと引かれて体に巻き付く。
(クソがぁ!!)
 ガボリッと口から泡が出た。

 投網の取り込みをするグリモブの漁師は「売り物にナンネェモン、獲ッタナァヤ」と言いながら乱暴に二人がかりでつなを手繰り寄せる。
 
 ずるずると船揚場の斜路を引きずられ、揉みくちゃにされながら、アビズだった男は必死に退路を考える。
(何故だ、何処だ、なんとか逃げねば)
 服の袖と裾には暗器が忍ばせてある。それを使えれば……。
 そして、どうにかして、リヨスアルヴァかダグシナへ逃げ込めば、また違う人生が待っているはずだ。
 活路をなんとか見出そうと、囚われている状態で精一杯、命の空気を吸いながらも眼を配った先に見えたのは、港に浮かぶ小舟。

 自分が一縷の望みを繋いだサコッタの舟の上に、

「……やぁ、また会ったねぇ」
 何時の間にか空舟の上に立つ、あのハイエルフの姿があった。
 銀の髪が水面の光のように輝き、なぜか赤金色のトンボシャダーヤが彼の周りに浮いている。


「おぅ、迷惑サ掛けたな、ウルジェド」
 ギルマスがサコッタの小舟に立つウルジェドに声を掛けながら、アビズの肩を踏むとガキリと音がして、投網の中で悲鳴を上げて跳ねまわる。
「いや、それより暗器と毒物を仕込んでいるかもしれない」

「おぅよ」
 漁師のオッチャンが慣れた手つきで投網に巻かれたアビズの顎をガギンッと、ずらした。
 「ゴガッ!」アビズは悲鳴と共に、ダラダラと涎を垂らす。
 海の獲物が水揚げされる船上で、噛まれないように行う作業だ。
 噛ませ棒が足りなくなったら良くやる技である。

 サコッタの網元が、苦しさと痛みにゲホゲホと嘔吐えずきながら投網越しに恨めしそうに睨む男を見下ろした。
「……オメ、アビズジャネェノカヨゥ……アッタラ機敏ナ動キサ、出来ル奴ッチャナカッタモナァ」
 そう言う目に浮かぶのは、怒りと、哀しみ、裏切られた憤りの混じった色だ。

 あの最初の常人の速さでは掻い潜れない投網を避けなければ。
 あのまま網を被って、祭りの冗談として笑われていたならば、小さな漁村での暮らしは続いていたのだろうか。

 顎を外され、肩を踏み抜かれた痛みに魚のようにのたうちながら、アビズだった男が流した涙の意味を知る者は誰も居なかった。
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