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145.潮と共に消えるもの3
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この舟競争の後始末と、明日の祭りの事もあるカウダ=タンニナを港へ転移で送ったのはウルジェドだ。
その際に、心配しているであろうダグラスとマルトフの親への言付けも頼むと、「表討伐船の船長はダグラスの親父だし、マルトフの親父はギルドの魔法師だから、大丈夫だ」と言われた。
そして、今度はベネの侍従のロードンを連れてベネ達の元へトンボ返りである。
「なんだろ、辻馬車の気分なんだけど……」
「まだ仕事が残っているわよウルジェド」
あれ、と指差されたのは当然、タヴィスだ。
見物人は減ってはいないようで、距離をとりつつも護岸堤から巨鳥の頭を見ていた。
タヴィスの頭が護岸堤よりも高い位置にあるので、磯を覗き込む必要はないのだ。
あの吠え声を飽きもせずに、よくも聞いて居られると思う。
人避け柵代わりのタヴィスは、注目を浴びているのが嬉しいのか、ハイエルフには理解できない事を吠えている。
「ゴゴギャガガガギャ~ゴゴギャガガァァガッ」
また変な節で鳴いているガレアトスを念話で呼ぶと、こちらに顔を向けて立ち上がり長くて太い脚で一歩一歩、歩いて来る。
流石、鳥。
意外と優美なウォーキングを披露して、ハイエルフの立つ岸辺へ寄って来た。
「デッケェなぁ……」ダグラスが呟いて、フィリもマルトフも、ポカンと口を開ける。
ベネは嬉しそうに凄い凄いとニコニコしている。
「タヴィスだよ。討伐を手伝ってくれた」ミッちゃんが、そう紹介をすると、
「タヴィス、ありがと!ぼくら、助かったのタヴィスのお陰だよ!」
「ゴッゴッ」
タヴィスは足を折り、長い首を伸ばして岩場に付ける。どうやら触り易くしてくれたらしいと、パウパウは黒灰色の嘴の付け根に手を伸ばして撫ぜる。
まぁ、こんな大きな鳥では気持ちよく感じないかもしれないけれども、タヴィスは目を閉じて甘受してくれるようだ。
サリレの子供達も近寄って、口々に感謝を述べながら鶏冠の生え際などを撫ぜていると
「グググ」と喉声を出しているので、気持ちよいのだろう。
「カッコいいねぇタヴィス、ミッちゃんとフッバーさんを乗せて、あの魚と戦ったんだねぇ」
「フッバーさん、タヴィスから飛び降りたんだもんナァ」
「本当に有難う、タヴィスは命の恩人だよ!」
「金1級なんだよね、こんな賢くて可愛いとは僕、思わなかったなぁ」
タヴィスは子供達の賞賛を、うっとりと受け取る。
今日は色々、面白かったし満足だ……
「タヴィス、有難う。助かったよ」
至福の時を終わらせる声に渋々と目を開けて、恨みを込めた視線を送るが、主は笑いながら「じゃあ、またね」と言って召喚を解除した。
「ゴッギャ~!」
まるで、『ちょっとぉ!』と言うような声を上げて、タヴィスが元の場所へ返された。
「さて、では帰ろうか?」
その声を合図に、皆で丘の上の屋敷に転移をした。
見物人からは歓声が上がっていたが、当然、ハイエルフ達の耳には届かなかった。
──────────────────────────────────────
玄関ホールに転移をして、息を吐いた途端に、ダグラスは足の力が抜けて、へなへなと崩れた。
「え?」自分でも状態が信じられないような顔で呆然としている。
ダグラスの様子に驚いたマルトフは駆け寄ろうとして、自分の体がガクガクと震えているのに気付いた。
「なんで?」と言う言葉は、歯が何故かカチカチして上手に話せていない。
二人を見たフィリはフィリで、自分がボロボロと涙を流している事に気が付いていなかった。
今まで平気で居られたのは、緊張と興奮状態にあったからだ。
本来ならば、彼らは守られる立場の子供なのだ。
あんな化け物と対決したが、ただの力弱い子供なのだ。
パティオルは息子を抱き寄せると、何も言わずに腕の中に包み込む。
ベネはダグラスとマルトフの横に身を屈めて、太い腕で二人を包むように寄り添った。
「……べ、ベネ様……お、俺、俺」
「ぼぼぼ僕は、僕は」
「ようやった。よくぞ子供達を守ってくれた。だが、もうよい。もう、怖かったと喚いて、泣いてよい」
「うぅ……俺、船頭だからまも、守らネト」
「うむ、素晴らしい操舵だった。舟だけではないぞ、皆を守ったの。ダグラス船頭」
「ぼぼ僕、なんにも出来できなかったぁぁぁ」
「何をいうか。レカベット村の子供2人が無傷だったのは、マルトフの魔法のお陰だろうに。あれが無ければ海に叩きつけられておった。マルトフは凄い魔法使いになるの」
温かく静かな声が子供達の強張った心に沁みていく。
「う、う……うわぁぁぁ」
叫ぶように号泣したのは、どちらが先だったのかは分からない。
だが、少年達は競り合うように声を上げて泣き始めた。
二人の泣き声を聞いてフィリはパティオルの体に抱き着く腕に力を込める。
「おかぁさん……」
「なんだいフィリ」
「おかぁさん……」
「フィリ」
「おか……」
見上げたフィリの額に涙が落ちた。
「無事で、無事で良かった。本当に本当にほんとうに……」
フィリに負けない程の涙を榛色の瞳から流しながら、パティオルは呟く。
「うん……うん……」
フィリはパティオルの少し錬金墨の匂いがする服に顔を埋めて静かに涙をこぼしていた。
パウパウはミッちゃんの腕の中に納まっている。
先ほど磯で爆発的に号泣をしたせいか、それほどに精神的な揺り戻しを自分では感じていない。
でも、何となくミッちゃんの腕から離れたくなかった。
「ミッちゃん……」
「なぁに?」
「助けに来てくれて、ありがと」
あんな巨大な鳥で、文字どおり飛んで来てくれたのだ。
「マールちゃんも、ありがと」
「ふふ、だって大事なパウちゃんと友達だからね。ね、結構バティノムも役に立ったでしょ?」
奇麗な微笑みを浮かべてマールジェドがパウパウの頭を撫ぜてくれる。
「ミッちゃん……」
「なぁに?パウパウ」
「ぼく、今日はね、ミッちゃんにギューってしてる。これからタガメの日」
「ククク…いいよ、じゃあ私はタガメに捕まった棒鱈でいるから。好きなだけギューってして」
静かに笑いあう二人の横に出迎えの魔道人形がやって来た。
「ウルジェド様、ダグラス様とマルトフ様が、お休みになられたようですので客間へお連れします」
「そうか……ベネ殿すまないが、ダグラスとマルトフを連れて行くよ」
「おぉ、コトンと落ちるように寝入ったの、心も体も精一杯、頑張ったからだのう」
魔道人形2機に二人を預けて、よいしょと立ち上がる。
「パティオル先生も、フィリを寝台へ、よかったら一緒に付いていてあげてください」
「あ、ありがとうございますウルジェドさん」
もう1機の魔道人形が、こちらも立ったままで意識を落としたフィリを抱き上げて客間へ連れて行く。
「あぁ、魔道人形、三人一緒のほうが安心するだろうから」
「かしこまりました」
マールジェドがベネを奥の大広間へと案内する。
侍従のロードンと護衛一人が付いて行くと、魂が抜けたような顔のフッバーとパウパウにしがみ付かれたミッちゃんが残された。
「フッバー、大丈夫か」
「んぁ…なにがだ」
高度は下げていたとはいえ、銛と一緒に鳥から落下しての恐魚討伐だ。
物理結界を張ってはいたが、体のダメージも心のダメージも無いわけがなかった。
それでも腑抜けた顔で、立っている男の強さに思わず微笑みを浮かべて
「あと少し、がんばれ」と声を掛けベネの後を追いかけた。
「さて、フッバー殿も疲れておるから手短に話すがの。あの骨鎧魚は王へ献上される。その際には討伐者としてフッバー殿とウルジェド殿、あとは子供達も御前に拝謁となろう」
「いや……私は「誰が、あんな巨大な物を運べると思うのじゃ。ウルジェド殿しか居らぬじゃろう」
ハイエルフは面白くなさそうに眉を顰めた。
「わしの処で話を止めるには見物客が多すぎた。とっくにレハブア王の耳には届いておるよ」
レハブア賢王か……いつの間にか腕の中で寝入ってしまったパウパウの頭を撫ぜながらウルジェドは考えた。確かベネ殿より血筋は薄いが海の神龍と空の龍の祖を持つという一族の出という話だ。
「わしから褒美を取らせたいが、それはレハブア王からの褒章の後じゃな。王より上の物を渡せないのでな、まぁ慣わしなので勘弁してもらおう」
そう言いながら、ぼんやりと機械的な動きで水を飲み、薬草茶を飲みと、水分を補給しているフッバーを見やる。
「んぁ……ぁあ、はい」
本来ならば不敬と言われそうな状態ではあるが、今の彼は怪魚の討伐者だ。
領主ベネとて、どれ程を成し遂げたのか理解をしている。
「それと、フッバー殿は金級冒険者へ格上げされることになる」
「……はぁ」
うっすらパーとフッバーが答える。
疲れすぎて絶対に理解が出来ていない。
「あの骨鎧魚は帝都の学府で調査をしたうえで、等級が決まろうが金2は下るまい。それの討伐じゃからの。皇帝陛下よりも褒美が出るやもしれぬな」
「……あぁ、そうっすか」
そのやり取りを聞いて、これは、もしかしなくても帝都へ行かされるのかとウルジェドは嫌な予感で一杯だ。
「ベネ殿、私はぁ?」
「マールジェド殿は後方支援ということで、拝謁はないのう」
というよりも、ハイエルフが二人も王城に現れたなら、各国が五月蠅いことになる。
「え~、何か貰えないのぉ?私の魔道具、傷付いたのにぃ」
マールジェドのバティノムは確かに傷ついた。
擦り傷だが、傷は傷という事だろう。
「はっはっは。レハブア王には話しておこう。何を望む?爵位でも土地でも……
「要らないわよぉ、そんな面倒な物。そうねぇ……鶏とか?ねぇ、この辺りの村で飼えたらいいじゃない、ウルジェド」
なにせプタフォタン周辺の山に獲物が少ない。
海が不漁だと、食べられるモノが制限されるのだ。
「あぁ、そうだねぇ。羊はベネ殿が飼うのだろう?ならば、それ以外の畜産を近隣で行えればいいね」
「……なんとも……くっくっく……あっはっはっは、これは参った!町を救って、ワシも救うてくれるのか!また、ワシは幸せになってしまうぞ。マールジェド殿」
あまりの大笑いにウルジェドはパウパウに防音結界を張るほどに、ベネの声が大広間に響いた。
「まぁ、何かが貰えるならば、みんなが楽しめる物を貰うとするよ……帝都は……はぁ、行くのならば面倒だけれどねぇ」
「あぁ、そうじゃ。面倒と言えばのう……」
ベネが続けて話したのはサコッタの小さな船揚げ場の、小さな苔についたの舟スジの話だ。
「ベネ殿、リヨスアルヴァに妙な動きがあると話したと思うが……例えば、我ら程の魔術を駆使できる物が居たとしたならば、攫った子供を転移でサコッタに連れてくることも、舟を収納することも出来るのではないか」
考えたくはない事だが、グーリシェダが気に留めている魔力の持ち主が動くならば、例えハイエルフでなくても、自分達程度の事をやってのけるかもしれない。
「……なんとハイエルフ程の魔術とな……だが、それで攫われた者は何処へ」
帝国は奴隷を認めていない。人身売買は極刑だ。
非人はともかく、それを偽って子供を攫って行ったなら大罪である。
「西じゃ無ければ東でしょうねぇ」
「先ほど、パウパウが言っていただろう?大きな海の流れに乗って行けば早いと……まぁ、子供の思いつきだが、有り得ない話ではない」
「ポリジアストナは……山脈の一角が崩れたのう……」
その犯人の一人は、今ここで、お茶を啜っていますとは、流石に伝えられない。
「もしかしたら沖で待たせた船に乗せて行くのかもな」
そう想像したウルジェドの言葉に、ベネは大きな手で顔を覆って、くぐもった声で告げる。
「ロードン、至急ギルマスに鳥を飛ばせ。ウルジェド殿が言うサコッタの男を保護、いや、捕縛せよと」
ウルジェドは立ち上がると
「中々の手練れだぞ、行けるのか?」と尋ねた。
何せ威圧を込めて見つめた自分の視線を無視して、歩き続けた男だ。
あの男がフィリに関わりがあるのかは分からないが、漁師というには引っかかる物があるのだ。
魔道人形の許可を得て、窓から鳥を飛ばし終えたロードンが胸に手を当てて頭を下げ「漁師には海の戦い方がございます」と告げる。
「おや、ロードン殿は東海の出身なのか」
「はい。元はグリモブの漁師の子で御座います。グリモブの投網はミズラウ国、いえ大陸一と自負しております」
「今日はサコッタの銛、レカベットの長竿、プタフォタンの櫂が揃い踏みじゃからの。こうなるとワシの護衛騎士より始末に負えぬぞ」
その言葉を聞いてマールジェドが収納から魔道具をウッキウキで取り出した。
何も命じられて居ない魔道人形が、もう一度、窓を上げる。
「トンボ?」
「そう。はい、行っておいで」
マールジェドの手から放たれた赤金色の胴体に針水晶の四枚羽を付けた、大きな目玉の蜻蛉型の魔道具20機が、スィッと空を切って飛んで行った。
その際に、心配しているであろうダグラスとマルトフの親への言付けも頼むと、「表討伐船の船長はダグラスの親父だし、マルトフの親父はギルドの魔法師だから、大丈夫だ」と言われた。
そして、今度はベネの侍従のロードンを連れてベネ達の元へトンボ返りである。
「なんだろ、辻馬車の気分なんだけど……」
「まだ仕事が残っているわよウルジェド」
あれ、と指差されたのは当然、タヴィスだ。
見物人は減ってはいないようで、距離をとりつつも護岸堤から巨鳥の頭を見ていた。
タヴィスの頭が護岸堤よりも高い位置にあるので、磯を覗き込む必要はないのだ。
あの吠え声を飽きもせずに、よくも聞いて居られると思う。
人避け柵代わりのタヴィスは、注目を浴びているのが嬉しいのか、ハイエルフには理解できない事を吠えている。
「ゴゴギャガガガギャ~ゴゴギャガガァァガッ」
また変な節で鳴いているガレアトスを念話で呼ぶと、こちらに顔を向けて立ち上がり長くて太い脚で一歩一歩、歩いて来る。
流石、鳥。
意外と優美なウォーキングを披露して、ハイエルフの立つ岸辺へ寄って来た。
「デッケェなぁ……」ダグラスが呟いて、フィリもマルトフも、ポカンと口を開ける。
ベネは嬉しそうに凄い凄いとニコニコしている。
「タヴィスだよ。討伐を手伝ってくれた」ミッちゃんが、そう紹介をすると、
「タヴィス、ありがと!ぼくら、助かったのタヴィスのお陰だよ!」
「ゴッゴッ」
タヴィスは足を折り、長い首を伸ばして岩場に付ける。どうやら触り易くしてくれたらしいと、パウパウは黒灰色の嘴の付け根に手を伸ばして撫ぜる。
まぁ、こんな大きな鳥では気持ちよく感じないかもしれないけれども、タヴィスは目を閉じて甘受してくれるようだ。
サリレの子供達も近寄って、口々に感謝を述べながら鶏冠の生え際などを撫ぜていると
「グググ」と喉声を出しているので、気持ちよいのだろう。
「カッコいいねぇタヴィス、ミッちゃんとフッバーさんを乗せて、あの魚と戦ったんだねぇ」
「フッバーさん、タヴィスから飛び降りたんだもんナァ」
「本当に有難う、タヴィスは命の恩人だよ!」
「金1級なんだよね、こんな賢くて可愛いとは僕、思わなかったなぁ」
タヴィスは子供達の賞賛を、うっとりと受け取る。
今日は色々、面白かったし満足だ……
「タヴィス、有難う。助かったよ」
至福の時を終わらせる声に渋々と目を開けて、恨みを込めた視線を送るが、主は笑いながら「じゃあ、またね」と言って召喚を解除した。
「ゴッギャ~!」
まるで、『ちょっとぉ!』と言うような声を上げて、タヴィスが元の場所へ返された。
「さて、では帰ろうか?」
その声を合図に、皆で丘の上の屋敷に転移をした。
見物人からは歓声が上がっていたが、当然、ハイエルフ達の耳には届かなかった。
──────────────────────────────────────
玄関ホールに転移をして、息を吐いた途端に、ダグラスは足の力が抜けて、へなへなと崩れた。
「え?」自分でも状態が信じられないような顔で呆然としている。
ダグラスの様子に驚いたマルトフは駆け寄ろうとして、自分の体がガクガクと震えているのに気付いた。
「なんで?」と言う言葉は、歯が何故かカチカチして上手に話せていない。
二人を見たフィリはフィリで、自分がボロボロと涙を流している事に気が付いていなかった。
今まで平気で居られたのは、緊張と興奮状態にあったからだ。
本来ならば、彼らは守られる立場の子供なのだ。
あんな化け物と対決したが、ただの力弱い子供なのだ。
パティオルは息子を抱き寄せると、何も言わずに腕の中に包み込む。
ベネはダグラスとマルトフの横に身を屈めて、太い腕で二人を包むように寄り添った。
「……べ、ベネ様……お、俺、俺」
「ぼぼぼ僕は、僕は」
「ようやった。よくぞ子供達を守ってくれた。だが、もうよい。もう、怖かったと喚いて、泣いてよい」
「うぅ……俺、船頭だからまも、守らネト」
「うむ、素晴らしい操舵だった。舟だけではないぞ、皆を守ったの。ダグラス船頭」
「ぼぼ僕、なんにも出来できなかったぁぁぁ」
「何をいうか。レカベット村の子供2人が無傷だったのは、マルトフの魔法のお陰だろうに。あれが無ければ海に叩きつけられておった。マルトフは凄い魔法使いになるの」
温かく静かな声が子供達の強張った心に沁みていく。
「う、う……うわぁぁぁ」
叫ぶように号泣したのは、どちらが先だったのかは分からない。
だが、少年達は競り合うように声を上げて泣き始めた。
二人の泣き声を聞いてフィリはパティオルの体に抱き着く腕に力を込める。
「おかぁさん……」
「なんだいフィリ」
「おかぁさん……」
「フィリ」
「おか……」
見上げたフィリの額に涙が落ちた。
「無事で、無事で良かった。本当に本当にほんとうに……」
フィリに負けない程の涙を榛色の瞳から流しながら、パティオルは呟く。
「うん……うん……」
フィリはパティオルの少し錬金墨の匂いがする服に顔を埋めて静かに涙をこぼしていた。
パウパウはミッちゃんの腕の中に納まっている。
先ほど磯で爆発的に号泣をしたせいか、それほどに精神的な揺り戻しを自分では感じていない。
でも、何となくミッちゃんの腕から離れたくなかった。
「ミッちゃん……」
「なぁに?」
「助けに来てくれて、ありがと」
あんな巨大な鳥で、文字どおり飛んで来てくれたのだ。
「マールちゃんも、ありがと」
「ふふ、だって大事なパウちゃんと友達だからね。ね、結構バティノムも役に立ったでしょ?」
奇麗な微笑みを浮かべてマールジェドがパウパウの頭を撫ぜてくれる。
「ミッちゃん……」
「なぁに?パウパウ」
「ぼく、今日はね、ミッちゃんにギューってしてる。これからタガメの日」
「ククク…いいよ、じゃあ私はタガメに捕まった棒鱈でいるから。好きなだけギューってして」
静かに笑いあう二人の横に出迎えの魔道人形がやって来た。
「ウルジェド様、ダグラス様とマルトフ様が、お休みになられたようですので客間へお連れします」
「そうか……ベネ殿すまないが、ダグラスとマルトフを連れて行くよ」
「おぉ、コトンと落ちるように寝入ったの、心も体も精一杯、頑張ったからだのう」
魔道人形2機に二人を預けて、よいしょと立ち上がる。
「パティオル先生も、フィリを寝台へ、よかったら一緒に付いていてあげてください」
「あ、ありがとうございますウルジェドさん」
もう1機の魔道人形が、こちらも立ったままで意識を落としたフィリを抱き上げて客間へ連れて行く。
「あぁ、魔道人形、三人一緒のほうが安心するだろうから」
「かしこまりました」
マールジェドがベネを奥の大広間へと案内する。
侍従のロードンと護衛一人が付いて行くと、魂が抜けたような顔のフッバーとパウパウにしがみ付かれたミッちゃんが残された。
「フッバー、大丈夫か」
「んぁ…なにがだ」
高度は下げていたとはいえ、銛と一緒に鳥から落下しての恐魚討伐だ。
物理結界を張ってはいたが、体のダメージも心のダメージも無いわけがなかった。
それでも腑抜けた顔で、立っている男の強さに思わず微笑みを浮かべて
「あと少し、がんばれ」と声を掛けベネの後を追いかけた。
「さて、フッバー殿も疲れておるから手短に話すがの。あの骨鎧魚は王へ献上される。その際には討伐者としてフッバー殿とウルジェド殿、あとは子供達も御前に拝謁となろう」
「いや……私は「誰が、あんな巨大な物を運べると思うのじゃ。ウルジェド殿しか居らぬじゃろう」
ハイエルフは面白くなさそうに眉を顰めた。
「わしの処で話を止めるには見物客が多すぎた。とっくにレハブア王の耳には届いておるよ」
レハブア賢王か……いつの間にか腕の中で寝入ってしまったパウパウの頭を撫ぜながらウルジェドは考えた。確かベネ殿より血筋は薄いが海の神龍と空の龍の祖を持つという一族の出という話だ。
「わしから褒美を取らせたいが、それはレハブア王からの褒章の後じゃな。王より上の物を渡せないのでな、まぁ慣わしなので勘弁してもらおう」
そう言いながら、ぼんやりと機械的な動きで水を飲み、薬草茶を飲みと、水分を補給しているフッバーを見やる。
「んぁ……ぁあ、はい」
本来ならば不敬と言われそうな状態ではあるが、今の彼は怪魚の討伐者だ。
領主ベネとて、どれ程を成し遂げたのか理解をしている。
「それと、フッバー殿は金級冒険者へ格上げされることになる」
「……はぁ」
うっすらパーとフッバーが答える。
疲れすぎて絶対に理解が出来ていない。
「あの骨鎧魚は帝都の学府で調査をしたうえで、等級が決まろうが金2は下るまい。それの討伐じゃからの。皇帝陛下よりも褒美が出るやもしれぬな」
「……あぁ、そうっすか」
そのやり取りを聞いて、これは、もしかしなくても帝都へ行かされるのかとウルジェドは嫌な予感で一杯だ。
「ベネ殿、私はぁ?」
「マールジェド殿は後方支援ということで、拝謁はないのう」
というよりも、ハイエルフが二人も王城に現れたなら、各国が五月蠅いことになる。
「え~、何か貰えないのぉ?私の魔道具、傷付いたのにぃ」
マールジェドのバティノムは確かに傷ついた。
擦り傷だが、傷は傷という事だろう。
「はっはっは。レハブア王には話しておこう。何を望む?爵位でも土地でも……
「要らないわよぉ、そんな面倒な物。そうねぇ……鶏とか?ねぇ、この辺りの村で飼えたらいいじゃない、ウルジェド」
なにせプタフォタン周辺の山に獲物が少ない。
海が不漁だと、食べられるモノが制限されるのだ。
「あぁ、そうだねぇ。羊はベネ殿が飼うのだろう?ならば、それ以外の畜産を近隣で行えればいいね」
「……なんとも……くっくっく……あっはっはっは、これは参った!町を救って、ワシも救うてくれるのか!また、ワシは幸せになってしまうぞ。マールジェド殿」
あまりの大笑いにウルジェドはパウパウに防音結界を張るほどに、ベネの声が大広間に響いた。
「まぁ、何かが貰えるならば、みんなが楽しめる物を貰うとするよ……帝都は……はぁ、行くのならば面倒だけれどねぇ」
「あぁ、そうじゃ。面倒と言えばのう……」
ベネが続けて話したのはサコッタの小さな船揚げ場の、小さな苔についたの舟スジの話だ。
「ベネ殿、リヨスアルヴァに妙な動きがあると話したと思うが……例えば、我ら程の魔術を駆使できる物が居たとしたならば、攫った子供を転移でサコッタに連れてくることも、舟を収納することも出来るのではないか」
考えたくはない事だが、グーリシェダが気に留めている魔力の持ち主が動くならば、例えハイエルフでなくても、自分達程度の事をやってのけるかもしれない。
「……なんとハイエルフ程の魔術とな……だが、それで攫われた者は何処へ」
帝国は奴隷を認めていない。人身売買は極刑だ。
非人はともかく、それを偽って子供を攫って行ったなら大罪である。
「西じゃ無ければ東でしょうねぇ」
「先ほど、パウパウが言っていただろう?大きな海の流れに乗って行けば早いと……まぁ、子供の思いつきだが、有り得ない話ではない」
「ポリジアストナは……山脈の一角が崩れたのう……」
その犯人の一人は、今ここで、お茶を啜っていますとは、流石に伝えられない。
「もしかしたら沖で待たせた船に乗せて行くのかもな」
そう想像したウルジェドの言葉に、ベネは大きな手で顔を覆って、くぐもった声で告げる。
「ロードン、至急ギルマスに鳥を飛ばせ。ウルジェド殿が言うサコッタの男を保護、いや、捕縛せよと」
ウルジェドは立ち上がると
「中々の手練れだぞ、行けるのか?」と尋ねた。
何せ威圧を込めて見つめた自分の視線を無視して、歩き続けた男だ。
あの男がフィリに関わりがあるのかは分からないが、漁師というには引っかかる物があるのだ。
魔道人形の許可を得て、窓から鳥を飛ばし終えたロードンが胸に手を当てて頭を下げ「漁師には海の戦い方がございます」と告げる。
「おや、ロードン殿は東海の出身なのか」
「はい。元はグリモブの漁師の子で御座います。グリモブの投網はミズラウ国、いえ大陸一と自負しております」
「今日はサコッタの銛、レカベットの長竿、プタフォタンの櫂が揃い踏みじゃからの。こうなるとワシの護衛騎士より始末に負えぬぞ」
その言葉を聞いてマールジェドが収納から魔道具をウッキウキで取り出した。
何も命じられて居ない魔道人形が、もう一度、窓を上げる。
「トンボ?」
「そう。はい、行っておいで」
マールジェドの手から放たれた赤金色の胴体に針水晶の四枚羽を付けた、大きな目玉の蜻蛉型の魔道具20機が、スィッと空を切って飛んで行った。
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