パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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156.パウパウと大漁祈願祭9

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 通路の先にあった窓口で、浅黄うすき色の長いコットを着た神官に見舞いの旨を伝えたのはマルトフだ。
 始めはマールジェドが神官に声を掛けたのだが、何故か固まってしまったので次の神官にはミッちゃんが声掛けをしたのだ。
 それがダメだった。
 ダメ押しってヤツだ。
 結局マルトフに代わるまでに三人の神官さんが目を見開いたままで固まった。
 
 機転を利かせたマルトフのお陰で、なんとかラキップ達が居る場所を聞き出すことは出来たが、これ帰りも神官さんが固まっていたら、どうしようとパウパウは少し心配になる。

 イリョクギョームボーガイってなるのかな?暴力なみの美貌って、どういうことだろハイエルフ怖い。

「う~ん、お見舞いだからってローブ脱いだのが敗因ねぇ」マールジェドが苦笑する。
 認識阻害の掛けられたローブだ。それを着ていたからマールジェドは風船ブッカ屋騒ぎのあと、祭りを楽しめていたのだ。
「ん~、奇麗なお顔もたいへんだねぇ」パウパウの呟きに返って来たのは皆の沈黙だ。
 何故に?とミッちゃんを見上げると喉を鳴らして笑っている。
「俺らだって、まだ慣れてネェモナァ…」ダグラスが宙を見て呟き、
「ときどきね……」と、フィリが頷きながら言う。

 受付で三人の神官が言葉を失ったため、奥から出て来てくれた年嵩としかさの神官──薄黄色のコットに茶色い模様が入っているので上役かもしれない──の先導で、一行はラキップ達の部屋前へと案内された。
「あの……アイツらぁ……」扉を開ける前にダグラスが神官に小さな声で尋ねる。

 神官は柔らかい表情で頷いて
「そうですね、体は大丈夫ですよ。それに、お友達が見えられたのだから、すぐに元気になられますね」
 そう言って、白い木札が3枚掛けられた扉をノックした。

 神官が静かに扉を開いた先、柔らかな生成りの壁の左右に2つずつ寝台が並んでいる。
 正面の窓は開いていて、葉擦れの音が微かに入って来る。
 その窓の外を寝台に腰かけて見つめていた少年が、ゆっくりと振り向いた。

 ちょっと吊り目に面白くなさそうに口角の下がった、の口。間違いなくレカベット村の、ラキップ少年だ。
 あのキャンキャンとフィリに難癖を付けて、ダグラスに飛び蹴りを喰らい鼻血を垂らした少年は、サリレの三人とゴドー、ハイエルフの二人の陰からようやっと顔を出せたパウパウを見て、目を少し大きくした。

「オら…ナシテ」
「ア~…」ダグラスが頭をガシガシしようとして漁師巻きしている更紗染めカラムカリの布に気付いて、ポンポンと自分の頭を叩いた。

「やぁ!レカベット村のラキップ君。元気かい?今年の御座所船になったサヤーダ船長から、君たちの様子を見に行けと言われてね。それで足を運んだんだよ」
 マルトフは、港の時と同じように笑いながらキッパリとラキップに伝える。
 心配だったので見舞ったとは、嘘でも言う気がないらしい。
 ハキハキ、きっぱり、目が笑っていない。

「マルトフ、言いすぎ、言いすぎ」マルトフの服の裾を引いてフィリが小声で言うが、マルトフは許さない。
 自分をガリガリと言うのは事実だから目を瞑るとしても、フィリを半端者と言った事と錬金符に難癖を付けたこと。
 それは絶対に許せない。
「あ…」ラキップは目を泳がせて、最後には自分の膝小僧を見た。

「まぁヨォ…親父に言われて来たンはホントだけどなァ」
 流石に、すっかり忘れていましたとはダグラスも口に出さなかった。
「うん。みんな助かって良かったよ」と、フィリが微笑む。

 ゴドーがラキップとは逆の壁に置かれた2つの寝台を見やって太い眉をしかめた。
 薄い掛け布の下の体は、心配になるほどに気配がない。
「他ン子ノ塩梅サ、ドヨ?」

 村は違えどゴドーも漁師の子だ。
 舟がチンしそうになってから、恐ろしくて海に出られなくなった人を知っている。
 その一家はサコッタを離れて行ってしまった。

 その言葉にラキップは力なく首を振った。
「寝てット、ウナされんだワ……お、俺らは、討伐船の船楼キャビンで気が付いたケンドモ、じ、ジフランは…」
 涙声になりながら、ラキップは寝台に眠る仲間を見た。

 たぶん、このジフランって子が黒虎サイズのバステトに、ぶら下げられて助かった少年だろう。
 自分の足元で、あの怪魚が大口を開けたのを見たのなら、誰だってうなされるよなぁ。と、サリレの三人とパウパウは頷いた。
 君たちは、それよりも危ない状況だったのだけれど?と、ハイエルフが白い目で見ていることには気付いていない。
 色々な意味で太々しくなっている子供達である。

「フッバーさんと、おんなじ?」パウパウがミッちゃんに尋ねる声が病室に響く。
「あぁ、そうだね。フッバーも舟を突き上げられて、アレと戦ったから」
「…でも、もう海、怖くないよね?」
「ふふ、そりゃあ、アレを討伐した英雄だもの」マールジェドが楽し気に話に加わった。

 ん~…パウパウは小首を傾げてラキップに
「ねぇ?怖いの正体、見たら怖くなくなるかな」
「え?」
 ラキップの返事を待たずに、パウパウは見守っている神官に尋ねた。

「あのね、大きな魚を出せる場所ってある?」
「……あの噂の怪魚を見せると?いや、それは…」
 神官は渋い顔で言葉を濁した。それはそうだろう。子供にどれ程の衝撃を与えるか分からないのだ。

「ん~、マールちゃんって嫌な記憶、ナイナイ出来るの?」
 たしか倉庫で聞いたとき、ミッちゃんの魔法だと加減が分からなくて爆ぜる(物理)と言っていたので、ここはマールちゃんの出番だとパウパウは考えた。

「そうねぇ…あの舟競争の日の思い出、全部が消えちゃうかもしれないけれど。あと、完全ではないわよ?徐々に戻ってくるけれど、それでいい?」
「うん。魚見て、平気じゃなかったら魔法でナイナイ」

 脳筋幼児爆誕。

 間違いなく何処どこぞのハイエルフの影響と、前世の記憶が最悪に融合している。


 それでも、こんな力技なのに神官が頷いたのは、やはりハイエルフの存在が大きいのかもしれない。
「そのような精神を助ける魔法とは…実に、実に素晴らしい」
 いや、それは怪魚を見て、ダメだった時の保険なんだけれど…と思いながらも医療棟シファーの裏手に広がった更地に案内された。

 まだ、ここにレカベットの子供達は居ない。
 少しずつ遠くから見せるつもりなのだ。

「ここに出せばいいのかい?」
「うん、魚、暑さで悪くなる?」
「いや、少しくらいは平気だよ、2,3日くらいは」
 それは少しじゃないなぁと思いながらもパウパウは、ミッちゃんに怪魚を収納から出してもらう。

 ずんっ

 地面が揺れた。
 医療棟シファーを囲む木立から、慌てたように鳥が飛び出して空に散る。

 サリレの三人とパウパウは「わぁ!」と歓声を上げた。
 息を呑んだのは神官と、巨大な水しぶきしか舟上から見ていないゴドーだ。
「オメェラ…」
 ゴドーの口から呻き声のような言葉が漏れた。

「オメーラ。コッタラモント、ヤリトリバシタンカァ⁉」
 神官は三歩ほど後ろに下がったが、ゴドーは巨大な怪魚に駆け寄った。
「信ジランネッ!オィ、ダグ。オ、オメ…」

 ゴドーが夏空号の走りを見たのは、マールジェドに助けられて港内に転移されるまでの僅かな時間だ。
 その後、岩場に骨鎧魚ティレリが上がった時は、助けられた他の子供と一緒に倉庫で震えていた。
 震えるつもりは無くても、体が勝手に震えるのを止められなかったのだ。

「ヨクモ、マァ、コッタラモン…」
 ゴドーは怪魚に触ろうとして、その凶器のような皮に気付いて手を止めた。
「おぉよ、スゲェベ?」ダグラス達が近寄って、ゴドーに笑う。いつものニパっとした笑い顔だ。
「こいつに邪魔されたからさっ」フィリが上に刺さっている銛を見上げて言う。
「次こそ、文句も言えない位にラキップの舟ば叩きのめす」マルトフが物騒な笑顔で嗤った。

 パウパウは思わず後ろに下がった神官にペコリと頭を下げて
「あのね、ムコーの方から少しずつ、レカベットの子を連れて来てください」
「……少しずつですか」
「うん。泣いて動けなくなったら、オシマイ。だけど…もし、もしも、我慢しそうだったら様子を見てほしいの」
 その言葉に、静かな眼差しを向けた神官は頷いて三人を一緒に連れてくると約束してくれた。

「ねぇ、何をするのパウちゃん?」
 マールジェドが興味津々で聞いて来る。
「ん?見せるの。見るだけ。怖いものは、フッバーさんとミッちゃんが、やっつけたって分かってもらうだけ」
 その後、彼らが海へ再び戻れるかはパウパウにも分からない。
 けれども、フッバーに対してミッちゃんが手助けしたように、パウパウなりにレカベット村の少年達を助けたいと思ったのだ。

 まぁ、マールジェド保険があると踏んでの強硬であることは否めないが。
 そして、その保険は「なによ~、私も手伝ったわよね?ね?」と言っているが。

 巨大な魚の大きさは、前世の記憶の観光バスほどもある。
 それを前にして、わぁわぁと声を上げて、怪魚の口から覗く上下4本の牙を触っては、その手を隣の仲間の服に擦り付けようと巫山戯ふざけている三人と、腕をくんで感心しきりのゴドー。
 そんな賑やかな空間に、
「さぁ、こちらですよ。ゆっくりでいいですからね」気遣う神官の声がした。

 ジャリっと砂交じりの土を踏む音にパウパウは後ろを見た。
 医療棟シファーの角を強張った顔で曲がったラキップ、その手を握りながら少年が続く。

 あ!みたい。
 パウパウの前世の記憶が弾ける。
 違う、そうじゃないだろと、誰も注意は出来ないが、本当に碌な記憶が出て来ない。

 三人で手を繋ぎ、オズオズと進んで来た子供達は、パウパウの少し後ろで足を止めたようだ。
 パウパウの場所から見る骨鎧魚ティレリは大人の拳くらいの大きさだ。
 ラキップ達から見ても、大きな黒い塊だろう。

 ゆっくりと。
 ゆっくりと静かに。
 手つなぎオニの子供達が歩き始めた。
 小さな歩幅だ。

 先頭はラキップだ。真ん中の子も歩いて行けるようだ。
 三番目の子が一番遅れているという事は、彼がジフランだろう。

 レカベットの子供達が横を通りかかったとき、パウパウはジフランの開いている片手に自分の手を繋いだ。
「っ!」
 驚いたジフランに笑いかける。
「本当は四人になったら、半分に分かれるんだけどねっ」
「え?」
 訳の分からない事を話してくる幼児に、ジフランは尚更とまどっている。
「だ、だれ?」
「ぼく?ぼくパウパウ!ほら、舟に乗ってたでしょダグにぃ達の」
「ダグにぃ……ダグラ……あっ」

 ダグラス達の舟に追いつかれそうになった。
 ラキップが叫んで、魔力を櫓に流したのだ。
「あっ」
 右側に転回場所の目印のブイが流れて「あ゛あ…」
 まだ沖へと舟は突きすす……
 突然、ジフランの呼吸が荒くなり始めた。

「ジフラン?ジフ⁈」隣の子が声を掛ける。

 パウパウは繋いだ手をぎゅっと握って「お兄ちゃん!息を吐いて~」
「あ゛、息゛吸え゛な……」
「だ~いじょぶ~息、ハァ~って。ハ~って吐いてぇ、ゆ~っくり鼻から吸うよぉ」

「あ、お、おぃ、ジフラン!」おろおろとラキップが心配そうに小さく足踏みをしている、結構、仲間思いじゃないか、ズナシのラキップ。
 内心、失礼な事を思いながらもパウパウは息をゆっくりと吸っていく。

 座り込んでしまったジフランに逆らわず、パウパウも地べたに尻を着けて一緒に並びながら、ゆっくり深呼吸だ。
「い~ち、に~、さ~ん、よ~ん」
 骨鎧魚ティレリの塊の前では、ダグラス達が待っている。
 けれど、この騒ぎに近寄って来ないのは、ミッちゃんが手で制してくれたからだ。
「じゃ口から吐くよ~、い~ち、に~…………」

 木立が周りを囲む更地に巨体をさらす黒いを視界の片隅に入れながら、ジフランは懸命に幼児の声に従って息を吐く。息を吸う。

 手を握ってくれる感触が、右は幼児の小さなぷくぷく。左手は、がさがさの少年の手だ。
 だけれど、どちらも温かい。
 背中をさすってくれているのは、ラキップだろうか。ちょっと乱暴なのがアイツらしい。

 レカベットのジフランは、皆に見守られながら静かに呼吸を繰り返し続ける。
「ろ~く、なぁ~な、は~ち」
 何故だか、涙が流れてくる。
 先に見えている大きな黒い塊が、滲んでいく。
「吸うよ~。い~ち、に~……

 ジフランの目から溢れる涙は大きな黒い魚を、溶かしながら流れて行った。
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