パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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160.パウパウと大漁祈願祭13

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 夜参りは神官の話によれば、社へ続く坂を登るところから始まるのだろう。神官はローブのたもとに手を入れると到底、入る筈のない長さの物をすっと引き出した。
 先端に付いた球体の重さでたわむ、それはまるで釣り竿のようだ。
 神官がそれを暗さが増した空へ掲げると、球体が青白く光り始めた。
 先が細いため、丸い光がゆらゆら揺れる。

 竿先を斜め前に掲げた神官が先導で歩き出す。
 登り口の目印は道の左右に置かれたランタンということだろう。
 ウルジェドはベネに近づいて小声で
「少し道行が楽になるように浮遊の術でも?」と聞いた。
 ベネは地声が大きいのを自覚してか、コクコクたぶたぶと頷いて嬉し気にニッコリ笑う。
 小さな黒い目の奥が魔道ランタンの橙色になっている。

 完全に浮くのではない、足運びが楽になる程度に調整をした浮遊の術を掛けられたベネは数歩、感触を確かめるとハイエルフの手を握り、ブンブンと振った。
 魔道ランタンの向こうで、黙って見ていた神官は小さく頷くと背を向けて歩き始める。
 一行は護衛騎士二人を先頭にベネ、ギルマス、サヤーダと静かに魔道ランタンの光を超えて参道へ足を踏み入れて行く。

 ゆらぁり、ゆらぁりと不規則に動く青白い光に誘われるように、影の参拝者が参道へ消えて行ったとき
「……マールさん、どうします?」息を詰めていたマルトフが囁いた。
「コレ、後ろっから付いてったらバレバレだなャ」ダグラスの声がした。
「ちょっとさぁ、僕、怖くなったんだけど……」フィリの不安そうな声もする。

「う~ん…よしっ
 え?っと子供達がマールジェドのほうを向いた。
 こんな影の中でも薄っすらとハイエルフの美貌が浮かび上がって、作り物めいて少し怖い。
「マールちゃん?飛ぶって?」
「え、私だって流石に社の中には飛ばないわよ?でも、あの大きな木の手前までなら転移しても良くない?」

 良いか良くないかは、子供達には判断が出来ないので皆が戸惑っていると広場にパタパタと足音が聞こえた。
 その音に隠れているパウパウ達はビクっとする。
 誰だ……

「あー!モ、行っちまったベサ」
 それほど大きな声ではないが、静寂を破ったのは少年の声だ。
「オィ、メレって。船サ戻ッゾ」
「いいベヤ、折角プタフォタンサ来たんだし。冒険ダッテ、ゴドー」

「オィ、サコッタのォ、ゴドーかァ」
 ダグラスが思わず陰から立ち上がって、声をかけた。
 自分達しかいないと思っていたサコッタの少年達は悲鳴を上げそうになった口を、慌てて両手で押さえる。
 まだ、大人達は然程それほど先には進んでいないだろう。

 聞こえたら絶対に叱られる。
 いや、拳骨を喰らって説教だ。
 船板掃除をさせられたら堪らない。

「……ダグラス、ナシテ?」
 ゴドーが目を丸くしたのが魔道ランタンの弱い光にも分かる。
「イヤ~、ベネ様が夜参りの事サ、話したからよぉ」
 木立の陰から人懐っこい笑顔で現れたダグラスに、ホッとしたようにゴドーが頷いた。
「俺ラもな、コイツがベネ様の言葉に喰い付きヤガッテナァ…」
 太い眉を八の字に下げてゴドーは溜息を吐いた。
 コイツと言われた少年は、何故か自慢げに拳を空に突き出している。

 参道は九十九折で、傾斜はなだらかだが木立の中を通っている。
 少年達が目指す社への登り道の両脇に置かれた魔道ランタンの光の先は真っ暗だ。
 神官の掲げた青白い魔法の先導光は樹々に紛れてしまったのか最早もはやチラとも見えない。

 参道は真っ暗だ。
 出ているはずの満月が、何故だか見当たらないのは高い木立に遮られているのだろうか。
 パウパウは繋いだ手に力を入れた。
 いつもの大きくて、少し硬い手ではなく、奇麗な細い指と柔らかな手の平が握り返してくれた。

「……どうする?ダグラス」マルトフが小さな声で社に続く筈の闇を見て尋ねた。
「ソダナァ…」
「……」
 パウパウは躊躇う三人を見つめた。

 正直なところパウパウは十分だった。
 マールジェドと手を繋いでいなければ既に泣いている。
 自分がこれから真っ暗な参道を無言で登れるとは思えないし、転移をして貰えても夜参りを観たいとも思えなくなっている。

 歌の姫様の逆転は気になるけれども、この闇の雰囲気でお腹いっぱいな気分だ。

 サリレの三人とパウパウは魔道ランタンの光の中で目を見かわす。
 サコッタの少年達も迷っているのだろう。
 子供達を影色の沈黙が包んだ。
「ん~、どうする?戻ろうか?行くなら転移で入口まで一瞬よ~」

 誰かが帰ろうと口火を切っていたなら、冒険はここまでだ。
 ちょっとイケナイ事をして、こっそり戻ってオシマイ。

 そのとき、

「……あれ?」
 そう呟いて不思議そうに首を傾げたのはサコッタの少年だ。
 パウパウも小首を傾げた。

 微かに聞こえてくる。
 まるで耳に貝を寄せたら聞こえるようにサワサワと。

 ──四拍子の──

 高いチンチンチンチンと小刻みに刻まれる小鐘の音。
 楽し気な小笛の音が。
 小太鼓のトントントントンと調子を刻む音。

 ──祭り囃子──

 子供達は皆、真っ暗な登り口に眼を向けた。
「……社のほうから聞こえるよね?」
 フィリが怪訝そうに呟くと、皆が頷いた。
「不思議な音色。聞いた事がない楽だなぁ」
 知らずに入っていた肩の力を抜いたダグラスが丘の方を見上げて
「アァ、上から聞こえンナァ」と呟いた。

 サコッタの子供達も、聞こえたのが自分だけではないと分かって、ホッとした様子で頷いている。
 楽しそうだが、どこか物悲しい音が尚更に不安を募らせたのかもしれない。

 何故か不思議そうな顔をしたハイエルフは
「そう?じゃあ、転移する?」と、子供達を見渡して尋ねた。
 知らない祭り囃子に誘われるように、子供達が同時に頷くと、マールジェドがトンっとつま先を鳴らして地面を叩いた。


 社へ続く道を登り切った先、両端にそびえる大樹の根元の影に転移をしてきた時、子供達は一様に息を吐いた。
 そして、怪訝な表情を浮かべる。
 音が。
 あの楽の音が聞こえてこない。
 社の方から流れてきたはずの、あの音は何処へ行ったのだろう。

 皆、戸惑うなかで一番に年上のゴドーが唇に指を立てる。
 先の神官の言葉は聞いていないが、親から夜参りの作法ぐらいは聞いた事があったのだろう。
 斎所場カディシュに入るまでは無言であること。

 子供達は真剣な表情で、コクリと頷いた。

 大樹の陰から覗く社は静謐そのものだ。
 飾り気のない本漆喰の壁が、夜にも関わらず仄かに白く佇んでいる。
 その社の斜め上に大きな青い満月。
 白い月は真裏に隠れているのか、夜空を支配するように浮かぶのは青い月が一つ。

 そして、ぽっかりと開いた社の口は、どこまでも黒い。

 どうする?と、少年達が戸惑いの気持ちで互いの顔を見回していると
「ね?入らないの?」

(マールちゃぁぁぁん!何、しゃべってんのぉ!)
 驚愕しながらも声を出さなかった幼児を、誰か褒めて欲しい。

 少年達は何故か、隠れるように樹にへばり付いてみたり、お尻で後退りしたり、ダグラスの影に隠れたりしている。
 パウパウはというと、マールジェドと手を繋いでいるので、完全に逃げ遅れている。
 何から逃げているのかは、パウパウにも分からないが。

「そんな怖がらなくても、最上級の認識阻害と防音結界したから大丈夫よ?」

 ──…いいえ、大丈夫では無いと思います。──
 パウパウを含む少年達の心は一つだ。

 引くも進むも出来ない状態の少年達の耳に、九十九折の坂から人の気配と足音が徐々に聞こえて来た。
 目を向けると木立の隙間に青白い光が時おり揺れる。

 ダグラスが両手を使って左右の木の横を差し示すと、少年達は自然に舟ごとに分かれて木の影に身を潜めた。
 パウパウは「何よぉ~大丈夫なのに」と口を尖らせるマールジェドをサリレの三人とで引っ張って、無理やりに身を隠して息を潜めた。

 心臓がトキトキトキトキと音を立てて、外にまで聞こえそうだとパウパウが思っていると、下からザッザッと土を踏む音が近づいて来た。
 どうやら夜参りの大人達が到着したらしい。

 マールジェドの最上級の認識阻害を信用はしているが、それでも思わず自分で【気が付かれませんように】とおまじないをしてから、そっと大樹の陰から参道を覗くと、まるでチョウチンアンコウのルアーのように竿を揺らしながら一礼をした神官が綱の下を潜って行くところだった。
 
 そして護衛騎士の後に続いたベネ・ウオレオは、まるで滑るように軽々と綱を潜る。
 以前、パウパウ達の屋敷への坂道を登れなくて大騒ぎしたのが、まるで嘘のような足取りだ。
 ギルマスのカウダ=タンニナの後を夜目にも華やかな大漁旗の上着の一団と各村の代表が続き、最後はフッバーとミッちゃんだ。

 青満月の光を独りだけ浴びているようなハイエルフはつなの前、大樹の手前でふと足を止めた。
 よもやバレた⁈
 と息を詰めて目だけで様子を見ていると、少しだけ顔を上にして青満月を見つめてから綱を潜って境内へと向かって行った。

 その背中を木の陰から伺い見る。
 一行は社へ真っすぐに入らずに、右へと向かっていくようだ。
 斎所場カディシュとやらに行くのだろうか。

 隠れていた少年達から、はぁ~という息が聞こえる。
 
 木の陰に無理やり座らされたハイエルフは口を尖らせて「カブトムシディコトム獲りじゃないわよ」と文句を言いながら、立ち上がるとスタスタと綱を潜って社の境内へと堂々と入ろうとする。
 当然、手を繋いでいるパウパウも引きずられ、連れていかれそうになるのを、なんとか踏ん張って、両手でマールジェドの腕を掴んで、押しとどめようとする。
 声を出さずに口を大きく開いて無音で「マ・ア・ル・ちゃ・ん」とパクパクすると、不思議そうな顔でパウパウを覗き込んで、「何?新しい遊びかな?もう、パウちゃんってば、面白いんだから」と莞爾と笑った。

 ──オカシイのは、貴方です──

 結局、ハイエルフを止めるために子供達、全員が綱を潜り社の
 ゴドーは溜息を吐きながらも、皆にしゃがめと手で指示をして地面に文字を書く。
 ハイエルフは平気かもしれないが、自分達はヒトだ。
 三女神様の禁忌に触れるかもしれないことは、出来るだけ避けたい。

【このまま ここさでて けえるべ】と書くと、皆がコクリと頷いた。
「え~、大丈夫だって、防音結界と認識阻害の最上級……
『。。。゜ナにが゜◎ダイじょうぶ。。ですか。ナ。。。?゜』

 コポコポと水音が言葉になって耳に響いて来た。
 誰も来ないはずの登り口から。

 パウパウ達の背中のほうから。 
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