パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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161.パウパウと大漁祈願祭14

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 九十九折りの坂を登って来る者は居ないだろうと、社の方を向いて帰ろうと子供達が決めたとき、
『。。。゜ナにが゜◎ダイじょうぶ。。ですか。ナ。。。?゜』

 意味を持った水音が耳に響いて来た。

 刹那、子供達は蜘蛛の子ポロブラシュを散らすように、四方八方へ


 余りの驚きでか誰も声を上げることなく、立ち上がる事さえ忘れて虫か蜥蜴か獣のように四つ足で逃げて、悪意や罵声が来ないことに気付いて、逃げるのを止めた。

 一番に幼いパウパウが当然、一番に逃げ遅れている。
 追いかけて来ない音の主にホッとして、立ち上がってみる。と、意外な事にハイエルフが一歩も動いていなかった。
 ただ固まったように音の主を見つめている。

 何かを答えようとしたのか、マールジェドの唇が動こうとした時、また
『。。゜イま゜。は◎よル。。しんじ。。ゆえ◎オしず。。。か。ニ。。゜』
 あの水音がコポコポと意味を伝えてくる。

 青い月灯りに浮かび上がった、それは、異形だった。

 龍人のギルマスほどに大きく、白い神官用のローブには刺繍が沢山されている。

 ぺちょり。

 と、音を立てて異形が歩を進めた。

 社の境内を囲む何かが有るわけでは無い。整地された場所で、周りに木立がただ立ち並んでいる、開けた場所なのに、

 ぺちょり。

 異形の神官が、また社へと一歩、近づいた。

 ただ、それだけで、パウパウはと感じる。逃げられない。
 は、彼の場所なのだと、感じさせられるのだ。

 ふと、皆は逃げきれただろうかと思って、辺りを見回すと四つん這いのままで、首だけをこちらに向けて無言で見ている。
 こんな時なのに、目を見開いて固まった彼らが面白くて、両手で口を押えて笑いを堪えた。
 余りにも怖いと、笑えてくるものらしい。

『。ソう。。。こ。え゜も。。イぶ。゜゜キも。イ。。゜ケ。 。ま゜せ。◎ン。。』

 ──息吹は神の嫌うもの──
 ふと、そんな知識が頭をよぎると、神官はパウパウを見て大きな頭を振った。
『。。。コ。え゜も。。イぶ。゜゜キも。。み。つ゜゜か。゜ル◎の゜゜で。ネ』

 みつかる。
 見つかる。

 何に?


 大きく新緑色の瞳を開いて、神官の白と黄色のまだら模様の顔を見上げていると、彼はペチョンぺちょと音を立てて硬直しているマールジェドに近づき、奇妙に先の丸い手で肩を掴んだ。
 マールジェドは瞳だけを動かして自分の肩に置かれた、その手を見つめている。

『サァ゜マ。も。。゜な。く゜デ。ス。。』
 社の空の上に輝く青満月を、平べったい頭を上げてコポリと神官は伝える。

 パウパウが精神的に、マールジェドが物理的に捕まり、子供達が固まったように動きを止めている中でじわじわと距離を離している者が居た。

 マルトフだ。

 マルトフは四つん這いのままで、神官のほうを見ながらも静かに、ゆっくりと社のほうへと逃げていたのだ。
 正直、彼は自分が何から逃げようとしているのか、分からなくなっている。
 ただ、訳も分からぬが、本能のままマルトフを動かしている。

 ジャリ……
 社の乾いた土が微かに音を立てた。
 マルトフの膝が擦った音だ。

『°゜オ。し゜ず。カ。。ニ』

 音も無く真っ暗な社の口から、何か黒いものがシュルリと伸びてペチョリとマルトフに巻き付くと、そのまま社へと引きずり込んでいく。
 叫び声も上がらないのは、口元も黒い何かが貼り付いて居るからだ。

 ──マル兄っ!──

 明るい時間に見た海の色をした入口は、今では、マルトフを呑み込んだ暗黒として静かに在った。
 一番の戦力であるはずのマールジェドは、何故だか硬直して動かない。
 得意の魔法も、魔道具も出せない状態だ。
 そして、ダグラスもゴドーも、マルトフが持っていかれたのを目の当たりにして、瞳に恐怖を宿している。

 ──万事休す──
 ここまでかと、ふと地面を見てパウパウは気付いた。
 薄っすらとした影?
 月の光を受けているなら、本来は有り得ない方向に異形の神官から影が伸びている。

 神官の足元から不自然に伸びた影は、パウパウの足元だけではなく、ダグラスやフィリ、サコッタの子供達にも触れている。
 マールジェドは完全に神官の影に両足が捕まっている。

『切れますように』
 パウパウは心の中で、する。
 逃げなきゃ。皆を助けなきゃ。そのためにはミッちゃんを呼ばなきゃ!

 足に触れていた薄っすらとした影が切れた!

 よしっ!
 パウパウは踵を返して走り出す。
 もう無我夢中だ。
 目をつぶっているのに気が付かぬくらいだ。

 ミッちゃんは斎所場カディシュとかいう場所に居るらしい。
 声を上げて呼べないけれど、なんとか逃げて子供達を助けなきゃ。

 

 あの、に食べられちゃう!

 ──ミッちゃん、ミッちゃん、助けて!ミッちゃん──

 いつだってパウパウにとって、ハイエルフのミッちゃんは砦だ。
 全てのから、守ってくれるのはミッちゃんしかいないと、子供の体は知っている。
 だから走る。
 だから、救いを求めて走る。

 青い月光の社の境内を、一生懸命に仲間を助けるために。

 トテトテと!


 ボヨン……

 パウパウ決死の逃走は、ほんの僅かで終わった。
 何か柔らかな物に突っ込んだ子供は、そのまま跳ね返されて尻もちを付いた。

 驚いて、目を開き──自分が目を閉じていたことに気が付いた。
 ポヨンの元を見つめる。

 ベネ・ウオレオが何故だか両手で口を押えて立っていた。
 肩が震えているのは何故だろう。と思っていると、サッとミッちゃんがパウパウに近づいて、抱き上げる。
 フッバーは漁師のオッチャン達の陰から同情の目線をパウパウと子供達へと投げかけている。

 慌てて、皆を助けて!と言おうとしたパウパウの唇は、立てた指で塞がれた。
 え?
 ハイエルフは何故か、不機嫌そうな顔でベネとギルマスを睨んでいる。

 サヤーダ達、漁師のオッチャンが無言で他の子供達を立たせているのを見て、パウパウは小首を傾げた。

 ──なんだ、コレ?──

 社の暗黒へと連れられて行くゴドー達と、ぞろぞろと中に入って行くオッチャン達。
 マールジェドは大きな二足歩行のサンショウウオに肩を掴まれて、トボトボと連行されている。
 ミッちゃんはパウパウを抱き上げたまま、さっさと社へと向かう。

 それは、さっきのマルトフを思い出せば、とても怖くてパウパウはハイエルフの首にすがりついた。
 
 サンダルや短い靴の皆と違う二人は、薄暗い上がりかまちのような所に腰を下ろして編み上げブーツの紐を解いていく。
 ふと気づくと、沓脱の手前の方に自分達と同じようなブーツの影がクッタリと脱ぎ捨ててあるのが見えるので、マールジェドは無事?にここに居るのだろう。

 奇麗なカットワークで透かし模様の入ったブーツの紐をモチャモチャとしていると、膝の上にミッちゃんがパウパウの足を乗せて、紐をほどいてくれた。

 ありがとうって、言葉に出せないのがもどかしい。
 伝わらないかもしれないけれど、パウパウは笑って頭を下げると、ミッちゃんは不機嫌そうな顔を辞めて少し笑ってくれたのが薄闇の中に浮かび上がって見えた。

 二人で社の中へと進む。
 広々とした社には何故か四隅の柱の一本にだけ背の高い蝋燭立てが置いてあり、太い蝋燭が柔らかい光を揺らしているだけだ。
 暗い。
 この社から覗ける外には青い月が輝いているのに、不思議とその光が中に差し込んでこない。
 ハイエルフ達が言う通り、今、目に見えている月と空と海が結界に投影された物だからなのか。

 ベネとギルマスは一番、海が見える場所の両端に、胡坐をかいて座っているのが、大きな人影で分かる。
 護衛騎士は壁際に息を殺して立っているのが、僅かな明かりで伺えた。
 人の動きで蝋燭が揺れると、彼らは平べったい壁のシミのようだ。

 白いオオサンショウウオ神官がマールジェドを一番前に案内して、何かを水音で伝えている。
 僅かな光の中でも分かる美貌を天井に向けて──あ~参ったわぁ──と言う風に首を振ったあと、マールジェドはから少し離れた場所に

 あちらの黒い人影はサヤーダ船長だろうか。
 チラリと華やかな模様を蝋燭の灯りが浮かび上がらせて、それより小柄な人影を同じように海に近い場所へ、フィリらしい小柄な影やゴドー達と思しき影が、海に近い場所へと誘導されて行く。

 そして、ペチョっぺちょっと音をたてた神官がパウパウの前に来た。

 ──だよねぇ……──

 禁忌に触れようとしたのだ。
 子供だろうと赦しては貰えないだろう。

 諦めて付いて行こうとするパウパウの手をミッちゃんが、ぎゅっと握ってくれたとき、どうしても、その顔を見たくて、前に初めて教えてもらった【暗くても見えますように】とお願いする。

 ──最初っから、これ使っていれば良かった──

 そう思うほど、やっぱりミッちゃんは奇麗だ。
 その揺るがない美しさに安心をしたパウパウはヘラリと笑顔を向けて、ミッちゃんの手を握り返してから神官のペチョペチョに付いて行く。

『゜゜コ。こ゜で。。゜◎ヒ◎メ。゜サ。マ。。ノ。お゜ワ。。タ◎゜リ゜を゜゜。』
 示された場所はマールジェドの隣、そして、逆横にはマルトフがションボリと正座していた。
 マールジェドも、正座。
 もの凄く似合っていないし、すでに辛そうだ。

 白いオオサンショウウオ神官を見上げると、大きな頭をコクコクさせて
『゜゜バ●ツ・∴∵゜。』

 ──でしょうね……──

 パウパウは諦めて、板の上に正座した。
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