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163.パウパウとウミワタリ2
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長い夢から覚めたような気持ちで、瞬きをしたパウパウには、どれ程の時間が経ったのか分からなかった。
ただ、ペタンコ座りをしていた自分のお尻が痺れているので、そこそこの時間が経っているとは思えた。
外に映る満月も中空から位置を下げている。
いつもなら、とっくに眠っている時間だが、これだけ色々あって眠気は全然なかった。
さわさわと後ろの人々が暗闇の中で身じろぎする気配を感じたが、まだ誰も口を開かない。
そこに、ペタンペチョリとオオサンショウウオの神官がやって来て、海を背にして一礼をする。
『。。ブ。゜じ。ひ゜め゜さ。゜ま。゜の゜◎お。わ。゜。た゜り゜。◎あ。゜い゜な゜。り。まし゜。た。゜』
後ろの人々が、ざっと動いた音がする。
ここの皆が、あの歪で大きな力を持ちながらも、憐れな異形の龍を見たのだろうかとパウパウは首を傾げそうになるのを我慢した。
まだ神事は続いているらしい。
サヤーダ船長らしき人影が、神官の前に長い物を持って来た。
神官に頭を下げたサヤーダは、その長物──儀礼櫂──を両手に掲げて差し出す。
ひとつ頷いた神官は、それを受け取るとローブの袂にズルリと仕舞って、今度は逆の袂から、ズルゥっと長物を取り出した。
大事そうに新しい儀礼櫂を両手で受け取るとサヤーダ船長は一礼して、元の場所へ下がっていく。
すると、社の中が薄っすらと明るくなった。
どこかホッとした雰囲気が、後ろの方から漂ってきて、誰かが息を静かに吐いたのが聞こえる。
『。゜イ。マ。し。゜ばら。く゜ハ。゜コエ。゜な。゜キ゜◎ま。まで。゜。ひメ゜サ゜。ま◎ノ。゜しン゜き゜。ガ。のこ。っ。゜て゜オ。゜リま。す。。ユえ゜。。゜』
そう告げると神官は一礼して下がって行く。
そうだとしたら、声を出して見つかったなら、海に溶けたあの姫神様が戻って来るんだろうか。それとも、パウパウが見たのは違う何かで、本当の姫神様が来るんだろうか。
そんなことを考えて、思わずブルリと身を震わせる。
けれど、今は逃げられない。
さわさわと後ろの人々が立ち上がる気配がするが、パウパウと他の子供達は立ち上がれないでいた。
足が痺れている。
全員、見事にビリッビリのぴりぴりジンジンだ。
ダグラスは立ち上ろうとするも、無理だったらしく四つん這いのまま、床に頭を付けている。
パウパウの隣のマルトフは足を延ばすことも出来ないで、無言で悶絶している。声を上げないように下唇を噛みしめて、大変な表情になっている。
フィリは足を延ばすのに成功はしたが、そのまま固まっているのは、一瞬でも動いたなら悲鳴が出そうだからだ。
パウパウもゆっくりと足を戻すことは出来たが、お尻から腿の痺れはどうすることも出来ない。
そして、パウパウの隣には
打ち上げられた人魚みたいに横座りの美貌のハイエルフが固まっていた。
どすん、という音がして振り向くと、無理に立とうとしたゴドーが転がっている。
他のサコッタの子供達も心配なのと、可笑しいのと、ついでに自分達の痺れもあって、どうすることも出来ずにいる。
なにせ、神官から声を出すなと言われているから、尚更だろう。
無言でシッチャカメッチャカである。
──これは、これで罰、だよなぁ──
なんだか前世の記憶に、笑ったらダメなのがあった気がする。
あれは笑ったらお尻を叩かれたと思うけれど、今は笑うどころか声を出したなら、悍ましいモノが来るかもしれないのだから、緊張の度合いが違う。
というか、本当に碌な記憶がない。
みなで悶絶すること、暫し。
そのうち、ペタペタと神官長が戻って来た。
外の海を眺めて一つ頷くと
「もう、声を発しても宜しいですよ」と、どこか記憶の中の汽笛を思い出させる響きの声で告げた。
はぁ~。
大きなため息が子供達から思わず漏れる。
マルトフがダグラスの足を突く。
「ヤ~メェ~れや~」悲鳴のような声が社に響いた。
それで呪縛が解けたように、子供達が声を上げる。
「お、オ前、触ンなって!」とゴドーの声も、どこか明るい。
フィリは、ようやくの四つん這いで這いながらも、マルトフの足を突きに行く。
「わ~、やめろぉ」
緊張しきった後の少年達が、はしゃぐ。
そんな彼らを見ていると、「パウパウ」と声を掛けられた。
何か返事をする前に、後ろから持ち上げられて胡坐の膝に乗せられた。
「ミッちゃん」
「……私はお家でお留守番って言ったよね」
ツンと腿を突かれる。
ぞわぞわと痛みが広がる。
「や~め~て~」
痛いのと、むず痒いのとが広がって、悲鳴を上げるパウパウに構わずツンツンされて。
「うぇ、ご、ごめんなさいミッちゃん…」
謝るしかない。
ハイエルフはと言うと、実は腕の中で子犬のようにヒャンヒャンと鳴くパウパウに満足をしていた。
「……いいよ、どうせ叔父上に、そそのかされたんだろう?」
そう言ってミッちゃんは、人魚状態で腕の力だけで逃げようとするマールジェドを見据えた。
「…な、なによぉ。だってぇ……」
その後に続く言葉は聞きとれなかったが、たぶん、面白そうだったからとか、そういった子供じみた言葉だろうとミッちゃんは溜息を吐く。
「アーザル神官長の聖域ではの、流石の帝国の花殿も苦労しようよ」
そう言って笑いながらオオサンショウウオ神官の隣に腰を下ろしたのは、ベネ・ウオレオだ。
神官を挟んだ逆には、ギルマスが胡坐をかいた。
「さて、それで子供達は何を見て、聞きましたかな?」
三人の大きな龍人族の真ん中に坐した神官長が、板の間に思い思いに転がっている子供達に声をかけた。
物理的、精神的、そのどちらもの圧が凄い。
この神事で何を見聞きしたかと問われた子供達は、互いに目を見かわした。
サコッタの少年が、胡坐になって
「オラ、海サ走る白波ガ蛇ミタクうねってンのと、ナンカの吠ェ声サ聞きマシタ」と、口火を切った。
コドーをここに誘った少年だ。
もう一人の少年も同意するように頷いていると、ゴドーが
「……笑イ声ミテェのが終わって目ェサ開けたら……」と、話始めた。
ゴドーが目を開いたとき、そこは満天の星空だったのだという。
その空の星しかない虚空の先に、七色にぼんやりと光る巨木を見たのだと、そこに近寄ろうと虚空を泳いでも、泳いでも辿りつけないうちに、気が付いたら社に戻っていたと語った。
続いて、ダグラスが自分は深海松の光る巨木の近くに浮かんでいたと語った。
なにか奇麗なモノが呼び止めたけれど、謝罪して上を目指して泳いだと語ったとき、なぜだか神官長は四本指で口を押えて小刻みに震え、ベネは口をムニョっとさせて、ぶぶぶと音を漏らしたので、笑ったのかもしれないと、パウパウは思った。
どこに、笑える要素があったのかは、全く分からないが。
ちなみにギルマスは、ダグラスの話を聞いて
「お前、ま、訛を直そうってのは大事だがな……そこじゃ、ねぇって」と溜息を吐いた。
マルトフは海の中の音と一緒に漂って、何かに呼ばれた気がして戻って来たと、フィリは自分が砂礫になって岸から沖へと流れて行ったけれど、山の木と錬金墨の匂いを思い出して帰って来たことを、それぞれに語った。
「マールちゃんは?」
皆の体験談を聞いて、自分だけが違う系統の幻視をしたと思ったパウパウは、未だに行儀悪く人魚状態のマールジェドに尋ねた。
そのうえ、この人魚、肘枕である。
寛ぐにもほどがあるとパウパウは思う。
「そうねぇ……私が見たのは精霊王的な存在かしらねぇ」
そう言って身を起こして、社の外の暗い海を見つめると、海に還りたい望郷の人魚に見えるのだからハイエルフは反則だ。
マールジェドの言う精霊王が、どのような存在かは分からない。
パウパウが見たモノと同じなのか異なるのか。
その言葉に頷いたオオサンショウウオの神官は、最後にミッちゃんの膝の上のパウパウに声をかけた。
「そこな黒妖精の子は、何を見聞きしましたかな?」
ここで、まさかの黒妖精呼ばわりが来たよと、思いながらもパウパウは素直に話しだす。
どうにも、このオオサンショウウオに嘘は付けないと、心から感じるのだ。
「んとね、最初に青白い光がムコーの海の中から来てね……」
パウパウは語る。
不思議で長大な、醜くブヨブヨとした半透明の存在のことを。
平和な始まりの世界の残滓を鱗のように貼り付けて、海を蛇行する魂の箱舟のことを。
勿論、前世で滅んだ生き物とは告げず、知らない、見たことがない生き物がイッパイという、可愛らしい言い方に変えてだが。
それが、満月を見ながら海に溶けて消えたと伝え、
「ぼくが見たのは何なのかなぁ?」と尋ねた。
『゜。ホ。う。』
思わずアーザル・シンハ=ンザキ神官は、地声の水音で感嘆をした。
そして、きちんとパウパウと目を合わせるために、前かがみになった。
このオオサンショウウオの目には感情や知性を感じると思いながらパウパウは、小さな金色の目を見返す。
『゜。オ…ン゛゛ん「お名前を伺ってもいいですかな?」
太く霧の向こうで鳴る汽笛のような声に名を聞かれた。
「ぼく、パウパウ。四歳です」
パウパウは指を四本立てて、神官に改めて挨拶をした。
「はい。ありがとう。私はアーザル・シンハ=ンザキ、ここの神官長でございます。あなたの見たのも、また三姫様の一つの形ですよ、バコン」
神官長は名乗った後、口をバコンと閉じた。
たくさん話すなら水音の声のほうが、本当は楽なのかもしれない。
「あぁして、三姫神様と呼ばれている力の存在が、この季節に東の海を御渡りくださり、かき混ぜ、毎年、豊かな恵みを運んで来てくれております。ダグラス君と、ゴドー君が幻視のは海神様の宮と呼ばれる場所でしょうな」
そう言うと、またバコンと口を閉じた。
その言葉に、パウパウを抱いていたハイエルフが疑問を呈する。
「私にはあれが青白く発光する、光のオロチに見えたのだが…確かに、叔父上の言うように精霊、それも大精霊クラスの力を持つ存在に感じた。……姫神とは海の大精霊という事なのだろうか?」
アーザル神官長は考えるように、少し上を向いてから言葉を継いだ。
「…我らは、三女神、三姫様と呼ばせていただいております。かの貴き存在を三つに分けて、一の姫から三の姫まで名前を付けさせていただきました。……そうすることで、初めて共にある事が出来ますゆえ」
その言葉を聞いて、ハイエルフは三人の龍人を見た。
海の白い神龍と、海の龍、そして聖域にてはハイエルフを凌駕する水神の末裔。
──なるほど──ハイエルフは納得する。
──あの、巨大な力を信仰の名付けで縛ったか──
あれだけの力を持つ精霊だ。
誰であれ飼いならす事などは無理だろう。
だが、もしも長い年月をかけて、あれを奉ったら。
もしも、あれを姫と意味づけて崇め続けたら。
何も知らない真っすぐな心が、あれを祈りの対象として、寄り添ったのなら。
そんな想像をして、ハイエルフは青紫色の目を細めた。
そのハイエルフの想いを読み取ったように、ベネ・ウオレオと、カウダ=タンニナは頷き、アーザル神官長はバコンと口を閉じた。
ただ、ペタンコ座りをしていた自分のお尻が痺れているので、そこそこの時間が経っているとは思えた。
外に映る満月も中空から位置を下げている。
いつもなら、とっくに眠っている時間だが、これだけ色々あって眠気は全然なかった。
さわさわと後ろの人々が暗闇の中で身じろぎする気配を感じたが、まだ誰も口を開かない。
そこに、ペタンペチョリとオオサンショウウオの神官がやって来て、海を背にして一礼をする。
『。。ブ。゜じ。ひ゜め゜さ。゜ま。゜の゜◎お。わ。゜。た゜り゜。◎あ。゜い゜な゜。り。まし゜。た。゜』
後ろの人々が、ざっと動いた音がする。
ここの皆が、あの歪で大きな力を持ちながらも、憐れな異形の龍を見たのだろうかとパウパウは首を傾げそうになるのを我慢した。
まだ神事は続いているらしい。
サヤーダ船長らしき人影が、神官の前に長い物を持って来た。
神官に頭を下げたサヤーダは、その長物──儀礼櫂──を両手に掲げて差し出す。
ひとつ頷いた神官は、それを受け取るとローブの袂にズルリと仕舞って、今度は逆の袂から、ズルゥっと長物を取り出した。
大事そうに新しい儀礼櫂を両手で受け取るとサヤーダ船長は一礼して、元の場所へ下がっていく。
すると、社の中が薄っすらと明るくなった。
どこかホッとした雰囲気が、後ろの方から漂ってきて、誰かが息を静かに吐いたのが聞こえる。
『。゜イ。マ。し。゜ばら。く゜ハ。゜コエ。゜な。゜キ゜◎ま。まで。゜。ひメ゜サ゜。ま◎ノ。゜しン゜き゜。ガ。のこ。っ。゜て゜オ。゜リま。す。。ユえ゜。。゜』
そう告げると神官は一礼して下がって行く。
そうだとしたら、声を出して見つかったなら、海に溶けたあの姫神様が戻って来るんだろうか。それとも、パウパウが見たのは違う何かで、本当の姫神様が来るんだろうか。
そんなことを考えて、思わずブルリと身を震わせる。
けれど、今は逃げられない。
さわさわと後ろの人々が立ち上がる気配がするが、パウパウと他の子供達は立ち上がれないでいた。
足が痺れている。
全員、見事にビリッビリのぴりぴりジンジンだ。
ダグラスは立ち上ろうとするも、無理だったらしく四つん這いのまま、床に頭を付けている。
パウパウの隣のマルトフは足を延ばすことも出来ないで、無言で悶絶している。声を上げないように下唇を噛みしめて、大変な表情になっている。
フィリは足を延ばすのに成功はしたが、そのまま固まっているのは、一瞬でも動いたなら悲鳴が出そうだからだ。
パウパウもゆっくりと足を戻すことは出来たが、お尻から腿の痺れはどうすることも出来ない。
そして、パウパウの隣には
打ち上げられた人魚みたいに横座りの美貌のハイエルフが固まっていた。
どすん、という音がして振り向くと、無理に立とうとしたゴドーが転がっている。
他のサコッタの子供達も心配なのと、可笑しいのと、ついでに自分達の痺れもあって、どうすることも出来ずにいる。
なにせ、神官から声を出すなと言われているから、尚更だろう。
無言でシッチャカメッチャカである。
──これは、これで罰、だよなぁ──
なんだか前世の記憶に、笑ったらダメなのがあった気がする。
あれは笑ったらお尻を叩かれたと思うけれど、今は笑うどころか声を出したなら、悍ましいモノが来るかもしれないのだから、緊張の度合いが違う。
というか、本当に碌な記憶がない。
みなで悶絶すること、暫し。
そのうち、ペタペタと神官長が戻って来た。
外の海を眺めて一つ頷くと
「もう、声を発しても宜しいですよ」と、どこか記憶の中の汽笛を思い出させる響きの声で告げた。
はぁ~。
大きなため息が子供達から思わず漏れる。
マルトフがダグラスの足を突く。
「ヤ~メェ~れや~」悲鳴のような声が社に響いた。
それで呪縛が解けたように、子供達が声を上げる。
「お、オ前、触ンなって!」とゴドーの声も、どこか明るい。
フィリは、ようやくの四つん這いで這いながらも、マルトフの足を突きに行く。
「わ~、やめろぉ」
緊張しきった後の少年達が、はしゃぐ。
そんな彼らを見ていると、「パウパウ」と声を掛けられた。
何か返事をする前に、後ろから持ち上げられて胡坐の膝に乗せられた。
「ミッちゃん」
「……私はお家でお留守番って言ったよね」
ツンと腿を突かれる。
ぞわぞわと痛みが広がる。
「や~め~て~」
痛いのと、むず痒いのとが広がって、悲鳴を上げるパウパウに構わずツンツンされて。
「うぇ、ご、ごめんなさいミッちゃん…」
謝るしかない。
ハイエルフはと言うと、実は腕の中で子犬のようにヒャンヒャンと鳴くパウパウに満足をしていた。
「……いいよ、どうせ叔父上に、そそのかされたんだろう?」
そう言ってミッちゃんは、人魚状態で腕の力だけで逃げようとするマールジェドを見据えた。
「…な、なによぉ。だってぇ……」
その後に続く言葉は聞きとれなかったが、たぶん、面白そうだったからとか、そういった子供じみた言葉だろうとミッちゃんは溜息を吐く。
「アーザル神官長の聖域ではの、流石の帝国の花殿も苦労しようよ」
そう言って笑いながらオオサンショウウオ神官の隣に腰を下ろしたのは、ベネ・ウオレオだ。
神官を挟んだ逆には、ギルマスが胡坐をかいた。
「さて、それで子供達は何を見て、聞きましたかな?」
三人の大きな龍人族の真ん中に坐した神官長が、板の間に思い思いに転がっている子供達に声をかけた。
物理的、精神的、そのどちらもの圧が凄い。
この神事で何を見聞きしたかと問われた子供達は、互いに目を見かわした。
サコッタの少年が、胡坐になって
「オラ、海サ走る白波ガ蛇ミタクうねってンのと、ナンカの吠ェ声サ聞きマシタ」と、口火を切った。
コドーをここに誘った少年だ。
もう一人の少年も同意するように頷いていると、ゴドーが
「……笑イ声ミテェのが終わって目ェサ開けたら……」と、話始めた。
ゴドーが目を開いたとき、そこは満天の星空だったのだという。
その空の星しかない虚空の先に、七色にぼんやりと光る巨木を見たのだと、そこに近寄ろうと虚空を泳いでも、泳いでも辿りつけないうちに、気が付いたら社に戻っていたと語った。
続いて、ダグラスが自分は深海松の光る巨木の近くに浮かんでいたと語った。
なにか奇麗なモノが呼び止めたけれど、謝罪して上を目指して泳いだと語ったとき、なぜだか神官長は四本指で口を押えて小刻みに震え、ベネは口をムニョっとさせて、ぶぶぶと音を漏らしたので、笑ったのかもしれないと、パウパウは思った。
どこに、笑える要素があったのかは、全く分からないが。
ちなみにギルマスは、ダグラスの話を聞いて
「お前、ま、訛を直そうってのは大事だがな……そこじゃ、ねぇって」と溜息を吐いた。
マルトフは海の中の音と一緒に漂って、何かに呼ばれた気がして戻って来たと、フィリは自分が砂礫になって岸から沖へと流れて行ったけれど、山の木と錬金墨の匂いを思い出して帰って来たことを、それぞれに語った。
「マールちゃんは?」
皆の体験談を聞いて、自分だけが違う系統の幻視をしたと思ったパウパウは、未だに行儀悪く人魚状態のマールジェドに尋ねた。
そのうえ、この人魚、肘枕である。
寛ぐにもほどがあるとパウパウは思う。
「そうねぇ……私が見たのは精霊王的な存在かしらねぇ」
そう言って身を起こして、社の外の暗い海を見つめると、海に還りたい望郷の人魚に見えるのだからハイエルフは反則だ。
マールジェドの言う精霊王が、どのような存在かは分からない。
パウパウが見たモノと同じなのか異なるのか。
その言葉に頷いたオオサンショウウオの神官は、最後にミッちゃんの膝の上のパウパウに声をかけた。
「そこな黒妖精の子は、何を見聞きしましたかな?」
ここで、まさかの黒妖精呼ばわりが来たよと、思いながらもパウパウは素直に話しだす。
どうにも、このオオサンショウウオに嘘は付けないと、心から感じるのだ。
「んとね、最初に青白い光がムコーの海の中から来てね……」
パウパウは語る。
不思議で長大な、醜くブヨブヨとした半透明の存在のことを。
平和な始まりの世界の残滓を鱗のように貼り付けて、海を蛇行する魂の箱舟のことを。
勿論、前世で滅んだ生き物とは告げず、知らない、見たことがない生き物がイッパイという、可愛らしい言い方に変えてだが。
それが、満月を見ながら海に溶けて消えたと伝え、
「ぼくが見たのは何なのかなぁ?」と尋ねた。
『゜。ホ。う。』
思わずアーザル・シンハ=ンザキ神官は、地声の水音で感嘆をした。
そして、きちんとパウパウと目を合わせるために、前かがみになった。
このオオサンショウウオの目には感情や知性を感じると思いながらパウパウは、小さな金色の目を見返す。
『゜。オ…ン゛゛ん「お名前を伺ってもいいですかな?」
太く霧の向こうで鳴る汽笛のような声に名を聞かれた。
「ぼく、パウパウ。四歳です」
パウパウは指を四本立てて、神官に改めて挨拶をした。
「はい。ありがとう。私はアーザル・シンハ=ンザキ、ここの神官長でございます。あなたの見たのも、また三姫様の一つの形ですよ、バコン」
神官長は名乗った後、口をバコンと閉じた。
たくさん話すなら水音の声のほうが、本当は楽なのかもしれない。
「あぁして、三姫神様と呼ばれている力の存在が、この季節に東の海を御渡りくださり、かき混ぜ、毎年、豊かな恵みを運んで来てくれております。ダグラス君と、ゴドー君が幻視のは海神様の宮と呼ばれる場所でしょうな」
そう言うと、またバコンと口を閉じた。
その言葉に、パウパウを抱いていたハイエルフが疑問を呈する。
「私にはあれが青白く発光する、光のオロチに見えたのだが…確かに、叔父上の言うように精霊、それも大精霊クラスの力を持つ存在に感じた。……姫神とは海の大精霊という事なのだろうか?」
アーザル神官長は考えるように、少し上を向いてから言葉を継いだ。
「…我らは、三女神、三姫様と呼ばせていただいております。かの貴き存在を三つに分けて、一の姫から三の姫まで名前を付けさせていただきました。……そうすることで、初めて共にある事が出来ますゆえ」
その言葉を聞いて、ハイエルフは三人の龍人を見た。
海の白い神龍と、海の龍、そして聖域にてはハイエルフを凌駕する水神の末裔。
──なるほど──ハイエルフは納得する。
──あの、巨大な力を信仰の名付けで縛ったか──
あれだけの力を持つ精霊だ。
誰であれ飼いならす事などは無理だろう。
だが、もしも長い年月をかけて、あれを奉ったら。
もしも、あれを姫と意味づけて崇め続けたら。
何も知らない真っすぐな心が、あれを祈りの対象として、寄り添ったのなら。
そんな想像をして、ハイエルフは青紫色の目を細めた。
そのハイエルフの想いを読み取ったように、ベネ・ウオレオと、カウダ=タンニナは頷き、アーザル神官長はバコンと口を閉じた。
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