パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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164.パウパウとウミワタリ3

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 斎所場カディシュは境内を入って右手側に進んだ先にあるのだという。
 社を出て──編み上げブーツのハイエルフ達が当然、一番遅くなった──深夜、言葉少なにアーザル神官の聖域を歩いて、左側、社と同じような本漆喰が青白く月光色に染まる四角い建物へと進む。

 その幾つかの窓から、魔道カンテラの光が煌々と溢れ、オッチャン達の話し声や笑い声が漏れているのを感じた時、子供達は何故かと感じて、肩の力を抜いた。

「……ウルジェド、半分ずらしてあるわよ。ここ」
「これは、……参ったねぇ」
 空間拡張を施された建物と、人が誰でも入れるように、だが、悍ましい力からは見つからないようにと存在を

 ──「アーザル神官長の聖域ではの、流石の帝国の花殿も苦労しようよ」──ベネ・ウオレオの言葉が思い出されて、ハイエルフは成程と納得した。
「聖域では神もかくやという程の力なのだな」

 まるで安全な場所に逃げ帰った!という勢いで、靴を脱ぎ蹴り駆け込んで行く少年達を後目に、大きな扉を潜ったハイエルフの二人は、そう話しながら上がり框(かまち)にパウパウを抱き下ろして、小さなブーツを沓脱に置いてから、おもむろに編み上げブーツを解きにかかった。

 通路の先からは、楽し気な声が聞こえてくる。
「パウパウ~!早くおいでよ」と呼ぶのはフィリだ。
「も、ちょっと~!先に行ってて~」とパウパウは答える。
 声を普通に出せるのが、こんなにも嬉しい。

「パウパウ、みんなと先に行っていいよ」
「ううん、ミッちゃんと一緒がいい」
「ん、もう、こんななら、違う靴にすればよかったわねぇ」

 ミッちゃんはパウパウと手を繋いで、賑やかな大広間のような場所へと向かう。
「ここに来たときにね、時間を潰していた場所だよ」

 パウパウ達がマールジェドを押しとどめたり、神官長から逃げたりしていた時間、大人はここでをしていたのだという。

 奥の広間に近づくごとに、どんどんとオッチャン達の声が大きくなってくる。
 笑い声、騒めき、何かの食器がぶつかる音。
 それを感じ、音が聞こえるごとに、パウパウの顔には微笑みが浮かんでいる。

 ミッちゃんが、大きな引き戸を開けると光と声と音が、尚更に大きくなってパウパウを包んだ。
「やぁ、お待たせした」
 そう告げるハイエルフの声も、心なしか弾んでいるようだ。
「おぉ!お疲れッシタな」
「オ、来たナ、バッチ子」
「お~い、奇麗ドコが来たベサァ」ドッと笑い声。

 思い思いに輪になったオッチャン達が声を掛けてくるけど、バッチ子ってなんだ?とパウパウは首を傾げた。

「パウパウ!ウルジェドさん、マールさん!こっち、こっち」
 この世界に上座、下座があるのかをパウパウは知らないが、雰囲気的に上座っぽい人の輪からフィリが手を振った。
 見るとゴドー達、サコッタ組も一緒だ。

 表討伐船のサヤーダを始め、各船の代表らしき人達と子供達とハイエルフが大きな輪を作っていると、三龍人がやって来た。
 なるほど、それでここの玄関扉も入口の戸も、驚く位に大きかったのかとパウパウは納得する。

「お疲れ様でございます」
 皆が頭を下げた。
「あっはっは。うむ、皆も御苦労様であったの、今年はし、愉快、愉快」
 ぶぶぶとムニャムニャさせた口から音をさせて、ベネは子供達を見る。
「まったく、ベネ様も人が悪い。いきなり過ぎるでしょう」ギルマスがしかめっ面で言うと
「バッチ子が大きく更新されましたな」と、アーザル神官がパウパウを見てバゴンと口を閉じた。

 何のことだか分からずにいるハイエルフ二人とパウパウを置き去りにアーザル神官は
「皆さまのお陰を持ちまして、無事に三姫様の、恙(つつが)なく、海を渡られ代替わりとなりまして御座います」
 神官長の言葉に、皆が黙礼をした。

 ペチャペチャンと神官長が四本指の手を合わせて、情けない音を合図に引き戸が開いて白いローブの神官たちが料理を運び入れ始めた。
「皆さまからの寄進。姫様への捧げ物を頂戴する直会なおらいにございます。さぁ、を始めましょう」
 オッチャン達は頭を下げると、早速、嬉しそうに酒の壺に手を伸ばした。

「ここはさ、集会場所になったり、僕たちの学舎になったりするんだよ」と、マルトフが教えてくれる。
「へぇ~、どんな事をべんきょするの?」
「算術とか、文字とか……あと、国の成り立ちとかかなぁ」
「あ、三姫様や海神様の話とかねっ」フィリが取り分けてくれた料理を渡しながら答えた。
「ア~、俺、算術苦手ダベヤ」
 帝国語の発音を勉強すると社で言ったそばから、ダグラスは語尾が怪しい。

「ゴドー君たちの所にも、社ってあるの?」
 そうパウパウが尋ねると、何かの煮物を競り食いしていたゴドー達は慌てて口の物を呑み込んでから
「オゥ、有ンゾ。ッセェケンド」
「神官様、一人ナ」と、教えてくれた。

「ゴドー、おヨォ、姫様サ今度会った時、ちゃ~んと帝国語サ話せネト叱られッベヤ」
 自慢げにダグラスが何故か言い、
「だからダグ、訛ってるって」とマルトフが首を振る。
 くすくすと皆が笑う中、パウパウは
「ね?バッチ子ってなぁに?」

「オォ、バッチコってなぁ……「オィ、ヤメレ」オッチャンの一人の言葉をサヤーダが、苦虫を噛んだような顔で止める。
 そんなサヤーダを見たことがない子供達は、興味津々だ。
「マァ、諦めレッテ、サヤーダ」
 もう一人、プタフォタンの討伐船の船長が止めた。

「今マデは、コイツがバッチ子ヨォ」
 あっはっはと笑いながら指を差されるのを、面白くなさそうにサヤーダが睨みつけた。

「たま~にな……あぁやってベネ様が、サァスンダ」
 笑いを含んだ声で言うのは網元のオッチャン。
 サヤーダ船長の兄だ。

 撒き餌と言うのは、あの町の広場でベネ様が、わざわざ神事について言った事だろうか……いや、もしかしたら港の倉庫でダグ兄が小耳に挟んだって言うのも、仕込みだったのかもしれない。と、パウパウは怪しむ。

「ンでな、コイツが……アリャ、幾ツントキヨ」
「ヤッツよ!」
「オォ、俺ラン後ろサくっツイテ来テナァ」あっはっは、そうそう!と笑う兄貴分達の中では、サヤーダは御座所船の長ではなく、ただの鼻たれ弟分なのだろう。
 ちょっと顔を歪めて聞き流す事にしたようで、黙って料理をダグラス達の方へと押し出した。

 それなのに、話は続く。

「イヤ、サヤーダはヒデェノ、スゲェの「オォヨ、連れてケネェったら、ダグ。オの親父ナぁ」
「「「「社ン崖サ、登ッタんだぁ!」」」」
 笑い声は、既にギャハハに膨れ上がっている。

「オ、オ……アーザル神官長サマさ、助ケテくんナキャ、姫様サ持っテカレたベサ」
「……オォ、ンダナ」
 言葉少なにサヤーダは、仲間と何やら料理を分け合っている息子を見た。

 十二歳を過ぎたならプタフォタンの漁師の子は、生まれ月に三姫様へご挨拶をするために社へ詣でる。
 それを持って、瘢痕を身に刻み操舵の風と水の術を殆ど無詠唱に近い状態で使えるようになるのだ。
 サヤーダは鮮やかな羽織に隠れている二の腕の瘢痕紋字キザミもんじを、知らずにさすった。

「マルトフもフィリも、パウパウも漁師の子では無いがのう」ベネが嬉しそうに言う。
「姫神様に見事、お目通りが叶いましたな。流石は海の町プタフォタンの子です」
 ペチョペチョと嬉しそうに両手を合わせてオオサンショウウオの神官が笑う。
「ダグラスは親子二代。パウパウは最年少バッチコで特攻だ」ギルマスはやれやれと言うように天井を見上げた。

 ────

 流石に、陽待ち神事と言う名の徹夜宴会に、子供達が付いていける筈もない。
 社の神官たちの心づくしの料理を馳走になり、お神酒だと言われて酒を舐めた後、全員が広間の隅で雑魚寝を始めた。
 大の字で寝落ちである。

 ウルジェドが子供達のために、収納から野営用のマットを取り出すと、サヤーダやゴドーの父親らが子供達をマットの上に運んだ。
「……本当に、お前の収納には何が入っているのよ」マールジェドの声に
「冒険者用の野営マットの試作品ですよ」
 そう言いながら、薄手の掛け布を子供達にフワリとかけた。

「今年は大漁であったのぉ」と言うベネの声に
「ヤ、レカベットの子ガナァ、ラキップさ、気の毒ヨナ」「ありゃ、普通に村の社に詣デンだべ。今年デ十二ダ」
 そんな話がやがて静まったとき、

「さて、少し生臭い話をせねばならぬ。アーザル神官長には、すまぬがの」ベネがそう言うと、アーザルは子供達の周りに防音結界を張った。
 息をするように自然な展開に、ハイエルフすら目を見張る。

「……本祭の前に捕らえた、サコッタのアピズと名乗っておった男についてじゃが」
 この座にいる者達は、皆、あの捕り物に参加をしている。
「ウルジェド殿の見込みのとおり、暗人あんじんであった」

 サコッタの網元、ゴドーの親父はハッと頭を上げて「ジャ、ホンマモンは…アピズは」
 それに答えずに、ギルマスが
「入れ替わるために、その父親の方も……な」とだけ告げる。

 広間を支配した重たい沈黙を破って、ギルマスが続けた。
「サコッタの舟揚場から、何度か磯舟で東への船に荷を運んだそうだ」
「アイツが、村サ来テ4年ッス……荷…?、荷ッテぇ何スカ」
 握った拳を白くして、ゴドーの父親が悔しそうにギルマスに問うた。
 偽アピズの捕縛の時に、話には出ている。
 だが、はっきりとした確定ではなかったのだ。

「……あやつが吐きおった。荷はの、人よ……リヨスアルヴァを経由して、東の地へ送り込んでいたようじゃ」
 珍しく顔を歪めたベネ・ウオレオが吐き捨てるように言った言葉に、ハイエルフは眉を顰める。

 リヨスアルヴァ……それは二人にとって拭いきれない汚れ、魂が穢れる気になる存在であった。
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