パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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171.パウパウと普通の日5

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 久しぶりにグーリシェダも交えての夕食が嬉しかったパウパウは、ダンジョンで皆とカーカルデを引き釣り出したことを得意気に語った後、骨鎧魚ティレリを退治したときに活躍した巨鳥、タヴィスの歌真似までも披露した。

「ガァギャゴッゴッゴゴ~」と、可愛い声で巨鳥が吠えたとおりの節回しを真似たのでマールジェドはケラケラ笑い、グーリシェダも拍手をする。
「よく、覚えてたね!パウパウ」と、ミッちゃんも褒めてくれて得意気な顔をしたのだが、

 ──これ……某・塩のCMソングに似ているから……
 脳内に浮かんだ、宇宙的な銀色の刑事がポージングしている記憶を、そうっと丁寧にパウパウは蓋をする。

 改まった席ならばいざ知らず、ハイエルフの食卓はいつも暖かな会話に溢れている。
 とはいえ、食事の席で歌うのはお行儀が悪いだろうに、ハイエルフの三人は楽し気にパウパウを見つめていた。

「これは、楽器も触らせねばの!」
 いつもは冷静なグーリシェダは珍しく上ずった声で「何の楽器が良いか」と話している。
 その声を聞きながら、やがてパウパウの瞼は重たくなっていった。

「……あら、あら?」
 こくんと頭が下がったパウパウに気づいたマールジェドが、驚いたように声を上げた。
「あぁ、眠っちゃったかな?」
「まぁ!魔動力が切れた魔道具みたいに、落ちたわねぇ」
 クスクスと笑いながら、ふくふくの頬っぺたを突こうとする叔父を避けながら、「昨夜の夜参りから、あまり眠っていないのでね」とウルジェドが答える。

 流石にグーリシェダに社の件がバレたらマズイと思ったのか、マールジェドは指を引っ込め、何も知らない素振りで、あらぬ方向を見つめた。
 バレバレだ。

 ウルジェドは眠ったパウパウを自分の膝に乗せると、人差し指を立てて横に滑らせ、会話が聞こえないよう遮断を施した。
「で、どうかな。パウパウの魔力は」と、グーリシェダに尋ねると、祖母は一つ頷いて
「ふむ……正直、これで何故、普通に居るのかが判らぬほどに多い。外に溢れ出ているのは依然として同じじゃ」

 魔臓腑に蓄えられる量を遥かに超えてた魔力は、パウパウの体から常に溢れ出している。
 普通のヒト族ならば、とうに魔臓腑が悲鳴を上げて悲惨な事になっているだろう。
「マールの作った魔導具の働きで、魔臓腑自体は育っているようだがの」
 両手を胸の前で組み、聞いていたマールジェドは、その言葉に安堵の息を吐いた。

「これならば五歳のときには、もう一つ魔導具を設置できそうじゃな」
 その言葉に、ウルジェドはふと思い出したことを尋ねた。
「ばぁちゃんの見えている魔力の流れは、どういう風に見えるんだ?この町で知り合いになった冒険者は、色まで識別できるそうなんだが」
「それは、随分と優秀な眼を持っておるな。ワシに見えるのは……言葉にするなら光の強弱といったところじゃの」

 ──沢山の色が混在して、最後は金色から白に発光して、光に溶けている……
 フッバーが語った言葉をウルジェドは思い出す。

「フッバーが……あぁ、知り合った冒険者が、言っていたんだ。パウパウの魔力は多色が混在して、最後には金色から白く発光して外に溶けている、と」

「ふむ……」
 グーリシェダは眉間に皺を寄せ、考え込むように腕を組んだ。
「……そ、それじゃ、まるで魔素循環をするみたいじゃないのぉ~!」
 マールジェドは、この場にそぐわない明るい声を上げる。
 ──本当に、芝居が下手くそだ。そう思いながら、ウルジェドも口角を上げて見せた。

「……月の樹か」
 グーリシェダは神話の語り部のような低い声で呟いた。
「我らの里の在るも、魔素を浄化し、夜の光とともに大気へと還すもの。……我らが白月つきの元へ、祈りとしてな」

 だが、──と、グーリシェダは静かに首を振る。
「その役割を担うに、ヒトは成るまい。もし、ヒトの身でそれを行えば、魂すらもが溶けて純粋な魔素となり、星の巡りへと還ってしまおうて」

 その言葉にウルジェドは、膝で安らかに眠るパウパウを、守るように抱きしめた。
 ──光に溶けてしまう。
 フッバーの言葉が不吉な予言にならないように。

「案ずるな、ウルジェド。未だかつて、そのように面妖な例はない。まして我らが月神シャヌーン様が、お前の庇護対象トゥテラを強引に連れ去ることなど、在り得ぬよ」

 ウルジェドが、自らの髪でパウパウを隠すように体を丸めた。
 銀光のとばりのように広がる髪が、眠るパウパウを優しく覆う。
 その様を、グーリシェダは静かに見つめていた。

 孫の肩が小さく震えているのを認めたグーリシェダは、痛ましげに小さく声をかけた。
「……ウルジェドよ」
「違う…んだ、ばぁちゃん……っ」

 シャリ……。
「せ……」
「せ?」
 グーリシェダもマールジェドも、妙な様子になったウルジェドに首を傾げる。

 シャリッカラカラシャリ……カシュッ!

「叔父上の……セミの抜け殻……っ!」
 ……カシュッ!……カシュッ!

「え!あっ!」
 その声に弾かれたようにマールジェドが振り返り、窓のさんを見た。

 ……カシュッ!

 食事の邪魔だとグーリシェダと魔道人形からくりさん達にも叱られて、しぶしぶ窓際へけたマールジェドのだ。

「精霊猫に……プッ……くくく!」

 そこでは、精霊猫が嬉々として、セミの抜け殻を踏み潰していた。
 一つ踏んでは得意気に、次を踏んでは満足気。
 音がいいのか、感触がたまらないのか、ともかく、ご機嫌な笑顔で二股の尻尾をゆらゆらと揺らしていたのだ。

「あぁぁぁぁ~っ!」
 マールジェドの悲鳴がダイニングに響いた。

「……マールジェドよ……」

 自分の目の前で満足そうに顔を洗う黒い精霊猫を睨みつけながら、マールジェドは涙ぐむ。
「うぅ……クスン……。ガルデンに見せてあげようと思ったのにぃ……」
 幸か不幸か、宝物の抜け殻は粉微塵に全損してしまった。

 ──いやぁ、ガルデンだってセミの抜け殻を見せられても困ると思うけど……。と、内心で思いつつウルジェドは黙っていた。
 拗ねた叔父が、どれほど五月蠅いのは長年の経験で分かっているからだ。

「マールよ……だから、大切な物は、きちんと片付けよと、散々に云うたはずじゃ……まぁ、よい。話を戻すとしよう」
 幾星霜の時を重ねたハイエルフへ、をしてから、グーリシェダが吐息交じりに続けた。

「この子の魔力過多については、様子を見守るしかないだろう。魔臓腑が育つか否かは、パウ坊が成長していかねば、予測はつかぬゆえな」
 グーリシェダは頬杖をつくと、隣に座るウルジェドの膝で眠るパウパウに目線を合わせた。
「……ほんに奇跡よ。精霊猫に名を付けて、ケロリとしておる……」
 
 ──里にあるが、魔素を大気へと還すように、この子は我らと、周りの世界へと、何か温かいものを分けてくれているやもしれぬ……。

 幼子の寝顔に微笑んでから、グーリシェダは意識を切り替え、姿勢を正した。

「はぁ……では、リヨスアルヴァの続報じゃ」
 その言葉にマールジェドも居住まいを正した。

「まず、囚われていたドワーフ達は、ある程度、回復をしたゆえガルデン殿がイ・カルサに殆どを連れて帰った。これについては、マールジェドも御苦労だったの」
 褒められたマールジェドは、コクコクと子供のように頷いた。
「殆ど……ですか?」
 聞き咎めたウルジェドの問いに、グーリシェダが苦笑する。
「数人の年配者がの、流れ職人に戻りおったのよ。あの強情者たちめが」
 クククと、喉の奥で笑いながら言うあたり、彼らの旅立ちを見送ったのだろう。

「前王と多くの上級貴族が去った後の、民の混乱はどうですか?」
 帝国の治安維持部隊をふと思い出し、ウルジェドが尋ねた。

「混乱らしい混乱は、見えておらぬ。……まぁ、それは我らの知る事柄ではないしの。ただ……」
 グーリシェダは険しい表情になり、声を絞り出すように二人に告げた。

「流人扱いとなった、かなりの上級貴族の行方が判らぬということじゃ」
 その言葉に、ウルジェドは先日の錆びた檻の中の子供達を思い出した。
 関係のない子供のエルフ族までもが断耳され、流人扱いをされていた、あの商会の倉庫を。

「ばぁちゃん、実はプタフォタンの隣の村で気になる話があってね……」
 ウルジェドは4年前から、サコッタの男に入れ替わって生活をしていた暗人の話をグーリシェダに伝えた。
「……東に向けて、夜に人を運んでいたらしいわ」
 マールジェドが話を引き継ぐ。
 グーリシェダは苦し気に瞳を閉じた。

「……もしも、ワシが気に留めているの持ち主が、我らと同じほどの力を使えるとすればじゃ……」
 ──多くの人族を一気に転移で運び、容量無制限の収納空間から船を出し、夜に漕ぎ出すことなど容易いだろう。
 そうして、沖に待つのは、禁じられた奴隷を詰め込む外航貨物船だ──

「ワシが感じたあの魔力は、ハイエルフ族とは根底から異なるものであった。あれは……」
 グーリシェダは、不浄を見たかのように不快そうに眉を顰め続けた。

「人の形をしては居た。だが、肥大し淀んだ魔臓腑や魔力の道も全てが……粘菌のようにうごめく光に見えた……酷くいびつな、開いた穴に別の魔素を無理やり詰めて補強したような……」
 ブルッと、数多の年月を超越したはずのグーリシェダが嫌悪に肩を震わせた。

「……あのように醜い魔力の光を、ワシは生まれて初めて目にしたわ」

 ──光なのに、醜い。

 その言葉の、醜い魔力の光から守るかのように、ウルジェドは膝の上のパウパウを抱き寄せる。
 
「ばぁちゃん……パウパウは、このプタフォタンにギンちゃんの枝を植えたいそうだ。だから私はね、このプールヴァ領は守るよ」
 この町をパウパウが気に入った。
 それだけで、守る価値がある。

「……おや、小さいのぅ、せめてミズラウの国ではないのか?」
 孫の言葉に、一瞬目を見開いたグーリシェダが、面白そうに瞳を細めて含み笑いで尋ねた。
「それは、レハブア王に謁見したときに、パウパウが王様を気に入ったら……だねぇ」

 腕の中で眠るパウパウには、決して見せる事のない、物騒に輝く瞳でウルジェドが告げる。
 この町の子供たちは守ろう、パウパウの友達だから。
 漁師達も守ろう、パウパウに優しいから。
 町の人達も社の人達も、この腕の中の子供を大切にしてくれるなら守ろう。

 かつて狂い古竜をほふったは、パウパウのためだけに力を使うと心に決めて、口角を上げた。
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