171 / 178
171.パウパウと普通の日5
しおりを挟む
久しぶりにグーリシェダも交えての夕食が嬉しかったパウパウは、ダンジョンで皆とカーカルデを引き釣り出したことを得意気に語った後、骨鎧魚を退治したときに活躍した巨鳥、タヴィスの歌真似までも披露した。
「ガァギャゴッゴッゴゴ~」と、可愛い声で巨鳥が吠えたとおりの節回しを真似たのでマールジェドはケラケラ笑い、グーリシェダも拍手をする。
「よく、覚えてたね!パウパウ」と、ミッちゃんも褒めてくれて得意気な顔をしたのだが、
──これ……某・塩のCMソングに似ているから……
脳内に浮かんだ、宇宙的な銀色の刑事がポージングしている記憶を、そうっと丁寧にパウパウは蓋をする。
改まった席ならばいざ知らず、ハイエルフの食卓はいつも暖かな会話に溢れている。
とはいえ、食事の席で歌うのはお行儀が悪いだろうに、ハイエルフの三人は楽し気にパウパウを見つめていた。
「これは、楽器も触らせねばの!」
いつもは冷静なグーリシェダは珍しく上ずった声で「何の楽器が良いか」と話している。
その声を聞きながら、やがてパウパウの瞼は重たくなっていった。
「……あら、あら?」
こくんと頭が下がったパウパウに気づいたマールジェドが、驚いたように声を上げた。
「あぁ、眠っちゃったかな?」
「まぁ!魔動力が切れた魔道具みたいに、落ちたわねぇ」
クスクスと笑いながら、ふくふくの頬っぺたを突こうとする叔父を避けながら、「昨夜の夜参りから、あまり眠っていないのでね」とウルジェドが答える。
流石にグーリシェダに社の件がバレたらマズイと思ったのか、マールジェドは指を引っ込め、何も知らない素振りで、あらぬ方向を見つめた。
バレバレだ。
ウルジェドは眠ったパウパウを自分の膝に乗せると、人差し指を立てて横に滑らせ、会話が聞こえないよう遮断を施した。
「で、どうかな。パウパウの魔力は」と、グーリシェダに尋ねると、祖母は一つ頷いて
「ふむ……正直、これで何故、普通に居るのかが判らぬほどに多い。外に溢れ出ているのは依然として同じじゃ」
魔臓腑に蓄えられる量を遥かに超えてた魔力は、パウパウの体から常に溢れ出している。
普通のヒト族ならば、とうに魔臓腑が悲鳴を上げて悲惨な事になっているだろう。
「マールの作った魔導具の働きで、魔臓腑自体は育っているようだがの」
両手を胸の前で組み、聞いていたマールジェドは、その言葉に安堵の息を吐いた。
「これならば五歳のときには、もう一つ魔導具を設置できそうじゃな」
その言葉に、ウルジェドはふと思い出したことを尋ねた。
「ばぁちゃんの見えている魔力の流れは、どういう風に見えるんだ?この町で知り合いになった冒険者は、色まで識別できるそうなんだが」
「それは、随分と優秀な眼を持っておるな。ワシに見えるのは……言葉にするなら光の強弱といったところじゃの」
──沢山の色が混在して、最後は金色から白に発光して、光に溶けている……
フッバーが語った言葉をウルジェドは思い出す。
「フッバーが……あぁ、知り合った冒険者が、言っていたんだ。パウパウの魔力は多色が混在して、最後には金色から白く発光して外に溶けている、と」
「ふむ……」
グーリシェダは眉間に皺を寄せ、考え込むように腕を組んだ。
「……そ、それじゃ、まるで魔素循環をする月の樹みたいじゃないのぉ~!」
マールジェドは、この場にそぐわない明るい声を上げる。
──本当に、芝居が下手くそだ。そう思いながら、ウルジェドも口角を上げて見せた。
「……月の樹か」
グーリシェダは神話の語り部のような低い声で呟いた。
「我らの里の在るあれも、魔素を浄化し、夜の光とともに大気へと還すもの。……我らが白月の元へ、祈りとしてな」
だが、──と、グーリシェダは静かに首を振る。
「その役割を担う器に、ヒトは成るまい。もし、ヒトの身でそれを行えば、魂すらもが溶けて純粋な魔素となり、星の巡りへと還ってしまおうて」
その言葉にウルジェドは、膝で安らかに眠るパウパウを、守るように抱きしめた。
──光に溶けてしまう。
フッバーの言葉が不吉な予言にならないように。
「案ずるな、ウルジェド。未だかつて、そのように面妖な例はない。まして我らが月神様が、お前の庇護対象を強引に連れ去ることなど、在り得ぬよ」
ウルジェドが、自らの髪でパウパウを隠すように体を丸めた。
銀光の帳のように広がる髪が、眠るパウパウを優しく覆う。
その様を、グーリシェダは静かに見つめていた。
孫の肩が小さく震えているのを認めたグーリシェダは、痛ましげに小さく声をかけた。
「……ウルジェドよ」
「違う…んだ、ばぁちゃん……っ」
シャリ……。
「せ……」
「せ?」
グーリシェダもマールジェドも、妙な様子になったウルジェドに首を傾げる。
シャリッカラカラシャリ……カシュッ!
「叔父上の……セミの抜け殻……っ!」
……カシュッ!……カシュッ!
「え!あっ!」
その声に弾かれたようにマールジェドが振り返り、窓の桟を見た。
……カシュッ!
食事の邪魔だとグーリシェダと魔道人形さん達にも叱られて、しぶしぶ窓際へ避けたマールジェドの宝物だ。
「精霊猫に……プッ……くくく!」
そこでは、精霊猫が嬉々として、セミの抜け殻を踏み潰していた。
一つ踏んでは得意気に、次を踏んでは満足気。
音がいいのか、感触がたまらないのか、ともかく、ご機嫌な笑顔で二股の尻尾をゆらゆらと揺らしていたのだ。
「あぁぁぁぁ~っ!」
マールジェドの悲鳴がダイニングに響いた。
「……マールジェドよ……」
自分の目の前で満足そうに顔を洗う黒い精霊猫を睨みつけながら、マールジェドは涙ぐむ。
「うぅ……クスン……。ガルデンに見せてあげようと思ったのにぃ……」
幸か不幸か、宝物の抜け殻は粉微塵に全損してしまった。
──いやぁ、ガルデンだってセミの抜け殻を見せられても困ると思うけど……。と、内心で思いつつウルジェドは黙っていた。
拗ねた叔父が、どれほど五月蠅いのは長年の経験で分かっているからだ。
「マールよ……だから、大切な物は、きちんと片付けよと、散々に云うたはずじゃ……まぁ、よい。話を戻すとしよう」
幾星霜の時を重ねたハイエルフへ、子供への説教をしてから、グーリシェダが吐息交じりに続けた。
「この子の魔力過多については、様子を見守るしかないだろう。魔臓腑が育つか否かは、パウ坊が成長していかねば、予測はつかぬゆえな」
グーリシェダは頬杖をつくと、隣に座るウルジェドの膝で眠るパウパウに目線を合わせた。
「……ほんに奇跡よ。精霊猫に名を付けて、ケロリとしておる……」
──里にある月の樹が、魔素を大気へと還すように、この子は我らと、周りの世界へと、何か温かいものを分けてくれているやもしれぬ……。
幼子の寝顔に微笑んでから、グーリシェダは意識を切り替え、姿勢を正した。
「はぁ……では、リヨスアルヴァの続報じゃ」
その言葉にマールジェドも居住まいを正した。
「まず、囚われていたドワーフ達は、ある程度、回復をしたゆえガルデン殿がイ・カルサに殆どを連れて帰った。これについては、マールジェドも御苦労だったの」
褒められたマールジェドは、コクコクと子供のように頷いた。
「殆ど……ですか?」
聞き咎めたウルジェドの問いに、グーリシェダが苦笑する。
「数人の年配者がの、流れ職人に戻りおったのよ。あの強情者たちめが」
クククと、喉の奥で笑いながら言うあたり、彼らの旅立ちを見送ったのだろう。
「前王と多くの上級貴族が去った後の、民の混乱はどうですか?」
帝国の治安維持部隊をふと思い出し、ウルジェドが尋ねた。
「混乱らしい混乱は、見えておらぬ。……まぁ、それは我らの知る事柄ではないしの。ただ……」
グーリシェダは険しい表情になり、声を絞り出すように二人に告げた。
「流人扱いとなった、かなりの上級貴族の行方が判らぬということじゃ」
その言葉に、ウルジェドは先日の錆びた檻の中の子供達を思い出した。
関係のない子供のエルフ族までもが断耳され、流人扱いをされていた、あの商会の倉庫を。
「ばぁちゃん、実はプタフォタンの隣の村で気になる話があってね……」
ウルジェドは4年前から、サコッタの男に入れ替わって生活をしていた暗人の話をグーリシェダに伝えた。
「……東に向けて、夜に人を運んでいたらしいわ」
マールジェドが話を引き継ぐ。
グーリシェダは苦し気に瞳を閉じた。
「……もしも、ワシが気に留めている妙な魔力の持ち主が、我らと同じほどの力を使えるとすればじゃ……」
──多くの人族を一気に転移で運び、容量無制限の収納空間から船を出し、夜に漕ぎ出すことなど容易いだろう。
そうして、沖に待つのは、禁じられた奴隷を詰め込む外航貨物船だ──
「ワシが感じたあの魔力は、ハイエルフ族とは根底から異なるものであった。あれは……」
グーリシェダは、不浄を見たかのように不快そうに眉を顰め続けた。
「人の形をしては居た。だが、肥大し淀んだ魔臓腑や魔力の道も全てが……粘菌のように蠢く光に見えた……酷く歪な、開いた穴に別の魔素を無理やり詰めて補強したような……」
ブルッと、数多の年月を超越したはずのグーリシェダが嫌悪に肩を震わせた。
「……あのように醜い魔力の光を、ワシは生まれて初めて目にしたわ」
──光なのに、醜い。
その言葉の、醜い魔力の光から守るかのように、ウルジェドは膝の上のパウパウを抱き寄せる。
「ばぁちゃん……パウパウは、このプタフォタンにギンちゃんの枝を植えたいそうだ。だから私はね、このプールヴァ領は守るよ」
この町をパウパウが気に入った。
それだけで、守る価値がある。
「……おや、小さいのぅ、せめてミズラウの国ではないのか?」
孫の言葉に、一瞬目を見開いたグーリシェダが、面白そうに瞳を細めて含み笑いで尋ねた。
「それは、レハブア王に謁見したときに、パウパウが王様を気に入ったら……だねぇ」
腕の中で眠るパウパウには、決して見せる事のない、物騒に輝く瞳でウルジェドが告げる。
この町の子供たちは守ろう、パウパウの友達だから。
漁師達も守ろう、パウパウに優しいから。
町の人達も社の人達も、この腕の中の子供を大切にしてくれるなら守ろう。
かつて狂い古竜を屠った竜の賢者は、パウパウのためだけに力を使うと心に決めて、口角を上げた。
「ガァギャゴッゴッゴゴ~」と、可愛い声で巨鳥が吠えたとおりの節回しを真似たのでマールジェドはケラケラ笑い、グーリシェダも拍手をする。
「よく、覚えてたね!パウパウ」と、ミッちゃんも褒めてくれて得意気な顔をしたのだが、
──これ……某・塩のCMソングに似ているから……
脳内に浮かんだ、宇宙的な銀色の刑事がポージングしている記憶を、そうっと丁寧にパウパウは蓋をする。
改まった席ならばいざ知らず、ハイエルフの食卓はいつも暖かな会話に溢れている。
とはいえ、食事の席で歌うのはお行儀が悪いだろうに、ハイエルフの三人は楽し気にパウパウを見つめていた。
「これは、楽器も触らせねばの!」
いつもは冷静なグーリシェダは珍しく上ずった声で「何の楽器が良いか」と話している。
その声を聞きながら、やがてパウパウの瞼は重たくなっていった。
「……あら、あら?」
こくんと頭が下がったパウパウに気づいたマールジェドが、驚いたように声を上げた。
「あぁ、眠っちゃったかな?」
「まぁ!魔動力が切れた魔道具みたいに、落ちたわねぇ」
クスクスと笑いながら、ふくふくの頬っぺたを突こうとする叔父を避けながら、「昨夜の夜参りから、あまり眠っていないのでね」とウルジェドが答える。
流石にグーリシェダに社の件がバレたらマズイと思ったのか、マールジェドは指を引っ込め、何も知らない素振りで、あらぬ方向を見つめた。
バレバレだ。
ウルジェドは眠ったパウパウを自分の膝に乗せると、人差し指を立てて横に滑らせ、会話が聞こえないよう遮断を施した。
「で、どうかな。パウパウの魔力は」と、グーリシェダに尋ねると、祖母は一つ頷いて
「ふむ……正直、これで何故、普通に居るのかが判らぬほどに多い。外に溢れ出ているのは依然として同じじゃ」
魔臓腑に蓄えられる量を遥かに超えてた魔力は、パウパウの体から常に溢れ出している。
普通のヒト族ならば、とうに魔臓腑が悲鳴を上げて悲惨な事になっているだろう。
「マールの作った魔導具の働きで、魔臓腑自体は育っているようだがの」
両手を胸の前で組み、聞いていたマールジェドは、その言葉に安堵の息を吐いた。
「これならば五歳のときには、もう一つ魔導具を設置できそうじゃな」
その言葉に、ウルジェドはふと思い出したことを尋ねた。
「ばぁちゃんの見えている魔力の流れは、どういう風に見えるんだ?この町で知り合いになった冒険者は、色まで識別できるそうなんだが」
「それは、随分と優秀な眼を持っておるな。ワシに見えるのは……言葉にするなら光の強弱といったところじゃの」
──沢山の色が混在して、最後は金色から白に発光して、光に溶けている……
フッバーが語った言葉をウルジェドは思い出す。
「フッバーが……あぁ、知り合った冒険者が、言っていたんだ。パウパウの魔力は多色が混在して、最後には金色から白く発光して外に溶けている、と」
「ふむ……」
グーリシェダは眉間に皺を寄せ、考え込むように腕を組んだ。
「……そ、それじゃ、まるで魔素循環をする月の樹みたいじゃないのぉ~!」
マールジェドは、この場にそぐわない明るい声を上げる。
──本当に、芝居が下手くそだ。そう思いながら、ウルジェドも口角を上げて見せた。
「……月の樹か」
グーリシェダは神話の語り部のような低い声で呟いた。
「我らの里の在るあれも、魔素を浄化し、夜の光とともに大気へと還すもの。……我らが白月の元へ、祈りとしてな」
だが、──と、グーリシェダは静かに首を振る。
「その役割を担う器に、ヒトは成るまい。もし、ヒトの身でそれを行えば、魂すらもが溶けて純粋な魔素となり、星の巡りへと還ってしまおうて」
その言葉にウルジェドは、膝で安らかに眠るパウパウを、守るように抱きしめた。
──光に溶けてしまう。
フッバーの言葉が不吉な予言にならないように。
「案ずるな、ウルジェド。未だかつて、そのように面妖な例はない。まして我らが月神様が、お前の庇護対象を強引に連れ去ることなど、在り得ぬよ」
ウルジェドが、自らの髪でパウパウを隠すように体を丸めた。
銀光の帳のように広がる髪が、眠るパウパウを優しく覆う。
その様を、グーリシェダは静かに見つめていた。
孫の肩が小さく震えているのを認めたグーリシェダは、痛ましげに小さく声をかけた。
「……ウルジェドよ」
「違う…んだ、ばぁちゃん……っ」
シャリ……。
「せ……」
「せ?」
グーリシェダもマールジェドも、妙な様子になったウルジェドに首を傾げる。
シャリッカラカラシャリ……カシュッ!
「叔父上の……セミの抜け殻……っ!」
……カシュッ!……カシュッ!
「え!あっ!」
その声に弾かれたようにマールジェドが振り返り、窓の桟を見た。
……カシュッ!
食事の邪魔だとグーリシェダと魔道人形さん達にも叱られて、しぶしぶ窓際へ避けたマールジェドの宝物だ。
「精霊猫に……プッ……くくく!」
そこでは、精霊猫が嬉々として、セミの抜け殻を踏み潰していた。
一つ踏んでは得意気に、次を踏んでは満足気。
音がいいのか、感触がたまらないのか、ともかく、ご機嫌な笑顔で二股の尻尾をゆらゆらと揺らしていたのだ。
「あぁぁぁぁ~っ!」
マールジェドの悲鳴がダイニングに響いた。
「……マールジェドよ……」
自分の目の前で満足そうに顔を洗う黒い精霊猫を睨みつけながら、マールジェドは涙ぐむ。
「うぅ……クスン……。ガルデンに見せてあげようと思ったのにぃ……」
幸か不幸か、宝物の抜け殻は粉微塵に全損してしまった。
──いやぁ、ガルデンだってセミの抜け殻を見せられても困ると思うけど……。と、内心で思いつつウルジェドは黙っていた。
拗ねた叔父が、どれほど五月蠅いのは長年の経験で分かっているからだ。
「マールよ……だから、大切な物は、きちんと片付けよと、散々に云うたはずじゃ……まぁ、よい。話を戻すとしよう」
幾星霜の時を重ねたハイエルフへ、子供への説教をしてから、グーリシェダが吐息交じりに続けた。
「この子の魔力過多については、様子を見守るしかないだろう。魔臓腑が育つか否かは、パウ坊が成長していかねば、予測はつかぬゆえな」
グーリシェダは頬杖をつくと、隣に座るウルジェドの膝で眠るパウパウに目線を合わせた。
「……ほんに奇跡よ。精霊猫に名を付けて、ケロリとしておる……」
──里にある月の樹が、魔素を大気へと還すように、この子は我らと、周りの世界へと、何か温かいものを分けてくれているやもしれぬ……。
幼子の寝顔に微笑んでから、グーリシェダは意識を切り替え、姿勢を正した。
「はぁ……では、リヨスアルヴァの続報じゃ」
その言葉にマールジェドも居住まいを正した。
「まず、囚われていたドワーフ達は、ある程度、回復をしたゆえガルデン殿がイ・カルサに殆どを連れて帰った。これについては、マールジェドも御苦労だったの」
褒められたマールジェドは、コクコクと子供のように頷いた。
「殆ど……ですか?」
聞き咎めたウルジェドの問いに、グーリシェダが苦笑する。
「数人の年配者がの、流れ職人に戻りおったのよ。あの強情者たちめが」
クククと、喉の奥で笑いながら言うあたり、彼らの旅立ちを見送ったのだろう。
「前王と多くの上級貴族が去った後の、民の混乱はどうですか?」
帝国の治安維持部隊をふと思い出し、ウルジェドが尋ねた。
「混乱らしい混乱は、見えておらぬ。……まぁ、それは我らの知る事柄ではないしの。ただ……」
グーリシェダは険しい表情になり、声を絞り出すように二人に告げた。
「流人扱いとなった、かなりの上級貴族の行方が判らぬということじゃ」
その言葉に、ウルジェドは先日の錆びた檻の中の子供達を思い出した。
関係のない子供のエルフ族までもが断耳され、流人扱いをされていた、あの商会の倉庫を。
「ばぁちゃん、実はプタフォタンの隣の村で気になる話があってね……」
ウルジェドは4年前から、サコッタの男に入れ替わって生活をしていた暗人の話をグーリシェダに伝えた。
「……東に向けて、夜に人を運んでいたらしいわ」
マールジェドが話を引き継ぐ。
グーリシェダは苦し気に瞳を閉じた。
「……もしも、ワシが気に留めている妙な魔力の持ち主が、我らと同じほどの力を使えるとすればじゃ……」
──多くの人族を一気に転移で運び、容量無制限の収納空間から船を出し、夜に漕ぎ出すことなど容易いだろう。
そうして、沖に待つのは、禁じられた奴隷を詰め込む外航貨物船だ──
「ワシが感じたあの魔力は、ハイエルフ族とは根底から異なるものであった。あれは……」
グーリシェダは、不浄を見たかのように不快そうに眉を顰め続けた。
「人の形をしては居た。だが、肥大し淀んだ魔臓腑や魔力の道も全てが……粘菌のように蠢く光に見えた……酷く歪な、開いた穴に別の魔素を無理やり詰めて補強したような……」
ブルッと、数多の年月を超越したはずのグーリシェダが嫌悪に肩を震わせた。
「……あのように醜い魔力の光を、ワシは生まれて初めて目にしたわ」
──光なのに、醜い。
その言葉の、醜い魔力の光から守るかのように、ウルジェドは膝の上のパウパウを抱き寄せる。
「ばぁちゃん……パウパウは、このプタフォタンにギンちゃんの枝を植えたいそうだ。だから私はね、このプールヴァ領は守るよ」
この町をパウパウが気に入った。
それだけで、守る価値がある。
「……おや、小さいのぅ、せめてミズラウの国ではないのか?」
孫の言葉に、一瞬目を見開いたグーリシェダが、面白そうに瞳を細めて含み笑いで尋ねた。
「それは、レハブア王に謁見したときに、パウパウが王様を気に入ったら……だねぇ」
腕の中で眠るパウパウには、決して見せる事のない、物騒に輝く瞳でウルジェドが告げる。
この町の子供たちは守ろう、パウパウの友達だから。
漁師達も守ろう、パウパウに優しいから。
町の人達も社の人達も、この腕の中の子供を大切にしてくれるなら守ろう。
かつて狂い古竜を屠った竜の賢者は、パウパウのためだけに力を使うと心に決めて、口角を上げた。
20
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
王子様から逃げられない!
一寸光陰
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。
クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?
gacchi(がっち)
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。
悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
お姉様優先な我が家は、このままでは破産です
編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。
だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!
愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理!
姉の結婚までにこの家から逃げたい!
相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。
うちの魔王様が過保護すぎる
秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。
「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、
「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。
困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて――
「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」
異世界転生魔王様×異世界転生主人公
幼馴染年下攻めだけど年上攻めです
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる