パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

文字の大きさ
177 / 178

177.王様とパウパウ2

しおりを挟む
 衝撃も違和感も覚える間も無く、馬車の扉がコツコツと叩かれた。
「ベネ様、到着いたしました」
 微かに震えた声とともに、侍従のロードンが子供たちに声をかける。
「王都が一望できる場所に、ウルジェド様が転移をしてくださいましたよ。ご覧になりますか?」
 断るはずもない子供たちは、嬉々として馬車から飛び出した。

「なんとも恐ろしい力よのう……ロードン」
 転がるように駆けていく子供たちの背を見送り、ベネが呟いた。
「そうですね……ハイエルフですから」
 福福しく、もちもちした巨大なパンのような主の手を取りながら、ロードンが低く応じた。

「わぁ!馬だっ」
 フィリがミッちゃんの魔道馬に歓声を上げ、駆け寄ろうとする。
「フィリ!大きな声を出しちゃダメだよ」
 フィリの裾を掴んで、窘めるマルトフの横でダグラスは細身の月毛パロミノ馬に首を傾げる。
「ってかヨゥ、馬ってコッタラ、シュってしてたっけ?」

 早馬車に使う逞しい馬を見慣れた彼らには、ハイエルフの馬はあまりにも華奢で優美に思えるのだろう。

「おい、これに俺が乗るのかよ」
 王侯貴族にしか似合いそうにない美馬を前に、フッバーが困り顔でミッちゃんを仰ぐ。
「乗れるだろう?生憎と、こんな魔道馬しか持っていなくてな」
「王子様の馬じゃねぇか……いや、借りるけどよぉ」

「ミッちゃん!着いた?」
 駆け寄って来たパウパウに、ミッちゃんは笑いかけた。
「ほらほら、みんな、馬じゃなくて、あっちを見ようか。王都は初めてだろう?」
 スッと白い指先が馬車の先を指し示す。

 そこには広大な緑と黒い台地が広がり、背後には優美にして雄大な山が聳えていた。
 海へ突き出した黒い台地は、侵食によって切り立った絶壁となっている。

「わぁ……!」

 王都へ続く街道の休憩などにも使われる転回場だ。
 わざわざパウパウに、この景色を見せるために、転移先を選んだミッちゃんは得意そうに口角を上げた。
「ミッちゃん、王都、どこ?」
「あの黒い岩山の上にあるよ」

 ──あのテーブルのような黒い岩山の上?
 パウパウは驚いて口を半開きにした。

「さあ、もう少しじゃのう。行くとしようか」
 ベネに促され、子供たちが馬車へと戻る。
「さて、フッバー殿よ、諦めて馬に乗れ。なにせ英雄様だからのう」
 ベネに揶揄われ、フッバーは渋々と魔道馬に跨る。

 フッバーが手綱を取ると、月毛(パルミノ)馬は一度だけ、鼻息を漏らした。
「……おい、ウルジェド。今、この馬、俺に溜息を吐かなかったか?」
「……まぁ、気のせいだと思え」
 それは、やはり溜息を吐かれたってことかよ──フッバーは少し気落ちした。

 そのうえ、騎士たちの羨望の眼差しもあって、なおさらに尻の座りが悪い。
「俺の騎乗姿にゃ似合わねぇなぁ」
「諦めが肝心だな」
 ぼやくフッバーに、ウルジェドは無責任に笑って返した。

 馬車は牧草地やウィノスワイン用の葡萄畑を横目に、黒い岩山メサに近づいて行く。
 右手側には遠浅の海が広がっている。

 この辺りは二枚貝が名産だ。
 岩山メサから海に向かって落ちる滝は、山の気が海へと注がれるため、味の良い貝が採れるのだ。

「ミズラウの王都へ来たことは?」
「ギルドの使いで二、三度な。この王都は本当に奇麗な街だ……。ウルジェドは?」
「う……昔、来たことがあるな……」
 どこか遠い目をしたウルジェドは、誤魔化すように視線を前へと向けた。
 確かに、以前訪れたことはあるのだが、あまりにも昔すぎて、記憶は朧気である。

 やがて、馬車は巨大な黒い岩山を取り巻くように作られた坂道へと馬首を向けた。
 不思議に思ったウルジェドは、傍らの騎士へ馬を並べる。
「貴人用の入り口から王城へ向かわないのか?」
 その抜け道を使えば、転移陣により一挙に王城の近くへ移動ができるはずだ。

「ベネ様が、子供たちに王都を案内したいと仰いまして。こちらの道を使うよう指示を受けております」

 ──わざわざ時間をかけて、王都へ続く『竜の道』を登り、街を抜けてくれるようだ。
 広い登り道の脇にそそり立つ、黒い六角形の柱状列石。
 馬車の窓から、それを食い入るように見ているパウパウ達に、ウルジェドは口角を上げた。

「いつ見ても、圧巻だよなぁ」
 フッバーが天然の柱が成す壮観に息を漏らして続けた。
「この岩山の造形もだがよ、ここに道を通した職人には頭が下がるわ」

 硬い岩山は、朱火の山の名残──言い伝えでは、山から流れた火の血潮が固まった岩だとされ、かなりの硬度と重量がある。
硬鎖の国バルゼルアヤスのドワーフが築いたという話だな」
「向こうの山からの水道橋もだってなぁ……職人ってのは凄いもんだ」
 何故だか嬉しそうな響きを含ませてフッバーが言う。
 それは、友人となったエルダードワーフを思ってか、それともプタフォタンの錬金職人を思ってなのか。
 ウルジェドは尋ねる代わりに微笑むに留めた。
 あとは蹄鉄が『竜の道』を刻む、カッコカッコという小刻みなリズムと、ガラガラ鳴る車輪の音が響いている。

 一方で馬車の中では、フィリが興奮していた。
 顔を紅潮させて、もう大興奮である。

「べ、ベネ様!この道って『竜の道』ですよねっ。ドワーフの石工職人が作ったっていう。あの、あの、どうやって作られたのか教えていただけますか」
 テールブルーの瞳を煌めかせるフィリに、ベネが「それはの……」と、応じようとした矢先、フィリの言葉が畳みかけられる。

「あ!この石って玄武岩バサニテですよね。うわぁ、どうして、ここにだけ岩山が出来ているんでしょう。ご存じですか、ベネ様」
「……お、おう、それは太古の……」
 答えようとするベネの言葉を待たず、フィリは次の質問を投げかける。

 ──えらい!ベネ様は本当にいいヒトだ!いや、ヒトじゃないかもしれないけど……。
 パウパウは感動した。
 なぜなら、こんな無作法に振舞う子供を、ベネはニコニコと終始、笑って眺めているからだ。

「ベネ様!あ、あの、噂ではミズラウの王様はオリビンの宮殿に住んでいるって、あの、あの……」

 ──マールちゃんが乗り移っているんだけど……
 パウパウは、己の知識欲を解消すべくベネを質問攻めし続けるフィリを、光の消えた目で見つめた。

 既に、フィリを止められなかったマルトフは頭を抱え、ダグラスは岩山の下に広がる景色を見つめることで現実逃避をしている。

「フィリ……フィリにぃってば!ベネ様が困ってるよ!も~!ベネ様、ごめんなさい」
 こういう時は幼児の無邪気なフリだっ!と、子供らしさを盾にするという、全然無邪気ではない思考でペチペチとフィリの腕を叩き、言葉をようやく止めさせる。

「はっはっは。良い良い。やはりパティオルの子じゃのう。……フィリは将来、何になるつもりじゃ?」
 パウパウに止められて、やっと自分の無礼に気付いたフィリは、顔を赤くさせて俯いた。

「す、すみません……僕、もちろん錬金術師になりたいんですけど……その土地で使える物を活用できたらなぁって思ったんです」
「ほう?その土地の物を素材として使うのかの?」
 ベネが微笑みながら尋ねた問いに、フィリは首を振った。

「まだ思いついただけで、全然、形にならないし、いっぱい勉強しないとならないけど。いつかは……」
 そう応えて照れくさそう笑うフィリに、ベネは頷く。

「そうか……うむ、良いことじゃ。という言葉はのう……未来がある者だけが使えるのだよ。励むことだ」
 ベネ・ウオレオは白いプクプクの頬を揺らして笑った。
「……はい。ありがとうございます、ベネ様」
 フィリが微笑んで答える。と、漸く馬車の中に、柔らかな空気が漂った。


「ねぇ、ベネ様。王都って、人がいっぱい居るの?」
「おぉ、確か三万人ほど住んでおるな」
 ベネは面白そうな顔をして、パウパウを見た。
 そう、フィリの質問タイムが終わっても、手ぐすねを引いた、が虎視眈々と出番を待っていたのである。

「すごい!いっぱいだねっ。ねぇ?お水は?お水はどうするの?」
 子供らしい言葉で、尋ねる事は都市の生活基盤である。
 
「おぉ、それはのう、後ろの立派な山があろう?あそこから引いておる」
「……引いてる?」
 小首を傾げたパウパウに、自慢と内緒話の気配を含ませたベネが「水道橋アクェドゥクでの」と告げた。

「あ…アクェド…ゥク?」
 初めて聞いた言葉を口の中で転がすようにしながら、パウパウはたどたどしく、その単語を発した。
 その愛らしい様子に、ベネは内心でホッ安堵する。

 何せハイエルフの庇護対象トゥテラだ。
 しかも、王都について尋ねたことが『人口と水』である。
 確か、間もなく五歳と聞いてはいるが、普通の幼子が興味を引く事柄ではないだろう。

 ──……だが、悪しき者ではない。

 勇敢に怪魚に立ち向かった胆力と、他の子供たちを助けようとした機転。
 社の三姫様のお渡りにしても、見えているものが深すぎる。

 それらは小さな子供の中に有るには、あまりにも歪で異質な力だ。

 大きな新緑色の瞳を煌めかせて、先ほどのフィリと同じく知識欲に身を任せている幼子を、ベネは見つめた。

 ベネ・ウオレオは海の神龍の末裔だ。
 自分の領にいる者は、すべてが自分の子供だと思っている領主だ。

「……あ、あきゅでく?」
「違うよ、パウパウ。あくぇどぅく。ほら、言ってみて」
 マルトフがパウパウに教えようと、ゆっくりと発音をしている。

「ん~、アクエドク!」
「惜しいけど、違うよぉ~」
「ククルビタも、言えてなかったもんナァ」

 ちょっとやそっと歪でも、奇妙な子供であっても、自領に居る限りはワシの子。

 海は、そうして全てを包み込む存在なのだ……そう思いながら、ベネは馬車の中で幼い弟分と、水道橋アクェドゥクを教え込もうとする子供たちを、微笑ましく見つめていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

転生聖賢者は、悪女に迷った婚約者の王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 全五話です。

王子様から逃げられない!

一寸光陰
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?

gacchi(がっち)
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

うちの魔王様が過保護すぎる

秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。 「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、 「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。 困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて―― 「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」 異世界転生魔王様×異世界転生主人公 幼馴染年下攻めだけど年上攻めです

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...