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178.王様とパウパウ3
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今、パウパウは恐れ多く思いながらも、ベネの膝に座らせてもらっている。
なぜならパウパウの座高では、馬車の窓から外が見えなかったからだ。
ベネは御者台と続く小窓をトントンと叩き、「水道橋の広場で止めよ」と指示を出した。
「あの一つだけの山はのう、エゾラト山。ミズラウとリヨスアルヴァ、ツァフォンに跨っておる。あれの水源の一つから水道橋で水を引いておるのだよ」
新緑色の瞳を真ん丸にしたパウパウと、サリレの子供たちにベネは物語を話すように続ける。
「かつて、帝国がなかった昔は戦も、魔獣の被害もあっての。ミズラウの民はこの岩山を要塞として戦っておったそうだ」
水道橋の黒い威容が、ゆっくりと近づいて来るなか、ベネの話は続く。
「そのころは、この硬い岩山を掘り、雨水を貯める水槽を作ったりもしてな……。水には大層苦労をしたとのことよ」
ギシリと馬車が止まり、外から扉がノックされた。
「ベネさま、広場に到着いたしました」
「さぁ、降りて見るがよい。なかなかの物だからの」
馬車を転がるように降りた子供たちは、地を跨ぐアーチ状の黒い建築物を見上げて声を失った。
目に飛び込んできたのは雄大な山からこちらへと真っ直ぐに伸びる、天を横切る黒い水道と、それを支える建築物──柱だ。
どれもが、この岩山と同様に黒い岩石で出来ていた。
三層の多重アーチがエゾラト山からここまで伸びているのだ。
『龍の道』はアーチの下を潜って、まだ先へと続いているが、この水道橋の柱の付け根は広場として休憩場所や転回場に利用されているようだ。
「凄いねぇ」
「ミズラウに来たならば、見るべき物の一つ。黒龍橋ってな」
下馬したミッちゃんとフッバーが、言葉を失った子供たちに声をかけた。
「…本では読んでたけど、実物は凄いなぁ……」
マルトフがため息交じりに呟いて、ベネに断ってから巨大な黒い柱に触れた。
「なんか、聞こえない音が聞こえる……」
マルトフの言葉にパウパウは、精一杯頭を上げて、水道橋を見た。
「ん?これの上を、お水が流れているんだよねぇ」
──だとしたら、水音が共鳴しているのかなぁ?……前世の知識がチラっと『テーシューハ』と囁いた。
「はぁ……これさ、なんだか色々と魔法が使われているよね」
石に刻まれた術を読み取ろうとして、フィリは目を細め険しい顔になっている。
「カッケェぇ……!」
ダグラスはその威容を素直に賞賛して笑っていた。
「ねぇ、ミッちゃん!あの山からお水運ぶんだって!すごいねぇ」
「まったくだね。山には魔物もいるだろうに、大した物を作ったんだね」
「まもの!」
その言葉に反応したのはダグラスだ。
彼らが住むプタフォタン周辺には、不思議と山の魔物は出ない。
それゆえ、冒険者パーティといいつつも、地上の魔物や魔獣を見たことがないのだ。
「今も水道橋を維持するために、冒険者が護衛をしながら石工職人が水源まで行くが、やはり山はやっかいだそうだ」
「だが、この石には魔物避けがされているようだが?」
ミッちゃんは黒い石の柱を見上げながらベネに問うた。
「うむ。その魔物避けの術に魔力供給をするのも石工職人の腕の見せ所じゃの」
「え!」
今度はフィリが反応した。
錬金術師を目指す彼にとって、石工が魔物避けをすると聞いては置いておけない事なのだろう。
「べ、ベネさま、今の話って!」
ベネはフィリの知識欲が再着火してしまたことに気づくと、しまったという顔で口を押さえ、巨体をタプタプ揺らして馬車に逃げ込もうとした。
だが彼が馬車に乗り込むよりも早く、フィリはさっさと近づいて質問を投げかける。
それを受け止めるベネの大きな背中は、どこか哀愁が漂っていた。
「フィリ、フィリア!ほら、あまり御領主様を困らせるな。あとで詳しい人に教えてもらおう、な?」
見かねたフッバーが声をかけ、フィリを黙らせている。
「え?ねぇ、フィリ兄って、フィリアなの?」
「ん~……あ、そういやソダナ!」
聞かれたダグラスは、本当に忘れていたのだろう。
パウパウにニパッと笑い、マルトフに「おい!フィリって、フィリアだっけな」と確認する始末だ。
「あ、うん。そうだよ。僕たち小さい頃からの友達でさ、フィリって幼名なんだ。言いやすいからそのままだね」
──そんな緩い扱いなのか。
……自分の家での真名の考え方とは、あまりにも違うことに、パウパウは呆気に取られた。
あれほど兄に真名無しと馬鹿にされ、与えられないことが悪のように言われたのが、今もパウパウの心に深く刺さった棘となって、ふとした拍子に疼くのだ。
それが気落ちしていると思われたのか、俯いたパウパウの様子にダグラスとマルトフが顔を見合わせた。
「どうしたの?パウパウ」
「ナシた?言ってミ」
「……ぼくね、真名無しってテレス兄さまに馬鹿にされてたの」
思わず恥ずかしいことを告げてしまったと、パウパウは俯いた。
「はぁ⁈」
マルトフが声を上げ、パウパウはビクっと体を震わせる。
「あぁ、ごめん。パウパウに言ったんじゃない。その兄貴に言ったんだ」
「パウパウ、お前まだ四つだベヤ?んなモン、真名なんてまだまだ先ダベサ」
「……そうなの?」
パウパウへの答えは後ろから返って来た。
「そうだよ。ヒトは成長して魔臓腑が安定しないと真名を貰えないからね」
マルトフの大声を心配したミッちゃんがパウパウに声をかけたのだ。
「そうだよ!四つじゃ、まだまだ先だよ。結構、大きくなってからな人もいるんだって!」
「まぁ、あと十年くらいはパウパウじゃねぇか?いいベサ、メンコイんだからよぅ」
ミッちゃんに頭を撫でられて、ダグラス達に励まされ、元気を取り戻したパウパウが馬車へと戻って行く。
その小さな背中を見送って、騎乗をしたウルジェドは重く溜息を吐いた。
──あと十年。
ダグラスが何の気なしに口にした言葉だ。
その、たった十年で、パウパウの魔臓腑は安定するだろうか。
それまで、あの体が持つだろうか。
「……ウルジェド」
気遣うようにフッバーが声をかける。
「大丈夫だ。さぁ、行こうか」
ウルジェドは無理やり顔をあげて、馬首を巡らせた。
黒いアーチを潜り、岩山にそって緩やかな曲線を描く道を進んでいくと、やがて眼下に海が広がった。
「わっ!海だ」
「こっちのほうが青いねぇ」
「砂が多いからナンカなぁ」
自分達の住む岩礁の多い海とは異なる色に子供たちは声を上げる。
沖のほうでは磯船が何艘か浮かんでいるのが微かに見える。
「あっこまで行きゃ、深さはあっから、網サ掛けてンのかもなぁ」
興味深そうにダグラスが呟いた。
「ほら、そろそろ王都の滝、イズミズラウの橋を渡るぞ」
「え、滝?」
滝を見たことが無い子供たちは、首を傾げた。
先ほどのベネの昔話の水不足が嘘のように、水が海へと流れ落ち虹が出来ている。
岩山の中を通って流れているようだ。
上に掛けられた橋も、黒い岩石で出来ている。
「遮音しておるからの、窓を開けねば音はせんよ」
ベネに言われて、ダグラスが嬉々として馬車窓を開けた。
途端、
ゴーとも、ドォーンともつかない、ともかく轟音としか言えない音が馬車の中に響き渡った。
「わぁ!」
思わずパウパウは耳を抑える。
ダグラスが慌てて窓を閉めた。
「はぁ……ここまでの音は、もう暴力だなぁ」
マルトフが腕を擦りながら苦笑し、他の子供たちも顔を見合わせて頷いた。
「しっかしヨォ、コッカラ落ちたら、ヤベェな。おっかねぇわ」
「この岩橋もな、ドワーフが結界を施しておるからの、落ちることはないぞ」
ベネが得意そうダグラスに伝えた言葉に、またフィリが目を輝やかせた。
──これは、もう……ガルデンおじちゃんか、マールちゃんに弟子入りするしかないかもしれない。
パウパウは、フィリが第2の魔道具馬鹿になるかもと想像して、ちょっとイヤだなぁと思った。
さて、滝の上に掛けられた大きな橋を越えると、黒い六角形の柱状の岩を利用した王都の壁が続く。
そして、広場の先に王都ミズラウの大門が現れた。
それは、黒い岩石ばかりの岩山に、突然オリーブグリーンの色石が生えたように見えた。
巨石で作られた門だ。
見事に研磨された海松色と灰緑色の混じる上品な色石には、何の飾り施されていない。
だが、陽光を受けて立つ大門は、内包物が煌めき、石その物の美しさを湛えている。
眼下の海を見下ろして、まるで揺るぎない王の都であると宣言するようにそびえ立っている。
「……なんかよォ……」
ダグラスの後の言葉は、きっと誰にも聞こえなかっただろう。
彼は王都の門を見て──親父みてぇだと口の中で小さく呟き、借り物の上着の裾にそっと触れた。
門前の空間で商業用の馬車や入都者が止められているのを横目に、ベネ・ウオレオの紋章である”渦を描く白い神龍”が描かれた馬車は、門兵の敬礼を受けながら大門を潜った。
「まずはレハブア王との謁見じゃの。王都見物は、その後じゃな」
すまなそうにベネに言われはしたが、馬車の窓から王都を見るだけでも、田舎の子供たちにとっては、何もかもが物珍しい。
この岩山の石を利用したのか、黒や黒灰色の石造りの家が建ち並んでいるが、想像していたよりも緑が多い。
素焼きのプランターが建物の窓辺などに飾られ、花が風にゆれている。
それだけでも、彼らにとっては垢ぬけていて、オシャレなのだ。
プタフォタンで家の前に置かれているのは、だいたいが浮き球か、網かロープだ。
なお、当然だが飾りではない。
──あ。フィリ兄のお家には、花が植えられてたっけ……。
パウパウは、今まったく関係ないことを思い出した。
「ん~…ぼく、もっとカッサカサだと思ってた……思ってたのと違うね」
パウパウが溢した言葉にベネは笑みを浮かべる。
「あの水道橋が水を齎してくれてからはの、ここは空中庭園となったのよ」
──空中庭園!
その言葉に、パウパウは馬車窓のガラスに顔を押し付けて、外を仰ぎ見た。
出来る限り上が見えるようにと、上目づかいだ。
行きかう人々の種族は、ヒト族にドワーフ族、たまに大きな龍人族らしき兵士といった感じである。
「パウパウ!鼻、鼻がつぶれちゃうよっ!」
フィリの注意する声も耳に入らない。
パウパウは顔をムニュっとさせて、視界に映る建物を必死で見つめている。
だって、空中庭園といえば──前世の記憶が頭の中で大騒ぎしている。
世界の七不思議で、ソロモン王の宮殿で、ん~っと……。
ジックラトとか、バビローンとか。
なんか、そういうの。
乾いた大地に突如現れた華々しい王国の、幻の庭園だ!
カラカラと石畳を進む馬車の外には、黒っぽい店舗や住宅を彩るように、色鮮やかな花々が植えられていた。
黄色、赤、白の花が、パウパウの視界を流れて行く。
「……クーチューテーエンどこ?」
窓越しに見えるのは、手入れの行き届いた、けれども普通に奇麗な街並みである。
ともすれば、重苦しい雰囲気になりそうな黒い石の街だが、それを感じさせないのは、各家々が飾る草花のお陰もあるのだろう。
だが、パウパウが思う空中庭園ではない。
「いや、そうじゃな。空中庭園と言われるのは王城の庭じゃのう……」
パウパウの余り気落ちっぷりに、流石のベネも申し訳なさそうに告げた。
──……それ、早く言ってよぅ。
パウパウは窓に押し付けて赤くなった鼻を擦りながら、恨めしそうにベネを見上げた。
なぜならパウパウの座高では、馬車の窓から外が見えなかったからだ。
ベネは御者台と続く小窓をトントンと叩き、「水道橋の広場で止めよ」と指示を出した。
「あの一つだけの山はのう、エゾラト山。ミズラウとリヨスアルヴァ、ツァフォンに跨っておる。あれの水源の一つから水道橋で水を引いておるのだよ」
新緑色の瞳を真ん丸にしたパウパウと、サリレの子供たちにベネは物語を話すように続ける。
「かつて、帝国がなかった昔は戦も、魔獣の被害もあっての。ミズラウの民はこの岩山を要塞として戦っておったそうだ」
水道橋の黒い威容が、ゆっくりと近づいて来るなか、ベネの話は続く。
「そのころは、この硬い岩山を掘り、雨水を貯める水槽を作ったりもしてな……。水には大層苦労をしたとのことよ」
ギシリと馬車が止まり、外から扉がノックされた。
「ベネさま、広場に到着いたしました」
「さぁ、降りて見るがよい。なかなかの物だからの」
馬車を転がるように降りた子供たちは、地を跨ぐアーチ状の黒い建築物を見上げて声を失った。
目に飛び込んできたのは雄大な山からこちらへと真っ直ぐに伸びる、天を横切る黒い水道と、それを支える建築物──柱だ。
どれもが、この岩山と同様に黒い岩石で出来ていた。
三層の多重アーチがエゾラト山からここまで伸びているのだ。
『龍の道』はアーチの下を潜って、まだ先へと続いているが、この水道橋の柱の付け根は広場として休憩場所や転回場に利用されているようだ。
「凄いねぇ」
「ミズラウに来たならば、見るべき物の一つ。黒龍橋ってな」
下馬したミッちゃんとフッバーが、言葉を失った子供たちに声をかけた。
「…本では読んでたけど、実物は凄いなぁ……」
マルトフがため息交じりに呟いて、ベネに断ってから巨大な黒い柱に触れた。
「なんか、聞こえない音が聞こえる……」
マルトフの言葉にパウパウは、精一杯頭を上げて、水道橋を見た。
「ん?これの上を、お水が流れているんだよねぇ」
──だとしたら、水音が共鳴しているのかなぁ?……前世の知識がチラっと『テーシューハ』と囁いた。
「はぁ……これさ、なんだか色々と魔法が使われているよね」
石に刻まれた術を読み取ろうとして、フィリは目を細め険しい顔になっている。
「カッケェぇ……!」
ダグラスはその威容を素直に賞賛して笑っていた。
「ねぇ、ミッちゃん!あの山からお水運ぶんだって!すごいねぇ」
「まったくだね。山には魔物もいるだろうに、大した物を作ったんだね」
「まもの!」
その言葉に反応したのはダグラスだ。
彼らが住むプタフォタン周辺には、不思議と山の魔物は出ない。
それゆえ、冒険者パーティといいつつも、地上の魔物や魔獣を見たことがないのだ。
「今も水道橋を維持するために、冒険者が護衛をしながら石工職人が水源まで行くが、やはり山はやっかいだそうだ」
「だが、この石には魔物避けがされているようだが?」
ミッちゃんは黒い石の柱を見上げながらベネに問うた。
「うむ。その魔物避けの術に魔力供給をするのも石工職人の腕の見せ所じゃの」
「え!」
今度はフィリが反応した。
錬金術師を目指す彼にとって、石工が魔物避けをすると聞いては置いておけない事なのだろう。
「べ、ベネさま、今の話って!」
ベネはフィリの知識欲が再着火してしまたことに気づくと、しまったという顔で口を押さえ、巨体をタプタプ揺らして馬車に逃げ込もうとした。
だが彼が馬車に乗り込むよりも早く、フィリはさっさと近づいて質問を投げかける。
それを受け止めるベネの大きな背中は、どこか哀愁が漂っていた。
「フィリ、フィリア!ほら、あまり御領主様を困らせるな。あとで詳しい人に教えてもらおう、な?」
見かねたフッバーが声をかけ、フィリを黙らせている。
「え?ねぇ、フィリ兄って、フィリアなの?」
「ん~……あ、そういやソダナ!」
聞かれたダグラスは、本当に忘れていたのだろう。
パウパウにニパッと笑い、マルトフに「おい!フィリって、フィリアだっけな」と確認する始末だ。
「あ、うん。そうだよ。僕たち小さい頃からの友達でさ、フィリって幼名なんだ。言いやすいからそのままだね」
──そんな緩い扱いなのか。
……自分の家での真名の考え方とは、あまりにも違うことに、パウパウは呆気に取られた。
あれほど兄に真名無しと馬鹿にされ、与えられないことが悪のように言われたのが、今もパウパウの心に深く刺さった棘となって、ふとした拍子に疼くのだ。
それが気落ちしていると思われたのか、俯いたパウパウの様子にダグラスとマルトフが顔を見合わせた。
「どうしたの?パウパウ」
「ナシた?言ってミ」
「……ぼくね、真名無しってテレス兄さまに馬鹿にされてたの」
思わず恥ずかしいことを告げてしまったと、パウパウは俯いた。
「はぁ⁈」
マルトフが声を上げ、パウパウはビクっと体を震わせる。
「あぁ、ごめん。パウパウに言ったんじゃない。その兄貴に言ったんだ」
「パウパウ、お前まだ四つだベヤ?んなモン、真名なんてまだまだ先ダベサ」
「……そうなの?」
パウパウへの答えは後ろから返って来た。
「そうだよ。ヒトは成長して魔臓腑が安定しないと真名を貰えないからね」
マルトフの大声を心配したミッちゃんがパウパウに声をかけたのだ。
「そうだよ!四つじゃ、まだまだ先だよ。結構、大きくなってからな人もいるんだって!」
「まぁ、あと十年くらいはパウパウじゃねぇか?いいベサ、メンコイんだからよぅ」
ミッちゃんに頭を撫でられて、ダグラス達に励まされ、元気を取り戻したパウパウが馬車へと戻って行く。
その小さな背中を見送って、騎乗をしたウルジェドは重く溜息を吐いた。
──あと十年。
ダグラスが何の気なしに口にした言葉だ。
その、たった十年で、パウパウの魔臓腑は安定するだろうか。
それまで、あの体が持つだろうか。
「……ウルジェド」
気遣うようにフッバーが声をかける。
「大丈夫だ。さぁ、行こうか」
ウルジェドは無理やり顔をあげて、馬首を巡らせた。
黒いアーチを潜り、岩山にそって緩やかな曲線を描く道を進んでいくと、やがて眼下に海が広がった。
「わっ!海だ」
「こっちのほうが青いねぇ」
「砂が多いからナンカなぁ」
自分達の住む岩礁の多い海とは異なる色に子供たちは声を上げる。
沖のほうでは磯船が何艘か浮かんでいるのが微かに見える。
「あっこまで行きゃ、深さはあっから、網サ掛けてンのかもなぁ」
興味深そうにダグラスが呟いた。
「ほら、そろそろ王都の滝、イズミズラウの橋を渡るぞ」
「え、滝?」
滝を見たことが無い子供たちは、首を傾げた。
先ほどのベネの昔話の水不足が嘘のように、水が海へと流れ落ち虹が出来ている。
岩山の中を通って流れているようだ。
上に掛けられた橋も、黒い岩石で出来ている。
「遮音しておるからの、窓を開けねば音はせんよ」
ベネに言われて、ダグラスが嬉々として馬車窓を開けた。
途端、
ゴーとも、ドォーンともつかない、ともかく轟音としか言えない音が馬車の中に響き渡った。
「わぁ!」
思わずパウパウは耳を抑える。
ダグラスが慌てて窓を閉めた。
「はぁ……ここまでの音は、もう暴力だなぁ」
マルトフが腕を擦りながら苦笑し、他の子供たちも顔を見合わせて頷いた。
「しっかしヨォ、コッカラ落ちたら、ヤベェな。おっかねぇわ」
「この岩橋もな、ドワーフが結界を施しておるからの、落ちることはないぞ」
ベネが得意そうダグラスに伝えた言葉に、またフィリが目を輝やかせた。
──これは、もう……ガルデンおじちゃんか、マールちゃんに弟子入りするしかないかもしれない。
パウパウは、フィリが第2の魔道具馬鹿になるかもと想像して、ちょっとイヤだなぁと思った。
さて、滝の上に掛けられた大きな橋を越えると、黒い六角形の柱状の岩を利用した王都の壁が続く。
そして、広場の先に王都ミズラウの大門が現れた。
それは、黒い岩石ばかりの岩山に、突然オリーブグリーンの色石が生えたように見えた。
巨石で作られた門だ。
見事に研磨された海松色と灰緑色の混じる上品な色石には、何の飾り施されていない。
だが、陽光を受けて立つ大門は、内包物が煌めき、石その物の美しさを湛えている。
眼下の海を見下ろして、まるで揺るぎない王の都であると宣言するようにそびえ立っている。
「……なんかよォ……」
ダグラスの後の言葉は、きっと誰にも聞こえなかっただろう。
彼は王都の門を見て──親父みてぇだと口の中で小さく呟き、借り物の上着の裾にそっと触れた。
門前の空間で商業用の馬車や入都者が止められているのを横目に、ベネ・ウオレオの紋章である”渦を描く白い神龍”が描かれた馬車は、門兵の敬礼を受けながら大門を潜った。
「まずはレハブア王との謁見じゃの。王都見物は、その後じゃな」
すまなそうにベネに言われはしたが、馬車の窓から王都を見るだけでも、田舎の子供たちにとっては、何もかもが物珍しい。
この岩山の石を利用したのか、黒や黒灰色の石造りの家が建ち並んでいるが、想像していたよりも緑が多い。
素焼きのプランターが建物の窓辺などに飾られ、花が風にゆれている。
それだけでも、彼らにとっては垢ぬけていて、オシャレなのだ。
プタフォタンで家の前に置かれているのは、だいたいが浮き球か、網かロープだ。
なお、当然だが飾りではない。
──あ。フィリ兄のお家には、花が植えられてたっけ……。
パウパウは、今まったく関係ないことを思い出した。
「ん~…ぼく、もっとカッサカサだと思ってた……思ってたのと違うね」
パウパウが溢した言葉にベネは笑みを浮かべる。
「あの水道橋が水を齎してくれてからはの、ここは空中庭園となったのよ」
──空中庭園!
その言葉に、パウパウは馬車窓のガラスに顔を押し付けて、外を仰ぎ見た。
出来る限り上が見えるようにと、上目づかいだ。
行きかう人々の種族は、ヒト族にドワーフ族、たまに大きな龍人族らしき兵士といった感じである。
「パウパウ!鼻、鼻がつぶれちゃうよっ!」
フィリの注意する声も耳に入らない。
パウパウは顔をムニュっとさせて、視界に映る建物を必死で見つめている。
だって、空中庭園といえば──前世の記憶が頭の中で大騒ぎしている。
世界の七不思議で、ソロモン王の宮殿で、ん~っと……。
ジックラトとか、バビローンとか。
なんか、そういうの。
乾いた大地に突如現れた華々しい王国の、幻の庭園だ!
カラカラと石畳を進む馬車の外には、黒っぽい店舗や住宅を彩るように、色鮮やかな花々が植えられていた。
黄色、赤、白の花が、パウパウの視界を流れて行く。
「……クーチューテーエンどこ?」
窓越しに見えるのは、手入れの行き届いた、けれども普通に奇麗な街並みである。
ともすれば、重苦しい雰囲気になりそうな黒い石の街だが、それを感じさせないのは、各家々が飾る草花のお陰もあるのだろう。
だが、パウパウが思う空中庭園ではない。
「いや、そうじゃな。空中庭園と言われるのは王城の庭じゃのう……」
パウパウの余り気落ちっぷりに、流石のベネも申し訳なさそうに告げた。
──……それ、早く言ってよぅ。
パウパウは窓に押し付けて赤くなった鼻を擦りながら、恨めしそうにベネを見上げた。
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すごくハラハラする展開で手に汗握ります…!!
パウパウは相変わらず可愛いのに、更にめちゃくちゃしっかりしてきていて感動してるし、遠くで見守ってるお母さんみたいな気持ちになってしまいました( ꈍᴗꈍ)
そして密かに楽しみにしていたナイナイ袋の子たちの初出勤か??
ますます目が離せませんね!
感想、ありがとうございます!お母さん(笑)
みみみみみさんが、お母さんだったら、きっとパウパウはウネビの田舎で幸せだったと思います。
パウパウ、まだ乳歯だけど彼なりに頑張ってます。
なんか、本当に色気がない話で、申し訳ございませんが、お付き合い頂けると励みになります。
ホントにねぇ、どうして色気からズンズン離れて行きっぱなし何でしょうね。
いえ、主役が幼いのとポンコツ脳筋なんで、仕方ないんですがねぇ……(いや、真犯人は自分←自爆)
100話目おめでとうございます!
いつも楽しく拝見しております(◍•ᴗ•◍)
パウパウの可愛さとミっちゃんの過保護さに毎朝癒しを感じております(*´ω`*)
時々不穏な雰囲気もありますが、パウパウが元気に遊び回る姿が大好きですー!
これからも楽しみにしています!
感想ありがとうございます。
うっひょ~!すっごい嬉しいです。
コメントを頂けるとは思ってもいませんでしたので、も、ドッキドキです。
これからも細々と続いて行きますので、変な子供と変なハイエルフを見守ってやってください。