パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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189.王様とパウパウ14

「改めてようこそ、英雄フッバー殿と友を救った小さな勇者たち。怪魚の討伐に力を貸してくれたのウルジェド殿。よくぞミズラウの海を守ってくれた。我ら岩山メサの一同、その勇気に心よりの感謝と歓迎しよう!」
 海の青色の瞳を輝かせた王が楽しそうに笑って挨拶をしたあと、各々に銀杯が行き渡る。
 ベネ・ウオレオが龍人用の大きめの杯を掲げて、声を上げた。

「ウルジェド殿、フッバー殿、そして小さき勇者たち。ミズラウの城へようこそ。竜と龍に代わり心より歓迎をいたそう」
 そう言い終えると、掲げた杯の中身を一口飲んだ。
「お招きに感謝する。ミズラウ王とここの皆。貴方たちの全ての願いが叶わんことを」
 招かれた側で一番に年嵩なミッちゃんが応え、杯の水を一口飲み、前の小卓に置いた。

 それが宴の始まりの合図だ。

 皆の前に置かれた背の低い小円卓は重厚な木製で、保存の術が施されているのか、磨き上げられた深みのある琥珀色をしている。
 水が貴重だった時代から、受け継がれてきたものかもしれない。
 卓の上には銀の盆が置かれ、給仕たちが次々と料理を運んでくる。
 燻した肉の、甘い木と何かの香辛料の匂いが食欲をそそる。
 銀の小皿のフムスはパプリカハルペラー粉の赤で彩られている。
 何種類かの酢漬け野菜トゥルシュと、ナッツを詰めた小ナスのオイル漬け。

「雑草すら貴重であった時代の名残でな。調理主が一番に食して欲しい料理は、こうやって葉を皿にして出すのだ」
 レハブア王がキザギザの葉に乗せられた黄金色のコロッケファラフェルを差して、隣のミッちゃんに語る。

 主賓の英雄フッバーは、レハブア王とベネ・ウオレオの間に緊張の面持ちで坐している。
 ベネが隣のダグラス達に、「このコロッケファラフェルはの、野菜と一緒にピタに挟むと美味いぞ」と、楽しそうに話している。
 酒瓶が手から手へと流れるように渡される。

 三十人ほどの人々が、酒を酌み交わし話すさざめきの中で、誰かの「王よ、フッバーどのにお願いの儀がございます」という声が響いた。
 その場で身を乗り出して、主賓のフッバーに顔を向けているのは龍人族らしく体の大きな男だ。

「フッバー殿、彼はシュターラン。守護軍を取りまとめておる」
「ベネ様の話によれば、フッバー殿は巨大な鳥の上から銛を手に、怪魚へと飛び降りたとか。その勇気に感服しております。もし、よろしければ一度、英雄と刃を交わしたい」
 ガバリと大きな体を折り曲げるように頭を下げた。

 宴に参加している者達から「おぉ~」といった声とともに、「またか……」と呟く声も聞こえる。
「テンプレキタコレ」
 ミッちゃんに酢漬け野菜トゥルシュと、湯気が立つケバブを挟んでもらったピタを、モツモツと食べながらパウパウは呟く。

「あぁ……その、申し訳ないが俺……自分の剣姿カタは、上位の方々へお見せできるようなものではない、生き残るための剣ですので」
 少し困ったように眉を下げてフッバーは答えた。

「……それは……ではっ!ウルジェド様は、如何ですかな。是非に御指南を願いたい」
 シュターランは諦めず、今度はミッちゃんに声をかけた。

 レハブア王はハイエルフの彼をと紹介している。
 一介の冒険者に国の将軍職が指南を乞うのは、彼の以前の肩書を知っているからだろう。

 立てた片膝の上に銀盆を乗せ、果物をパウパウに選ばせていたミッちゃんは、視線だけを男に向けた。

 パキッと小さな音がして、広い場所に張り巡らされた宴用の風魔法が一瞬、途切れる。
「レハブア王よ。私の剣は生かすか殺すしか選べぬが。それでも受けるべきかな?」
 それは抜いたならば、相手が倒れるまで剣を振るということだ。
 白金プラチナムの冒険者の剣は、そういう剣である。

 王にだけその声を届けると、またパキッと音がして、会場のざわめきが戻った。
「いや、シュターランは大切な俺の部下で家族だ。勘弁していただきたい」
 苦笑しながら王は視線を変えて、言葉を続ける。
「シュターラン。残念だが皇帝陛下への謁見が控えておるのでな、その時間を取ることは難しい。守護軍はいつもどおりエゾラト山で魔物狩りと治安維持を頼むぞ」

「さようでございますか。残念です。お二方、失礼いたした。機会がありましたら、是非に」
 シュターランは牙のような歯を覗かせて笑うと、もう一度深く頭を下げた。

 案外あっさりと引き下がったことを、パウパウは意外に思いながら口を開ける。
 なぜなら、口元に赤い実が来たうえに、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐったからだ。
 心得たと言わんばかりにミッちゃんの白い指が赤いトゥテイチゴを、パウパウの口に放り込んだ。

「ん~……ワタシナニカヤッチャイマシタカ~。ナニカヤッチャイマシタカ~」

 てっきり、これからシーンだと思ったのにと、トゥテイチゴをモグモグしていると、レハブア王が何とも形容しがたい妙な顔で凝視していた。
「ん?」
「……その、パウパウよ。何故に、先ほどからウルジェド殿に食べさせてもらっておるのだ?」

 お?……レハブア王に尋ねられたパウパウは、ハッとする。

(──確かに!なんだか無意識に食べさせてもらってたぁ!)

 お城の晩ごはんなのに!
「可愛いからな」
 隣のミッちゃんが世界の心理を告げる風な、最終回答みたいに言いきった。
 その一言で、レハブア王の妙顔度がますます上がった。

 その時、この上座に漂い始めた、妙な空気を吹き飛ばすように、入口から歓声が上がった。
「ソル・デ・シムシャー!」
 誰かの声に、唱和する声が重なる。
「太陽のタマゴ来たぞ!」
「ははは!誰だ、一番、若い奴は?」
「はっはっは!主役の料理のお出ましだの」
 楽しそうにベネ・ウオレオが、ぶ厚い手をぷにょぷにょと叩いた。

 ソル・デ・シムシャーが何なのか、見当もつかない賓客たちが入口へと視線を送ると、大きな戸板のような物を重たげに担ぎ上げている男たちが「ソル!」「デッ」「シムシャー!」と威勢よく唱えながらやって来た。

 戸板を先導するように歩いて来たのは、白い布を頭に巻いた年配の男である。
 両手に持った小槌こづちをリズムよく、カチンっカチンっと打ち鳴らし、王の御前で足を止めると、深々と一礼をした。

「レハブア王、ならびに賓客の皆々さま。この善き日の善き宴が、新たなる太陽となりますよう、太陽のタマゴをご用意いたしました」
「調理主タバハー、新たな太陽は、誰が呼ぶ?」
「それは、ここにおられる年若き方にございます」
 
 どうやら、これは伝統的な決まり文句なのだろう。
 なにかの催し物を見ている気持ちで、ポヤ~ンとしていたパウパウ。
 その目の前に、調理主のタバハーは恭しく小槌を差し出した。
「え?ぼく?」

「おぉ、確かに!パウパウは何歳だ」
「ぼく、四さいです!」
 レハブア王の問いに元気に答えると、宴用の風魔法がその声を会場の隅々にまで届けた。
 途端、わっと温かな歓声が沸き起こる。

「では、流石にお一人では大変でしょうから……」
 タバハーはダグラス達三人にも、小槌を差し出した。
 サリレの少年達が、それぞれに年齢を答えるたびに、宴の場から慈しむような温かな声と拍手がされた。

 長命種の龍人族にとって、十歳程度の彼らも四歳児のパウパウも、まだまだ赤子同然なのだろう。

 調理主タバハーに促されたパウパウたちは、恐る恐るといった面持ちで戸板に近寄った。

 絨毯に静かに降ろされた戸板の上には、真っ白なドーム状の物体が鎮座している。
 卵というよりも、巨大な繭のようだ。
 表面からは湯気が出ていて、仄かに温かい。

「さぁ!小さな勇者の皆さま、ミズラウ城名物、太陽のタマゴソル・デ・シムシャーにございます。殻を割り、新たなる善き太陽をお呼びください!」

「ソル・デ・シムシャー!」
 担ぎ役の男たちが一斉に唱和し、驚いたパウパウがピョッと飛び上がった。
「ふふふ。驚かせてしまいましたな。さ、ソル・デ・シムシャーと唱えながら小槌で叩くのです。中々に硬いので、力を込めて!……はいっ、ソル・デ・シムシャー!」

「いくぞっ!……せ~ぇのっ」
 こういう時は、やはり夏空号の舟頭ふながしらのダグラスだ。
 皆のタイミングを合わせて、音頭を取る。

「「「「ソル・デ・シムシャー!」」」」

 ダグラスたちは身体強化を使ったのか、小槌の音はゴンッと太く重く響いた。
 パウパウは精一杯に小さな手に小槌を握りしめて、『割れますように!』の振り下ろす。
 ──ペキョっ。
 なんだか可愛い音がした。

「うわ、固っ!」
 フィリが顔を顰めながら手をブラブラと振る。
 ダグラスたちの小槌も、表面にわずかな傷がついた程度で、太陽のタマゴは依然として鎮座している。

「ほらほら、中の太陽が冷えてしまいますよ」
「がんばれ!小さな勇者たち」
 皆が笑いながら声援を送る。

 ……その時。

 ──ピシッ

 宴用の風魔法が、高く澄んだ音を拾い上げた。

「は?……」「え?」
 戸惑いの声は誰から漏れたものか。

 ──ピキピキ、ピシリッ

 パウパウがペキョっと小槌を当てた場所を起点にして生まれたヒビ割れは、みるみるうちに広がって行った。


 しん。

 物音一つない空間に、ポチャポチャン、ぽふぽふ、と気が抜ける音が響く。
 ベネ・ウオレオが、そのモチモチとした手のひらを打ち鳴らしているのだ。
 これでも彼なりの拍手である。
「あはっはっはっは!これは驚いた、王よ。一度で太陽がかえりましたぞ!いやぁ、愉快、愉快」

 その声を合図に、我に返ったように人々は、一斉に息を吐き出した。
 実はこのソル・デ・シムシャー、若者が固い塩の塊に苦戦する様を見守りつつも、囃したてて楽しむという、少々意地悪な余興を兼ねた料理なのだ。
 もっとも、年替わりなどの儀式で出す際には、お遊びは許されない。
 もともとは、籠城時代から続く伝統料理である。

 タバハーたちが手際よくタマゴの欠片──塩を卵白で固めた外側──を取り外していくと、閉じ込められていた湯気が一気に立ち昇る。
 それと共に爽やかな酸味と香草、そして油の乗った魚の香りが会場中に溢れ出した。

「わっ、おっきい!」
 覗き込んだパウパウが、目を輝かせて歓声を上げた。

 太陽のタマゴの中に入っていたのは大魚。
 銀色の魚体は前世の記憶の鮭に似ているが、それよりも長い。
 顔つきも眼が小さくて口元が獰猛だ。

「アーザードという魚でしてな。川に住むのが殆どですが、まれに海へ降りるのもおります。海で育つと、それはそれは美味なのですよぉ」
 調理主のタバハーが、なんだか得意気に、嬉しそうな顔でパウパウに笑った。
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