学校の人気者達は偽装恋愛を始める。

結川

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学校の人気者達は偽装恋愛を始める。

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校内人気男子ランキング1位、赤羽比呂あかばねひろ(17)。
切れ長の瞳に、陽に透ける明るい茶髪のチャラ系イケメン。
スポーツ万能で、182センチの高身長を活かしてバスケ部キャプテンを務めている。
学校の女子からは、「一度でいいから遊ばれたい」「強引に迫られたい」とコメントが寄せられている。

校内人気男子ランキング3位、蒼柳志央あおやぎしお(17)。
零れ落ちそうな大きな瞳に、艶のある濡羽色の髪の優等生系イケメン。
成績優秀で、真面目な性格と地頭の良さを活かして生徒会副会長を務めている。
学校の女子からは、「一緒に手を繋いで散歩したい」「図書館デートしたい」とコメントが寄せられている。

二週間前、そんな二人のビッグニュースが校内を駆け巡り、全生徒に大きな衝撃をもたらした。
なんと、二人がお付き合いを始めたという。
祝福する者、嫌悪する者、片方に呪詛を送る者、無関心の者と、多種多様な反応があったが、それから校内でよく見かけるようになった二人の姿に皆納得し、最近では騒動も落ち着きつつあった。

「いや、おかしいだろ」

納得いかなげな顔に、その隣に立つ男はキョトンと首を傾げた。

「なにが?」
「なんで皆がこんなにあっさり納得出来るのか、全然分からない」
「なんかオレら、一緒にいるとすごく『お似合い』らしいよ?」
「どこが??」

男と男のカップルってだけで、すでに『お似合い』とは程遠いだろ、と一方が頭を抱える中、もう一方はその姿を見てケラケラと笑う。
そのあまりにも軽い反応にじと目を送っても、相手は全く意に介することはない。
頭を抱えた時に少し乱れた黒髪を梳かそうと、その頭に手が伸びる。
もう少しで届きそうなところで、一回り小さな手が拒むように叩いた。

「触るな」
「えー?カップルっぽくしてた方がいいんじゃない?」
「誰も見ていないところでしても何の意味もないだろ」

ふん、とそっぽを向いた横顔を眺めながら、やれやれと肩をすくめて嘆息する。

二人の間には、カップルが垂れ流すような甘い雰囲気はない。
それもそのはず、二人はお互いに想い合って交際を始めたわけではないからだ。
お互いの利益のために付き合い始めた、所謂偽装カップルというやつだった。

――――
――

――俺と付き合ってください。

聞き慣れた言葉に耳を疑う。
体育館裏なんて人通りの少なさトップ3に入りそうなこの場所には、目の前の体格の良さげな男と、男の自分の二人だけしかいない。
つまり、その言葉は自分以外ーー例えば可愛い女子生徒に向けられた言葉ではないわけで。

訝しげに眉を寄せて、自分より高い位置にある顔に視線を向ける。
期待と不安が混じった視線を返されれば、からかいやいたずらの一種ではないことを否が応でも認識させられた。

信じられない気持ちと、信じたくない気持ちが綯い交ぜになって、ただただ絶望する。
この1回だけなら不思議なこともあったものだ、で片付けられた。
自分がこんなにもショックを受けているのは、男からの告白という大事件が、2年生になって約半年の間に計5回と頻発しているからだった。

だから、普段だったら、やんわりと冷静に相手の気持ちを配慮して、お断りの言葉を口に出来た。
けれどその時は、驚愕やら動揺やら混乱やら、自慢の頭も上手く働かず、ただ何か返答をしなければという気持ちだけで、言葉を返していた。

「ごめん、無理だ。ありえない」

今思えばかなり最低なお断り文句だったと思う。
でもそれくらい、その時は自分のことしか考えられなかった。
だから、目の前の男が逆上しても、それは仕方がないわけで。
右手首を掴まれて、相手の右拳が自分の顔面に向かってくる。
僕は痛みを受け入れるべく、きつく目を瞑った。

しかし、痛みはいつまで経っても訪れなかった。

――――
――

「どう?最近は男から言い寄られなくなった?」

身長差のせいでまるで覆われるように、後ろから抱き締められる。
驚いて回る腕を引き剥がそうと抵抗すれば、「人いるよ」と小声で耳打ちされた。
そっと周りを見渡せば、女子生徒二人が遠くからこちらを見ていることに気付き、小さく息を吐きながら抵抗する力を緩める。

「おかげさまでね」
「そ。よかった」
「そっちは?」
「オレも大分減ったよ。けど1回だけでもーっていうのは相変わらずかな」

告白に一度もOKサインを出したことがない自分と違い、来るもの拒まず去る者追わずをモットーに快諾ばかりしていたこの男は、遊び人のレッテルが貼られている。
そのせいで、この偽装恋愛の効果は自分と比べると、かなり薄れているようだ。

「自業自得だね。高校生の分際で遊んでばかりいるから、そうなるんだよ」
「えー?あ、でも、今まで付き合ってきた中だと、シオが一番可愛いよ」
「は?」

急に変わった話題と突拍子のない言葉に、素っ頓狂な声を上げ、思わず後ろを振り向いた。
すると、思っていたより近くにあった顔に動揺して、反射で距離を離そうとする。
しかし、強く押してもビクともせず、逆に彼の右手が側頭部に優しく添えられ、距離が縮まる。

「シオが一番可愛い」

途端、ドクンと心臓が跳ねた。
顔の熱が一気に高まるの感じる。

「…そういう冗談は嫌いだ」
「冗談じゃないよ」
「うそだ。本当はそんなこと思ってないくせに」

遊び人の口説き文句なんかに赤面してしまった自分の姿を見られたくなくて俯く。
先ほどより強く体を押し返せば、今度はあっさりと解放された。

「僕は生徒会の仕事があるから失礼する」

顔を見られないように背を向けて、そのままその場を後にする。
何か言葉を掛けられたら、行く手を阻まれたら、と内心焦っていたが、相手から予想していたような行動はなく、ホッと息をいた。

――――
――

「何してんの」

暴力を振るおうとしていた右腕を掴む。
突然現れた自分に四つの瞳が瞠目した。
オレを視認するや否や、掴んだ腕を振り払い、男はそのまま逃走した。

「大丈夫?」

残された一人は、いつも真っ直ぐに正された背筋を少し丸めて、地面に視線を落としていた。

「大丈夫。助けてくれて、ありがとう」

震えた声が信憑性を失わせる。
どこが大丈夫なのか、と眉間に皺を寄せた。
俯いているために表情を見てとれないが、その姿はどう見ても大丈夫そうではない。
けれど、なんて声を掛ければいいのか咄嗟に思いつかず、ただ側でじっとする。

「ねえ、僕って、男から見て、そういう対象になり得るの?」

長い沈黙を破ったのは、震え声での問いかけだった。

その問いかけの答えは自分の中でとっくの前に決まっていて、すぐに返答することは出来た。
けれど、それを突き付けてやるほど、自分は鬼畜ではない。
彼は今、自分が一部の男性から恋愛対象として見られる存在であることを自覚し、慄いている。

確かに彼は二年になってから、女からだけでなく男からも告白を受けることが多くなっていた。
告白の数は自分ほどではないが、同性からの告白という重さを考えると、精神的負担は自分より大きいだろう。

そんなことを考えていた時、ふと頭に名案が思い浮かぶ。
相手の憂いを払い、自分にとって都合の良い名目に成りえる、それは素晴らしい案だった。

「オレ達、付き合わない?」

その提案に返ってきた言葉は「は?」の一言だったが、想定内だったオレは言葉を続ける。

「オレも女の子からの告白多くて困ってたんだよね。オレ達が付き合えば、お互い告白の数も減ってストレスも減らせるんじゃん」
「…確かに数は減るかもしれないけど、それは自分からそういう対象に見てもいいと明言することになって、むしろ悪化する気がするけれど」
「そういう奴らは意中の男が同性OKかNGかなんて関係なく好きなっちゃうもんだよ。なら、その後アクションを起こされないように対策を打っといた方が賢明じゃない?」

言い分に納得半分、引っかかり半分といった感じに、顎に人差し指を当て、「うーん」と悩み始める。
手応えを感じて、隠れてぐっと握りこぶしを作った。
このまま上手くいけば、しょうもない奴らのアプローチも減らせるし、理由がなくてもいつも隣を陣取れる。

「お互い周りが落ち着いてくるくらいまでの期間限定でさ、やってみて上手く行かないなって思ったら止めちゃえばいいんだし、お試しの気持ちで始めてもいいかなって思うんだけど」

こちらを見上げる視線は、どちらを選択すべきか迷い、揺れていた。
あと一言の後押しで落ちる。
そう確信出来たのは、今まで女の子を落としてきた経験則からの勘だった。

「相手の真剣な想いを断るのって、結構しんどいじゃん」
「……、そんなことは…」
「それに、恋に昇華する前に諦めてもらった方が、相手も救われるんじゃない?」

その言葉に、大きな瞳が見開かれた。
返答がなく続く沈黙を、提案に対する承諾と受け取り、オレは口角を上げて目を細める。

「期間限定の偽装恋愛だけど、仲良くしよーよ。よろしくね」

ビジネスライクのような軽い笑顔を張り付けて、右手を差し出す。
重ねられた右手の小ささに、愉悦の混じったどす黒い感情が沸き起こる。
けれど、それを上手に隠してしまえば、目の前の想い人は気付かない。


――『期間限定の偽装恋愛』。

本当はそんなこと思ってないくせに。
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