とある冬の日の誘惑。

結川

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とある冬の日の誘惑。

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「さみー…」

今日も今日とて、冷えた空気が素肌に突き刺さる。
先程まで暖房の恩恵にあずかり温まっていたはずの体は、ゆるりと風が吹く度に、その温度を奪われていく。
こんな日に手袋を忘れるとかさ、と両手を擦りながら校門を通り過ぎようとした時、見覚えのある姿が視界に留まる。
条件反射で緩んだ口元を慌てて引き締めて、締まりのなくなりかけた表情を整えてから声を掛けた。

冬凛とうり、何してんの?」
「あれ、瀬川。今から帰り?」
「そー。そっちは?帰んないの?」
「オレは人を待ってるとこ」

冬凛の返答に、帰路に就こうとしていた足を止める。
そのまま冬凛の隣に立てば、冬凛は不思議そうに首を傾けた。

「帰らないの?」
「冬凛の暇つぶしになってあげようって思って」

何だそれ、と冬凛がクスクス笑う。
自分に向けられた笑顔に嬉しくなって表情を緩めると、思いも寄らない言葉を掛けられた。

「今日は女子たちと遊びに行かないんだ?」
「へ?」
「瀬川は毎日女子達と遊びまくってるって、クラスの男子たちが言ってたよ」

思考が止まる。
ぽかんと大きく口を開けて固まったオレは、さぞ間抜けな顔をしているだろう。

――誰だ。オレがまるで遊び人かのような噂を冬凛に垂れ流した奴は。

ふつふつと沸き起こる怒りを表情に出さないように押し留める。
確かにクラスの男子と遊ぶのと同じ頻度で、クラスの女子とも放課後遊びに出かけている。
でも、それはただ、文字通り"遊んでいる"だけで、そこに風紀が乱れるような爛れた行為は一切ない。
遊びに行った先で告白されることもあったけど、そういう子とはそれ以降遊ばないくらいの節度は持っている。

「言っとくけど、オレ遊びまくってないし、遊びに行ったとしても普通に男友達と遊ぶように遊んでるだけだからね」
「オレに言い訳とかはいらないよ」
「言い訳とかじゃなくて!」
「ははっ、分かってるよ。ちょっとからかっただけ」

意地悪げに細められた瞳で、愉しげに笑われる。
どこか小悪魔めいた表情を向けられたのは初めてで、マゾっ気なんてサラサラないはずなのに心臓がグッと呻く。
本当に分かってくれているのかは定かでない。
けれど、これ以上不必要な墓穴を掘らないようにと、何も言わないことにした。

無言になったタイミングで、北風が寒さを運んでくる。
体を縮こませ、少しでも熱を生み出せないかと、両の手のひらを擦り合わせる。
隣を見やると、冬凛も今しがた自分がしていたのと同じように、口元の辺りで両手を擦り合わせていた。
どうやら冬凛も手袋を忘れたらしい。

白い指先は長い間冷気に包まれていたようで、少し赤みを帯びていた。
その細い指が動くのを眺めていると、ふとその指に自分の指を絡めたい欲が沸き上がる。

「手冷たそうだね」と軽く言い、事も無げに手を取れば、特別おかしいことはないと思う。
からかうスタンスを崩さなければ、一見何てことはない男友達同士のじゃれ合いで通せるはずだ。

寒いはずなのに、じんわりと汗ばみそうな手のひらをぐっと握りしめる。
大丈夫、いける。
オレならさも自然に、まるでそれが当然がごとく、手を繋げる。

「今日は一段と寒くなったよね」

自分を鼓舞して声を掛けようとしたとき、言おうとしたことと大体同じ言葉を掛けられた。
相槌を打つ声は裏返りながらどもって不格好になってしまう。

「隣に来てよ」
「へ?」
「寒いから。瀬川の近くにいたら人肌で少しは暖取れるかなって」

突然の言葉にきょとんとした顔で固まっていると、冬凛はオレの右肩にそっと左肩を寄せる。
正直、お互いの厚手のコートが障壁となって、冬凛の体温はあまり感じられない。
けれど、肩に掛かる冬凛の重みがリアルに伝わって、体の内側から右肩に熱が集中する。
肩だけじゃなくて、頬も熱い。
赤くなっているはずの顔を少しでも隠したくて、マフラーに顔をうずめる。

「…そんな寒いの?」
「寒い。手がかじかみすぎて指先の感覚ほとんどない」

ふーん、と適当に返そうとして、思いとどまる。
今なら、ていうか、今こそ、自然に手を繋げるんじゃね?
思いも寄らなかった完璧するバトンを差し出され、慌ててそれを受け取るべく口を開いた。

「あのさ、」
「冬凛、お待たせ」

背後から突然聞こえた声に、肩を僅かに跳ねさせる。
冬凛と二人で後ろを振り向くと、冬凛の待ち人がそこに立っていた。

「悪い、思ったより時間がかかって。中で待っててもらえばよかったな」
「別に全然へーき。用事は終わった?」
「あぁ」

目の前で恋人同士の待ち合わせのような会話を繰り広げられる。
いや、普通の友人同士でも普通にあり得る会話だけど。
それでも、仲睦まじい光景に間違いはなく、モヤモヤとした気持ちが腹の底の方に溜まっていく。
不満げな視線を新参者に向けていると、それに気付いたのか、少し困ったように苦笑いをする。

「瀬川と待ってたのか?」
「そう。オレが暇そうにしてたから付き合ってくれた」
「そっか。瀬川も一緒に帰るか?」

気を遣って提案してくれたのだろうが、逆にいつも一緒にいる者の余裕みたいなものを感じて癪に障る。
ちっぽけなプライドを保つため、「反対方向だから」と気にしていない風を装い、断りを入れた。

「じゃあね、瀬川」
「うん、また明日」

遠ざかっていく二つの背中を見送って、逆方向へと足を進める。
手も繋げなければ、別の誰かと仲の良い姿を見せつけられて、今日の温度に負けないくらい心が寒い。
さっきまで気にならなかった空気の冷たさに身震いをして、オレは帰り道を足早に駆けた。

反対の帰り道で、冬凛が左肩を柔く押さえながら頬を染めていたことを、オレは知らない。

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