運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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143 榛名と亜衣乃のバレンタイン大作戦

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「あーもう、すっかり遅くなっちゃったよ……!   亜衣乃ちゃん、待ってるだろうなぁ」

 誰もいない更衣室で急いで私服に着替えながら、榛名は壁時計を見て呟いた。
 時刻はそろそろ20時30分を過ぎようとしている。
 終業時刻の17時間近になっていきなり緊急透析が入り、土曜日でバレンタインデーという今日、何かと用事があるであろう女性陣を先に帰してあげた。
 榛名も用事が無いわけではなかったが、居残りと言っても19時ごろには帰れるだろうし――と気楽に思っていたのが失敗だった。
 多分、それは一緒に残っていた二宮も同じだっただろう。
 彼の本日のアフター5の予定は合コンだというので少し驚いたが、意外だっただけで別段おかしいことはない。
   榛名の認識では、二宮は恋人のいない妙齢の独身男性なのだから。
 それでも、普段より少し忙しない態度で仕事をする二宮に、榛名は少しの違和感を覚えたのだった。

(二宮さん、誰か気になってる女性でも来るのかな……?)

 そう思った。
   そんなことを考えていたら、いきなり患者の状態が急変し、そこからはバタバタと一次救命を開始して、病棟に連絡したら今手が離せないと言われて病棟まで榛名と二宮が医師とともに患者を送り届け、状態が落ち着くまで医療補助を行っていたのだった。
 榛名は最後に病棟の看護師に申し送りをしなくてはならないため、時計を見てソワソワしている二宮を先に帰した。
 普段ならば先に帰るよう促しても『いや、終わるの待ってますよ』と言うであろう二宮は、心底申し訳ないという顔を榛名に向けて、駆け足で帰っていった。

(二宮さん、間に合ったかなぁ……)

 しかし、自分も急がなければならない。
 今日は珍しく霧咲ではなく、亜衣乃との約束があるのだ。
 残業が決まった際に『ごめん、行くの少し遅くなりそう』とメッセージを送ったら、『いいよ、お仕事がんばってね』と子どもらしからぬ返信は貰っているものの──。
 榛名は急いで着替えながら、事の発端である一週間前のことを思い出していた。



 それは、榛名が霧咲宅に遊びに行った際、霧咲が席を外した数分間のこと。
    亜衣乃が内緒話をするみたいに声をひそめながら、榛名に話しかけてきた。

「ねえねえアキちゃん、ちょっと相談があるんだけど」
「相談?   亜衣乃ちゃんが、俺に?」
「うん、アキちゃんにしか頼めないの」
「なになに!?   何でも言って!!」

 自分にしか頼めないという言葉が嬉しくて、少々前のめり気味になってしまった。
   亜衣乃は多少驚いた顔をしたが、すぐに切り出した。

「来週バレンタインでしょ?   亜衣乃、まこおじさんに手作りのチョコレートをあげたいの」
「え……」
「アキちゃんも男の人で本来は貰う立場だから、アキちゃんに頼むのはどうなのかなって最初は思ったんだけど……でも、アキちゃんは亜衣乃のママでもあるし。みんな、あ、クラスの女の子たちね。みんなママと一緒にパパへのチョコを作るんだって。だから亜衣乃もやってみたくて……それに、他に頼める人なんていないし」
「……!」

 なんて可愛らしい相談なのだろう。
 榛名は亜衣乃のささやかな願いを叶えてあげるためなら、貰う立場になんてもう一生ならなくていい、と思った。
 むしろずっとあげる側に回りたい、もちろん相手は霧咲限定だ。
 それと亜衣乃が複雑な心境に陥りながらも最終的に自分に相談してくれたことが、榛名はなによりも嬉しかった。
    他に選択肢が無かっただけなのかもしれないが、それでも。

「亜衣乃、まこおじさんに内緒でチョコレートを作って、準備して、当日にびっくりさせたいの。……アキちゃん、協力してくれる?」
「もちろんだよ!」
「アキちゃん、声が大きいよっ」
「あっ、ごめん!」

 亜衣乃に諌められた途端、霧咲が戻ってきた。

「──ん?   二人とも変な顔をして……いま何の話をしていたんだ?」
「え、えーっと……」

 すぐに言い訳が出てこない榛名を見かねて、亜衣乃が食い気味に霧咲に言い返した。

「変な顔なんてしてないもん、亜衣乃が変な顔ならまこおじさんだって変な顔でしょ! 亜衣乃たち、よく似てるって言われるんだから」
「いや、俺は別にそういう意味で変な顔って言ったんじゃなくて……」
「じゃあどういう意味なの!?」
「分かった俺が悪かった、亜衣乃は可愛いよ」
「知ってるし」
「……」

 亜衣乃の素晴らしい機転(?)によって、とりあえず秘密は守られたのだった。



 それからは霧咲に気付かれぬよう、榛名と亜衣乃はスマホのトークアプリを使って業務連絡をすることにした。
 亜衣乃はチョコレートケーキが作りたいらしい。
 いきなり大作に挑戦するなあ……と榛名は思ったが、どうやら榛名の誕生日のときのリベンジをしたいとのことだった。
 実はあれを食べた次の日、案の定榛名は腹を壊してしまったのだが、そのことは亜衣乃には未だに秘密にしている。(少しやつれてしまったので、霧咲にはバレてしまった)

 そしてバレンタインデーの前日──つまり昨日だが、霧咲がちょうど夜勤だったので、亜衣乃は榛名宅に泊まりに来てチョコレートケーキを作る算段となった。
 なので榛名は霧咲に内緒で有休を取り、亜衣乃の学校が終わる時間に迎えに行った。
   これからケーキの材料やラッピング諸々を一緒に買いに行く予定だ。
 校門の外で待っていたら、亜衣乃が校舎から出てくるのが見えて軽く手を振った。
    亜衣乃が榛名に気付いて歩いてくる途中、とある男子に声を掛けられていたが、さっさと振り切ってこちらにやってきた。
 その間、榛名はその男子に凄い顔で睨まれていた。

「ねえ亜衣乃ちゃん、さっきの男の子に俺のことなんて説明したの?   あの大人は誰だって聞かれてたんじゃない?」
「うん、彼氏だって言ったよ」
「え……」

 榛名は、亜衣乃に話しかけていた男子には見覚えがあった。
 以前遊園地で会って、亜衣乃のことを少し苛めた後、気にしていた子だったと思うのだが──。

「ダメだった?   正直にパパの彼氏だって言ったらちょっと面倒くさいことになりそうだと思ったから……ごめんね、アキちゃん」
「う、ううん、ダメじゃないよ」
「よかった~」

(可哀想に、あの子……)

 どうりで睨まれたはずだ。
 しかしそれならば、父親公認のとんだロリコン野郎だと思われただろうなあと、以前箱根で職質に会ったときのことを思い出して少し落ち込む榛名だった。
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