運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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 そして、現在。

 榛名は地下鉄に飛び乗り、急いで自宅に戻ると、冷蔵庫の中に準備しておいたラッピング済のチョコレートケーキを専用のバッグに入れて、部屋を飛び出した。
 急がないと、亜衣乃が寝る時間になっても寝ない、と霧咲に怒られてしまうだろう。
 せっかく霧咲を喜ばすサプライズを計画してるのに、2人が喧嘩でもしたら大変だ。
 しかし榛名が霧咲のマンションに着いたとき、時刻は22時を回ろうとしていた。
 もう亜衣乃は寝ているかもしれない。

(もし亜衣乃ちゃんが寝てたら、サプライズは明日にしよう……)

 息を切らしながら霧咲の部屋の番号を入力しインターホンを鳴らすと、霧咲が驚いた声で対応してくれた。

『暁哉!?   どうしたんだいこんな時間に? 今日は会う予定だったかな……いや、来てくれたのはもちろん嬉しいけどね、言ってくれれば車で迎えに行ったのに。ああごめん、とにかく中に入って、寒いだろう』
「あ、あの……亜衣乃ちゃん、起きてます?」
『亜衣乃?   もうとっくに自分の部屋に行ったけど、多分寝てると思うよ。……え、俺じゃなくて亜衣乃に用があるのか?』
「えっと……」
『とにかく話はあとにしよう、早く入ってきなさい』

   失敗した、と思った。
   亜衣乃がもう寝ているなら、ただ単に急に霧咲に会いたくなったから訪ねてきた、ということにすれば良かったのに。

(俺のバカ……!)

   しかし、訪ねてきた理由は上手く誤魔化せたとしても、この大きな手荷物は誤魔化しようがない。
   いかにもプレゼントみたいな可愛らしい紙バッグだし、形や大きさからして霧咲は中身がケーキだと多分気付くだろう。

(あああ、どうしよう……)

 悶々と考えていたが、あっという間にエレベーターは霧咲の居住階に着いてしまった。
 しかも、霧咲は部屋の前で榛名を待っていたので、今更逃げられるはずもなかった。

「こ、こんばんは……」
「なんだい、せっかく来てくれたのに逃げだしそうな顔をして……ああでもきみ、俺じゃなくて亜衣乃に会いに来たんだっけ」
「いえ、その……」

   昨日亜衣乃が言っていた言葉を実感する。
 霧咲は本気で姪に嫉妬しているようだ。
 嫉妬とまではいかなくとも、面白くないと思っているのは態度で見て取れた。
   それは榛名からすれば嬉しいし、霧咲のことを可愛いなと思うのだけど……今は困るしかなかった。

「その後ろに隠してるものはなに? 亜衣乃におもちゃでも買ってきてやったのかい? ……あ、もしかして俺に秘密で欲しいものがあって、それで代わりに君に頼んだのかな……? ごめん、お金は払うよ」
「いやあの、ちがいます」
「ちょっと、まこおじさん!   近所迷惑だし寒いんだから早くアキちゃんを中に入れてあげてよ!!」
「あ、亜衣乃ちゃん!」

   霧咲の後ろから、玄関のドアを開けて亜衣乃が出てきた。

「亜衣乃、まだ起きてたのか?」
「明日は日曜日なんだから少しくらい夜更かししてもいいでしょう?   それとまこおじさん、亜衣乃はもうおもちゃなんか欲しがるような子どもじゃないから!」
「あ、……うん……」
「アキちゃん入って、それ貸して!」
「あ、うん」

   とっくに寝ていたと思われていた亜衣乃のテキパキした行動に、大人2人は驚いて「あ、うん」しか言えなかった。

「はいっ、まこおじさん」
「へ?」
「へ? じゃないよ。今日はバレンタインデーでしょう?   病院からたっくさん貰って帰ってきてたじゃない!   亜衣乃からは無いよって言ったけど、本当は……きのうアキちゃんと一緒に作ったの。だからこれ、まこおじさんにあげる」

   亜衣乃は恥ずかしいのか照れているのか、ちょっと怒ったような態度でチョコレートケーキの入った袋を霧咲の腹にグイグイと押し付けながら手渡した。

「え、作ったって、亜衣乃と暁哉がか?」

   霧咲はよほど驚いたのか、まばたきを繰り返しながら亜衣乃と榛名を交互に見た。

「前にまこおじさんと作ったホットケーキよりよっぽど上手に出来てるから安心していいよ。お腹も壊さないから」

   どうやら亜衣乃は榛名が腹を壊したことを知っていたらしい。
 そのセリフには榛名の方がドキッとしてしまった。

「え……ちょっと待て、理解が……」
「夜勤明けだからってもう夜なのにまだボケてるの?   亜衣乃とアキちゃんからのサプライズプレゼントだって言ってるの!」
「ひど……え、サプライズ?」
「もぉ、しっかりしてよ、まこおじさん!」

   霧咲は初めは嬉しさよりも驚きと困惑が勝っていたようだが、だんだん実感してきたのか目を細めて、口許には笑みが零れた。

「いや、嬉しくて……そうか、サプライズか……ありがとう亜衣乃、暁哉も」
「いいえ」
「どーいたしまして!」

   やはり恥ずかしいのか、亜衣乃はそう言ってぷいっと霧咲から顔ごと逸らした。

「じゃあ早速みんなで食べよう。コーヒーを淹れるから亜衣乃は手伝ってくれ。暁哉はコートをハンガーに掛けておいで」
「はい」
「はあい」

   榛名と霧咲はブラックで、亜衣乃にはミルクをたっぷりのカフェオレが用意された。
   チョコレートケーキは炊飯器で作ったので、つるんと形が整っているため霧咲はたいそう驚いた。

「凄いな、お店で売ってるやつみたいじゃないか!   白い粉が掛かってるし、本格的だな!」
「でしょー!?   でもすっごく簡単だから、今度おうちでも作ろうと思うの」
「お店のチョコレートケーキとは、だいぶ形が違いますけどね……」 

   榛名が苦笑しながら言ったが、霧咲にはどうでもいいようだ。
   霧咲は自分では全く料理をしないぶん、何かを作った時にはいつもこっちが恥ずかしくなるくらい手放しで褒めてくれるのだ。

「美味い!   本当にお店で買ったやつじゃないのか!?」
「もう、まこおじさん大袈裟!   あと褒め方がワンパターンだよね」
「なんでもいいよ、美味いぞこれ!」

   霧咲はあまり甘いものは好まないと思っていたのに、あっという間に自分の分は食べてしまっていた。

「ふふ……喜んでもらえて良かったね、亜衣乃ちゃん。作戦は大成功だ」
「……うんっ」

   そして榛名もケーキを食べながら、霧咲が貰ってきたという部屋の隅に無造作に置かれている贈り物の塊にちらりと目をやった。
   なんだか高級そうな包みだらけだ。
 中にはチョコレート以外のものもあるに違いないし、もしかしたら手紙なんかもあるのかも……。
   そんな榛名の複雑そうな視線に気づいたのか、霧咲が言った。
 
「暁哉、あれ月曜日にいくつか職場に持っていかないか?」
「えっ?」
「俺にはこのケーキだけでいいし、あれは亜衣乃が1人で食べるには多すぎるから……T病院の透析スタッフの皆さんで片付けてくれないかな」
「それは……みんな、大喜びすると思いますけど……いいんですか?」
「もちろん、俺も助かるし。あ、でもお返ししないといけないのか。名前と部署が書いてあるといいんだけど。あとでメモするの手伝ってくれるかい?」
「亜衣乃も手伝うー!」
「いや、お前はこれを食べたらもう歯磨きして寝なさい」
「えーっ!   ……わかったよぉ……」
「いい子だ」

   霧咲は亜衣乃の頭をぽんぽんと撫でた。
   そしてその晩、榛名は当然のように霧咲宅に泊まることになったのだった。
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