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145 バレンタイン・ナイト
自分の話はどうでもいいのだけど、霧咲の話を聞いてなるほどな、と榛名は思った。
「蓉子さんは身内にチョコをあげる習慣がもともとなかったから、亜衣乃ちゃんとお菓子作りをしようとしなかったのかな……」
「え?」
「昨日の夜、亜衣乃ちゃんが言ったんです。クラスの女の子たちみたく、ずっとママとお菓子作りをしてみたかったんだって」
「そうか……でも、蓉子は」
霧咲は本当のことを言いかけたが、榛名はそれを遮った。
「いいんです、ごめんなさい。俺がそうだったらいいなあって思っただけなんで。……情けない話ですけど、俺、昨日すごく泣いちゃったんです、亜衣乃ちゃんの前で」
「え!?」
霧咲の持っていたコーヒーカップの中身が軽く波打つ。
「亜衣乃ちゃんが俺に、まこおじさんの恋人になってくれてありがとうって泣かすようなことを言うもんだから……他にも色々」
榛名は恥ずかしそうに笑いながら言った。
そんな榛名の表情を見て、霧咲はわかりやすく安堵した表情をしてみせた。
「はあ、まったく、亜衣乃のやつ」
「それと亜衣乃ちゃん、誠人さんがずっと自分とどうやって接していいか分からないって思ってたこともちゃんと気付いてましたよ」
「えっ?」
「それで、感謝されたんです。誠人さんが前より明るくなって良かったって言ってました、まるで大人みたいに。……理由はわからなくても、誠人さんがずっと何かに苦しんでいたこと、亜衣乃ちゃんは気付いていたんですね。子どもってほんとに大人をよく見てるんだなぁって感心しちゃいました」
「……」
榛名はコーヒーを持ったまま、ぽすんと霧咲の肩に頭を預けた。
「俺も伝えたかったです。君の伯父さんに出会えて、俺のほうこそ幸せだって。こんな可愛い女の子と一緒にお菓子作りができるなんて、本当に嬉しいって。でも泣いてたから、なにひとつ言えませんでした。まったくもってダメな大人ですよね……」
霧咲はコーヒーカップを置くと、榛名の肩に手を回して抱き寄せた。
「……ダメなんかじゃないさ。亜衣乃はきっと分かってるよ、俺だけじゃなくてきみのこともよく見てるからね」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「そうならいいですけど、いつかちゃんと伝えたいなぁ……」
「いつでも伝えられるさ。だって俺達はこれから家族になるんだからね」
「……はい」
榛名と霧咲は目を合わせると、にっこりと笑いあった。
「じゃ、そろそろ俺達も寝ようか」
「そうですね。あ、寝る前にシャワー借りますね。仕事終わってそのまま来ちゃったんで……ちなみに珍しく残業してました、帰りに緊急透析が入ったんで」
「なにー!? どうしてそれを早く言わないんだ! 知ってたらあんな作業手伝わす前に勧めてたのに! ……もしかしてきみ、夕飯も食べてないんじゃないか!?」
「さっきケーキたくさん食べたのでいちおう腹は膨れましたよ?」
榛名は満腹とばかりにお腹を軽くさすってみせた。
「ええ……でも物足りないだろう。いまから俺、コンビニでおにぎりか何か買ってこようか?」
「いりませんよ、こんな時間に炭水化物食べたら太りますし……大人しくシャワー浴びて寝ます」
「そう? 本当に大丈夫?」
霧咲は心配そうな顔をしているが、いざ空腹で眠れないということがあったとしても、目の前の大量のチョコレートを食べればいい、と榛名は考えているのだった。
榛名がシャワーを浴びて寝室に行くと、霧咲はまだ起きていた。
ベッドに入ってはいるが、身体を起こして何やら難しい顔で携帯と睨めっこをしている。
「……? 誠人さん、まだ寝てなかったんですか、夜勤明けでしょう?」
「ああ、帰ってがっつり昼寝したからそこまで眠くないんだ。せっかくきみが来てくれてるのに、先に寝るなんて勿体ないことしないよ」
「なにが勿体ないのか全然わかんないですけど、待っててくれてありがとうございます」
「うん」
ちなみにもう何度も来ているので、榛名のパジャマや下着、着替えもいくつか霧咲宅に置いてある。
部屋の電気を消して霧咲のいるベッドに潜り込んだあと、榛名はぼそっと言った。
「……誠人さん、あのね」
「なんだい?」
「今回は亜衣乃ちゃんと共同なんですけど……俺、好きな人に本命チョコをあげたのって生まれて初めてです」
「……」
「男は普通無いと思いますけど。なんとなく、初めてだなーって」
そう言って、榛名はくふふと笑った。
「……暁哉、抱きたくなるようなことを言うんじゃないよ。抱いていい?」
「だめ。俺、今日は結構疲れてるので……」
「ちょっとだけ」
「だめです」
「先っぽだけ」
「何のギャグですか。おやすみなさーい」
「あ、暁哉……」
霧咲が情けない声を出すのを笑って聞き流しながら、榛名は目を閉じた。
榛名が本当に寝てしまったので、霧咲は諦めて寝ることにした。
疲れている恋人に無理強いはしたくないし、自分だって一応夜勤明けで疲れてはいる。
そして、先程自分の携帯に来た不思議なメールについてしばし考えた。
差出人は、T病院の臨床工学技士の二宮。
タイトルはなく、要件は『新宿周辺で男同士で入れるラブホ教えてください』だった。
(何で二宮さんが、男同士で入れるラブホを探してるんだ……?)
二宮と連絡先を交換したことを榛名にはまだ言っていない。
自分たちの間で何かあったとき、榛名は自分たちの関係を知っている二宮に頼るだろうな、と予想し前もって聞いておいたのだ。
それ以外で連絡することなんてないだろうと思っていたのに、先に連絡してきたのが二宮の方だったので驚いた。
その内容にも。
(前もって行く予定なら自分で調べるだろうし、ストレートの二宮さんがいきなり男とそんな関係になるわけない……と思うし)
なんとなく切羽詰まっているような雰囲気を感じて何も聞かずに教えたのだが、今度ゆっくり詳細を聞いてみよう、と霧咲は思った。
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