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鵜戸神宮の周辺にチキン南蛮を食べれる店はわりとあり、その中で榛名は直感で『ココにしましょうか』ととある食事処を選び、その店までは霧咲の隣でナビを頑張った。
丁度お昼時だったので、その食事処は外まで数人の客が並んでいたが、わりかし早く呼ばれて榛名一行は個室の掘りごたつに案内された。
「亜衣乃、早起きしたからすっごくお腹すいちゃった! 大人用のメニューでも全部一人で食べられそう! アキちゃんとまこおじさんはさっき朝ご飯食べたから、まだそんなにお腹すいてないんじゃないの?」
「ま、まあね……でも多分、食べられるよ?」
「同じく」
自信満々に言う亜衣乃を微笑ましく見守りながら、桜がメニューを開きながら言った。「でもここのチキン南蛮は結構大きいみたいやから、亜衣乃ちゃんも私達と同じレディースセットにした方がいいかもねえ、お子様用はメニューに無いみたいやし……」
それを聞いた榛名は、自分が全部食べられるか少し不安になって、姉に訪ねてみた。
「……お姉ちゃん、レディースセットって女の人しか頼めんっちゃろうか」
「そらそうやろ、何言っちょっとね。――あ、でもどうやろか。あー君、一回女の子のフリして頼んでみてん!」
「ちょっと」
「暁哉、全部食べられなかったら俺が食べてあげるから……」
姉弟のやりとりを聞いて、霧咲がぷくくく……と笑いを堪えながら言った。もしものとき手伝って貰えるのはありがたいものの、ド天然発言をかましたことが恥ずかしくて素直に『ありがとうございます』と言えない榛名だった。
「おいしーい!! 本場のチキン南蛮、初めて食べたぁ!!」
「鶏むね肉ってパサパサしてるイメージだったんですが、すごくしっとりとしてて柔らかいですね、タルタルソースも美味いし……すぐ食べ終わりそうだなぁ」
霧咲は前にもT病院の食堂でチキン南蛮を食べていたし、わりと好きなメニューなのかもしれない。榛名はそのときのこと――まだ自分が霧咲に恋をしているのも気付いていなかった頃のこと――を思い出して、なんだか少し胸がきゅっと苦しくなった。
「二人ともそんなに気に入ったなら、今度暁哉に作ってもらったら?」
「え!? チキン南蛮って家庭で作れるんですか!?」
「レストランで食べるものじゃないのぉ!?」
霧咲と亜衣乃の大袈裟なリアクションに、母は笑いながら答えた。
「そら、どこの家でも普通に作れるよぉ。まあ揚げ物やからちょっと面倒やけどね、うちでは結構定番料理やし」
「それは……暁哉……!」
「アキちゃん……!」
二人にこんなキラキラした目で見つめられたら、榛名が断れるはずもない。揚げ物はまだ一度もしたことがなくてかなりハードルが高いが、いい機会だと思うことにした。
「お母さん、帰ったら作り方教えてよ……」
「そんじゃ、うちに鶏ももがあったから一枚分だけ作ろうかね、お父さんも食べたいやろうし、余ったら明日の弁当に入れるわ」
「鶏もも肉のバージョンもおいしそうですね……!」
「亜衣乃も食べたい……!」
「なんだか余らなさそうやねえ」
料理の腕は壊滅的だが、食い意地だけは張っている二人を見て、榛名はハンバーグの次はチキン南蛮を得意料理にしたいな、と思った。
その後も様々なことを談笑しながら――榛名と桜が小さい頃にも鵜戸神宮や青島に行ったときのことや、姉の旦那に対する愚痴など――一行は食事を食べ終えた。レディースセットでもやはり子供には少し量が多かったようで、亜衣乃が残して霧咲に食べて貰っていた。榛名は満腹になりながらも、なんとか全部を食べ終えたのだった。
「さて、出る前にトイレ行ってくるわぁ」
「あ、亜衣乃も行く!」
母と亜衣乃が一緒にトイレに行ったので、桜と霧咲と榛名がその場に残された。榛名は丁度いい機会だと思い、姉にあることを尋ねた。
「――ねえお姉ちゃん、今更聞くけどお母さんたちをどうやって説得したと? あの年代に同性愛のこと理解させるのはなかなか難しかったやろ?」
榛名のその質問に桜は少し驚いた顔をしたが、こともなげに答えた。
「別にそうでもなかったけど……。あー君のことを否定したら、あー君はもう二度とこの家に帰ってこないよって言ったとよ」
「えっ?」
「そうするつもりやったっちゃないと? あたしとはこれからも会ってくれたやろけど……その覚悟があって、霧咲さんを家に連れてきたんやろ?」
「お姉ちゃん……」
両親に勘当されて、縁を切られるかもしれないとは思っていた。だが、自分から家に寄りつかなくなるという選択肢は考えていなかった気がする。両親との縁が切れれば、結局は同じことなのだけど……。
自分から家を切り捨てる選択もあったのかと、榛名はなんとなく目から鱗が落ちた気分だった。それを選ばなかった自分に安心もした。
「東京にいるあー君に、電話でしつこく結婚しろって迫ってたってのもそのとき初めて聞いたとよ。あたしが結婚してなかなか子供できんかったからさ……でもそれはちゃんと計画してたっていうか、あたしが子育てよりもまだ働きたかっただけなとよね。――でもそのせいでずっとあー君にお母さんの相手させてたっていうか……、しんどい想いさせててごめんね」
「いや、まあ、お母さんの気持ちも分かるし……」
確かに長男が適齢期になっても結婚もせずにフラフラしていたら、田舎に住む両親は心配するだろうとは分かっていた。だからそれは当然といえば当然のことで、それで姉を恨んだりしたことは一度もない。
「あたしはゲイの友達がおるからすぐに親身になれたけど、人の性嗜好なんてそう簡単に変えられんやろ? お母さんにさ、明日から女性を好きになって結婚しろって言われたらどう思う? って聞いたとよ。そしたら意外と早く納得してくれたわ、お父さんも似たような感じ。それにあー君、前にもカミングアウトしてたっちゃろ?」
「う、うん……」
でも、そのときは悪い冗談だと流された。だから、納得してもらうのはかなり大変だろうと思っていたのだけど……。
「ま、なんだかんだ言ってうちの親、あー君のこと溺愛しちょるからねぇ。あたしもやけどさ。同性婚とかまだまだ世間じゃ風当り強いし、家族くらいは味方になってあげんと、ね?」
「お姉ちゃん……」
「桜さん、ありがとうございます」
ずっと黙って聞いていた霧咲が、頭を下げた。
「そんな、いいんですよ霧咲さん、頭を上げてください! ていうかうちの親、反対するどころか俳優さんみたいな息子ができてちょっと内心浮かれてるまであるし……あははは」
「私はしがない医者ですが、そう言ってもらえると……ちなみに俺も、暁哉君を溺愛していますので」
「ブッ!」
それ、今言うこと!? と食後のお茶を噴いた榛名は霧咲をジト目で睨みつけた。その視線を受けた霧咲は、当たり前じゃないか、今言わなくていつ言うんだ、という澄ました顔をしてみせた。
「ふふっ……本当に二人は仲良しやねぇ。でも一人一人にしたら相手の愚痴とか出てくるとかなぁ?」
「愚痴というか、全部惚気になると思いますけど……聞きます?」
霧咲は桜の方に少しズイっと身を乗り出して言った。
「ちょっと誠人さん、身内に惚気は禁止ですって!! もぉ、俺トイレに行ってきますからね!」
「きみ、今トイレに行くってもしかしてそれはフリかい?」
「フリじゃありません!! じゃあ誠人さんも一緒に行きますよ、ほら!」
「桜さんにノロケたかったのに~……」
榛名は霧咲の腕を引いてズルズルと引っ張っていく。入れ違いに亜衣乃が帰ってきて、「なぁにあれ?」と怪訝な目で二人を見送った。
トイレに向かう途中、母が会計をしている姿を見かけて、霧咲が慌ててそちらに向かっていった。「お義母さんすみません! ここは俺が払うつもりだったんですが……!」
「あらぁ霧咲さん、そんな慌てなくていいんですよぉ。そりゃー霧咲さんはお医者様だから私達より全然稼いでらっしゃると思いますけど、もう息子も同然なんですからね。ここは一応親の私達に甘えてくださいな」
「あ……ありがとうございます、ご馳走様でした……」
霧咲は感動しているようで、珍しく口数が少なかった。
「お母さんありがと、一応俺も出すつもりやったっちゃけど……」
「アンタはもうちょっと頻繁に宮崎に帰ってきて! そんで東京土産を買ってきてくれたらそれでいいから!」
「わ、わかった」
「それなら俺も協力できそうだな。今度からお土産は事前に宅配便で送ろうか、暁哉」
「どんだけ買うつもりですかっ!」
その後霧咲と榛名、桜が順番にトイレを済ませ、食事処を後にしたのだった。
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