運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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 土曜の夜、二宮は山下と会う約束を取り付けた。場所はこの間のバー……はバーテンに顔を覚えられていたら気まずいので、その近くの飲み屋にした。
 大きな声を出してもあまり目立たぬよう、個室のある居酒屋だ。

 もっとも二宮は今日はゆっくり飲んだり食べたりする気はなく、ただ話をしようと思っているだけなのだが――。

 山下はまだ離婚が成立していないのか、二宮からの呼び出しに対しての返事はなく、既読が付いただけだった。なので今日は来ない可能性も多いにある。それでも二宮は、約束の時間より2時間は待つつもりでいた。

 今日の日勤は堂島と同じ出勤日で、今夜は別の友人と飲みに行くと伝えたら『なんか最近、飲みにいくこと多くないですか?』と口を尖らせていた。同じ週に霧咲とも飲んだので、当然といえば当然だが。
 言い訳は、結婚式で久しぶりに会った別の知り合いに誘われて、と言っていた。もちろんそんな事実はないが――山下のことは置いておいて――それでも不安なのか面白くないのか口を尖らすのをやめない堂島に、

『帰り、またお前んちに寄るから』

 と言って安心させた。結局、二宮が洋酒を飲んで他所でやらかさないかが心配なのだろう。年下の後輩兼恋人に対してこんな心配をかけるのもどうかと思うが、前科がありすぎるので仕方がない。それに今日山下と会えば、後はもう二度と会う気はない。
 その後は誰に誘われようと堂島を優先するし、なんなら一緒に連れて行こうと思っているので、今回だけは許してほしい、と思った。

 あまり飲まないつもりでいたが、待っている間何も注文しないわけにはいかないので、二宮は焼酎の水割りとおつまみ兼夕食として山芋鉄板を頼んだ。
 勝手に決めた約束の時間は19時で、今は既に15分を経過している。

(……堂島、今頃何してっかな。家着いてメシ食ってんのかな)

 さっき別れたばかりなのに、もう恋人のことが気になる。待ち人は別人だというのに。
 こんな風に恋人のことが気になるなんて、今までの二宮には無かったことだった。
   今まで告白してきた女性たちと付き合うのもそれなりに楽しかったが、どうも自分は気がきかずに彼女たちの望んでいることを叶えてあげられなくて、相手の不満が募ったあげくフラれてしまうのだ。

 フラれる直前は、いつもなんとなく分かっていた。会うたびにふわふわしていた彼女のオーラが刺々しくなり、あんなにベタベタ甘えてきたのにそっけなくなり、自分の気を引きたいのか別の男性と遊びに行ったりして――それでも無反応な彼氏である自分に愛想を尽かし、フラれるのだ。

(毎回恐ろしいくらい同じフラれ方すんの、今思うと笑えるな……)

 二宮は今日も電子煙草を吸っている。煙によく似た水蒸気を吐き出して、過去に自分がしてきた恋愛の滑稽さに笑いが込み上げた。
 そもそもあれが『恋愛』だったのか、今はもう分からない。別に彼女たちに恋していた覚えも、愛していた覚えもない。ただ『そういうもの』だと思っていただけだ。

 学生時代に二宮の周りにいた軽薄な連中だって、同じことをしているものだと――。 
  違っていたのは仁科と坂口だった。彼らは恋人が出来ても最低三年は続き、どうしてそんなに長続きするのか二宮はいつも疑問に思っていたものだ。
   坂口は、付き合ってはすぐにフラれる二宮に対して何か思うところがあったようだが、二宮の家庭の事情を知っていたため説教することはなかった。

(坂口はきっと、俺がいつも振られる理由を見抜いていたんだろうな)

 何故坂口が今でも二宮と仲良くしてくれるのかよく分からないが、自分はもっと坂口に感謝すべきかもしれない、と思った。

「……二宮君」

 不意に静かな声で呼ばれて、二宮の思考は停止した。ドアの方を見ると、山下と――その後ろに、抱っこ紐に赤子を抱えた髪の長い女性の姿があった。

「っ……!?」

 驚きすぎてひっくり返りそうになったが、なんとか耐えて――二宮はガタタッと派手に音を立てて椅子から立ち上がり、山下の妻と思しき女性に挨拶をした。

「こ、こんばんは、初めまして。山下君の大学時代の知人の、二宮と申します……!」
「……初めまして、山下の家内です。こっちは息子です」
「は、はあ」

 山下は何故こんな場所に妻と子供を連れてきたのか。夫婦喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ――と二宮が内心焦りまくっていると、山下がぽつりと言った。

「……ごめん。着いてくるって、どうしてもきかなくて」
「え……? あ、とりあえず座ってください。赤ちゃんもいるし、場所を変えてもらいましょうか、座敷とかに」
「別に構いません、お気遣いありがとうございます」

 山下夫妻は、二宮の座っている向かい側に揃って腰を下ろした。山下の妻はとても落ち着いているように見えるが、内心はどうなのか分からない。赤子を抱えているのでめったなことはしないだろうが、それでも二宮はどぎまぎして息をするのも慎重になった。

「――単刀直入に言います、私は夫と離婚するつもりはありません」

 とりあえず飲み物を頼もうとする二宮を無視して、山下の妻は静かに切り出した。子どもは今眠っているようだし、早めに切り上げたいのかもしれない。それはこちらとしても好都合だった。

「ええっと、俺は別に山下とは……」
「話は全て夫から聞きました」

 全て、とはどこまでを指しているのだろう。昔二宮と山下の間にあったこと、結婚式で再会したこと、それから……?
 山下は妻に、自分の都合のいいことだけを吹き込んでいるのではないだろうか。離婚したら自分たちは付き合うのだ、とか。それで妻は『ふざけるな』と二宮に文句を言いに乗り込んできたか。
 もし思い込みの激しい人だったら、どのように話せば分かってもらえるだろうか。
   二宮の話を信じてもらえなかったら、考えたくはないがこっちも堂島を召喚しないといけなくなるかも――と思っていたら。

「このたびは、夫が多大なご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」
「へ?」

 山下の妻は座って赤子を抱いたまま、深々と二宮に頭を下げた。その隣で山下は、泣きそうな悔しそうな複雑な表情をして押し黙っている。

「あの、一体どのようなことをお聞きになったのでしょうか……?」
「ですから、全てです。夫が女を愛せないこと、陰で浮気を繰り返していたこと、昔貴方と一度だけ関係があったこと、先日の結婚式で再会して想いが再燃して付き合いたいと思っていること、そのために私と離婚したいと思っていること」
「………」

 たしかに、それで全てだ。しかしそれを知ってどうしてそんなに彼女は冷静なのか、二宮は解せなかった。
 夫がゲイだったこと――浮気までされてずっと騙されていたのに、離婚したくはないのか。
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