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〃
「ママ……」
創部の処置が終わり、額に大きな絆創膏を貼った亜衣乃は、うなだれたままの蓉子の前に立った。
「……なによ」
蓉子は幼い娘に接してるとは思えない態度で、その声に反応した。
まっすぐに蓉子を見つめる亜衣乃とは対照的に、決して目を合わそうとはしなかった。
榛名は霧咲と並んで、亜衣乃の小さな背中を見つめている。今までのやりとりをずっと聞いていたのだろうか。
榛名の暴言も、蓉子の暴言も、蓉子と霧咲の過去も、そして娘である自分に対する蓉子の気持ちもすべて。
榛名は亜衣乃を蓉子から引き離したかった。これ以上辛い目に合わせたくない。
大人びていても、亜衣乃はまだほんの10歳の子供だ。
けれど、伸ばしかけた手をグッと霧咲に掴まれた。
「誠人さん……」
霧咲は榛名を辛そうな目で見つめて、ふるふると首を振った。
見ているのは辛いが、我慢しろと言っている。
亜衣乃は蓉子に話があるのだ。
榛名は伸ばしかけた手を引っ込めて、グッと握りしめた。
今は我慢する。けれど、コトが済んだら亜衣乃を沢山抱きしめようと思う。
本当の親にはなれないかもしれないけど。
女の子だから、嫌がられるかもしれないけど。
それでもあの子には、自分の腕が必要だと思うようになってほしい。
それは榛名のエゴであり、切実な願いだ。
「ママ……あの、」
「言っとくけど、あんたに謝るつもりなんか毛頭ないわよ。とっさに庇うほどあの男の方がいいってんなら勝手に出てきゃいいでしょ。いてほしいなんてこっちから頼んだ覚えはないわ」
蓉子は亜衣乃と目を合わさないまま、鼻息荒くそう言った。
しかし次に亜衣乃が言った言葉は、ここにいる大人全員予想もしていないものだった。
「ママ……ごめんなさい」
それは、謝罪だった。
「!? な、何謝ってんのよ!?」
自分が霧咲や榛名にぶつけたような恨みつらみを言われると予想していた蓉子は、まさかの謝罪をしてきた亜衣乃の顔を不意に見た。
亜衣乃の大きな瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。
「ママの頭痛の原因は亜衣乃だったんだね。亜衣乃の存在がずっとママを苦しめてたなんて、亜衣乃は全然知らなかったの……」
涙声で話す亜衣乃の後ろ姿を見て、榛名は思わず駆け寄りたかったが霧咲に腕を掴まれていてそれは叶わなかった。
思わずもらい泣きしそうになるのを、グッと耐えながら見守った。
「亜衣乃、大きくなったら薬剤師さんになってママの頭痛に効くお薬を作ってあげたかった。でも亜衣乃が原因なら、どんなお薬を作ったって効かないよね……」
「……っ」
蓉子は再び俯いて、亜衣乃の方を見ようとしない。
それでも亜衣乃は、健気に蓉子に話しかけた。
「だから、ママ、もう無理しないで。パパのしたことを許して……なんて言えないけど。亜衣乃を見てそのたびにつらいことを思い出すなら、もうパパのことは亜衣乃と一緒に忘れて!」
濃いアイメイクを施した蓉子の目が、大きく見開かれた。
「亜衣乃がママのことを忘れないから。ママは、亜衣乃のこと忘れていいよ……」
亜衣乃の涙は止まらず、次々と暗い色のラグの上に沁み込んでいく。
蓉子はおもむろに立ち上がると、床に放置されていたハンドバッグを引っ掴んだ。
そしてそのまま、一言も言わずリビングを出て行く。
「おい、蓉子!」
霧咲が弾かれたように、そのあとを追いかけた。
そしてリビングには、榛名と亜衣乃の二人だけが残された。
「亜衣乃ちゃん……」
「うっ……うぇえっ、っく……ひっく……」
亜衣乃は自分の目をごしごしと擦りながら泣き続けていた。
榛名はそんな亜衣乃の正面に回ると、いつかのようにぎゅっと抱きしめた。
「亜衣乃ちゃん、よく頑張ったね。君は本当にいい子だ……」
「っく、ぅっ、あきちゃ、あきちゃんっ」
亜衣乃も榛名にぎゅうっと抱きついてきた。
そしていつの間にか、榛名の両目からも涙が溢れ出ていた。
「ママのことを悪く言ってごめん、ほんとにごめんね。聞いてて嫌な思いさせたよね……」
榛名の言葉に、亜衣乃はぶんぶんと首を振る。
「でも、うれし、かった……の!」
「え?」
榛名も一度ぐすっと鼻をすすった。
「ヒック……あきちゃんが亜衣乃のためにママに怒ってくれてたの、すごくうれしかったから……もう、いいの。あきちゃん、ありがとぉ」
「……!」
榛名はまた、亜衣乃を無言で抱きしめた。
この子が大きくなるまでは、絶対に自分が守ってみせる、と誓った。
「あきちゃ、くるしーよぉ……」
「あっ、ごめん!」
榛名は手を緩めて、亜衣乃の顔を見た。
亜衣乃は泣きながらも恥ずかしそうに笑って、榛名の頬に触れた。
自分も泣いているのに、どうやら榛名の涙を拭ってくれるらしい。
「まこおじさんの恋人が男の人で、最初はすごくびっくりしちゃったけど……でも、今はアキちゃんで良かったって思う。ホントによかった。亜衣乃はアキちゃんが大好きだよ」
「っ、俺も、亜衣乃ちゃんのこと大好きだよ……!」
歳を取ると涙腺が弱くて仕方がない。
霧咲に散々「泣き虫」だの「泣き上戸」だの揶揄されるが、もう年齢のせいにすることに決めた。
そんなことを言ったら、職場の先輩方に怒られそうだが。
榛名は再び亜衣乃を抱きしめた。
亜衣乃も、しっかりと榛名に抱きついた。
「何で二人で抱き合ってるんだ……?」
霧咲が、一人でリビングに戻ってきた。
「「まこおじさん!」」
亜衣乃と榛名は、口を揃えてそう呼んだ。
「なんで暁哉まで俺をおじさんと呼ぶんだ……」
「いや、なんかノリで?」
「二人で泣きながら、一体何の話をしていたんだ?」
「「……」」
榛名と亜衣乃はしばし顔を見合わせて、ごしごしと自分の涙を拭きとると、また声を揃えて言った。
「「ひみつ」」
「なっ……なん……だと!?」
霧咲が仲間外れにされたことで絶望的な顔をしていたので、あとでこっそり教えてあげよう、と榛名は思った。
そしてそれは、亜衣乃も同じことを思ったのだった。
創部の処置が終わり、額に大きな絆創膏を貼った亜衣乃は、うなだれたままの蓉子の前に立った。
「……なによ」
蓉子は幼い娘に接してるとは思えない態度で、その声に反応した。
まっすぐに蓉子を見つめる亜衣乃とは対照的に、決して目を合わそうとはしなかった。
榛名は霧咲と並んで、亜衣乃の小さな背中を見つめている。今までのやりとりをずっと聞いていたのだろうか。
榛名の暴言も、蓉子の暴言も、蓉子と霧咲の過去も、そして娘である自分に対する蓉子の気持ちもすべて。
榛名は亜衣乃を蓉子から引き離したかった。これ以上辛い目に合わせたくない。
大人びていても、亜衣乃はまだほんの10歳の子供だ。
けれど、伸ばしかけた手をグッと霧咲に掴まれた。
「誠人さん……」
霧咲は榛名を辛そうな目で見つめて、ふるふると首を振った。
見ているのは辛いが、我慢しろと言っている。
亜衣乃は蓉子に話があるのだ。
榛名は伸ばしかけた手を引っ込めて、グッと握りしめた。
今は我慢する。けれど、コトが済んだら亜衣乃を沢山抱きしめようと思う。
本当の親にはなれないかもしれないけど。
女の子だから、嫌がられるかもしれないけど。
それでもあの子には、自分の腕が必要だと思うようになってほしい。
それは榛名のエゴであり、切実な願いだ。
「ママ……あの、」
「言っとくけど、あんたに謝るつもりなんか毛頭ないわよ。とっさに庇うほどあの男の方がいいってんなら勝手に出てきゃいいでしょ。いてほしいなんてこっちから頼んだ覚えはないわ」
蓉子は亜衣乃と目を合わさないまま、鼻息荒くそう言った。
しかし次に亜衣乃が言った言葉は、ここにいる大人全員予想もしていないものだった。
「ママ……ごめんなさい」
それは、謝罪だった。
「!? な、何謝ってんのよ!?」
自分が霧咲や榛名にぶつけたような恨みつらみを言われると予想していた蓉子は、まさかの謝罪をしてきた亜衣乃の顔を不意に見た。
亜衣乃の大きな瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。
「ママの頭痛の原因は亜衣乃だったんだね。亜衣乃の存在がずっとママを苦しめてたなんて、亜衣乃は全然知らなかったの……」
涙声で話す亜衣乃の後ろ姿を見て、榛名は思わず駆け寄りたかったが霧咲に腕を掴まれていてそれは叶わなかった。
思わずもらい泣きしそうになるのを、グッと耐えながら見守った。
「亜衣乃、大きくなったら薬剤師さんになってママの頭痛に効くお薬を作ってあげたかった。でも亜衣乃が原因なら、どんなお薬を作ったって効かないよね……」
「……っ」
蓉子は再び俯いて、亜衣乃の方を見ようとしない。
それでも亜衣乃は、健気に蓉子に話しかけた。
「だから、ママ、もう無理しないで。パパのしたことを許して……なんて言えないけど。亜衣乃を見てそのたびにつらいことを思い出すなら、もうパパのことは亜衣乃と一緒に忘れて!」
濃いアイメイクを施した蓉子の目が、大きく見開かれた。
「亜衣乃がママのことを忘れないから。ママは、亜衣乃のこと忘れていいよ……」
亜衣乃の涙は止まらず、次々と暗い色のラグの上に沁み込んでいく。
蓉子はおもむろに立ち上がると、床に放置されていたハンドバッグを引っ掴んだ。
そしてそのまま、一言も言わずリビングを出て行く。
「おい、蓉子!」
霧咲が弾かれたように、そのあとを追いかけた。
そしてリビングには、榛名と亜衣乃の二人だけが残された。
「亜衣乃ちゃん……」
「うっ……うぇえっ、っく……ひっく……」
亜衣乃は自分の目をごしごしと擦りながら泣き続けていた。
榛名はそんな亜衣乃の正面に回ると、いつかのようにぎゅっと抱きしめた。
「亜衣乃ちゃん、よく頑張ったね。君は本当にいい子だ……」
「っく、ぅっ、あきちゃ、あきちゃんっ」
亜衣乃も榛名にぎゅうっと抱きついてきた。
そしていつの間にか、榛名の両目からも涙が溢れ出ていた。
「ママのことを悪く言ってごめん、ほんとにごめんね。聞いてて嫌な思いさせたよね……」
榛名の言葉に、亜衣乃はぶんぶんと首を振る。
「でも、うれし、かった……の!」
「え?」
榛名も一度ぐすっと鼻をすすった。
「ヒック……あきちゃんが亜衣乃のためにママに怒ってくれてたの、すごくうれしかったから……もう、いいの。あきちゃん、ありがとぉ」
「……!」
榛名はまた、亜衣乃を無言で抱きしめた。
この子が大きくなるまでは、絶対に自分が守ってみせる、と誓った。
「あきちゃ、くるしーよぉ……」
「あっ、ごめん!」
榛名は手を緩めて、亜衣乃の顔を見た。
亜衣乃は泣きながらも恥ずかしそうに笑って、榛名の頬に触れた。
自分も泣いているのに、どうやら榛名の涙を拭ってくれるらしい。
「まこおじさんの恋人が男の人で、最初はすごくびっくりしちゃったけど……でも、今はアキちゃんで良かったって思う。ホントによかった。亜衣乃はアキちゃんが大好きだよ」
「っ、俺も、亜衣乃ちゃんのこと大好きだよ……!」
歳を取ると涙腺が弱くて仕方がない。
霧咲に散々「泣き虫」だの「泣き上戸」だの揶揄されるが、もう年齢のせいにすることに決めた。
そんなことを言ったら、職場の先輩方に怒られそうだが。
榛名は再び亜衣乃を抱きしめた。
亜衣乃も、しっかりと榛名に抱きついた。
「何で二人で抱き合ってるんだ……?」
霧咲が、一人でリビングに戻ってきた。
「「まこおじさん!」」
亜衣乃と榛名は、口を揃えてそう呼んだ。
「なんで暁哉まで俺をおじさんと呼ぶんだ……」
「いや、なんかノリで?」
「二人で泣きながら、一体何の話をしていたんだ?」
「「……」」
榛名と亜衣乃はしばし顔を見合わせて、ごしごしと自分の涙を拭きとると、また声を揃えて言った。
「「ひみつ」」
「なっ……なん……だと!?」
霧咲が仲間外れにされたことで絶望的な顔をしていたので、あとでこっそり教えてあげよう、と榛名は思った。
そしてそれは、亜衣乃も同じことを思ったのだった。
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