運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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86 アキちゃんのハンバーグ


 亜衣乃の目の前に置かれているのは、少し形が崩れたハンバーグが二つ。
 ところどころ焦げているが、それがいかにも『手作り』といった感じがして好感が持てた。

「み、見た目はちょっと悪いんだけど……不味くはない、と思うよ?」

 照れたように笑って言うのは、尊敬する伯父の同性の恋人だ。
 伯父がプレゼントしたのかどうかは知らないが、水色の花柄のエプロンが妙に似合っている。

「うん、美味しそう! 頂きますっ」

 誰かの手作りのハンバーグを食べるのは久しぶりだ。
 食べるのが勿体無い気がして躊躇していたのだが、これ以上箸を持った状態で手を止めていたら変な誤解を生みそうだと思い、亜衣乃はそのハンバーグを小さく箸で切って口に運んだ。
 一連の流れを伯父の恋人――榛名にじっと見られて、少し緊張する。
 けれど美味しくても不味くても、かける言葉は同じものと決めていた。 
 毎日、言葉を決めて母に話しかけていたように。

「! 美味しい……っ」

 同じ、と決めていたはずなのに。

「ホント? 美味しい?」
「うん! お店で食べるやつよりずーっと美味しい!」
「良かった~亜衣乃ちゃんのお口に合って。実は俺もハンバーグ作るのは初めてでさ……」

 素直に感じた感想の言葉は、あっさりすぎるほど簡単に自分の中から零れた。
 こんなこと、今まではほとんど無かったのに。
 そしてその勢いのまま、ぱくぱくと口に運んでいき、味わう。
 お世辞などではなく、本当に美味しいと思った。

「本当に美味しいよ、暁哉。初めてでこの出来なんて、君今から料理のプロになれるんじゃないか?」
「ははは、さすがにそこまで言われると嘘くさいですよ……」

 伯父ほど恥ずかしげもなく手放しで褒めることはできないが。
 しかしその言葉は大袈裟ではなく、本心から出た言葉だと姪の自分は分かる。
 伯父の壊滅的な料理の腕前は、自分が一番よく知っているからだ。

 数年前に重い風邪を引いて、母に頼まれたのか伯父が夜に看病に来てくれた。
 診察して薬をくれたところまでは良かったが、その後作ってくれた手作りのおかゆがひどくマズくて、気持ちが悪いのにもっと気持ちが悪くなって、結局全部吐いてしまったのだ。
 熱のせいもあったのだろうが、あれ以来伯父の手料理はどんなことがあっても絶対に食べないと心に決めている。
 そもそも調理器具の類は伯父宅には殆ど置いてなかったのだが、榛名が今後のために色々と購入――もしくは持ってきた――ようだった。

「亜衣乃ちゃん、今日何の映画観たの?」
「ま……マナと雪の女王様」
「ああ、そういえば流行ってるよね。面白かった?」
「うん、すごーく面白かった!」

 ニコッと笑って言った。
 わざと猫をかぶりたいわけではないのだが、榛名の前ではどうしてもこうなってしまう。
 可愛いと言って貰えるので、余計に可愛い自分でいなければいけない、と妙な使命感が働いてしまう。
 それに、本当の自分を知られたら彼に嫌われてしまうかもしれないからだ。

(それだけは絶対に、いや)

「亜衣乃、おかずばっかりじゃなくてご飯も食べなさい。お前いつも最初におかずを食べてご飯を残すだろう。そういう食べ方は大人になってからしなさい。誰も文句は言わないから」

 いきなり、伯父に食べ方について注意された。
 亜衣乃は少しむくれながら答える。

「だって、ご飯って味しなくて嫌いなんだもん」
「だからおかずと一緒に食べるんじゃないか。お前クラスでも小さい方だし、好き嫌い言ってたらおじさんみたいに大きくなれないぞ」
「別になりたくない! ……いやっアキちゃん違うよ? 亜衣乃はアキちゃんの炊いたごはんが嫌なわけじゃなくて」

 榛名が見ているのに、ついいつもの調子で伯父に言い返してしまった。
 今日は珍しく午後から一緒にいるせいだ。
 ちなみに、伯父に嫌われる恐怖というものは毛ほども無い。

「ご飯多かったかな? じゃあ次からはもっと少なめによそうね。あ、それともふりかけかける?」
「暁哉、あんまり亜衣乃を甘やかさないでくれ」
「俺も小さい頃は白米苦手でしたもん。それと貴方に甘やかすななんて言われても、説得力がないですよ」

 ふふっ、といたずらっ子みたいな顔で榛名が笑う。
 伯父は自分には厳しい方だと思うのに、榛名からはそうは見えないらしい。

「それはまあ……仕方ないだろう」
「ええ、仕方ないですよね」
「何が仕方ないの?」

 亜衣乃はきょとん、とした顔で二人を見た。
 すると二人は目を見合わせたあと自分を見て、ほぼ同時に言った。

「「秘密だよ」」

 可愛いからだ、なんて親バカな理由はとてもじゃないが本人には言えない。

「あ、アキちゃんとまこおじさんが秘密作った! ずるーい!!」
「お前もこないだ暁哉と秘密を作ってたからな、おあいこだ」

 もっとも霧咲は、その時の『秘密』の内容は既に榛名によって知らされているのだが。
 すると榛名が、明るい声で提案してきた。

「じゃあ亜衣乃ちゃんと誠人さんも秘密を作ったら? そしたらほら、みんな平等だし」
「「……」」

 霧咲と亜衣乃は、顔を見合わせて黙る。

「な、何その沈黙は……もしかしてもう秘密、あるの?」

 ある。榛名の誕生日までの、とっておきの秘密だ。

「ナイショ。ね、まこおじさん」
「まあ、その方が後から楽しいからな」
「うわぁ、そういわれると凄く気になるんですけど……楽しいってなんですか?」
「だから秘密だって」

 本当はこの場で言ってしまいたいけど、そしたら楽しみが半減してしまう。
 当日の榛名の驚く顔が見たいから、今は我慢だ。
 だからとりあえず、今は。

「ねえアキちゃん、イチゴって好き?」
「え、普通に好きだけど……今は季節じゃないよね。亜衣乃ちゃん、イチゴが食べたいの?」
「んーん、聞いただけ!」

 教えるのは、ここまでにする。
 伯父とケーキを作るのも楽しみだが、それ以上に大好きな榛名の反応が楽しみだ。
 そして亜衣乃は、最初にハンバーグだけを綺麗に平らげたのだった。
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