うしろに立つ女に注意

もちもち

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第二話:庭で何かが育っている

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 春だ。

 朝霧をまとった庭の小径を歩きながら、俺は深く息を吸った。鳥のさえずり、花の香り、そして――

 ぬるっとした気配。

 ……ん?

 俺は眉をひそめた。確かに今日も、いる。あの女が。

 けれど、様子が違う。

 いつもは一定距離を保ち、俺が振り向くとスライディング土下座寸前で拝んでくるくせに、今日は……物陰に隠れて、こっそりと何かしている。

「……庭いじり?」

 信じられない光景だった。

 普段「推しは地上にいる神仏」とか口走ってるリリンが、膝をついて、土を掘っていた。

 しかも手袋もせず、真剣な顔だ。横には籠。中には何かの苗らしきもの。……いや待て、それ、俺の部屋の窓の真下じゃないか?

 近づこうとした瞬間、彼女が振り返った。

「あっっ!!」

「……ようやく気づいたか」

「だ、ダメですわリアム様っ! ここは未完成ですの! まだ仕上がっておりませんのっ!」

「何を?」

「『リアム様観察ベンチ』ですわっ!」

「お前ほんとに王族直属の侍女か!?」

 信じられない。

 俺は見た。

 俺専用の小道。俺専用の眺望スペース。そして、「開花予想:リアム様の恋心(予定)」と書かれた謎の立て札。

 いや何だよそれ。予想するな。俺の恋心は天気予報じゃない。降水確率みたいにすんな。

「これは、貴方の魂の庭ですの♡」

「勝手に植えるな!!」

「貴方が心を開けば、花も咲きますの♡」

「その理屈でいけば、俺の心は砂漠だ。枯れてる。カッサカサだ」

「枯れた心に、私という水を♡」

「その水、腐ってんじゃねぇか?」

 ダメだ。

 口が悪くなってしまう。この女と話すと、どうしても塩対応が加速する。これ以上長くここにいれば、俺の理性が枯れる。

「……で、貴女。なんの苗を植えていたんだ」

「推しの好きなものを再現しました♡」

「俺の……好きなもの……?」

 恐る恐る、苗を覗き込んだ。これは……ラベンダー? いや、これは……サツマイモ? ん、こっちは……

「……ちょっと待て」

「はい♡」

「これ、俺の洗濯物から勝手に採取した匂いで品種改良した、って書いてあるけど」

「はい♡」

「怖ぇよ!!!」

「だって……市販の香りでは満足できませんでしたの……リアム様本来の“匂い”が必要でして……」

「俺は香りじゃなくて人間だ!!!」

 やべぇ。完全に越えちゃいけないラインを飛び越えてる。

「しかもこの札、なんだ。“腐女子の夢花壇・通称:リアム園”って……」

「あ、そちらは夢を詰め込んだゾーンですの♡ リアム様と私の初夜記念、ベッドの四隅に咲いてほしい花を植え――」

「説明しなくていい!!」

 だめだ。庭に生えてるの、草じゃなくて妄想だ。

 全てが狂っている。でも本人は嬉々としてるから、手に負えない。すでに3平方メートルくらい使ってる。誰か……庭師呼んでくれ。

 

***

 

 午後。

 騎士団の訓練が終わり、俺はこっそりあの庭を覗いた。

 いない。

 ……本当にいない?

 念のため、物陰を確認する。草むらにも、ベンチの裏にも……いた。

 案の定、擬態して伏せていた。リリンは「騎士団迷彩布(市販)」なる布を頭から被って、俺のほうをガン見していた。目だけ出して。

 しかも何だ、手帳持ってる。書いてる。俺の一挙一動を。

「…………」

 目が合った。瞬間、彼女はサッとポーズを変える。なぜかハートを指で描いた。

「ぎゃあああああああああああああ!!!!」

 俺は本能で逃げた。今日二度目の全力疾走。脳内に爆音で警報が鳴り響く。

 そのまま庭を突っ切って、王城の塔へと逃げ込んだ。

 頼む……これが夢なら早く覚めてくれ。

 

***

 

 夜、寝室に戻った俺は疲労困憊だった。もういっそ辞表を出して放浪の旅に出たい。

 ……なのに。

「……ぅ……ぅぅ……」

 ん? 泣き声……?

 扉の外からだ。俺はおそるおそるドアを開けた。

 リリンが、廊下の端に膝を抱えて座っていた。珍しく、泣いていた。

「……リリン嬢……?」

 彼女は、びくりと肩を震わせた。俺に気づいたようだが、すぐに視線をそらす。

「……すみませんでした……やっぱり私、やりすぎだったんですのね……リアム様のご迷惑にしか……」

 その声は、さっきまでの狂気と違って、しぼんでいた。

 俺は……何か言わなきゃと思った。

 けれど言葉が出てこない。俺は困って、そして、ぼそっと呟いた。

「……あのな」

「……?」

「その、“リアム園”……勝手に面積広げなければ、まぁ……見逃す」

「……!!!」

「あと……枯れないように、水やりだけはちゃんと……」

「リアム様っ!!!!!!」

 だめだ。抱きついてきた。全力で。耳元で「尊い……尊い……」って呟かれてる。死ぬ。むしろ俺が枯れる。

「離せ! 園芸用ホースで引き剥がすぞ!」

「お好きなプレイでっ♡」

「黙れ変態!!!」

 俺の騎士人生は、今日もまた一歩深い泥沼へと足を踏み入れた――
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