暁の秘薬と森の乙女

もちもち

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第六話「欲に解ける」

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カナンの胸元に顔を埋めたシリウスは、ひたすらに震えていた。

 その震えは寒さではない。
 熱に浮かされたような呼吸と、抑えきれぬ“欲”の波が、彼を内側から壊そうとしていた。

 「……っ、く……カナン……」

 耳元で吐息がこぼれるたび、カナンの背筋が震える。

 香の効果は、確かにふたりに染み渡っていた。

 男と女の境を曖昧にし、触れたいと願うことを自然なことに思わせる――
 甘くて危うい“媚香”。

 彼の体温が、ぴたりと自分の肌に沿っている。

 先ほどまで羞恥に震えていた王弟殿下は、今、ただの若者として、自分の身体にしがみついていた。

 「……どうして……こんなに……君を……」

 耳元で囁く声が、低く、濡れていた。

 「……触れたい……知りたい……お前の肌のあたたかさも、匂いも……全部……」

 (だめ……)

 カナンは、そう思った。

 このままでは、境を越えてしまう。
 香に流されるだけで、彼に選ばれたのではない。
 この香の作用が消えたとき、彼が後悔してしまうかもしれない――。

 だが。

 「やめて、とは言わないんだな」

 彼が囁いた。

 指先が、そっとカナンの腰の帯にかかる。

 布越しに撫でられるその感触に、カナンは息を詰めた。
 止められない。身体が、彼の声に、手に、反応してしまう。

 「……殿下……」

 「呼ぶな、そう……俺の名で……」

 「……シリウス……」

 彼の名を口にした瞬間、カナンの帯がほどけた。

 白い首筋が露わになる。
 その肌に、彼の唇が触れた。乾いて、震えて、必死に理性を保ちながら、それでも求めるように。

 「……すまない……もう、限界だ……君の匂いが、肌が、熱が……」

 彼の言葉は途切れ、ただ身体だけが真実を告げていた。

 カナンを抱きしめる腕に力が入り、胸元に顔を押し付けてくる。

 「香のせい、だけじゃない……」

 シリウスが絞るように言った。

 「君に、触れたいのは……俺の本心だ」

 その言葉に、カナンの瞳が揺れる。

 香のせいじゃない。
 ならば――この先に進むことも、きっと意味を持つ。

 カナンはゆっくりと、自分の腕を彼の背にまわした。

 抱きしめ返す。
 それが、答えだった。

 「……私も、怖い。でも……嫌じゃ、ありません」

 その声に、彼が顔を上げる。

 目が合う。

 お互いの頬が、熱に赤く染まり、吐息が混ざり合うほどに近い。

 シリウスの指先が、彼女の髪をすくい、頬に触れる。

 「……君を壊したくない……」

 「……私は、壊れません。魔女ですから」

 その言葉に、シリウスは笑った。
 熱に浮かされながらも、優しい、どこか幼さの残る笑みだった。

 そしてそのまま、彼はカナンの唇に、そっと口づけた。

 触れるだけの、震える口づけ。

 けれど、それだけでふたりの体はじゅうぶん過ぎるほど火照っていた。

 香の力ではない。
 香に“ほどかれた”心が、ふたりをここに導いた。

 もう、理性は揺らいでいる。
 だが、それを止める者もいなかった。

 夜は静かに、ふたりを包み込み――
 香の甘さに、欲が溶けていく。
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