暁の秘薬と森の乙女

もちもち

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閑話 リアナの想い、そのはじまり

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リアナ・エルミア・ファーヴェル。
ファーヴェル家の公女として育った彼女は、政略結婚の駒として、幼い頃から自分の未来を“決められて”育った。

実際、15歳の頃にはすでに王家との婚姻が内定し、年が明ければ王宮入り――そんな流れの中、たった一度だけ“予定にない出会い”が訪れた。

当時の彼女は、王宮の「下見」のために、一夜だけイシュタル城を訪れた。

王と顔を合わせることはなかった。
代わりに、弟宮――シリウス・イシュタル殿下が、彼女の案内役として差し向けられた。

まだリアナが16、シリウスが17の頃。

その日、冬だった。
凍てつく風が回廊を吹き抜け、リアナは薄手のドレスの下に、肩をすくめていた。

「……冷えますね、殿下」

「寒いなら、部屋に戻ればいい。俺は、案内係には向いていない」

そんな風に、ぶっきらぼうな青年だった。
けれど、顔を背けながらも、彼は自分の上着を差し出してくれた。

「着ろ。風邪を引かれては、兄が困る」

「……ありがとう、ございます」

そのコートには、まだほんの微かに、体温が残っていた。
彼女は胸元をそっと抱えながら、彼の横顔を盗み見る。

(この人は……王にならないのに、王のような眼をしている)

どこか、寂しげな横顔だった。
けれど、真っ直ぐで、強さを秘めていた。

リアナはそっと口を開いた。

「シリウス様は……王宮の暮らし、お好きではないのですか?」

「さあ。……だが、よそから来た姫に気を使わせるようなところだから、気に入っているとは言えないな」

「……ふふ。正直な方」

そんなふうに、ふたりは回廊の陰で、短く会話を交わしただけだった。

けれど――帰る間際、リアナが振り返った時。
シリウスが、彼女を“ひとりの女性”として見たことが、はっきりとわかった。

言葉も、行動も、何もなかった。
ただ、その瞳に宿った“躊躇い”と“敬意”が、彼女の胸に焼きついた。

(私は……この人の目に、“女”として映った)

それは王宮に嫁ぐ娘にとって、初めて得た「自分だけの記憶」だった。

やがてリアナは王妃となり、シリウスは静かに王弟としてその場を離れていった。

ふたりがその後、直接言葉を交わすことは、数えるほどしかない。

それでも――

王の寝台で香に包まれながら、リアナが思い出したのは、夫ではなくその“視線”だった。

ほんのひとときでも、確かに女として見られたこと。
それが、愛ではなくても。

あの目だけは、今も胸の奥に残っている。
誰にも言えない、けれど消えることのない“想いの原点”。
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