暁の秘薬と森の乙女

もちもち

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第十五話「執着の香」

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 王命は、突然だった。

 「王弟殿下、および魔女カナン殿。
 香に関する報告をもって、王城へ登殿されよ」

 王命には逆らえない。
 王レナードの筆跡は、真実として疑いようもなかった。

 「……とうとう、“香”が権力の中枢に引き込まれたのですね」

 カナンの呟きに、シリウスは頷いた。

 「だからこそ、俺たちが向かわねばならない」

 媚香がもたらした“成果”――王妃の懐妊が、
 今や王宮全体の“繁栄と政治の道具”として、嗅ぎつけられようとしていた。



 王城に戻ってすぐ、ふたりは応接の間へ通された。
 香の調合について、廷臣たちは熱心に尋ねてくる。だが、どこか妙に興奮した空気があった。

 「……この香を民に解き放てば、出生率は回復し、王国の未来は明るい」

 「将校や貴族への献上品として使えば、外交にも利がある」

 “媚香”が、ただの「愛の補助」ではなく、“体制維持の道具”として口々に語られていた。

 カナンは、薄く震える手で香瓶を抱え、口を開こうとしたとき――

 「殿下、お部屋のご案内をいたします」

 と、控えていた若い侍女が前へ進み出た。

 栗毛の髪を結い上げ、穏やかな微笑を浮かべてはいたが、その瞳の奥には熱のような“執着”がちらついていた。

 名は――メルナ。

 王弟シリウスがまだ幼い頃から仕える、古株の侍女の一人。

 「……殿下のお世話は、わたくしがよく知っておりますゆえ」

 そう言って、堂々とシリウスの私室へと案内し、カナンを別室へ追いやるように誘導した。



 私室に通されたシリウスは、微かな違和感を覚えていた。

 部屋の香炉から、かすかに甘い香が立ち昇っている。
 だが、それはカナンの作った“和香”ではない。

 「……この香、誰が?」

 「わたくしでございます。廊下にて拾いました香瓶を、焚いてみたのです。気に障りましたでしょうか?」

 しおらしく微笑むメルナ。
 しかし、その声はどこか湿っていた。

 「……殿下は、ずっとお変わりになりません。どんなに距離ができても、わたくしの中の“殿下”は、あの頃のまま」

 ふと、彼女はシリウスの背に手を添えた。

 「……あの夜も、わたくしがお身体を拭いて差し上げましたね。お熱が出て、お一人でお眠りになれず――」

 手が、腰から下腹部へと滑っていく。

 シリウスは即座に立ち上がろうとするも、身体が――重い。

 (これは……媚香ではない……! 身体の芯が、焼けるように熱い……!)

 「ふふ……手に入れたのです。別の魔術師から。あなたの欲を引き出す香……」

 着衣の上から、侍女の手が彼の中心に触れる。
 シリウスは震えながら、手を振り払おうとするも、力が入らない。

 「やめろ、メルナ……! こんなこと……」

 「どうして……ずっと傍にいたのに、あなたは私を見てくれなかった……っ」

 手は、熱に濡れた布越しに中心を擦り上げ、彼の身体は、香による“強制された快楽”に逆らえず反応し始めてしまう。

 (やめろ、やめてくれ……こんなやり方で……)

 だが、指先が執拗に、恥部をなぞり、前を嬲り――

 彼の口から、抑えきれぬ喘ぎが、ひとつ、こぼれた。

 「っ……! ちがう、俺は……っ」

 その瞬間――

 扉が開かれた。

 「――下がれ、メルナ!!」

 鋭い声。剣の鞘が床に響く音。

 踏み込んできたのは、近衛隊長――バルト・ゼフィール。

 かつてシリウスが幼い頃、剣を教え、最も信頼していた男。

 「シリウス殿下に、手を出すとは……貴様、それでも王城の侍女か!」

 「いやっ、ちがうんです! 私は、ただ殿下に――!」

 バルトの怒声が、部屋を震わせた。

 「今すぐ魔術師にこの香を鑑定させろ! これは、禁忌に属する“強制香”だ!」

 メルナは、肩を震わせ、泣き崩れた。



 部屋の外に運び出されたシリウスは、額に汗を滲ませながら、バルトの腕に寄りかかった。

 「……すまない。俺が……油断した」

 「殿下。殿下の弱さではなく……香の“悪意”のせいです」

 「カナンを……呼んでくれ……彼女の香じゃなきゃ、俺は……」

 バルトは頷いた。

 「すぐに。……あなたを歪める香の元には、二度と近づけさせません」



 その夜、カナンは彼のそばで、新たな香を調合しながら、じっとその手を握っていた。

 「シリウス様……もう、あなたを誰にも奪わせない」

 炎に照らされ、ふたりは互いの温度を、何よりも信じていた。
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