暁の秘薬と森の乙女

もちもち

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番外編 バルト・カナンの視点

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■バルト・ゼフィール視点

――「あの方を守るのが俺の剣だ」

 気づいたのは、王弟殿下が城に戻られてすぐだった。
 妙な高揚感が、使用人たちの間に広がっていた。

 媚香の噂。
 魔女の調合。
 ――だが、そのすべてが“盲目的な賛美”に傾きすぎていた。

 俺は、十五年前からこの城にいる。
 幼き王弟が、兄王と距離をとり、母王妃にも甘えられず、ただ“息をひそめるように”育ったのを知っている。

 そしてその傍にいた侍女――メルナの存在も。

 あの女の、異様な「献身」が、
 いつからか「束縛」に変わっていったことも、見過ごしはしなかった。

 ……ただ、殿下が一度も「訴えなかった」から、
 俺はそれを、見て見ぬふりをしたのかもしれない。

 ――あの夜、突き上げるような不安を覚えたとき。

 王弟の部屋に広がる香の“甘さ”を嗅ぎ取ったとき。

 剣を手に、扉を蹴り開いた瞬間、
 俺はただ、静かに――

 **「間に合え」**と祈っていた。

 男としての羞恥。
 王族としての威厳。
 そんなものはどうでもよかった。

 殿下の“心”が、誰かに“無理矢理侵される”ような真似だけは――

 許さなかった。



 泣き崩れたメルナに、剣を振るうことはなかった。
 だが、俺はあの女を、もう二度と殿下に近づけさせまいと誓った。

 なぜなら、殿下は他人に怒ることができない人だから。

 「やめてくれ」と言うことが、一番苦手な人だから。

 その代わりに、俺が剣を抜く。
 あの方が誰かに“侵されそうになった”その夜から――

 俺の剣は、ただの護衛ではなく、殿下の「意志の盾」になると決めた。



■カナン・ラグヤード視点

――「あの人が、あの人でいられるように」

 シリウスが戻ってこない。
 あの夜、使い魔の羽が震えていた。

 和香を調合していた手を止め、わたしは香棚を見つめた。
 嫌な香りが混じっている――知らぬ魔術師の手が加わった、人工の“強制香”。

 あの人が、あんなものに晒されているとしたら――

 足が震えて、膝から崩れ落ちそうになった。

 なぜ、わたしが手渡した“香”の技が、誰かを縛るために使われるの?

 わたしは、香で癒しを与えたかった。
 あの人の“ため”だけでなく、
 あの人が“あの人でいられるため”の、香を。



 彼に会えたとき、彼は熱に浮かされたように、わたしを呼んだ。

 「カナン……お前の香じゃなきゃ、俺は……壊れる」

 布団の端で、額に手を当てながら、彼の頬をそっと撫でた。

 たぶん、あの人は気づいていなかった。
 わたしの指が、小さく震えていたことに。

 怖かった。
 この国で、香が「欲望の道具」として定着していく未来が。

 あの人の身体が、思い出を「所有したい誰か」によって、侵されてしまう未来が。



 わたしは、魔女。
 でも、万能じゃない。

 それでも、誓った。

 あの人が“自分のままでいられる”香を、
 誰にも支配されず、誰かと共に在ることを選べる香を、この手で守ると。

 ――もう二度と、彼が“誰かのもの”にされる姿は、見たくない。

 香は、鎖じゃない。
 香は、解ける鍵。

 それを、あの夜、あらためて心に刻んだ。
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