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第十六話「禁忌の香の出所」
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王城に忍び込んだ“歪んだ香”。
王弟シリウスの身を侵したその香は、明らかにカナンの調合したものとは違っていた。
だが、香の術式は――確かに、彼女の一族に連なる“古代魔女の血”の痕跡を帯びていた。
それはつまり、もう一人の魔女の存在を意味していた。
⸻
◆王宮・魔女の私室
香炉の煙が天井に昇りながら、静かに宙へと消えていく。
「――やはり、あの香には“ラグヤード式調香”の痕跡があります」
そう告げたカナンの声は、硬く、いつもの穏やかな調子ではなかった。
王妃リアナ、王レナード、そしてシリウスとバルトが静かに聞き入る。
「香の配合、揮発のタイミング、沈香に混ぜられた導引の粉末。どれも、わたしの家系でしか伝わらぬ技術。
けれど――その調香に“悪意”がある」
「……同族か?」
シリウスが低く問う。
カナンは小さく頷いた。
「わたしの父方の遠縁、かつて一族から追放された者。名は……ラファエナ・ラグヤード」
その名を聞いて、室内の空気がわずかにざわついた。
「彼女は香の才に溢れていました。ですが、欲望を“力”に変える調香にのめり込み、禁術に触れ、一族から破門されたのです」
⸻
◆王都・影香の市
地下へと続く細い石段を下る。
壁に並ぶ松明の炎が、湿った空気に揺れていた。
ここは王都でも噂にしか存在しないと言われる“闇の香市”。
香を武器として売買する、秘密の市場――影香の市。
「……不穏だな」
バルトが剣に手をかけながら呟く。
シリウスとカナンは、身を隠すようにローブを纏い、その中心部へと進んでいく。
さまざまな香瓶が並ぶ露店、壁にかけられた香草の束、声もなくやり取りされる札と薬包。
その最奥――
「……いた」
カナンが指差した先、紅い帳の向こうにひとりの女が座っていた。
細身の体、濃い緑の瞳、そして長く編み込まれた髪には銀のかんざし。
ラファエナ・ラグヤード。
彼女もまた、ラグヤードの名を継ぐ者だった。
⸻
◆禁術の香の真相
「来たのね、カナン。妹のように育ったあなたが、とうとう王族を連れてここへ来るとは」
ラファエナは微笑みながら、白い香灰の中にゆっくりと香材を差し入れた。
「どうして……なぜ“強制香”を?」
問いかけるカナンの目は怒りに満ちていた。
「香は、心を解放するもの。なのに、あなたはそれを“縛るため”に使っている」
「縛る? いいえ――これは解放よ」
ラファエナはくすくすと笑い、香炉の煙を指先でつまんだ。
「香にすがらねば、欲も言葉も出せぬ女たちがいる。
自分の気持ちを、手を伸ばすことすらできずに“侍女”のまま終わる女が、どれだけいると思う?」
その言葉に、シリウスの表情がわずかに曇る。
「お前が――メルナに、香を与えたのか」
ラファエナは頷いた。
「彼女はとても良い“媒介”だったわ。切実な想い、満たされぬ渇き。香が彼女の心に染み込むのに、時間はかからなかった」
「お前は……人の心を弄んだ」
バルトが手を伸ばす。
だが、ラファエナは一歩も退かない。
「弄んだ? いいえ、導いただけ。
本当は、あなたも――カナンでさえ、どこかで分かっているでしょう?
香の力は、甘やかで、狂おしいほど人を動かす。
そしてそれは――“王国すら揺るがす”と」
カナンの眼差しが、静かに燃え上がる。
「あなたの香は、もう歪んでいる。
誰かの心を支配する香に、意味なんてない。
香は、選ばれるべき。誰かの“望み”として、手を伸ばされたときに初めて、力になるものよ」
ラファエナの唇が吊り上がった。
「……ならば証明してごらんなさい。あなたの香で、彼を満たせるかどうか。
彼が“本当に欲する香”を、あなたが与えられるのか」
その視線は、シリウスへと向けられていた。
⸻
◆帰路、ふたりきりの時間
王城へと戻る馬車の中。
カナンは黙ったまま、窓の外の夜を見つめていた。
「……俺は、あの女の言葉に惑わされたわけじゃない」
シリウスの低い声が、ふいに落ちる。
「けれど――心がざわついたのは、確かだった」
「……シリウス様」
「誰かの“記憶”の中の俺に、手を伸ばされて。
けれど、俺が欲しかったのは、いまを共にしてくれる“誰か”なんだ。
過去じゃなく、未来にいる人を、俺は……」
その言葉を途中で止めて、シリウスはカナンの手を取る。
「お前の香でなければ、俺は壊れていた。
だから――もう、他の誰にも嗅がせたくない。
俺だけの香であってくれ、カナン」
カナンの瞳に、静かに涙が滲む。
「ええ。わたしも、あなたの“願い”にだけ香を応えたい」
ふたりの手が重なり、
夜の街に、微かな白煙が漂っていた。
王弟シリウスの身を侵したその香は、明らかにカナンの調合したものとは違っていた。
だが、香の術式は――確かに、彼女の一族に連なる“古代魔女の血”の痕跡を帯びていた。
それはつまり、もう一人の魔女の存在を意味していた。
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◆王宮・魔女の私室
香炉の煙が天井に昇りながら、静かに宙へと消えていく。
「――やはり、あの香には“ラグヤード式調香”の痕跡があります」
そう告げたカナンの声は、硬く、いつもの穏やかな調子ではなかった。
王妃リアナ、王レナード、そしてシリウスとバルトが静かに聞き入る。
「香の配合、揮発のタイミング、沈香に混ぜられた導引の粉末。どれも、わたしの家系でしか伝わらぬ技術。
けれど――その調香に“悪意”がある」
「……同族か?」
シリウスが低く問う。
カナンは小さく頷いた。
「わたしの父方の遠縁、かつて一族から追放された者。名は……ラファエナ・ラグヤード」
その名を聞いて、室内の空気がわずかにざわついた。
「彼女は香の才に溢れていました。ですが、欲望を“力”に変える調香にのめり込み、禁術に触れ、一族から破門されたのです」
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◆王都・影香の市
地下へと続く細い石段を下る。
壁に並ぶ松明の炎が、湿った空気に揺れていた。
ここは王都でも噂にしか存在しないと言われる“闇の香市”。
香を武器として売買する、秘密の市場――影香の市。
「……不穏だな」
バルトが剣に手をかけながら呟く。
シリウスとカナンは、身を隠すようにローブを纏い、その中心部へと進んでいく。
さまざまな香瓶が並ぶ露店、壁にかけられた香草の束、声もなくやり取りされる札と薬包。
その最奥――
「……いた」
カナンが指差した先、紅い帳の向こうにひとりの女が座っていた。
細身の体、濃い緑の瞳、そして長く編み込まれた髪には銀のかんざし。
ラファエナ・ラグヤード。
彼女もまた、ラグヤードの名を継ぐ者だった。
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◆禁術の香の真相
「来たのね、カナン。妹のように育ったあなたが、とうとう王族を連れてここへ来るとは」
ラファエナは微笑みながら、白い香灰の中にゆっくりと香材を差し入れた。
「どうして……なぜ“強制香”を?」
問いかけるカナンの目は怒りに満ちていた。
「香は、心を解放するもの。なのに、あなたはそれを“縛るため”に使っている」
「縛る? いいえ――これは解放よ」
ラファエナはくすくすと笑い、香炉の煙を指先でつまんだ。
「香にすがらねば、欲も言葉も出せぬ女たちがいる。
自分の気持ちを、手を伸ばすことすらできずに“侍女”のまま終わる女が、どれだけいると思う?」
その言葉に、シリウスの表情がわずかに曇る。
「お前が――メルナに、香を与えたのか」
ラファエナは頷いた。
「彼女はとても良い“媒介”だったわ。切実な想い、満たされぬ渇き。香が彼女の心に染み込むのに、時間はかからなかった」
「お前は……人の心を弄んだ」
バルトが手を伸ばす。
だが、ラファエナは一歩も退かない。
「弄んだ? いいえ、導いただけ。
本当は、あなたも――カナンでさえ、どこかで分かっているでしょう?
香の力は、甘やかで、狂おしいほど人を動かす。
そしてそれは――“王国すら揺るがす”と」
カナンの眼差しが、静かに燃え上がる。
「あなたの香は、もう歪んでいる。
誰かの心を支配する香に、意味なんてない。
香は、選ばれるべき。誰かの“望み”として、手を伸ばされたときに初めて、力になるものよ」
ラファエナの唇が吊り上がった。
「……ならば証明してごらんなさい。あなたの香で、彼を満たせるかどうか。
彼が“本当に欲する香”を、あなたが与えられるのか」
その視線は、シリウスへと向けられていた。
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◆帰路、ふたりきりの時間
王城へと戻る馬車の中。
カナンは黙ったまま、窓の外の夜を見つめていた。
「……俺は、あの女の言葉に惑わされたわけじゃない」
シリウスの低い声が、ふいに落ちる。
「けれど――心がざわついたのは、確かだった」
「……シリウス様」
「誰かの“記憶”の中の俺に、手を伸ばされて。
けれど、俺が欲しかったのは、いまを共にしてくれる“誰か”なんだ。
過去じゃなく、未来にいる人を、俺は……」
その言葉を途中で止めて、シリウスはカナンの手を取る。
「お前の香でなければ、俺は壊れていた。
だから――もう、他の誰にも嗅がせたくない。
俺だけの香であってくれ、カナン」
カナンの瞳に、静かに涙が滲む。
「ええ。わたしも、あなたの“願い”にだけ香を応えたい」
ふたりの手が重なり、
夜の街に、微かな白煙が漂っていた。
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