3 / 5
最終話
しおりを挟む
東境の騒乱は予想以上に早く、そして激しく広がった。旧王派の残党は、かつての将軍家の血を継ぐ男を旗頭に擁立し、「真の王」を名乗らせて兵を集めていた。
ヴァイズ王国は一丸となり、これに対処すべく軍を動かした。その先鋒に立ったのは、まだ若き准将にして、王家の血を継ぐ者──シキ・アルフリートだった。
⸻
出陣前夜。王宮の厩舎裏、静かな中庭に、ミリカがシキを呼び出していた。
「明日、兄上は前線に立たれるのですね」
彼女の声は震えていた。心の奥から湧き上がる不安と、伝え切れぬ想いを抱えたまま。
「……今の私は、兄上の背中を見ているだけ。それがとても、苦しいです」
シキはゆっくりと頷いた。そして、答える。
「お前は見ているだけではない。俺にとって、お前の眼差しは、道を照らす灯火だ」
その言葉に、ミリカは目を見開き、そして静かに涙を零した。
「なら……待っていても、いいですか? 兄上がすべてを終えて、帰ってくるのを……」
「もちろんだ。俺は必ず、戻る。……生きて、未来を選ぶために」
彼女の肩を抱き寄せ、しばし沈黙の時が流れた。
⸻
そして、戦は始まった。
シキは見事な指揮で敵軍を翻弄し、わずか十日足らずで敵将の首を討ち取った。その才は戦場で知れ渡り、敵兵でさえ彼の名を畏れた。
だが、その勝利の影には、決して見えぬ苦悩があった。
「……人の命で成り立つ勝利に、誇りなどない。ただ、守るべきものを見失わぬように」
戦の終結と共に、彼は王都へ帰還した。
⸻
凱旋の夜、王宮の広間は祝賀でにぎわっていた。だが、シキは群れに加わらず、ひとりバルコニーから夜空を見上げていた。
「おめでとうございます、王子殿下」
振り返れば、そこにリリィベルが立っていた。彼女は軍服姿のまま、ひとつの勲章を彼に差し出す。
「これは、あなたが最後に討った敵将の副官が残していったものです。『あの男には、王の器がある』……そう言っていたわ」
「……皮肉な褒め言葉だな」
シキは苦笑する。そして、問いを返す。
「お前なら……王という道を選ぶか?」
リリィベルは少し黙り、そして答えた。
「私は、選ばれた者の隣に立つ女でありたい。それが、王であろうと……ただの男であろうと、関係ない」
その視線はまっすぐだった。シキは言葉に詰まり、やがて静かに頷く。
⸻
後日、王宮にて王は公に告げた。
「第二王子シキ・アルフリートは、王位継承権を保持したまま、東方方面軍の総司令として任じられる」
王子ではあるが、王にはならぬ道。だがそれは、シキが自ら選んだ「国を支える者」としての覚悟だった。
⸻
そして、再び春が訪れた。
シキは軍務の傍ら、アルフリート領に近い軍学校で後進の指導を始めていた。そこには、かつての彼のような若者たちが目を輝かせていた。
放課後、視線の先に見覚えのある姿が現れる。ミリカだった。
「会いに来てしまいました。……もう、兄上とは呼びません」
そう言って、彼女はまっすぐ彼に歩み寄る。
「私は……あなたを、ひとりの人として、愛していると、やっと言葉にできます」
シキは、そっと彼女の手を取った。
「……ありがとう。お前がそう言ってくれるなら、俺も……迷わない」
微笑み合う二人の間に、風が吹いた。
過去も、運命も、すべて背負って。それでも彼は歩き続ける。
誰かのために剣を取り、己のために生きる道を選んだ――それが、静かなる誓いだった。
ヴァイズ王国は一丸となり、これに対処すべく軍を動かした。その先鋒に立ったのは、まだ若き准将にして、王家の血を継ぐ者──シキ・アルフリートだった。
⸻
出陣前夜。王宮の厩舎裏、静かな中庭に、ミリカがシキを呼び出していた。
「明日、兄上は前線に立たれるのですね」
彼女の声は震えていた。心の奥から湧き上がる不安と、伝え切れぬ想いを抱えたまま。
「……今の私は、兄上の背中を見ているだけ。それがとても、苦しいです」
シキはゆっくりと頷いた。そして、答える。
「お前は見ているだけではない。俺にとって、お前の眼差しは、道を照らす灯火だ」
その言葉に、ミリカは目を見開き、そして静かに涙を零した。
「なら……待っていても、いいですか? 兄上がすべてを終えて、帰ってくるのを……」
「もちろんだ。俺は必ず、戻る。……生きて、未来を選ぶために」
彼女の肩を抱き寄せ、しばし沈黙の時が流れた。
⸻
そして、戦は始まった。
シキは見事な指揮で敵軍を翻弄し、わずか十日足らずで敵将の首を討ち取った。その才は戦場で知れ渡り、敵兵でさえ彼の名を畏れた。
だが、その勝利の影には、決して見えぬ苦悩があった。
「……人の命で成り立つ勝利に、誇りなどない。ただ、守るべきものを見失わぬように」
戦の終結と共に、彼は王都へ帰還した。
⸻
凱旋の夜、王宮の広間は祝賀でにぎわっていた。だが、シキは群れに加わらず、ひとりバルコニーから夜空を見上げていた。
「おめでとうございます、王子殿下」
振り返れば、そこにリリィベルが立っていた。彼女は軍服姿のまま、ひとつの勲章を彼に差し出す。
「これは、あなたが最後に討った敵将の副官が残していったものです。『あの男には、王の器がある』……そう言っていたわ」
「……皮肉な褒め言葉だな」
シキは苦笑する。そして、問いを返す。
「お前なら……王という道を選ぶか?」
リリィベルは少し黙り、そして答えた。
「私は、選ばれた者の隣に立つ女でありたい。それが、王であろうと……ただの男であろうと、関係ない」
その視線はまっすぐだった。シキは言葉に詰まり、やがて静かに頷く。
⸻
後日、王宮にて王は公に告げた。
「第二王子シキ・アルフリートは、王位継承権を保持したまま、東方方面軍の総司令として任じられる」
王子ではあるが、王にはならぬ道。だがそれは、シキが自ら選んだ「国を支える者」としての覚悟だった。
⸻
そして、再び春が訪れた。
シキは軍務の傍ら、アルフリート領に近い軍学校で後進の指導を始めていた。そこには、かつての彼のような若者たちが目を輝かせていた。
放課後、視線の先に見覚えのある姿が現れる。ミリカだった。
「会いに来てしまいました。……もう、兄上とは呼びません」
そう言って、彼女はまっすぐ彼に歩み寄る。
「私は……あなたを、ひとりの人として、愛していると、やっと言葉にできます」
シキは、そっと彼女の手を取った。
「……ありがとう。お前がそう言ってくれるなら、俺も……迷わない」
微笑み合う二人の間に、風が吹いた。
過去も、運命も、すべて背負って。それでも彼は歩き続ける。
誰かのために剣を取り、己のために生きる道を選んだ――それが、静かなる誓いだった。
0
あなたにおすすめの小説
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる