静かなる誓い(完結)

もちもち

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二話

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 第二王子としての身分が明かされた夜、シキは王宮の塔にある小部屋でひとり窓の外を見つめていた。王都に灯る光は、地上の星のように静かに瞬いている。

 背後で扉がそっと開く音がした。気配で誰かを悟る。

「……兄上」

 振り返らなくても、声でミリカだとわかった。彼女は今宵、宮廷用の青いドレスに身を包み、普段より少し大人びた表情を浮かべている。

「おめでとうございます。王子として戻られたこと……心から、嬉しく思います」

 その瞳には祝福の光と、ほんのかすかな寂しさがあった。シキは穏やかに微笑む。

「ありがとう。……けれど、俺にとっては、お前の『兄上』でいることのほうが、よほど意味がある気がする」

 ミリカはしばらく黙ったまま、唇を噛みしめた。そして、ふと顔を上げ、まっすぐな目で彼を見つめる。

「兄上は、ずっと私の憧れでした。強くて、優しくて、遠くて……」

 言葉を継ぎかねていたミリカだったが、ついに口を開いた。

「この想いは、兄妹としてのものじゃないのかもしれません」

 シキの表情がわずかに揺れた。何か言おうとしたその瞬間、扉が再び開く。

「……お邪魔、でしたか?」

 リリィベルが姿を現した。いつもの軍装ではなく、礼装に近い軽やかな服装で、銀の髪には月光が差している。

「さすがに、こんな時間までお一人はどうかと思いまして。……王子殿下」

 冗談めかした笑みを浮かべながら、わざと「王子」と呼ぶ。
 シキが何も答えぬままにいると、リリィベルは手を差し出した。

「今夜はお祝いですよ。少し、外に出ませんか? 月が綺麗ですから」

 ミリカはその言葉に反応してリリィベルを睨みつけるように見た。だが、リリィベルはあえて気づかぬふりをしている。

 シキはしばし迷ったが、やがて首を横に振った。

「……ありがとう。でも、今夜はここで静かにしていたい」

 そして、言葉を継ぐ。

「軍人であっても、王族であっても、俺はまだ、自分が何者であるべきかを探している最中だ」

 リリィベルは肩をすくめる。

「ま、らしいですね、准将殿」

 そう言い残し、軽やかな足取りで部屋を後にした。

 扉が閉まると、ミリカがそっとシキに近づいた。

「……では、今だけでも。私を隣に、置いてください」

 彼は言葉を返さなかった。ただ、彼女の肩にそっと羽織をかけた。その手の温もりに、ミリカの胸は静かに高鳴った。



 数日後、王都では祝賀の舞踏会が開かれた。第二王子の復帰を祝う場として、貴族たちの関心は高く、宮廷は熱気に包まれていた。

 しかしその中で、シキはどこか別の世界にいるような佇まいをしていた。ひとつひとつの挨拶に応じながらも、どこか心ここにあらずといった風で。

 そんな彼に、リリィベルが近づく。

「踊っていただけますか? 王子殿下」

 言葉の端に、からかうような響きが混じっている。シキは最初、首を振ろうとしたが、思い直して彼女の手を取った。

 軽やかに始まるワルツ。リリィベルの所作は、軍人らしからぬ優雅さを見せていた。

「あなた、案外踊れるじゃないですか」

「君が意外と誘い上手だったからな」

 笑い交じりに言うと、リリィベルはいたずらっぽく目を細める。

「……私は、好きな人を振り向かせるためなら、王女だって敵に回しますよ?」

 唐突な告白めいた言葉に、シキはわずかに目を見開く。

「……それは、戦いの宣言か?」

「もちろん」

 そのやりとりを遠くから見つめていたのは、ミリカだった。グラスを握る手がわずかに震える。だが、彼女はそのまま席を立ち、舞踏会の場を後にした。



 その夜、王妃ヒーリアと第一王子ラビリアは、宮殿の中庭を歩いていた。

「弟は、人の心を動かす力を持っています。それが軍略であれ、情であれ」と、ラビリアは語る。

 ヒーリアは頷いた。

「ええ。そして、あの子たちの想いが、やがて彼の未来を形作るでしょう」

 空には無数の星が瞬いていた。

「……弟の行く末が王座か、それとも別の道か。それを見届けるのも、兄の役目ですね」



 しかし平穏は長く続かない。数週も経たぬうちに、東境のマルゲス辺境伯から緊急の報が届いた。旧王派の残党が、隣国の傭兵を引き入れて蜂起し、軍を挙げたというのだ。

 王国は揺れていた。王の勅命を受け、シキはふたたび軍服に身を包む。

 ──その背に、誰が立つのか。

 王女か。
 女軍人か。
 それとも、まだ現れぬ運命か。

 いま、運命の扉がふたたび開かれようとしていた。
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