握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

文字の大きさ
10 / 126
第一章 過去から来た者たち

10..選帝侯の狭間で

しおりを挟む

 父の計らいで、しばらくは、ブランデンブルク選帝侯のお世話になる。

 このことについて、父が、今日の舞踏会の前に、ブランデンブルク辺境伯様に確約を取り付けるようだ。
「ヴィル。しばしの別れになるが、総本家のお世話になれるように、話してみるよ」
「お父様……よろしくお願いいたします」と言い、二人は馬車にに乗りブランデンブルク辺境伯主催の舞踏会の会場へ向かった。

 父が、ブランデンブルク辺境伯を総本家と言ったのは、ブランデンブルク辺境伯からみて、私たちが、分家の分家にあたるからだ。
 では、分家の中で、解決すればよいではないかと、思われるかもしれない。
 いや、そうすべきなのだが、我が家の本家、つまり、ブランデンブルク辺境伯からみて、分家は、実は帝国内になく他国にある……

 父としては、そんな遠くの田舎に行かせるぐらいなら、帝国内で有力者のブランデンブルク辺境伯のお世話になれば、行儀見習いだとかで言い訳も付くと考えたのだろう。

 また、ホーエンツォレルン家の分家というと後世の活躍から、「さぞ華やかな街が領都だろう」と思うかもしれないが、この16世紀は、我が一族が最もみすぼらしい時代で、都も単なる漁村と来たもんだ。

 いくら身の安全のためとはいえ、さすがに、私も願い下げだわ。
 領都のベルリンの発展と言い、また、「黄金のプラハ」が近くにあるブランデンブルク辺境伯領が良いわ。
 プラハで、何をしましょうかね。ふふふ。

「辺境伯……」
「皆まで言うな。聞いておる」と、私の父であるフォルカーの呼びかけに回答したのは、ブランデンブルク辺境伯であるフリードリヒ・ヴィルヘルムだ。

「フォルカーよ。話は聞いている。娘は預かろう。一刻も早く、うちへ来なさい」
「ありがとうございます。辺境伯様」
「なに、同じブルクハルト様を源とする血統ではないか。ハハハ」

 ブルクハルト様とは、ブルクハルト一世のことで、ホーエンツォレルン家の家祖にあたるお方だ。

 しかし、ブランデンブルク辺境伯領も三十年戦争で国力を失い、復活するには二世紀の時間が必要であった。

 そして、この時のフリードリヒ・ヴィルヘルムは、「まあ、うちのフリードリヒやハインリッヒたちの嫁候補にもなろう」と、思っていたようだ。※1

「フォルカーよ、お嬢さんに早く伝えてやりなさい。『もう安心だ』と」
「はい、何から何まで、ありがとうございます」


 私が、父から「ブランデンブルク辺境伯領行きが確定した」と聞いたのは、舞踏会が始まる直前の控え室でのことだった。
 父の『娘を早く安心させたい』という気持ちが伝わってきた。
「お父様、これで、もう……」
「ああ、ヴィル。安心だ。安心だ」
「そうですわ。辺境伯様に、ご挨拶を早くしないと」と言うと、父も使用人のアンも笑っている。
「急がなくても良い。舞踏会が始まるのだ。その時にでも」
「そうですよ、お嬢様。御領主様も、ご一緒の方が良いですよ」と、使用人のアンが言っている。

 そのアンも今回の件は、「良かった」と言ってくれた。
 私の面倒を見てくれているアンも付いてくるのかしら。となると、我が家はアンがいなくても大丈夫なの?

 舞踏会が始まった。

 私も父も、晴れやかな気持ちだったのだろう。すべてを忘れて表情も明るい。
 そして、お礼を辺境伯様に言わなくてはいけない。
 主催者のあいさつの後、父とご挨拶に伺った。
 辺境伯様もにこやかに、「気にするな。同じ源、同じ血統ではないか」と言ってくれた。
 そして、この様にも言われた。「ヴィルヘルミーナ嬢、うちの息子たちとも踊ってやってくれないか」と。
 無論、断る理由はない。

 この時、辺境伯様が、嫁候補の選定などしているなど、私の頭には無かった。それが、ライン宮中伯であるお祖父さまを刺激することになろうとは、つゆ知らず……

「ヴィルヘルミーナ嬢、私と一曲」と、声をかけてきたのは、長男のフリードリヒだった。
 背も高く、高貴な感じがして貴族らしい男性だ。
「よろこんで」

 ダンスが始まり、「バキッ」という音がしたように感じたが、気のせいだろう。気にせず、ダンスを続けた。

「私もお願いします」と、弟のハインリッヒが私の相手となった。
 またも、どこかしら「バキッッ」という音がしたが、気にせず、踊ることにした。

 その頃、辺境伯は、「う~ん、まあ、顔もそこそこ、目つきがキツイか。長男の嫁には、あれだが、次男のハインリッヒの嫁なら……
 ハインリッヒを彼の領地の跡取りにして、ライン宮中伯殿の領地に穴を開けることが出来るやもしれん。これは楽しみだ」と、独り言を言っていたとは誰も知らない……どころか、皆、そう思うだろう。
 七選帝侯同士は牽制しあっているのだから。

 なぜ、そんな簡単なことに、父も私も気が付かなかったのだろうか?
 それは、私たちが、特殊な緩衝地帯にいたからだろう。

 お祖父さまこと、プファルツ選帝侯は、ブランデンブルク辺境伯の分家の分家という、総本家の影響があるのか、どうかわからない男を囲い込み、皇帝派ともブルゴーニュ公国の亡霊たちとも距離を置いてきた。

 もし総本家の影響があるのなら、武闘派の騎士団が敵に回ることになるのだ。皇帝派もブルゴーニュ公国の亡霊も、あの騎士団が相手では、手が出せなかったのだろう。
 やはり、お祖父さまはやり手だ。自分達は文官を抑え、父を囲い込み武闘派を牽制するとは。

 そのお祖父さまが、今回の一件は、どう思うだろうか?

 もちろん、激怒した。

 孫の誰かと私を結婚させて、ライン川一帯は、最終的には自分たちのものにする予定だったのだから。
 父を領主にしたのは、敵の目を反らすための一時的なものだったのだから。


※1 フリードリヒ・ヴィルヘルムの息子もフリードリヒ。次の選帝侯。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...