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第一章 過去から来た者たち
9.エマリーは“あきんど”です
しおりを挟む生涯の友である“エマリー・アインホルン”と出会ったのも、この時期のウィーンに於いてであった。
次の日、私は参加予定の社交界やお茶会などもなく、父と共に平穏に屋敷で過ごしていた。
「今日は、アインス商会の会長が来る予定なので、ヴィルも顔を出してくれ。将来、領主となった時に、助けてくれるに違いない。我が領地の商工会の会頭もしている商人だからね」
「分かりました。お父様」
なるほど、父が商工会の会頭と顔を合わせるのは、将来のためだろう。
現代日本でも、前経営者が突然死などで社長交代すると、困ったことがある。
会合などに出席しても、新しい社長は、誰も知らないので困るのだ。
次期社長が決まったら、連れまわすのが良い。
これは経営の鉄則だ。
そして、父もそのことを知っているのだろう。
領地の重要人物と顔を合わせる機会があれば、私に「出ろ!」ということだ。それが、将来、領主となった時のためだ。
それは、有難い。
しかし、もう人生のレールを引かれているような気がして、息苦しさも感じるが、私も、そういう年齢に達したということだろう。学園を卒業したのだから。
さて、驚いたことに、アインス商会の会長、かつ、商工会の会頭であるゲルハルト・アインホルンが娘を連れてきたのだ。
「伯爵様、実は、将来、私の後を継ぐ娘を紹介したいと思いまして、今日は、連れてまいりました」と言うではないか。
先方さんも、こちらと同じ状況なのだろうと思うと、父が、
「会長、こちらも娘を紹介したいと思いまして、同席させております」と言うと、四人が苦笑してしまった。
「伯爵様、お嬢様、アインス商会で武器外商部の責任者をしております。エマリー・アインホルンです。今後ともよろしくお願いいたします」と言った会長の娘は、すごく可愛らしく素敵な女性であった。
しかし、驚いたことに、私よりも身長が高く、1インチは高いのではないだろうか?
――初めてだ。女で私より背が高い人に出会ったのは!
「お初にお目にかかります。ヴィルヘルミーナ・フォン・ホーエンツォレルンですわ。以後、お見知りおきを」と、私が言うと、このエマリーの眼が輝いた。
「素敵ですわ。まさに、名門のお嬢様です」
それは、エマリー、すごい誤解だ。
私たちは、遠縁の親戚こそは、選帝侯だけれど、分家の分家となると、景色だけは抜群の間借りの領地しかない。
景色が良いとは、田舎ともいうよな……
なので、私と父は、下を向いてしまったが、エマリーには、そんなことは関係ないのだろう。私には、彼女が『早く武器の説明がしたい』という風に見えた。
彼女は、今、自分の仕事を楽しんでいるのだろう。
なんと、うらやましい。
命の危機に瀕している私と大違いのようだ。
そして、エマリーからの説明は、二点あった。
一つは、銃に関すること。
フランスが、命中率を高めた小銃を開発中ということらしい。アインス商会としては、この内容を手に入れるように、手配中ということだ。
もう一つは、スペイン海軍が新しい戦闘艦を作るということ。
それが、フランスに流れているようで、これが事実だとすると……
「ブルゴーニュ公国の亡霊が!」
「そう、亡霊たちが手に入れると、この帝国の北部はどうなるか……」
「我が領地は内陸部だけれど、安泰なのかしら、お父様?」
「これだけは、何とも言えない。ただ、これ以上、海洋進出に後れを取って良いのかと考えると、新造戦闘艦は気になる」
「この新造戦闘艦は、商船としても高性能を発揮します。そして、この船の名前を“ガレオン”船とスペイン人たちは呼んでいるようです」
「ガレオン船……」
「そうです。お嬢様。なんならお嬢様のために、我が商会が設計図を手に入れて参りましょうか?」
「会長、そんなことが出来るのかしら?」
「ふふ、アインス商会のネットワークは大陸でも、一二を争います。不可能はありません」
「まあ、言い過ぎですよ。番頭さんに叱られても知りませんからね」と、エマリーが言うと、皆で笑い合った。
「ですが、伯爵様、お嬢様。放置は危険かもしれません。この帝国の結束は弱いのです。万が一に備えてください」
「わかった。いざと言う時のために、設計図を用意しておくれ」
「分かりました」
そして、アインス商会が帰って行った。
数年後、エマリーに聞いてみたのだけれど、「あの時、私のことを『素敵』と言ってくれたのは、社交辞令や冗談だろう?」と。
すると、「そんなことは無いわ。本当に名門のご令嬢に感じたわ。それに、社交界にデビューしたという話も聞いていたし、きっと素敵な方だと思っていたわ」と言う。
「でも、聞いた話は、『きれいな令嬢がデビューした』という話ではなかっただろう?」と言うと、エマリーが大笑いしてしまった。
「確かに、『きれい』とは、聞かなかったわね」
それを聞くと「そうなんだ」と、しょげてしまった。
「でも、あの時、命の危機の様な感じには思わなかったのは、さすが、ご令嬢様だと思うわ」と、褒めてくれた。
長い付き合いになるだろうと思ってはいたが、生涯の友との出会いは、仕事を通じてのものだった。
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