握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

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第一章 過去から来た者たち

14.計算少女

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「アバカス?」
「そうなんです。これが古代ローマで作られた計算機器なんです」
「そうですの。私には、さっぱりですわ」


 さて、今日は、エマリーが私を気遣って見舞いに来てくれた。
 見舞いと言っても、怪我などしていないのだけれど。

 すると、気分転換にアインス商会のウィーン店を見に行くことになった。
 また、不審者に襲われるのではと思ったが、「アインス商会の馬車で行くなら、分からないだろう」ということで、父にも許可を得た。

 そこで、店内をエマリーと見て回ることになった。
 経理部門には、数人の若い少女がいる。
 何を計算しているのかは、私にはわからないのだけれど、一人だけ、三倍とは言わないが、人並外れて作業の速い少女がいた。
 歳のころなら13歳ぐらいだろうか?

 この時代、12歳から働くのは当たり前なので、驚きもしないが、あまりにも作業が速いのだ。

「エマリーさん、彼女は?」
「あの子は、イリーゼ・アインホルン。従姉妹ですよ」
「ちょっとお邪魔してもよろしいかしら」
「ええ、もちろんですよ」

「イリーゼ!」
「あっ、エマ姉さん。来てたの?」
「ご紹介するわ。御領主様のお嬢様でヴィルヘルミーナ様よ」
「イリーゼ・アインホルンです。よろしくお願いいたします」
「ヴィルヘルミーナ・フォン・ホーエンツォレルンですわ。以後お見知りおきを」

と、社交辞令はそこそこに、計算とやらを見せてもらった。

 板におはじきを埋め込んだ器具はなんだ?
「アバカスです」
「アバカス?」

 どうやら、古代ローマのソロバンもどきのようだ。
 ソロバンの玉をおはじきにしているということで、十進法で計算できる代物だ。

 他の店員が、おはじきをチェス盤の様なものに於いて計算しているのに対し、アバカスを使うと圧倒的に早く計算が出来る。
 ただ、訓練が必要ということで、使いこなせるものは、リーダーということらしい。
 ということは、この13歳の少女は、ここのリーダーなのか?
 
 白いワンピースに、ぽわんとした口調の少女が仕切っているのだろうかと思うと、おそろしいな……


 その後は、武器外商部に行くと、従業員達が武器の説明をしてくれた。
 さらに、奥では、剣の稽古をしているではないの!

「まあ、お嬢様。気になりますか?」
「いや、その……」
「聞きましたわよ。かなり稽古されていると」
「エマリーさん……」と、言うと少し赤面してしまった。

 何故か、着替えと木剣まで用意されているあたり、端から、ここに来るつもりだったのだろう。

「お嬢様、気晴らしに良いと思いまして」
「エマリーさん、貴女ッ」
 思わず、眼が潤んでしまった。ワタクシとしたことが、相手に気を使わせてしまったようだ。

「さて、商会の武器担当者とは、どの程度の力量なのかしらね」

 まず、比較的若い男性従業員が出てきた。
「一手、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」と、私はニッコリ笑った。

 何故、自分が笑ったのかはわからない、久しぶりに剣の稽古が出来るからだろうか? 違うような気がする。

 立ち合いが始まった。

 お互い様子見から距離を取っていたのだけれど、相手の力量が知りたいので、わざと少しばかり、相手が打ちやすいように剣の高さを低く構えた。
 それに釣られて、この従業員は上段を打ち込んできた。

「ふっ! 甘いわ」

 私は、難なく体捌たいさばきで交わしたため、私の木剣は彼の首筋に触れていた。
「ま、参りました」

 あと、二人ほど相手をしたが似たようなものだった。

「イリー君。これではイカンやないの。まったく相手になってないわ。お嬢様のストレス発散になりませんわ」
「エマ姉さん。ここは、姉さん自身がお相手をするしかないのでは」
「ほな、行きますわ」と、エマリーは言うと、木剣を手に取った。

「ヴィルヘルミーナ様、私がお相手をいたします」
「えっ? エマリーさんが?」
「はい」

 この長身でパワーのありそうな身体つきから、どんな一振りをするのだろうかと思うと、私は楽しみで仕方がなくなった。

 今までの男性従業員は、腕力はあるだろう。
 しかし、剣の力がないのだ。
 剣を振るうとは腕力ではないのだ。もっと根本的な力なのだ。

 私はエマリーと、お互い礼をして向かい合った。

 エマリーの木剣の持ち方で、色々と分かった。
「この女の愛用の剣はバスタードソード。つまり、両手で剣を持ち力で押し切る戦法だ」

 一方のエマリーは、
「お嬢様の剣はロングソード。馬に乗ることを考えている構えだわ。だから、上半身の強さで叩く戦法を取るはず」

 となると、お互いパワー勝負。
 二人がぶつかると、火花が飛んだかと思うような地響きが広がった。

 何度も、ぶつかる二人。
 しかし、体格の良いエマリーの方が、次第に後退し始めた。

 そして、エマリーが二歩、三歩と下がったところで、勝負はここまでとなった。

「エマリー、やるな」
「ミーナちゃんも、すごいわ。噂以上だわ」

 気が付けば、私は「エマリー」と呼び捨てに、エマリーは「ミーナちゃん」とあだ名で呼び合っていた。
「ミーナちゃん? そんな言われ方は初めてよ」
「あっ、つい! 失礼なことを」
「いや、うれしいわ。『ミーナ』でお願いするわ。これからも、そう呼んで。お願い」
「分かったわ。ミーナちゃんね」

 その二人が、次に、イリーゼの方を向いたので、イリーゼは生きた心地がしなかった。
「み、み、ミーナお嬢様ッ」とイリーゼが言うと、「「ふふふ」」と、私たち二人は笑い合った。

 この後、イリーゼとも手合わせをしたが、これがなかなかの強敵だった。
 エマリーが力押しするなら、イリーゼは体捌き中心で捕まえにくく、『相手に斬られない』という戦法なのだろう。
 これで13歳とは末恐ろしい。

 この日は良い汗をかいたので、よく寝ることが出来ましたわ。
 おやすみなさい。


※ バスタードソードとロングソード 基本的に同じ。両手剣の一種。
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