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第一章 過去から来た者たち
15.選帝侯たち
しおりを挟む私がエマリーの気遣いでよく寝ていた頃、私を襲った不審者が入院している病院では、こんなことが起きていた。
ヴィルヘルミーナが襲撃され、怒り狂っている人物がいる。
誰だ?
プファルツ選帝侯こと、ライン宮中伯だ。
「あの男がマリアンヌを殺したに違いない。お前らも、そう思うだろう? 聞けば、あの行方不明になっていたベルギー人だというじゃないか」
何を言っているのかと言うと、娘のマリアンヌが落馬した時に現場にいた乗馬場の唯一の従業員がこの男なのだ。
しかも、聞き取りをしようにも、乗馬場を退職し、故郷に戻ったと言うが、調べれば行方不明だった。
その男が、今回、マリアンヌの娘のヴィルヘルミーナを「ヴィルヘルミーナ、死ね」と襲ってきたのだから、ライン宮中伯の怒りは抑えることが出来なかった。
「しかも、今、儂がウィーンにいる時に狙ってくるとは、なめられたものだ。黒幕を暴くぞ」と言うと護衛の騎士を連れて、病院に向かった。
そして、病院に着くと、驚いたことに、既に監獄の様な警備が敷かれていた。
「こちらはライン宮中伯様である。ヴィルヘルミーナ様を襲撃した者に尋問を行いたい」と、警備隊に申し出た。
「こちらはドイツ騎士団である。今、犯人は隔離されており、また、体調も不安定である。体調が戻ってからにして頂きたい」
「宮中伯様、如何なされましょうか?」
「う~ん、ドイツ騎士団か。フォルカーが、ブランデンブルク辺境伯に頼んだのだな。それは良いとして」
「……」
「黒幕共々、娘を殺した奴らを始末せねば」
プファルツ選帝侯とブランデンブルク選帝侯との間には、別段、大きな問題はなかったが、ここで揉めることになると、お互いの立場がある。
「まあ、こちらの要求だけ伝えて、ここは一度下がるべきか。護衛隊長?」
「はい、わかりました」
その時である。
マスケット銃の音が、鳴り響いたのは。
”パーーン”
”パーーン”
「銃声? どういうことだ」
騎士団が走っている。
「犯人のいる部屋だ」と言う騎士の声が聞えた。
ライン宮中伯と護衛隊長は、馬車から降りて走り出した。
二人は、端から犯人のいる部屋を知っていたようだ。一目散に走って行った。
そして、着いた病室には、すでに誰もおらず、犯人のベルギー人は頭と胸を撃たれていた。
なんと、ここドイツ騎士団病院で殺人が起きてしまった。
そう、この病院はドイツ騎士団の教会のひとつ、ウィーンのドイツ騎士団の館の病院なのだ。
そこにドイツ騎士団の騎士が駆けてきた。
「ライン宮中伯様、こんなところで何を?」
「えっ?」
***
さて、この事件が起こる数日前のこと。
このベルギー人は、ある女から指示を受けていた。
その女は、というと。
「アレクサンドラ、ヴィルヘルミーナがウィーンから、ベルリンに移動するようよ。
移動中は、ドイツ騎士団が護衛に付く。そこを殺るのは難しいわ。ウィーンにいる間にアタックをかけるわ」
「クレマンティーヌお嬢様、では、モーリスたちにやらせましょう。彼らなら、しくじっても足が付きません」
「あぁ、ベルギー人の専門家だ。我々がうたがわれることはないわ」
(専門家 ここでは汚れ仕事の専門家ぐらいの意味)
「お嬢様、ヴィルヘルミーナを殺せば……」
「あとは、父親だ。色仕掛には、あまり興味を示さなかったな。しかし男だ。そうそう断り続けれるものではない」
「念願のローレライへ行けますね」
「あぁ、ジョルジュエット!
ライン宮中伯に殺された者やその形見が、あの下に眠っている。ローレライの下に……」
アレクサンドラとジョルジュエットと呼ばれる女達は、下を向いて涙をこらえているようであった。
嘗て、ライン川の領地をブルゴーニュ公国に、ライン宮中伯は奪われたことがあった。
そして、ブルゴーニュ公のシャルル突進公が戦死した後、怒涛の勢いで奪い返した。
それは、ライン宮中伯だけではなかったが、どうやら当時の宮中伯はやり過ぎてしまったようだ。
「見せしめでもしないといけない」と思い、ローレライからブルゴーニュ公国関係者を処刑し、飛び込ませたのだ。
「マリー様から頂いた宝石も沈んだわ」
マリー様とは、シャルル突進公の娘で帝国皇帝マクシミリアンの妻、マリー・ブルゴーニュのことだ。
マリーは、乗馬好きで知られており、マクシミリアンと、よく狩りに出掛けるほどだったが、何故か、落馬して命を落としたのだ。
「だから、ライン宮中伯よ。お前の娘も落馬で殺してやったわ」
「クレマンティーヌお嬢様、それぐらいで。外に聞こえます」
「すまない。つい」
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