握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

文字の大きさ
43 / 126
第三章 プロイセン公国へ(失われた栄光のために)

3-6.アンナとポーランド社会

しおりを挟む
 ワルシャワでは、アンナと共に社交界やお茶会に気軽に出かけていた。
 私が、「一緒に行きますわ」というと、アンナがとても喜んでくれるのだ。

 つい、私も気をよくして、出かけている。

 そして、どこも似たような都市伝説が流行るのだろう。
 ここ、ワルシャワでも「握力令嬢」の都市伝説があるようだ。
 内容もウィーンと変わらないようで、「貴公子の手をへし折る女がいる」とか、「握力令嬢の手を取ってはいけない」だとか、つまらぬ噂が流れているようだわ。
 庶民は、そんなこと言って、楽しんでいるのかしらね。


 その頃、ウィーンの父の屋敷では、アインス商会の会長、つまり、エマリーの父親のゲルハルト会長が商談をしていた。

「はい、これがスペインの最新型戦闘艦のガレオン船の設計図になります」
「デカいな。会長。これはデカいな」
「はい、今までとは、根本が違ってきます。
 これまでのように、小型船や中型船を複数連れて、大砲や商品を運んでいたのが、この大型船一隻でほとんどの商品を運べます。
 ですので、この大型船と小型船が二、三隻あれば、艦隊も組めますし、商隊も組めます」
 二人は頷き、酒を口にしている。

「これを作ることは可能なのか?」と領主のフォルカーは尋ねた。
「作るだけなら何とかなりますが、武装となると莫大な資金が必要かと……」

 しばしの沈黙の後、フォルカーは口を開くことにした。

「武装はともかく、作ろうじゃないか!
 でないと、これまでのことが無駄になる。そして、スペイン、フランスから領地を護る必要がある」
「分かりましたッ! ご領主様」と、ゲルハルト会長は胸を張っている。
 それは、この言葉を待っていたのだろう。

「しかし、組み立てはどこで行う? ライン川の河口のネーデルラントは独立し、使えるドックは無いと思うのだけれど」
「領主様、逆転の発想です。下流でなく上流を使います」
「なんと?」
「ライン川の上流にあるウィンター湖とボーデン湖を使います。
 ここに下請けの整備士がいますので、彼のドックを使い、ここで試作船をテスト航行いたします」
「誰も、スイスの山奥の湖で海軍艦を作っているとは思わないか」
「ハイ(笑)」とゲルハルト会長が言うと、二人の男は笑い合った。

「五十メートル級の大型船を作る羽目になろうとはな……」と、フォルカーは苦笑していた。



 さて、ワルシャワの私は、すっかり緊張感が解けていたようで、従姉妹たちとお茶会を楽しんでいた。
 従姉妹たちと言うのは、実は、アンナは長女で、次女三女四女五女と女だらけの一家なのだ。
 実は、男の子は二人生まれたのだけれど、何故か、二人とも生まれて早々に亡くなるという、目も当てられない、痛ましいことになっている。

 そして、このアンナの結婚が、我がドイツ民族の歴史を左右することになろうとは、まだ、誰も知らない。
 男の子がすべて若くして亡くなったので、父の財産も母の財産も彼女がすべて相続した。
 当然、そんな令嬢を放置するバカはいないのだ。

 そして、彼女が結婚することによって出来た国は、プロイセン王国、そして、ブランデンブルク選帝侯国、北ドイツ連合へと発展し、ドイツ第三帝国まで発展していくのだから、世の中分からない。

 さて、話は戻り、アンナと次女のマリーと私で、お茶会や晩餐会などに、お邪魔していた。

 すると聞えたのだな。
「ドイツの連中が来ているわ」と。
 ポーランド社会にドイツ人がいるのが、気に食わない連中なのだろう。

 この伯父の公国は、ポーランド王の臣下になるが、ブランデンブルク辺境伯の分家なのだ。
 当然、帝国へも顔を出すことがある。
 親戚の家へお邪魔しても、問題などあるまいと思うのだけれど、ここポーランドではそう簡単にはいかない様だ。

 何故なら、祖父の代までは、公国でなく、伯父の領地は、「ドイツ騎士団国」、あるいは、「ドイツ騎士団領国」という、ローマ教皇並びに帝国皇帝が正式に認める国家だったのだ。
 正式な国家であるから、法律、貨幣経済、税金、軍備を揃えている。

 ドイツ人からすると、キリスト教を東方へ布教した修道騎士という扱いだが、ポーランド人は違うらしい。
 プルーセン人やリトアニア人やポーランド人を殺害した凶悪な組織で、ポーランドやリトアニアを占拠していたというのだ。

 しかし、リトアニアなどは、キリスト教に改宗したため、今、その恩恵を受けている。
 また、東方のタルタル人からの襲撃から、ヨーロッパを守るべく闘ったのは、ドイツ騎士団をはじめとする三大騎士団だ。
(バトゥのヨーロッパ遠征のこと)

 アンナは、どうやらポーランド社会からはドイツ人なので、のけ者扱いを受けてきたのだろう。

「それでか! 私を盛んに誘っていたのは!」

「ヴィル、気にすることは無いわ。ドイツ系の貴族もいるから」
「そうなんだ」
「ええ、ご紹介するわ」と、アンナは、あるご婦人を紹介してくれた。

「あら、ヴィルヘルミーナさん。では、ウィーンを出て、バート・メルゲントハイムでは、何をしておられたのですの?」と、そのご婦人から聞かれたので、つい、「ドイツ騎士団のしゅう……」。
 私は、「修道女」と言うつもりが、あるポーランド系貴族婦人が、「ドイツ騎士団ですって」と、叫んだのだから、その時、会場が、ざわついたのは、言うまでもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...