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第三章 プロイセン公国へ(失われた栄光のために)
3-9.クレマンティーヌたちと“マリーとマクシミリアンの恋”
しおりを挟むクレマンティーヌは、苛立っていた。
ライン宮中伯の一族を滅ぼすため、プファルツ選帝侯領を解体するために、資金集めに、傭兵団の構成、時には魔女狩り集団の力も借りていたにもかかわらずだ。
さて、時は、百数十年ほど遡る。
場所はフランス王国。
王族であるブルゴーニュ公国は栄えていた。
しかし、反感も買っていた。
なぜ?
それは、王族でありながら、王家にことごとく逆らってきた歴史がある。
その代表は、百年戦争だ!
イングランド王国が大陸に侵攻してきたのに対し、フランスが迎え撃った。
当初、ブルゴーニュ公国は王族として、イングランド王国と闘っていたが、アルマニャック派との対立など経て、なんとイングランド王国側に付くことになった。
なので、あの有名なジャンヌダルクが参戦したオルレアン包囲戦では、ブルゴーニュ公国はジャンヌの敵なのだ。
百年戦争はイングランド王国もフランス王国も財政破綻し終決した。
ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公は、フランス王と休戦協定を結び平和に向かうと思われた。
しかし、フィリップ善良公が逝去すると、息子のシャルル突進公は野心を隠すことが出来なかった。
ブルゴーニュ公国の王国への昇格、そして帝国の皇位への野心を。
そして、帝国は「汝は結婚せよ」と、戦争に寄らず、政略結婚によって領土を拡大していた時期だった。
「これを逆に利用してやる。お前たちの領土と皇帝の座を頂いてやる」と、邁進するシャルル突進公は娘のマリーを次期皇帝のマクシミリアンと婚約させることに成功した。
さて、初代クレマンティーヌは、このマリー様のお付きだったと記憶にある。
初代は、元々は公国の傍系の血筋であり、本家に見習いとしてマリー様のお付きになったようだ。
私の中にある初代の記憶では、マリー様は「姫君の中の姫君」であり、かなりの美人で誰からも慕われていたようだ。なので、多くの貴公子からの見合いの申し込みがあった。
ただ、母のイザベル・ド・ブルボン様とは幼いころに死別しており、その点は残念だけれど、後妻のマーガレット様とは上手くやっていたように思う。
マクシミリアン殿下との婚約は、周りからは「腹黒いシャルル公の政略結婚」と言われていたが、すったもんだの末、無事婚約に至った。そんな二人を初代クレマンティーヌの眼からは、大恋愛に見えていたようだ。
それは、ブルゴーニュ戦争で公国が大敗を喫し、孤立無援のマリー様も処刑されるのは時間の問題と言う時に、マクシミリアン殿下に救援の手紙を送ったのだ。
それは、無理も承知の救援要請だった。
しかも、マクシミリアン殿下も戦の最中だったのだ。
政略結婚で婚約はしたものの、言葉も通じぬ異国の皇太子に。
誰もが諦めていた時、奇跡は起きた。
急遽、戦費をかき集め、戦地から駆け付け、敵を蹴散らした皇太子は、孤立無援だったマリー様には白馬の騎士に見えたに違いない。
マリー様が手紙を出したのが3月26日。マクシミリアン殿下が到着したのは8月18日だったと記憶している。
このブルゴーニュ戦争では、ご領主様のシャルル突進公は戦死し、さらなる混乱を招いた。アルザス公の勢いは帝国にまで及んだ。
結婚後は、戦費がかさんだため資金難に苦しむも、二人はラテン語を介して意思疎通を図った。また、殿下もフランス語を習うなど、二人の仲は良好だった。
シャルル突進公以来の混乱は収拾し、マクシミリアン殿下はブルゴーニュの統治に成功し、すべてが上手く行っていた。
だが、不幸は突然にやって来る。
二人の共通の趣味は乗馬である。
殿下が狩りに行く際は同伴する仲の良さであった。
忘れもしない1482年3月のこと。
その日も殿下が狩りに行くので、マリー様も同伴することにした。しかし、この時、マリー様は第四子を身ごもっていた。
やめても良かったのだろうが、「殿下の行くところには、いつも私がいるところ」が信条だったマリー様だ。
引き留めても無駄だろうことは理解していたので、諦めるしかなかった。
だが、あの乗馬の名人であるマリー様が、落馬したというのだ。
信じることが出来ようか?
流産の末、数日後に天に召された。
死の直前までマクシミリアン殿下はマリー様の手を握っていたことを、私は覚えている。
私は声にならない声を上げ、夜の城内を走っていた。
数日後、実家に帰るしかなかった。その実家もブルゴーニュ戦争で、嘗ての様にはいかないらしく、解体されるのも時間の問題のようだ。
だが、気になったのだ。
あのマリー様が落馬をするだろうか?
あの日、狩りに参加していた貴族は誰だ?
調べに調べると、同日にライン宮中伯がこの地で狩りを行っているでは。
しかし、証拠がない。
無いが、歴代のブルゴーニュ公によって領地を削られたライン宮中伯が恨みを抱いたとしても不思議はない。
そして、マリー様を喪ったマクシミリアン殿下には、次々と不幸が襲う。
マリー様亡き後もブルゴーニュのため尽くして頂いたのだけれど、実家の帝国がオスマン帝国とハンガリー王国によってウィーンが落とされてしまった。
のちに、マクシミリアン殿下は帝国皇帝となり再婚も成されるのですが、天に召されたときは、身体は(母方の)聖ゲオルク教会に、心臓はノートルダム教会のマリー様の墓にと遺言通りに埋葬された。
やはり、あの方はマリー様を一番愛しておられたのですわ。
だから、マリー様を暗殺した者がいるのなら、このクレマンティーヌたちが仇を撃たせていただきますので、殿下もご安心ください。
そして、我が記憶を受け継ぐクレマンティーヌたちよ。
我が願いを叶えたまえ!
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