握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

文字の大きさ
46 / 126
第三章 プロイセン公国へ(失われた栄光のために)

3-9.クレマンティーヌたちと“マリーとマクシミリアンの恋”

しおりを挟む

 クレマンティーヌは、苛立っていた。
 ライン宮中伯の一族を滅ぼすため、プファルツ選帝侯領を解体するために、資金集めに、傭兵団の構成、時には魔女狩り集団の力も借りていたにもかかわらずだ。

 さて、時は、百数十年ほど遡る。
 場所はフランス王国。

 王族であるブルゴーニュ公国は栄えていた。
 
 しかし、反感も買っていた。

 なぜ?

 それは、王族でありながら、王家にことごとく逆らってきた歴史がある。
 その代表は、百年戦争だ!
 イングランド王国が大陸に侵攻してきたのに対し、フランスが迎え撃った。
 当初、ブルゴーニュ公国は王族として、イングランド王国と闘っていたが、アルマニャック派との対立など経て、なんとイングランド王国側に付くことになった。
 なので、あの有名なジャンヌダルクが参戦したオルレアン包囲戦では、ブルゴーニュ公国はジャンヌの敵なのだ。

 百年戦争はイングランド王国もフランス王国も財政破綻し終決した。
 ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公は、フランス王と休戦協定を結び平和に向かうと思われた。

 しかし、フィリップ善良公が逝去すると、息子のシャルル突進公は野心を隠すことが出来なかった。
 ブルゴーニュ公国の王国への昇格、そして帝国の皇位への野心を。

 そして、帝国は「汝は結婚せよ」と、戦争に寄らず、政略結婚によって領土を拡大していた時期だった。

「これを逆に利用してやる。お前たちの領土と皇帝の座を頂いてやる」と、邁進するシャルル突進公は娘のマリーを次期皇帝のマクシミリアンと婚約させることに成功した。

 さて、初代クレマンティーヌは、このマリー様のお付きだったと記憶にある。
 初代は、元々は公国の傍系の血筋であり、本家に見習いとしてマリー様のお付きになったようだ。
 私の中にある初代の記憶では、マリー様は「姫君の中の姫君」であり、かなりの美人で誰からも慕われていたようだ。なので、多くの貴公子からの見合いの申し込みがあった。

 ただ、母のイザベル・ド・ブルボン様とは幼いころに死別しており、その点は残念だけれど、後妻のマーガレット様とは上手くやっていたように思う。

 マクシミリアン殿下との婚約は、周りからは「腹黒いシャルル公の政略結婚」と言われていたが、すったもんだの末、無事婚約に至った。そんな二人を初代クレマンティーヌの眼からは、大恋愛に見えていたようだ。

 それは、ブルゴーニュ戦争で公国が大敗を喫し、孤立無援のマリー様も処刑されるのは時間の問題と言う時に、マクシミリアン殿下に救援の手紙を送ったのだ。
 それは、無理も承知の救援要請だった。
 しかも、マクシミリアン殿下も戦の最中だったのだ。
 政略結婚で婚約はしたものの、言葉も通じぬ異国の皇太子に。

 誰もが諦めていた時、奇跡は起きた。
 急遽、戦費をかき集め、戦地から駆け付け、敵を蹴散らした皇太子は、孤立無援だったマリー様には白馬の騎士に見えたに違いない。

 マリー様が手紙を出したのが3月26日。マクシミリアン殿下が到着したのは8月18日だったと記憶している。
 このブルゴーニュ戦争では、ご領主様のシャルル突進公は戦死し、さらなる混乱を招いた。アルザス公の勢いは帝国にまで及んだ。

 結婚後は、戦費がかさんだため資金難に苦しむも、二人はラテン語を介して意思疎通を図った。また、殿下もフランス語を習うなど、二人の仲は良好だった。
 シャルル突進公以来の混乱は収拾し、マクシミリアン殿下はブルゴーニュの統治に成功し、すべてが上手く行っていた。
 だが、不幸は突然にやって来る。

 二人の共通の趣味は乗馬である。
 殿下が狩りに行く際は同伴する仲の良さであった。

 忘れもしない1482年3月のこと。
 その日も殿下が狩りに行くので、マリー様も同伴することにした。しかし、この時、マリー様は第四子を身ごもっていた。
 やめても良かったのだろうが、「殿下の行くところには、いつも私がいるところ」が信条だったマリー様だ。
 引き留めても無駄だろうことは理解していたので、諦めるしかなかった。

 だが、あの乗馬の名人であるマリー様が、落馬したというのだ。
 信じることが出来ようか?
 流産の末、数日後に天に召された。
 死の直前までマクシミリアン殿下はマリー様の手を握っていたことを、私は覚えている。

 私は声にならない声を上げ、夜の城内を走っていた。

 数日後、実家に帰るしかなかった。その実家もブルゴーニュ戦争で、嘗ての様にはいかないらしく、解体されるのも時間の問題のようだ。
 だが、気になったのだ。
 あのマリー様が落馬をするだろうか?
 あの日、狩りに参加していた貴族は誰だ?

 調べに調べると、同日にライン宮中伯がこの地で狩りを行っているでは。
 しかし、証拠がない。
 無いが、歴代のブルゴーニュ公によって領地を削られたライン宮中伯が恨みを抱いたとしても不思議はない。

 そして、マリー様をうしなったマクシミリアン殿下には、次々と不幸が襲う。
 マリー様亡き後もブルゴーニュのため尽くして頂いたのだけれど、実家の帝国がオスマン帝国とハンガリー王国によってウィーンが落とされてしまった。

 のちに、マクシミリアン殿下は帝国皇帝となり再婚も成されるのですが、天に召されたときは、身体は(母方の)聖ゲオルク教会に、心臓はノートルダム教会のマリー様の墓にと遺言通りに埋葬された。

 やはり、あの方はマリー様を一番愛しておられたのですわ。

 だから、マリー様を暗殺した者がいるのなら、このクレマンティーヌたちが仇を撃たせていただきますので、殿下もご安心ください。

 そして、我が記憶を受け継ぐクレマンティーヌたちよ。
 我が願いを叶えたまえ!
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...