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第五章 アイルランドの女海賊と海賊団結成
5-30.ダブルスタンダード
しおりを挟むそれから、ひと月という短い間で、海軍相手でも、商船相手でも、私たちは、戸惑うことなく襲うことが出来るようになっていた。
「う~ん、私は、ここに何をしに来たのだ?」
そして、気が付いたのだ。
スペインの私掠船をするより、スペイン以外の国で私掠船登録する方が儲かる。
つまり、大航海時代、スペイン・ポルトガルが中南米を開拓している。
だから、ほとんどの商船が、スペインかポルトガルなのだ。
今は、スペインの商船を襲った場合は、オマリー海賊団として略奪品を売却している。
面倒だ!
「はっ、すっかり海賊になっている。いや、私掠船か」
「おい、船長。お前はアホか!」
「何でよ、先生」
「すでに儂らは、海賊稼業をしているぞ」
「なんでよ、先生!」
「船長ッ! 儂らはスペインに私掠船登録しイングランドの商船を襲っている。しかし、オマリー海賊団としてスペインも襲っておる。これは、ダブルスタンダードだ。立派な海賊行為だ」
「そ、そうなのか。もう戻れないのか……」
「だったら、儲かるイングランドやオランダで私掠船登録する方が良いのじゃないかのぉ。船長?」
「あッ、ああ。考えておくよ」
数日後、グラーニャから呼び出された。
そして、こう言われたのだ。
「ヴィルヘルミーナ、免許皆伝だ」と。
「グラーニャ!?」
「お前は、領主になるんだろう。その時にお前は決断をする。多くの決断を迫られることになるだろう。私も王女として決断をしてきた。王である父が死んだ時から、夫が死んだ時から……
そして、今、私は息子を王にしたい。それをイングランドに認めさせるため、交渉している」
アイルランドの支配者にして、アイルランドを代表するネゴシエーターであるグレイス・オマリー。アイルランド語でグラーニャ・ニー・ワーリャ。
彼女はウール王国の王女として、1530年ごろに生まれた。
その頃のアイルランドは、イングランドのヘンリー八世が1541年にアイルランド王として議会の承認を得た。
そんな時代に、グラーニャは実家の稼業を行っている。
ウール王国の稼業とは、海賊だ。
この時期、イスラム海賊は大西洋からアイルランド島近辺まで進出していたからだ。
イスラム海賊にイングランドの進出に悩まされるアイルランド。
グラーニャは15歳の時、この時代の慣習に習い結婚した。
二人の子供をもうけたが、ある時、夫が戦死した。
ここからが、彼女の波乱の人生の始まりだった。
アイルランドの法律では、女は王となれない。つまり、父の跡を継げないのだ。怒りのグラーニャは海賊として行動を開始した。
その敏腕ぶりに、父の部下が付き従うようになり、200人の海賊団が結成され、その本拠地は、西の海を行く商船を発見しやすいクレア島と定めた。
だが、イングランドのアイルランドへの政治的、軍事的侵攻により、父の領地を失いつつあったが、彼女の海賊行為にい対し、エリザベス女王から罰が下されることは無かった。
理由は一つ。
共通の敵がいるのだ。
スペインハプスブルク家だ。
スコットランド王を傀儡にして、イングランドをも手中に収めたいスペイン。それに対し、スペインへの私掠船行為を認めることで対抗しているイングランド。
そのスペインに対し、海賊行為を行いダメージを与えているオマリー海賊団は、多少、イングランド商船を襲っても、おつりがくるぐらい有難い存在なのだ。
やがて、スペインとイングランドは海戦が起こるだろう。その時、敏腕の海賊団の機嫌を損ねたくない。
各国の陰謀渦巻く中、グラーニャはエリザベス女王に対し、「息子を王と認め、父の相続が出来るようにして欲しい。父の領地を返して欲しい」と交渉をしている。
「領地が帰って来ないので、おたくの商船を襲わざるえないのですわ」と。
アイルランド語を知らないエリザベス。
英語を知らないグラーニャ。
二人の会話はラテン語を介してのものだったという。
片やイングランド女王。
片やアイルランドのウール王国の王女。
二人の会見は、グラーニャが物怖じなどせず、対等のものだったという。
そのグラーニャが、このヴィルヘルミーナに問うた。
「お前は、次期領主になるそうだが、領主になって何がしたい?」
「はい、私は、領民のために尽くしたいと思います。領民の幸福のために」
「ほう、『王は神が与えた特権だ』という王もいる。何故、領民のためなのか?」
「領民が飢えれば、領地が廃れる。それは領主の恥と思うからです」
「なるほど。それなら、この地の収め、海賊団を頭をしている私から言わせてもらおう」
「はい」と、返事をしたが私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「なら、海賊をしばらくやることだ」
「えっ?」
「海賊、それも100人以上の海賊団だ。100人程度なら、顔と名前が一致する。そこで、一人一人と向き合うことだ。それで上手く行ったらのなら、大商会だろうが、領地だろうが上手くやれる。副会長や補佐官など何年やっても、頭は務まらない。何故かわかるか?」
「いえ」
しばしの沈黙の後、グラーニャが言い放った。
「決断をしないからさ」
「決断?」
「ああ、頭というものは、常に決断をする。決断をすることは、いきなり正解に近いものは出せないからね」
分かるような気がした。
父が一人で考えこんでいるところを見ると、誰かに相談すればと思ったことがある。
相談は答えではない。
最後は自分で判断しないとイケない。だから、長時間ひとりで考えていたのか……
「グラーニャ、ありがとうございます。思うところがありました。海賊稼業で領主としての決断力を磨いて、理想の領主になってみせます」と言うと、グラーニャは「ふふ、頑張りなよ。期待しているよ。これで免許皆伝だ。何も言うことは無い」と、ほほ笑みながら答えてくれた。
この時のグラーニャの神々しさは、いつものごつさとは違っていた。
「お頭! バルバリアの連中だ。出撃します!」※1
「分かった。すぐに行く!」とグラーニャは叫んだ。
「ヴィルヘルミーナ、また後でな」と言うと、グラーニャは港へ駆けて行った。
※1 バルバリア海賊 イスラム教徒の海賊。主にオスマン帝国出身者で構成されている。この時代、アイルランドまで進出していた。
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