113 / 126
第六章 ヴィルヘルミーナの白い海賊船
6-5.戦火のラインラント
しおりを挟むラインラントが何者かに襲われている。
プファルツ選帝侯領が襲われている。
あの難攻不落の巨大要塞であるハイデルベルク城が襲われている。
「お父さま」
「あのハイデルベルク城が落とされること等、考えられない」と、父は言った。
そう、あのハイデルベルク城が簡単に落とされるなど、考えられない。
「それよりも、マインツだ。マインツが落とされると、このラインフェルスまで、アッと言う間だぞ」
「ご領主様、ハイデルベルク城が苦戦しております。救援を要請しているようです」
「お、お父さま」
父は、しばらく考え込んでいた。
そして、苦渋の決断をして、口にした言葉はこうだった。
「領地、領民を護ることを優先する。誰も死なせるな」と。
「分かりましたわ。お父さま」
「マインツ方面からの侵攻に備えろ。また、領地内に侵入している傭兵を見つけるのだ」
「分かりました。ご領主様に勝利あれ」と、言うと、護衛隊長が退出して行った。
こんな時に、アンのことを心配するのは、良いのだろうか?
しかし、アンも助けたい。
こんな時に、相棒のエマリーがいない。
彼女がいないことが、こんなに不安にさせるとは……
***
バイエルン夫人は、疑問に思っていた。
ここ最近、傭兵の姿をよく見かけるようになっていたのが、この二・三日でまったく見かけなくなっていたのだ。
「マティアス殿、傭兵の数が少ないわね。どうしたのかしら」
「伯母上、出陣したからです」
「出陣? どこへ? 新教徒勢力を抑えるのですか?」
「ええ、新教徒ですが、バイエルン大公には選帝侯になっていただくためのものです」
「選帝侯? まさか、プファルツ選帝侯か、ザクセン選帝侯を」
「ええ、そのプファルツ選帝侯領を頂くのです」
「何ということを、マティアス殿、これは戦争ですわ」
「ええ、そうなりますね。伯母上さま」と、マティアスは言うものの正規軍は使っていない。
何とでも言い訳はできる。
プファルツ選帝侯、つまりライン宮中伯がこれで弱体したところに宣戦布告すればよいと考えていた。
バイエルン大公を使って。
***
ラインラントが戦火に覆われていた。
そして、アンをさらったものが指定した日の朝がやって来た。
「父さま、私は生きます。アンを助けに行きます」
「私も行く」
「父さまが、ここを離れては」
「そうです、ご領主様に万が一のことがあれば」と、護衛隊も反対している。
「ああ、そうだが、お前たちが護ってくれるのではないのか」と、ニヤリと父は笑った。
――さすがに、「止めておけ!」とは言い難いな。
私は、馬小屋に向かった。
アレクサンドロス号がいた。
「アレク!」
馬は賢い。なんだか事情を察しているのだろうか。
「オレに乗れよ、ヴィル」と言っているように感じた。
私は、ヤスミンに作ってもらった鎧に、折れない、曲がらない、欠けることのない剣に、ドイツ騎士団の白地に黒十字の腕章をはめ、出撃をすることにした。
父と護衛隊も付いてくるようだ。
「アン、今、行くから。いざ、ローレライへ。『ヘヤヘヤヘヤ、ヘーヤ! 剣を光らせながら』」
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる