【完結】永遠の海賊 エルメンヒルデ (海賊令嬢シリーズ3)

SHOTARO

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3.相互の愛

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第3話
相互の愛


「人の愛に触れたことが無いので、人ではない」とは如何なる意味だろう?

 私は困惑した。

「自分を愛することも、人から愛されることも知りません。ですから、他人を自分と同じように愛することが出来ません。
 なので、人を殺すということは、案外、出来るかもしれません。ただ、やってみないとわかりません」

 お頭の回答は、こうであった。
「エルメンヒルデ、ちゃんとした教育を受けているのは分かった。
 ただ、お前は一つ間違っている。『働きたい』と言ったが、我らは仲間であって、私は雇用主ではない。単なる船長であり、船のオーナーだ」

 この二人の会話は、こう言うことなのだ。

 エルメンヒルデは『新約聖書』マタイ福音書 第22章の隣人愛を引用している。
 第37節の「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」
 そして、第39節の「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」
と、聖書にあるが、エルメンヒルデは、自分には「自分を愛することが出来ないのに、他人を愛することも出来ないし、神の愛も疑わしい」と言っている。

 神の愛を疑う!

 それは、キリスト教がこの地を支配している以上、大罪なのだ。
 神の愛を疑うことは、あってはならない大罪なのだ。※1

 この大罪を犯すエルメンヒルデは、人間ではないということは、私には納得のいく説明だ。

 このことに、いち早く反応したのはエマ姉さんだ。
「キーナ、私は反対よ。やはり彼女は私たちとは違うわ」

 この船の閣下の中で、ナンバー2のエマ姉さんが言うのだから、クルーの中では、「それは正しい」のでは、という空気が出来た。

 この時、エルメンヒルデは泣いていた。

 そして、いつも阿吽の呼吸のように、息がぴったりの二人だが、なんと、今、意見が割れた。

「すまない。エマリー、ちょっと考えさせてほしいんだ。宗教は彼女を救えないかもしれない。
 だが、エルメンヒルデよ。お前の母は、お前を愛していなかったのか?」

「いえ、母は私を守ろうと必死でした」
「なら、母の愛は無駄には出来んな。エマリー、どうする?」
「キーナ、貴女……」

「エルメンヒルデよ。お前は、誰からも愛されていない事は無いと思う。お前の母がお前を守ろうとした様に」と、言うとお頭は、少し時間を置いて、ゆっくりと話し始めた。

「もう一度言う、私は雇用主では無い。単なる船長だ。だから、エルメンヒルデを仲間にするか、どうかは、明日の昼に海賊会議で決める。これで良いかな?」

「ありがとうございます。皆さん、よろしくお願いします」と、エルメンヒルデは、立ち上がって頭を下げた。

 海賊には、海賊会議とか、海賊裁判と言うものがある。

 これは、多数決で物事を決めるのだ。
 この際、閣下であっても、船長であっても、一人一票しか与えられないという平等な制度だ。
 なので、海賊では、船長を捨てるという海賊会議が行われる事も、珍しくないのだ。

 そして、翌日。

 海賊会議は、エルメンヒルデのいない所で行われた。
 というのは、反対したクルーが、エルメンヒルデから恨まれないためだ。

 まずは、クルーたちから、意見が述べられた。

「キーナ、私は彼女から危険な香りがするわ。大丈夫なの?」とは、開口一番に話したのはエマ姉さんだ。
 この時、お頭は、腕を組んで下を向き考え込んでいる。

 次に発言したのは、敬虔なカトリック教徒のローズマリーさんだ。
「彼女は神の教えに反抗的だわ。異教徒より危険だと思うの」

 ローズマリーさんは、花屋をしていただけあって、宗教には敏感だ。
 花と人の生死は密接に関わっている。

 花屋は葬儀屋も兼ねていたりもする。
 教会経由で葬儀の仕事をもらっていたこともあり、教会のいう事は、正しいというのが、この人の考えの前提になっているように思う。
 

「お頭ぁ。ちょっと、ええですかぁ?」と、珍しくイライザさんが発言するようだ。
「もちろんだ」

「あの娘は、貴族の隠し子になる訳でぇ、お頭の様な、正当なご令嬢様に嫉妬することないのですがなぁ? 私もこうなりたいとか?」
「私に嫉妬? まさか」

 嫉妬して猛禽類のお頭を殺す?
 睨まれただけで、動け無いだろう。

 あの貧相な彼女に、そんなパワーがあるとは思えないと思ったのだが、人は見た目では判断出来ないと、後日知ることになるとは……

 そうなのだ。
 エルメンヒルデは、酒場でお頭と目を合わせても、動じなかった強者だということを、私は、忘れていたのだった。
 いや、動じたフリをしたのだ。

「なら、私はエエでがす」

 そして、お昼が近づいてきた。そろそろ、結論を出さないといけない。
「多数決を取っても大丈夫かな?」

 この時、エマ姉さんが、顔を背けた事が気になった。
 反対なのだろう。
 商売人の感は、バカに出来ない。

 そして、お頭が賛成すると、ツートップの意見が割れる。
 こんな些細なことでも、派閥が出来たりするのだ。組織なんてものは。

 とは言うものの、私自身、どちらに手を上げても、良くないよな。

 お頭は、賛成。
 エマ姉さんは、反対。
 ローズマリーさんは、反対。
 ヤスミンさんは、不明。

 となると、私が反対すると、ヤスミンさんが、賛成でも、反対でも、閣下の中では、反対派が多数派になり、お頭が弱い立場になるのか。
 逆ならエマ姉さんが……

 いや、私は、私の感を信じよう。
 何故か、エルメンヒルデは必要な気がする。
 私と同じ歳だが、人生経験が豊かだし、教養もある。
 きっと、皆を助けてくれるに違いない。

 ただ、この世に、裏切られたという負の感情をコントロールすれば、良い仲間になれるはずだ。

「多数決を取るわ。賛成の者は手を上げて」
 お頭以外では、私とヤスミンさんは、賛成だった。
 そして、クルーの過半数は賛成だった。

「うん、賛成多数で仲間にするわ」と、お頭はエマ姉さんのところへ走り出した。
 お頭は、エマ姉さんに抱きつくと、
「エマリー、エマリー。何かあった時は、私が責任を取るわ。だから、受け入れてやって」
 すると、エマ姉さんは、お頭を抱きしめて、「大丈夫よ。何も起こらないわ。だから、安心して」

 私たちは、皆、安心した。
 ツートップの意見が、初めて割れたのだ。
 正直、ヒヤヒヤした。

 だが、お頭は、皆の前でエマ姉さんへ抱きつくことで、自分の気持ちを上手くさらけ出した。
 姉さんは姉さんで、それを受け入れた。
 やはり、この二人は息がピッタリなのだなと感心した。

 そして、私たちは、エルメンヒルデを仲間にすることとなった。

 だが、ローズマリーさんは……


 次回の女海賊団は、ローズマリーさんです。



※1 現代の日本人にはわかり難いが、中世・近代のヨーロッパでは「神の愛」は疑うことは“まっとうな人間”ではない。
 
 例えば、200年前の人物:キェルケゴールは、父が野垂れ死に層になった際、父が神の愛を疑ったことを、息子のキェルケゴールが恥じている。
 罪人の息子であることを。

 この“まっとうな人間”ではないので、エルメンヒルデは、「私は人間ではない」と表現している。
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