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2.妾の娘
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第2話
妾の娘
「嫌です。止めてください」
「ワタクシは何もしていないですわ」と、お頭は突如、令嬢口調になった。
この海賊団では、このお頭の口調チェンジになれておかないといけない。
お頭が令嬢を演じる時は、我々も、お頭を“ヴィルヘルミーナ伯爵令嬢”として対応することになる。
なので、「お嬢様は、貴女に声をおかけしただけです。貴女がずっと、ここから店の中を覗いているので、どなたかをお探しかと」と、私はその女に回答した。
すると、少し落ち着きながらも、まだ、「ヒィー、ヒィー」と声を上げている。
「も、申し訳ございませんでした。貴族の方から声を掛けられて、つい……」
つい?
貧相でみすぼらしい姿で手足が震えている。何か訳ありなのだろう。
するとお頭は、
「もし、よろしければワタクシたちとお食事でも?」
「ヒィ、こ、殺さないでください。まだ、私は生きたいのです。もう、これ以上は」
「落ち着きなさいな」
「あッ、はい」
「お名前は?」
「エルメンヒルデです」
「そう、ワタクシは食事の最中なの。貴女も付き合ってくださいまし」
「は、はい」
ということで、エルメンヒルデも個室に入ることとなった。
そして、お頭は、貴族令嬢から海賊のお頭に戻った。
「おい、エルメンヒルデとやら。何を覗いていた? かたき討ちか? 手伝ってやらんでもないぞ」
「そうよ、でも人殺しは高くつくわ」と、相変わらずのエマ姉さんだ。本当に、このコンビは息がぴったりだわ。
やはり、初対面のエルメンヒルデは、お頭の変わり身に驚いている様子だ。
「じ、実は……」
「「「実は?」」」
「実はお腹がすいていたのです」
お腹がすいていたので、酒場の中を覗いていたのか……
さすがに、ずっこけた。
が、普通、そんなことを長時間するわけがない。おかしい。
もっと、深いわけがあるのではないだろうか?
しかし、私はお調子を漕ぐことにした。
「これ! 食べなさいッ」と、エルメンヒルデの目の前に大皿を差し出した。
「食べて良いの? 本当なの? 本当に良いの?」というエルメンヒルデの声は、徐々に涙声になっていき、「実は冗談です」「お調子をごぎましたぁ」など、言えるような状態ではなくなってきた。
ひょっとして何日も食べていないのではないのか?
すると、お頭が、こちらに寄ってきて、私から大皿を取ると、
「エルメンヒルデ! これは貴女の分よ。落ち着いて食べて」と言って、彼女に大皿を渡すと横に座った。
何度も頷いた後、エルメンヒルデは泣きながら食べ始めた。
その顔は、ブサイクな顔がさらにブサイクになったが、誰もみっともないとは思わなかった。
何人かは、もらい泣きしている。
お頭はエルメンヒルデがある程度食べたところで、彼女の背中をさすりながら、
「何があったか、話してくれるかい? 貴族が嫌いのようだけれど」
「はい。わかりました」
エルメンヒルデは、生まれた場所は一切言わなかった。いや、言えなかった。そして、父の名前も言えなかった。言ってはいけなかった。許されなかったのだ。
彼女は、とある領主の息子の子供だった。
『領主の孫なのか?』と思ったが、違うようだ。息子と下女との間に生まれた子供のようだ。
ふん、貴族が使用人などに手を出して孕んだなど、どこにでも吐いてあるような話ではないか。
しかし、話としては吐いて捨てても、当人はそんな訳にはいかない。
死活問題だ!
息子は、それなりに母親を愛してくれたようだけれど、領主はそうはイカンよ。
小さい領地だったようで、家のためにも息子には、出世してもらいたいというのが両親の願いで、結婚も政略結婚となるのは当然だ。
なので、エルメンヒルデと母の存在は、抹消する必要があった。
だが、息子には、そのような判断は出来ず、日々を過ごしていたところ、文官の採用通知が届いた。
国の官僚なのだ。
勤勉な息子には良い仕事だろう。両親も喜んでいる。
となると、益々、エルメンヒルデ親子が邪魔になる。
息子は、都に行くための準備をしていた。
そして、両親にエルメンヒルデの母を「妾にしたい」と言った。
両親は、当然反対だ。妾のいる男のところに良家の令嬢が嫁いでくれるはずもない。
それでも息子は、いつか両親もわかってくれるはずと思い、エルメンヒルデ母娘を都に連れて行くつもりでいた。
事件が起こったのは、息子が先に都に行き、転居の準備をしていた頃、領主と妻、数人の部下がエルメンヒルデ親子の部屋に現れた。
本来は領主から用事がある場合は呼び出しのはずだが、何故だろうか?
「カミラとエルメンヒルデ、本日をもって屋敷から出て行ってもらいます」と領主の妻が言った。
「わずかだが、生活費にしてくれ」といくばくかの貨幣を渡された。
「御領主様、いきなり出て行けと」
「そうだ。息子には、近々、見合いをしてもらう予定だ。そこに、カミラ親子がいたら、どうなる。あの子のことを思うのなら、身を引いてくれ」
「嫌よ」と、子供だったエルメンヒルデは言ってしまった。
「なら、親子ともども殺すだけよ」と領主の妻は部下の方を向いている。
部下の手には剣が握られており、冗談ではないことが子供にもわかったようだ。
「お母さん、怖いぃ」
「分かったなら、出て行って頂戴」
そして、その子供が息子の子だと言った場合は、命の保証はしないとまで言われたのだ。
その後の親子は、母の実家に戻るつもりだったが、実家も領地内なので、戻ることは出来ず、他の領地へ行くことになった。
しばらくして、ペストがこの地で流行し、母が亡くなり、エルメンヒルデ
は成人前だが働くことになる。
しかし、両親のいない彼女は奉公すら苦労する。
「地元ではダメだ。保証人がいない私を雇わない。なら、新大陸か他国に行かないと」
そして、エルメンヒルデは、スペインの年季奉公人となる。
契約は4年間だ。
「12歳だから、終わったら16歳か」
行先はカリブ海で、開拓に従事することになるのだが、運ばれた船は男ばかりだ。
男の中に少女が一人……
帰りの船も同じようだったと聞いた。
私は、その船の中の話を聞いて、思わずエルメンヒルデの腹を見た。
『孕んでない。大丈夫のようね』と安堵した。
そのようなことに遭っても、孕まなかった彼女は、この体格からして栄養不足なのかも知れない。
そして、年季奉公が終わり、次の仕事を探していたらバルト海まで来てしまい、ここ数日は、食事も満足に出来なくなっていたそうだ。
エルメンヒルデの話は終わった。
クルー達が、「これも食べて」と、皿を運んでくる。
「はい、ありがとうございます」と、エルメンヒルデ。
「あの、ご令嬢様。いきなりで申し訳ございません。働かせてください。私を雇ってください」
「貴族は嫌なのでは?」
「皆が、悪いわけではありませんし……」
「それに、うちは私掠船を稼業としている。略奪も殺人も時にはしてもらうが、エルメンヒルデに人殺しが出来るのかな?」とお頭が言った。
これは私の推測だけれど、もし「出来る」と言ったら、仲間にしないと思った。
ここで言う、「人殺し」とは、敵や略奪対象でなく、自分たちクルーのことだ。「人殺し」は、仲間をも殺すという。仲間の安全を考え、この様な、ことを聞いているのだと思う。
そう、実は、狭い船の中、対人ストレスは大きい。
船乗りに行方不明者が多いのは、船から突き落としなど、やっているのだ。
だから、今も船乗りには、一カ月間行方不明だと手当があるわけだ。※1
なので、「人殺し」がクルーの中にいると、安全な航海は出来ない。
「人殺しですか? わかりません。
私は人の愛に触れたことがありませんので、私は人ではないと思います。人でない私には、その質問に答えることが出来ないのです」
人ではない?
この女は何を言っているのだろうか?
次回の女海賊団は、人ではないとは?
※1 日本の「船員保険」の“行方不明手当金”では、以下の通り。
被保険者が職務上の事由により行方不明となり1ヶ月以上経過したときに、行方不明となった日の翌日から起算して3ヶ月を限度として、被扶養者に対して一定の所得補償を行うための給付であり、船員保険の独自給付です。
行方不明手当金は、行方不明となった日の翌日から3ヶ月を限度として支給されます。行方不明が3ヶ月以上となったときは、行方不明となった日に死亡したものと推定されます。
妾の娘
「嫌です。止めてください」
「ワタクシは何もしていないですわ」と、お頭は突如、令嬢口調になった。
この海賊団では、このお頭の口調チェンジになれておかないといけない。
お頭が令嬢を演じる時は、我々も、お頭を“ヴィルヘルミーナ伯爵令嬢”として対応することになる。
なので、「お嬢様は、貴女に声をおかけしただけです。貴女がずっと、ここから店の中を覗いているので、どなたかをお探しかと」と、私はその女に回答した。
すると、少し落ち着きながらも、まだ、「ヒィー、ヒィー」と声を上げている。
「も、申し訳ございませんでした。貴族の方から声を掛けられて、つい……」
つい?
貧相でみすぼらしい姿で手足が震えている。何か訳ありなのだろう。
するとお頭は、
「もし、よろしければワタクシたちとお食事でも?」
「ヒィ、こ、殺さないでください。まだ、私は生きたいのです。もう、これ以上は」
「落ち着きなさいな」
「あッ、はい」
「お名前は?」
「エルメンヒルデです」
「そう、ワタクシは食事の最中なの。貴女も付き合ってくださいまし」
「は、はい」
ということで、エルメンヒルデも個室に入ることとなった。
そして、お頭は、貴族令嬢から海賊のお頭に戻った。
「おい、エルメンヒルデとやら。何を覗いていた? かたき討ちか? 手伝ってやらんでもないぞ」
「そうよ、でも人殺しは高くつくわ」と、相変わらずのエマ姉さんだ。本当に、このコンビは息がぴったりだわ。
やはり、初対面のエルメンヒルデは、お頭の変わり身に驚いている様子だ。
「じ、実は……」
「「「実は?」」」
「実はお腹がすいていたのです」
お腹がすいていたので、酒場の中を覗いていたのか……
さすがに、ずっこけた。
が、普通、そんなことを長時間するわけがない。おかしい。
もっと、深いわけがあるのではないだろうか?
しかし、私はお調子を漕ぐことにした。
「これ! 食べなさいッ」と、エルメンヒルデの目の前に大皿を差し出した。
「食べて良いの? 本当なの? 本当に良いの?」というエルメンヒルデの声は、徐々に涙声になっていき、「実は冗談です」「お調子をごぎましたぁ」など、言えるような状態ではなくなってきた。
ひょっとして何日も食べていないのではないのか?
すると、お頭が、こちらに寄ってきて、私から大皿を取ると、
「エルメンヒルデ! これは貴女の分よ。落ち着いて食べて」と言って、彼女に大皿を渡すと横に座った。
何度も頷いた後、エルメンヒルデは泣きながら食べ始めた。
その顔は、ブサイクな顔がさらにブサイクになったが、誰もみっともないとは思わなかった。
何人かは、もらい泣きしている。
お頭はエルメンヒルデがある程度食べたところで、彼女の背中をさすりながら、
「何があったか、話してくれるかい? 貴族が嫌いのようだけれど」
「はい。わかりました」
エルメンヒルデは、生まれた場所は一切言わなかった。いや、言えなかった。そして、父の名前も言えなかった。言ってはいけなかった。許されなかったのだ。
彼女は、とある領主の息子の子供だった。
『領主の孫なのか?』と思ったが、違うようだ。息子と下女との間に生まれた子供のようだ。
ふん、貴族が使用人などに手を出して孕んだなど、どこにでも吐いてあるような話ではないか。
しかし、話としては吐いて捨てても、当人はそんな訳にはいかない。
死活問題だ!
息子は、それなりに母親を愛してくれたようだけれど、領主はそうはイカンよ。
小さい領地だったようで、家のためにも息子には、出世してもらいたいというのが両親の願いで、結婚も政略結婚となるのは当然だ。
なので、エルメンヒルデと母の存在は、抹消する必要があった。
だが、息子には、そのような判断は出来ず、日々を過ごしていたところ、文官の採用通知が届いた。
国の官僚なのだ。
勤勉な息子には良い仕事だろう。両親も喜んでいる。
となると、益々、エルメンヒルデ親子が邪魔になる。
息子は、都に行くための準備をしていた。
そして、両親にエルメンヒルデの母を「妾にしたい」と言った。
両親は、当然反対だ。妾のいる男のところに良家の令嬢が嫁いでくれるはずもない。
それでも息子は、いつか両親もわかってくれるはずと思い、エルメンヒルデ母娘を都に連れて行くつもりでいた。
事件が起こったのは、息子が先に都に行き、転居の準備をしていた頃、領主と妻、数人の部下がエルメンヒルデ親子の部屋に現れた。
本来は領主から用事がある場合は呼び出しのはずだが、何故だろうか?
「カミラとエルメンヒルデ、本日をもって屋敷から出て行ってもらいます」と領主の妻が言った。
「わずかだが、生活費にしてくれ」といくばくかの貨幣を渡された。
「御領主様、いきなり出て行けと」
「そうだ。息子には、近々、見合いをしてもらう予定だ。そこに、カミラ親子がいたら、どうなる。あの子のことを思うのなら、身を引いてくれ」
「嫌よ」と、子供だったエルメンヒルデは言ってしまった。
「なら、親子ともども殺すだけよ」と領主の妻は部下の方を向いている。
部下の手には剣が握られており、冗談ではないことが子供にもわかったようだ。
「お母さん、怖いぃ」
「分かったなら、出て行って頂戴」
そして、その子供が息子の子だと言った場合は、命の保証はしないとまで言われたのだ。
その後の親子は、母の実家に戻るつもりだったが、実家も領地内なので、戻ることは出来ず、他の領地へ行くことになった。
しばらくして、ペストがこの地で流行し、母が亡くなり、エルメンヒルデ
は成人前だが働くことになる。
しかし、両親のいない彼女は奉公すら苦労する。
「地元ではダメだ。保証人がいない私を雇わない。なら、新大陸か他国に行かないと」
そして、エルメンヒルデは、スペインの年季奉公人となる。
契約は4年間だ。
「12歳だから、終わったら16歳か」
行先はカリブ海で、開拓に従事することになるのだが、運ばれた船は男ばかりだ。
男の中に少女が一人……
帰りの船も同じようだったと聞いた。
私は、その船の中の話を聞いて、思わずエルメンヒルデの腹を見た。
『孕んでない。大丈夫のようね』と安堵した。
そのようなことに遭っても、孕まなかった彼女は、この体格からして栄養不足なのかも知れない。
そして、年季奉公が終わり、次の仕事を探していたらバルト海まで来てしまい、ここ数日は、食事も満足に出来なくなっていたそうだ。
エルメンヒルデの話は終わった。
クルー達が、「これも食べて」と、皿を運んでくる。
「はい、ありがとうございます」と、エルメンヒルデ。
「あの、ご令嬢様。いきなりで申し訳ございません。働かせてください。私を雇ってください」
「貴族は嫌なのでは?」
「皆が、悪いわけではありませんし……」
「それに、うちは私掠船を稼業としている。略奪も殺人も時にはしてもらうが、エルメンヒルデに人殺しが出来るのかな?」とお頭が言った。
これは私の推測だけれど、もし「出来る」と言ったら、仲間にしないと思った。
ここで言う、「人殺し」とは、敵や略奪対象でなく、自分たちクルーのことだ。「人殺し」は、仲間をも殺すという。仲間の安全を考え、この様な、ことを聞いているのだと思う。
そう、実は、狭い船の中、対人ストレスは大きい。
船乗りに行方不明者が多いのは、船から突き落としなど、やっているのだ。
だから、今も船乗りには、一カ月間行方不明だと手当があるわけだ。※1
なので、「人殺し」がクルーの中にいると、安全な航海は出来ない。
「人殺しですか? わかりません。
私は人の愛に触れたことがありませんので、私は人ではないと思います。人でない私には、その質問に答えることが出来ないのです」
人ではない?
この女は何を言っているのだろうか?
次回の女海賊団は、人ではないとは?
※1 日本の「船員保険」の“行方不明手当金”では、以下の通り。
被保険者が職務上の事由により行方不明となり1ヶ月以上経過したときに、行方不明となった日の翌日から起算して3ヶ月を限度として、被扶養者に対して一定の所得補償を行うための給付であり、船員保険の独自給付です。
行方不明手当金は、行方不明となった日の翌日から3ヶ月を限度として支給されます。行方不明が3ヶ月以上となったときは、行方不明となった日に死亡したものと推定されます。
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