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第30話 それぞれの覚悟
しおりを挟む「もう……僕は本当に怒っていたんだからね?」
「はい、すみません」
アシェルト様は呆れたような、しかしどこか嬉しそうなそんな優し気な顔で私を見ながら言った。
そんなアシェルト様の姿が嬉しくて、ますますニヤニヤが止まらなくなりそうになり、必死に平静を装った。
「ノア君と一緒に調べることは仕方ないと思ってる。でも報告だけはちゃんとして。ルフィルのことだから僕を想って伝えないでいようとしてくれているのかもしれないけれど、僕ももう前へと進むと決めたんだ。どんな事実でもちゃんと受け止めるから」
そう言いながら苦笑したアシェルト様は、一度目を瞑り深呼吸をすると再び私の目を真っ直ぐに見詰め、そして少し眉を下げながら微笑んだ。
「この前はごめんね。ルフィルが言った言葉に傷付いた訳じゃないから。自分でもずっと分かっていたことなんだ……ただ、それから目を逸らしていただけだ……ずっと逃げていただけなんだ……」
これは以前、私がアシェルト様を傷付けてしまったことを謝ってくれている?
「あ、謝らないでください! アシェルト様が謝ることなんかじゃない! あれは……私もあんなことを言うつもりは……」
いや、これは言い訳だ。
「アシェルト様自身が逃げていたのだとしても、きっとそれは必要なことだったから……そうしないとアシェルト様自身が壊れてしまっていたかもしれない。だから逃げていようが、目を逸らしていようが、アシェルト様が謝る必要なんてないです。私こそ、そんなアシェルト様の心の傷に土足で踏み込んですみませんでした……」
アシェルト様の心の傷がどれほどのものかなんて、私には分かるはずもないのに、知ったような気になって、あんなことを言って……アシェルト様の心に土足で踏み込んだも同然だ。
「それこそルフィルが謝ったりしないで……僕を心配して言ってくれていたのは分かってるから……それをまだ僕が受け止めきれなかっただけだ……いい歳をして情けないね」
そう言い苦笑するアシェルト様。
「歳なんて関係ないですよ……誰だって大切な人の死を簡単に受け入れられるはずがないです……」
「ありがとう……ルフィルのほうが余程僕よりしっかりしているね」
フフ、と笑ったアシェルト様。しっかりなんてしていない。私は結局ノアに慰めてもらったのだ。アシェルト様は自身でしっかりとラシャ様のことを見詰め直して受け止めている。アシェルト様はきっと私の支えなんてなくとも、きっと前を向いて生きていける。そう思った……。
寂しい。辛い。悔しい。そんな想いが込み上げる。ラシャ様の事故の真相がはっきりとしたとき、きっとアシェルト様の横に私は必要ない……。
ノアが言っていた通りにアシェルト様は自身で辛い現実から抜け出していた。きっともうどんな事実を聞いたとしても、今のアシェルト様なら乗り越えられる。そう……だから……
「ルフィル?」
アシェルト様がどうしたのかと少し首を傾げながら私の名を呼ぶ。
「ラシャ様にはアシェルト様と恋人になる以前に婚約の話があったんです」
「え?」
意を決して話し出した言葉に、アシェルト様は一瞬意味が分からないといった顔となったが、すぐさま理解したのか真剣な顔となり、私を真っ直ぐに見据えた。
「この話は魔導師団の先輩方、それにラシャ様の親友だったライラ先生から話を聞いて、ラシャ様がアシェルト様と恋人になる前にラシャ様に婚約の話が上がっていたことを知りました」
アシェルト様はなにも言葉にせず、ただ黙って私の言葉を聞いていた。
「しかし、ラシャ様はすでにアシェルト様のことを好きで、だから婚約の話は断ったそうなんです」
「……うん」
「それで、私とノアはその婚約候補だった人物が誰なのかを知りたかった。だからラシャ様のご実家に話を伺いたくて、ノアの家から面会をお願いしました」
「……はぁぁ、なるほど……それであのドレスだった訳だ」
「はい……すみません。黙っていて……」
「黙ってラシャの実家にまで行くなんて……もう隠れてそんなことしないでね」
「はい……ごめんなさい……」
アシェルト様は小さく溜め息を吐いた。
「今はもういいよ。それでラシャの実家でなにを聞けたの?」
「…………」
目を瞑り、深呼吸をする。そして心を落ち着け冷静に言葉にする。
「婚約者になるはずだった方のお名前です……」
沈黙が流れた。しかし、アシェルト様は私が予想していたよりは取り乱したりなどはない。眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情ではあるが、しかし、もっと取り乱すかと思っていた私からすると、今のアシェルト様はまるでその事実を知っていたかのように思えた。
「ルフィル、もう魔導師団には行かないで」
眉間に皺を寄せたまま、アシェルト様は懇願するように言った。
「え、いや、でも……」
明日魔導師団へと向かうことをノアと約束している。
「どうしてですか? 私は行きます……ちゃんと真実が知りたいから」
そう真っ直ぐに答えると、アシェルト様は泣きそうな顔になった。もしかしたらアシェルト様はずっと心当たりがあったのだろうか。それでもそれを否定したくて、ずっと研究を続け、私が魔導師団を調べることにも許可を出したのだろうか。なにか違う答えが出ることを願って……。
「アシェルト様は真実を知りたくはないのですか? なぜラシャ様が死ぬことになったのか。事故だったのか事件だったのか。もうアシェルト様のなかで答えが出ているように見えます。その答え合わせをしに向かわなくても良いのですか?」
アシェルト様は悲痛な顔をしたまま俯いた。
「僕は怖かったんだよ……。原因を探っているうちに、なんとなく答えが出てきていた。でもそれを肯定することは出来なかった……だからずっと否定し続けていたのだと思う……」
俯いたまま苦しそうな声。しかし、大きく溜め息を吐くと、アシェルト様は顔を上げた。その顔は決意を固めた顔だった。
「僕ももう覚悟を決めないとね…………僕も……一緒に行くよ……」
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