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第32話 親友
しおりを挟む「婚約が先なのか、バルト団長の気持ちが先なのかは分かりません。でも……貴方はラシャ様を愛していた……。だからラシャ様を奪ったアシェルト様を殺すつもりだった……違いますか?」
「バルト……」
アシェルト様は泣きそうな、苦しそうな、そんな顔でバルト団長を見詰めた。
バルト団長はそんなアシェルト様の姿を見て笑った。その顔は酷く歪んで見え、今まで私たちが知っていたバルト団長とは全くの別人のように見えた。
「ハッ、そうだよ、お前は知らなかったんだろ? 俺は学園にいた頃からラシャが好きだった。だから婚約者候補の話を進めるときに、ラシャの名を出した。それなのにお前が横からかっさらった」
バルト団長はこちらに歩み寄り、アシェルト様の目の前まで詰め寄った。慌てて私もノアもアシェルト様を庇おうと前へと足を踏み出したが、アシェルト様はそれを止めた。真っ直ぐにバルト団長と向かい合う。
そんなアシェルト様の姿にバルト団長はフッと笑い、そして人差し指をアシェルト様の胸へと突き立てた。
「バルト……」
「ずっとお前が憎かったよ。なにも知らずラシャに愛されているだけのお前がずっと憎かった」
バルト団長は突き立てていた手を拳に変え、ドンッとアシェルト様の胸を殴った。その顔は苦しそうに笑う。
「だからお前にあの魔導具で脅しをかけようと思った……どうせお前はすぐに防いでしまうだろうと思っていたしな……それでお前がなにかに気付くなり、お前たちの仲が不仲になるなりしたら良い……そんな愚かなことを考えていたんだよ。ハハ……。それなのにまさか俺が目を離した隙に、ラシャがあの魔導具を手にするなんて……今もお前は守られてばかりだ」
苦しそうに睨むバルト団長の目には薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。アシェルト様を殺すつもりはなかった? ただ、脅そうとしていただけ? それをラシャ様が魔導具の異変に気付いて手にしてしまっただけ? それが本当なら……ラシャ様が死ぬ必要なんて全くなかった……。
「今もお前はルフィルに必死に助けられて、いつまでも隠れたままだった。俺のことをずっと疑っていたんだろ? それなのに問い詰める勇気もない。だから魔導師団に来なかったんだろ? ハッ、情けない男だな。ラシャもルフィルもこんな男のどこがいいんだか……」
涙を浮かべながら、再びドンッとアシェルト様の胸を叩いたバルト団長は、その勢いのまま後退り、そして顔を片手で覆い俯いた。
「僕は……君のことを信じたかった……親友だと思っていたから……」
アシェルト様はバルト団長に一歩近付き悲痛な顔で訴える。しかし、そんなアシェルト様の言葉をバルト団長は顔を上げ嘲笑った。
「ハッ、馬鹿じゃないのか? 本当にそんなことを思っていたのか? それならハッキリさせに来たら良かったじゃないか! ずっと疑っておきながらなにが親友だ!!」
バルト団長の目からは涙が零れ落ちた。苦しそうに胸を押さえながら後退る。
「バルト……」
アシェルト様はそんなバルト団長に手を伸ばすが、バルト団長はじりじりとさらに後退った。
「もういい、俺はラシャを殺した罪は償うよ」
バルト団長はそう言いながら微笑み、自身の胸元からなにかを取り出した。それは手に握れるほどの球体……。
「そ、それは……!?」
ノアは一瞬なにか分からなかったようだが、私とアシェルト様は目を見開いた。見覚えのある球体。あれはラシャ様が死んだ原因の魔導具!!
その瞬間、バルト団長の持つ魔導具は激しい音を立てて爆発した。
――――ドォォォォオオン!!
私とアシェルト様は同時に障壁結界を発動させた。アシェルト様は私とノアを守るように。そして私の発動させた障壁結界は……
「な、なぜだ!?」
バルト団長は目を見開き驚愕の顔。その手にあった魔導具は光り輝く球体のなかで爆発し、煙が渦巻いていた。
「こ、これは……障壁結界……」
バルト団長は茫然と手のひらを眺めていたが、脱力するようにこちらを見た。
アシェルト様の障壁結界は私たちを守るように、そして、私が発動させた障壁結界はバルト団長の手元の魔導具を覆うように発動させた結界。爆発そのものを外へと出さないように張った結界だ。
それはアシェルト様とふたりで必死に研究を重ねた最強の障壁結界。瞬時に発動させ、どんな攻撃すらも跳ねのける結界。長くは保たないが、瞬間的に最強の結界を張れる。
いつかまた魔導具の暴発なんて事故が起きるとも限らない。それを恐れたアシェルト様は魔導具と並行して、障壁結界の研究も進めていた。そのおかげで今回爆発を防ぐことが出来たのだ。
「なぜ助ける!? 死なせてくれ! ラシャを殺したんだ……生きる資格などない。ずっとお前がここに来ることを待っていた……」
苦しそうに微笑んだバルト団長。その表情はもう先程までの知らないひとのような顔ではない。今の表情は弱々しくも、私たちがずっと慕っていたバルト団長だった。
「バルト団長……貴方は生きて罪を償ってください……そしてまた……」
それ以上はなにも言えなかった。「またいつか戻って来て欲しい」それを今、口にすることは出来なかった。多くのひとの様々な想いがあるだろう。軽々しく口にすることなど出来るはずもなかった。
バルト団長はピクリと反応したが、しかし俯き項垂れた。手にあった球体の障壁結界が消失すると同時に内部で渦巻いていた煙は霧散し、そして跡形もなく消えた。
騒ぎを聞きつけた団員たちが駆け付け、ノアはそれらのひとたちに事情を説明してくれた。団員たちは驚き戸惑い、複雑そうではあったが、ノアの指示でバルト団長を捕縛した。そして取調室へと連行することになった。
バルト団長が団員たちに連行されていくとき、私はどうしても聞いておきたいことがあり声を掛けた。
「バルト団長……貴方はラシャ様に気持ちは伝えたんですか?」
その言葉に歩き始めていたバルト団長はビクリと身体を震わせ、そしてこちらを向いた。その顔は寂しそうに笑う。
「まさか……伝えられるはずがない。伝えたいと思ったときにはラシャはすでにアシェルトのことが好きだった……」
「それでも……告白して振られたにしても、きっとラシャ様は貴方の告白を受け止めてくれたと思います……。そういう人でしょ? 貴方たちがそんなに好きだったラシャ様なら……それを伝えられていたなら、なにか違う未来があったかもしれないのに……」
私はラシャ様本人のことは会ったこともないから知らない。しかし、先輩方に話を聞いているだけでもラシャ様が皆に愛されていることを知った。
アシェルト様にしろ、バルト団長にしろ、多くのひと達に愛されたラシャ様だ。きっとバルト団長の想いも受け止めてくれたはず。想いを通じ合わせることは出来なくとも、想いを受け取ってもらえたら、きっと違う未来を迎えられたと思う……きっと……。
「バルト、僕は今でも君のことは親友だと思ってる。ラシャと三人で過ごした時間は僕にとって本当に大切な時間だったんだ……」
アシェルト様も悲しそうな顔で、しかし、真っ直ぐに想いを伝えた。
「馬鹿じゃないのか……」
バルト団長はアシェルト様の顔を見ることなく、そう呟いて去って行った。その表情は見えなかったが、しかし、その声音は弱々しくも優しく響いた気がした……。
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