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本編 リディア編

第六十六話 街デート その一

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 翌朝、緊張であまり眠れない朝を迎え、寝惚けた顔に気合いを入れた。

「よし、今日は頑張ってシェスの可愛い顔を見るわよ!」
「フフ、お嬢様、頑張る方向を間違えてませんか?」

 マニカに聞かれていた。

「お、おはよう、マニカ。いや、今のは……」

 恥ずかしい……。

「おはようございます、今日は気合いを入れてお仕度をしますよ!」
「う、うん」

 マニカの気合いも凄かった。

 朝食を終え、朝からお風呂に入れられ、香油マッサージを施される。
 昨晩緊張であまり眠れていなかったため、マッサージが気持ち良すぎて少し居眠り。
 ぼーっとしたままドレスルームでワンピースにお着換え。
 今回も街へ赴くため平民仕様の服で。しかしとても上品なワンピース。濃紺に銀色の刺繍が少しだけあしらわれた、とても平民服には見えないような……。

「このワンピース、素敵だけど、平民には見えないんじゃ……」
「良いのです! これで!」

 な、何だろう、このマニカの入れ込みよう……。ま、まあ良いか……。
 着替えを終えるとお化粧を。派手過ぎず地味過ぎず、しかし華やかに。
 髪型は少しだけ緩く編んで束ね、ふんわりと仕上げる。

 いつも思うのだがこういう化粧や髪型を時と場合によって色々最適に、なおかつ美しく仕上げてくれる、侍女たちの腕が凄いと感心する。

 お昼よりも少し早い時間に準備が整い落ち着いたところに扉が叩かれた。
 マニカが扉を開け、外にいる人物を部屋の中へと促す。

「シェ、シェス! おはようございます!」

 いや、こんにちはかしら、と少し慌てた。シェスが部屋まで迎えに来てくれた。

「あぁ、おはよう。準備は整ったか? …………」

 そう言いシェスはこちらを見たが、見た瞬間固まった。
 え、何で!? 何か変!? マニカたちが気合いを入れて準備してくれたから大丈夫だと思うのに……。

「あ、あの……、何か変でしょうか……」

 と、言いかけたところで、あることに気付き一瞬で顔が火照るのが分かる。
 マニカに振り向くと、満足気な笑みを浮かべていた。
 あぁ……、うぅ、恥ずかしい……。

 ディベルゼさんに声を掛けられたシェスがハッとし顔を赤くし呟いた。

「そ、その服は……、私の色に合わせてくれたのか?」
「あ、あの、その……」

 マニカをチラリと見ると大きく頷いていた。
 いやいや、私知らなかったからね!? このワンピースを知ったのもさっきだから!
 それならそうと先に言って欲しかったよ……。

「はい……」

 どうしようもないので肯定しておくしかない。
 濃紺に銀の刺繍……、シェスの銀髪と瑠璃色の瞳。シェスの色。それに合ったワンピースの色。

「良く似合っている……」

 シェスが照れながらも褒めてくれた。
 恥ずかしさで顔が……。

「本当に良くお似合いで! 殿下の色を身に纏ったお姿を見ることが出来るだなんて嬉しい限りですよ」

 ディベルゼさんが大きな声で言った。
 シェスの色を纏った……、な、何だかますます恥ずかしいのは何でだろう。
 行く前から疲労困憊だわ……。

 お互いそれ以上言葉を交わせず固まっているとディベルゼさんが呆れたように話し出す。

「お二人とも、お互いに照れて話せないとか、初々しいですけどね? ですが、いい加減にしてください、街へ行けず日が暮れてしまいますよ?」

 ディベルゼさんは私にも容赦なかった。

「す、すいません」
「あ、あぁ、ではそろそろ出るか」

「あ、そうそう、基本的にはお二人きりでどうぞごゆっくり。我々は護衛のため、仕方なく付いては行きますが、お二人の目に触れない、声も聞こえない距離から見守りますので、どうぞお好きなだけ昨日の続きをしてください」

 昨日の続き……、そう言われ昨日のシェスを思い出す。思い出したと同時にボンッと効果音が出そうなくらい顔が熱くなった。

「お、お前、余計なことを!」

 シェスがディベルゼさんに詰め寄った。その顔は同じように真っ赤になっている。
 それが何だか可愛くて嬉しくなる。そう、こんな姿が見たい。今日は何回この姿を見られるかしら、と楽しみになってきた。

「フフフ、今日はよろしくお願いします」
「あ、あぁ」

 ディベルゼさんに詰め寄っていたシェスはこちらを向き返事をした。


 そして今日はさすがに馬車で向かうことになった。しかしやはり目立つことを考え街の少し手前まで。
 馬車の中では……、やはり会話はないのよね……。シェスの緊張がひしひしと伝わって来て、私まで緊張してしまい、なかなか会話が出てこない。

 お互いにチラリと見ては目が合い、慌てて目を逸らす、ということを何度繰り返したことだろうか。
 自分でも、どれだけ初々しいやり取りなのよ! と突っ込みを入れそうになる。

 街の近く、人目に付かないところまで到着すると、御者が扉を開けシェスが先に降りる。降りたシェスはこちらに手を伸ばし、私の手を取った。

 シェスに支えられながら馬車から降り、街までさあ行くぞ、と思って歩き出そうとしたとき、いつまでも離されない手に視線を落とす。

 シェスはその握った手をそのまま繋いで歩き出す。
 え、手は? 手は繋いだまま?

「あ、あの、シェス?」
「何だ?」
「あの、手は……」

 以前街で歩いたときにもシェスは無意識に手を繋いでいた。今回も無意識だろう、と声を掛ける。

「繋いでいては駄目か?」

 顔を赤らめたままシェスは言った。

「え!?」

 繋いだまま行くの!? 無意識じゃないの!?

「嫌か?」

 少ししょんぼりしたような顔で言われ、思わずまた可愛い! と口に出そうになる。

「い、いえ! 嫌な訳では……」
「ならばこのまま行こう」

 はにかむように微笑み、さらには赤い顔を隠すように素早く前を向くと、シェスは私の手を引き歩き出した。

 無言のまま街まで歩く。
 シェスの背中を見詰めながら、繋がれた手の温かさが恥ずかしく、どうにも落ち着かない気分。

 私よりも頭一つ分程高い背の高さ。綺麗な銀髪がキラキラと煌めき、細身だが華奢ではない身体に、男性ならではの広い背中。
 シェスの背中に触れたくなる。無意識に手を伸ばしてしまったらしく、シェスの身体がビクッとした。

「な、何だ!?」

 驚いたシェスが振り向いた。

「す、すいません! 触れたくなってしまって……」

 と、言ってから、しまった! と後悔してももう遅い。
 触れたくなった、って! 何言ってるのよ!

 恐る恐るシェスを見ると、シェスは繋いだ手とは逆の手で顔を押さえていた。

「あの……、すいません」

 変な女だと思われた? 気持ち悪いと思われた? 泣きそうな気分になりかけたとき、シェスが呟いた。

「好きにすれば良い」
「え?」

 シェスはそれだけ言うと再び歩き出す。
 好きに? 好きに触れても良いの? 気持ち悪くはないの? そんなこと言われたらいっぱい触りたくなっちゃうよ?

 恐る恐るシェスの背中に手を伸ばした。シェスは再びビクッとしたが、今度は振り向くこともなく、そのまま歩き続ける。
 受け入れてくれていることに嬉しくなり、調子に乗った。

 あまりにさわさわとずっとしていたらしく、シェスは再び振り向いた。

「も、もう良いだろう!」

 その顔は真っ赤だった。あぁ、やっぱり可愛いな。
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